―今は昔・魔女の家―
あら、あらあら。
[研究ノートをぱらぱらとめくり、あれでもない、これでもない。と緩慢な動作ながらも其の表情に浮かぶは焦燥。
時折、古いノートから舞うほこりに咳き込み。胸に手を当て、魔力を循環させて息を整える。]
こまったわぁ、明日には、研究資料取りに来ちゃうのに。
[んもぅ、とため息をついた。
本棚には半分以上の空きがあり、机の上には何冊もの本が積み上がっている。
明日には弟子が研究資料を取りに来る。
魔術は廃れゆく運命、ではあるが、後生に薬や毒に関する資料を残すのは医学者としての使命。
で、あるのだが。どう見ても、どう探しても、治療に関する研究ノートだけが欠落している。
自分の身体のことは自身がよく知っている。
恐らく、自身の命はもって数日だろう。
悲しくはない。しかし、伴侶もおらず、息抜きで遠出をする事も無かった。身体が元気なら、最後に、どこか。旅行にでも行きたかったかも知れないが。
ともあれ、このままでは自身の全てを遺すことができない。困ったものだ。
気分転換、と言わんばかりに傍らにあった杖を手に取り、ゆったりとした足取りで外にある郵便受けを確認しに行く。]