『 その部屋には、見覚えのある作品がたくさんあった。視線を少しだけ下に落とすと、想像した通りの名前がある。知らない物には知らない名前がついていて、新入生の作品なのだと分かった。
目を閉じると、鼻をつく画材の匂いがする気がした。結月は彼女たちの手を知っていた。背中を知っていた。笑い声を知っていた。美味しいバウムクーヘンの味を知っていた。
ここには、結月が夢を見ていた頃に過ごした世界があった。
知っているものがたくさんあって、知らないものだってあるのに、結月の名前だけがどこにもなかった。
みんなに置いて行かれたような気がして、自分が捨てたんだと思い出した。』
[『─玉響に“なけ”─』より 一部抜粋]*