[しかし、パンが相当硬かったのかその目には僅かに涙が浮かんでいる。
実際、その手に握られたパンは歯型ひとつついておらず、男がパンを噛んだのを目撃している者ならば、誰にでもその硬さを物語っただろう。]
《対象をスキャンします──》
《おおよそ40歳前後。複数の古傷あり。
声帯に重大な損傷を確認。
襟元に古い人工声帯の設置を確認。》
《メトロポリスに対象の登録は確認できません。》
[きゅ、きゅ、と男の瞳孔が不自然な収縮を繰り返す。
それは、ある種パワードスーツに搭載されたカメラがレンズを絞る時の動きに似ていたかもしれない。
男は「ご丁寧にどうも」と自分にしか聞こえない人工知能に返事をして、客人の目の前に、手に持っていたパンを軽く翳す。]