『 それは、結月が目指す向こうにあるものだった。頭ひとつ分届かない手の先にあるものだった。
彼女の絵を見ると、美しさに震えるこころが同時に熱く燃え滾るのを感じた。結月はその温度に決して名前をつけなかった。つけてしまったら、自分がもっと醜いものに成り果ててしまう気がしたから。
息を潜めて、殺して、抗って。ある時、自分がどうしようもなく疲れ果てていることに気づいた。
肖像画を見上げても、結月のこころはあの頃のような熱を持たない。
今なら、黒い海を泳いだ龍の行き先も見届けられたかもしれない。
一年と更に半年が過ぎていた。
ようやく、結月に巣食う恋ごころは死に絶えたのだ。』
[『─玉響に“なけ”─』より 一部抜粋]