3 ― 星見る手紙 ―
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演者 シェルタン
[シェルタンが目を覚ました時、その身体は机に突っ伏していた。
元から濡れた痕のあった便箋は、さらに雫に滲んでいる。
便箋の上に置かれた緑のリボンもまた、丁寧に畳まれたままの形で微かに濡れていた。]
演者 シェルタン
――午前の文学資料館――
[昨日が終日欠勤を許す余裕のある日だったとすれば、今日はその逆。通常の業務に加えて、後日学校で開催される予定の「シェルタン先生のお話会」の準備も行わなければならなかったから。
この回のテーマを何に設定するか、どの戯曲を選ぶか、解説をどう纏めるか、等々。]
《 あの寝物語もやりたいけれど、
持ってきたあの戯曲本、未校正の僕の翻案だし。
うーん……どうするかな…… 》
[夜明けの涙は、ここにいるシェルタンの顔にはない。
開架書庫に収められた複製本の一覧を見ながら、一応の睡眠の足りている頭を捻る。]
演者 シェルタン
[忙しいとはいえ、昼休みの時間は十分に確保されている。
いつぞやの無断外出のペナルティもなければ、ただランチタイムを済ませるだけの隙間時間にはならない。
穀物の上に野草、豆類、ドラゴンの干物をまぶした料理を平らげた後、野草茶で一息ついていた時に]
《 寝物語以外でいくなら――…
あ。 そう、だった。 》
[昨日返信を書き損ねていた、一通の手紙のことを思い出す。
急ぎの用件ではなかったように覚えてはいるものの、もしかしてのもしかして――なんて奇蹟的なすれ違いがないとも言い切れず。
手紙の原本は自宅に置いてきたままだったが、ある程度の内容は覚えていた。
休憩室の備品のメモに書き記したその返信の文面は、帰宅後に改めて書き直されることになる。]
【秘】 演者 シェルタン > 新米修復家 キュー
[封筒や便箋の素材や形も、宛名書きの記載も前回と同じ。
ただし、差出人名は「惑星FO7402-1938：文学資料館 フルト」となっている。]
【秘】 演者 シェルタン > 新米修復家 キュー
キュー
初めまして、文学資料館のフルトにお手紙ありがとうございます……っていうのは冗談。
先日の手紙もちゃんと届いたよ。ありがとう。
やっぱり、これまでにも手紙を送ってくれていたんだね。ちゃんとした宛先を伝えられてなくて、すまなかった。
ともあれ、これできちんと手紙が届くようになって良かった。
申請受理の結果が出るまで、結構時間が掛かるのかな？
（この前の手紙に返事は急いでないってあったから、そうなのかなと思って）
僕の方も自由になれる目処はまだ立っていないけれど……でもお互い何があるか分からないし（良い意味で）、キューの言う通り、今から心構えしておくに越したことはないな。
ヘイヴンは本当に平和な星だし、多分この先も、当分は何事もなく過ごせる場所だと思う。
星から出て一座に戻ることが叶っても、時々でも立ち寄ってヘイヴンの人に恩返しができたらなって思ってる。って書くのは流石に気が早すぎるな……そう思えるくらいには、今の僕の居場所になっているよ。
いつか、どこかで、一座と作り上げた舞台をあなたに見て貰えることを、僕も願っている。
【秘】 演者 シェルタン > 新米修復家 キュー
秘密の方も守ってくれて、ありがとう。
話しちゃいけない秘密ってなかなかツラいこともあるけれど、話さないでくれて、助かる。
それで提案のことなのだけれど、是非、キューにヘイヴンに来てもらえたら嬉しい。
ヘイヴンはチノホシとは真逆の感じだけれど、だからかな、来るだけでも新鮮な場所だと思う。
ただ、野生大トカゲとドラゴンには迂闊に近 この話は実際にヘイヴンに来てからでいいか。生息地は町から大分離れているし。
僕を受け入れてくれた場所の人々に、あなたという友人を紹介できることを夢見て。
あなたも、僕も、お互いに日々を元気に過ごせますように。
喜びも悲しみも分け隔てなく、夢の世界の一つ一つを
思い出の宝物として持ち帰った、カナリアの王子より
【秘】 演者 シェルタン > 新米修復家 キュー
ごめん、もうちょっと書きたいことがあった。
といってもこれはそんなに大事な話じゃないから、適当に読み流したり読み飛ばしたりしてくれていい。
“ 演者 ”って生命体のこと、聞いたことあるかい？
他の死んだ生き物の身体を修復してから、その身体を自分の身体にするっていうやつ。
（死んだままの身体を操るウイルスだとかゾンビだっていう話もあるけれど、どうも都市伝説みたい）
一応宿主っぽくは振舞うらしいけれど、自我はあくまで“ 演者 ”、つまり宿主とは別人。
一応別人なんだけれど……結局宿主の頭脳に思考が引きずられちゃうっていうやつ。
【秘】 演者 シェルタン > 新米修復家 キュー
この話をした時ってだいたいの星で、ゾンビだって勘違いされたら勿論嫌な顔されるし、誰かの身体を別人（っていうか人間じゃない生き物）が使ってるってこと自体が気味悪いとか……そういう感想を聞くこともよくあって。
でも、そういえばチノホシの人々からは（ヒューマノイドでも、それ以外の人でも）聞く機会がなかったなって思い出したんだ。
やっぱり、他の星とは少し違う感想になるのかな、って気になったってだけ。
こんなの手紙で聞くよりで職場の世間話でいいだろって気もしたけれど、今はそういう話ができる相手もいないし……
【秘】 演者 シェルタン > 新米修復家 キュー
[手紙にはいくつか打ち消し線で文字を隠している箇所があるが、そのいずれも、よく観察すれば内容を読み取れるだろう。]
演者 シェルタン
[……さらさらとメモ書きをしていた当時にはなかった文面に、追伸というには冗長すぎる「甘え」が記されるのは、もう少し後の話。
その「甘え」の存在には、この後に書き記す手紙の影響も、あったのかもしれない。]
【独】 演者 シェルタン
[以前の手紙と同じ材質の封筒と便箋で。
「惑星ハーツ：アカツキ」宛てに、「惑星FO7402-1938：文学資料館 フルト」からの手紙は投函される。]
【独】 演者 シェルタン
アカツキさん
お手紙ありがとうございます。
アカツキさんからのお返事、ちゃんと届きました。
ヘイヴンは人がやってきてまだ日が浅いからでしょうか、ハーツやアッサ、チノホシ、アルカディア、ロサ……といった、数字と記号以外の正式名称がまだありません。
ヘイヴンって言ったほうが覚えやすいですよね。正式名称でピンと来なくても無理はないと思います。
ヘイヴンという星は、ここで新しい暮らしを送りたいという人であれば、どの星の出身者でも迎え入れます。
（星の大気や環境が文字通り身体に合わない、という人や生き物もいるかもしれませんが。育つ植物の種類はやはり限られてしまうかな）
前にお話しした通り、ハーツの人々を誤解したり悪く言ったりする人もいますが、そういう人に対しても正面から向き合えばきっと大丈夫だと、僕は信じたいかな。
もしものその時は僕もアカツキさんの力に……と書きかけてしまいましたが、アカツキさんにはこちらに行けない事情があるんですね。残念ですが、そういうこともありますよね。僕もですし……。
【独】 演者 シェルタン
時間を確認する時は、時計がやっぱり必要です。
リェッカ（僕の同僚です）は「空の具合見れば判る」なんて言いますが、あの人はヘイヴン暮らしが長い上に元々そういう技量に優れた種族なので、ヘイヴンの中でも少数派だと思います。
とはいえ、昼と夜の違いくらいであれば、僕や他の人々の目でも判ります。
真昼にほんのり群青に染まる空と、真夜中の真っ暗な星空。どちらも綺麗ですよ。
ヘイヴンでは生活が生活なので、自然と体力がつく人が多い印象はあります。
もっとも、開拓のために来た人々は元々力自慢の人が多いみたいですが……。
ただ僕自身は、華奢すぎると思われているのか、狩りや農作業などの力仕事の担当からは外されることが多いです。これでもスタミナや足の速さには結構自信あるんですけれどね。
【独】 演者 シェルタン
それと、前の手紙では変なことを書いてしまったと思います。すみません。（アカツキさん、乗り物好きなのかなってつい……）
アカツキさんの知らない場所、知らない星と人々の話を楽しんで貰えてうれしいです。
実を言うと、トカゲに乗るなんて話を言い出したのも僕の同僚です。（これは先ほど書いたリェッカではなくて、ジリアンという人です。二人ともそれぞれ違う形で破天荒な人で、本当ににぎやかです）
動物と心を通わせられたら、狩りができなくなる人もいるかも……？
とはいえ、トカゲと互いに心を通わせながら、僕らの移動の手伝いをお願いできるなら、すごくいいなと思いました。
アカツキさんの想像力の豊かさも、その想像から伝わる心の温かさも、ヘイヴンの人々に負けないくらい素敵だと思いますよ。
【独】 演者 シェルタン
ハーツについての話も教えてくれて、ありがとう。
やっぱり他の星での噂は間違っていたって判って、安心しました。
（こう書くと、僕がアカツキさんに心を読まれたくなかったみたいに見えてしまいますが……正直に打ち明けると、確かにそういう気持ちはありました。ごめんなさい）
怖がっている人たちには、僕からそっと伝えておきますね。
自分たちのことを正しく知ってほしい、理解してほしい、という気持ちは誰にでもあると思います。
だからそうした気持ちを、「わがままなお願い」だなんて言わなくていいと思いますよ。
今のハーツの人々の多くは心を読む力を要らないと思っているらしいと聞いて、少し驚きました。
外の星の人間である僕には、ハーツの人々の選択に口を出す権利はないとは思います。当事者でない人の言葉なんて、無責任にしかならないことも多いから。
それでもアカツキさんには、心を読む力が必要だと「信じたい」という気持ちを、大事にしてほしいなと、思っています。これは、僕からのわがままです。
【独】 演者 シェルタン
ところで、僕からもアカツキさんに尋ねたいことができました。
ハーツの人々の宗教観……に限らず一般的な考え方として、人間の魂の存在は信じられているのでしょうか。
（「魂」の説明は少し難しいのですが、脳や人工知能で生み出される思考や意識とは違って、生きている間だけ身体に宿って死ぬと身体から離れてしまう精神みたいなもの……と書いて伝わるかな）
アカツキさんのお話にあった「死んだ人を生き返らせることが出来る生き物」のことですが、上に書いた「魂」を信じるとすれば、残念ながら、この噂も間違いになります。
死んだ人の身体を生き返らせる生き物は、確かにいます。けれどもあくまで身体を直してくれるだけで、魂までは戻してくれません。
（「心は脳だけが作り出すものなんだ」と考える人にとっては、「死んだ人を生き返らせる」というのは正しいことと言えるとは思いますが……）
【独】 演者 シェルタン
実は僕自身が、この「死んだ人を生き返らせることが出来る生き物」です。
人々からは、僕らのことは“ 演者 ”、と呼ばれます。
僕らは、生き返らせた身体を自分の身体として使います。
今こうしてお手紙を書いている手も、お手紙の内容を考えている頭も、僕が生き返らせた人のものを使っているんです。
様々な星の人々から、僕らの存在は気味悪がられます。
元の人に成りすます、心まで奪ってしまう、なんて言う人もいます。（これらの言葉は、事実と言っていいです）
けれども僕らは、そうやって今まで生き延びてきた生き物……多分、そうしなければ生きられなかったのだと思います（あくまで「多分」です。僕らの進化の切欠になった出来事の記憶は、今の僕にはありません）
ごめんなさい、僕の方からも、アカツキさんに甘えてしまいました。
心というものに真剣に向き合ってきたハーツの人々、そしてアカツキさんにとっては、この事実さえも気味の悪いものかもしれません。
それでも、他の人の誤解を解いてくれようとしてくれるアカツキさんを信じたい気持ちが僕の中にあって、こんな話を書き綴ってしまいました。
【独】 演者 シェルタン
「尋ねたいこと」なんて先ほど書き綴ってしまいましたが、あれは大分難しい質問でもあると思うので、お返事は無理にしなくても構いません。
もしもお返事ができそうなら、くらいに考えて貰えたらと思います。
最後になりましたが、以前のお手紙を何度も読み返していただけて、僕こそとても嬉しいです。ありがとう。
他の星の人々からのお手紙と共に、僕からのこの手紙も届きますように。そしてこれからも、たくさんの星と人の話を、たくさん伝えていただけたらと思います。
フルト
【独】 演者 シェルタン
追伸
僕は昔、鳥の身体で生きていたことがあったように思います。
昔の身体の記憶はぼんやりとしか残っていませんが、自由に空を翔けていた時の、熱っぽくも涼やかで心地良い感覚が、未だによみがえることがあります。
その時と比較すると、やっぱりあの翼のついた車で飛んだ時は、ちょっと居心地悪かったかな……。
ミルファ（一座 僕の身体の昔の知り合いです）なんて、ものすごく怖がっていましたね。
とはいえ良い経験ではあったので、もしもアカツキさんが翼の車に乗る機会を得られたら、気を強く持った上で是非チャレンジしてみてくださいね。
演者 シェルタン
――午後の文学資料館――
[いつも通り（プラス、お話会の準備）の業務の中で、昨日受け取ったまま返信を綴れていなかった、資料館員の「フルト」宛ての返信を綴っていく。
ここに記された「甘え」は、少しの甘え、どころの話ではない。
それは、友でもなく、長い付き合いもなく、手紙の上でだけ言葉を交わした相手故に打ち明けられた話でも、きっとあったのだろう。]
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