3 ― 星見る手紙 ―
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演者 シェルタン
「聞いたぞシェルタン。
また僻地だとかバカにしやがって！
これだから銀河的大スター様は～。」
ああはいはいごめんごめん！
あとその「銀河的大スター様」の顔を
君は最初全然知らなかっただろ。
そもそも僕は「銀河的」っていえる程の
地位や知名度を持ってる訳じゃない。
[この星にまでは追手の手は届かない――という認識あればこそ、シェルタンはこうやって、宿主の素性をある程度打ち明けることができる。]
ただちょっと、銀河間交流の公的行事で
公演させてもらったことがあるとか、
それでお偉いさんにも評価されたとか。
あと出待ちで行列できたこともあったとか……
演者 シェルタン
「ほらやっぱり銀河的大スター様だ～！
ヤバいなーそのうち銀河間警察とか
パパラッチとかうちに押し寄せるのかなー。」
いや本当に違うから！
っていうか、仮にそうなったら、本気でその、
マズい、から……真面目に仕事しようリェッカ！
[シェルタンはもう一度咳ばらいをしてから、同僚のリェッカから顔を背け、本棚の埃払いへの没頭を決め込んだ。]
演者 シェルタン
[ところでヘイヴンことFO7402-1938においては、他の星や銀河からの情報は迅速には届かない。
これは、地表を覆う大気の影響で、惑星外との電波などでの通信が繋がりにくいため。
それ故にヘイヴンにおける外部との連絡は、宇宙船が集配していく手紙などの物理的な通信が主流となっている。
こうしたある種の隔絶性・辺境性も、この星が「安息地」「避難所」として目指される一因なのかもしれない。]
演者 シェルタン
[このような惑星事情>>91故に、「複数の銀河で活動する舞台役者・シェルタン」の行方が昨今の各銀河系のニュースでどう伝えられているかは、ヘイヴンの中では定かには知れない。
宿主の遺体を他者に発見された記憶や形跡はなかったから、恐らくは失踪扱い、どこかでは死亡説も出ているかもしれない（実際死んでいる）――そこまでは、ここにいるシェルタンにも想像できる。
リェッカに告げたこと>>88は、単なる口だけの謙遜ではない。役者シェルタンは生前から自らを「大スター」ではないと自認していたし、それは“ 演者 ”の思考でも変わりない。
確かに一座で星間・銀河間の交流には貢献したし、権力者との関わりも得た。けれどそれだけ、なのだと。
シェルタンは「舞台役者」という公の人ということもあり、追手以外の者からの捜索自体はおそらくされているだろう。
けれども流石に、自身の失踪によって国家や星や銀河の情勢が崩れるとか、そんな大それた事態にはならない筈――だけれども。]
演者 シェルタン
[正午に至る前に、館内の埃払いはざっと終えてしまう。
小さな来訪者が訪れるだろう正午より前に、シェルタンは受付の席に着く。来客対応がない間には、また別の事務作業を受付のデスクで行うわけだったが――]
「はーい、こっちの資料のコピーは完了～。
じゃあ次のやつやるから、シェルタンは
送付作業のほうお願いねー。」
[このコピーは、他星の図書館からの依頼に基づくもの。
難民たちが携えてきた本（文字通り、命懸けで携えてきた本もある！）の中には貴重な資料もあり、そうした資料の写しの送付を依頼されることがあるのだ。
たった今リェッカが電子データ化した資料を収めたメモリと共に、事務上の挨拶をペンで書き綴った紙の手紙を、小包の中に収めて封をする。]
あと今日出すものは、っと。
[星外に届けてもらう手紙や小包は他にもいくつかある。
終業時に宇宙船の発着場近くのポストに投函する予定のそれらを、デスク内側の籠に一纏めにして置いておく。]
演者 シェルタン
[こうやって文学資料館から出す手紙等の大半は、事務的な連絡を綴ったものだ。
とはいえその「事務」というのが、戯曲も含めた文学、文化に纏わるもの。相手方との遣り取りの内容によっては、ただテンプレート的なだけの手紙には留まらない。
これから封をしようとしている手紙も、そうした一通だった。]
……これで間違ってないよな？
リェッカ、もう一度見てくれる？
「えっめんどくさ……いやなんでもありません。
都会っ子の偏見が残ってないか、
もっぺんチェックしてあげるねー。」
[シェルタンがヘイヴンに辿り着いたのは、それなりに最近のこと。このヘイヴンでの移民たちの生活の在り方について理解しきっている、という自覚はなかった。
それ故に、居住歴の長い移民たちにも取材した上で書き上げた手紙の文面。
今一度リェッカに校閲を頼んでGOサインを得てから、今度こそ、とその手紙に封をする。]
演者 シェルタン
[実はこれら以外にも、シェルタンが今日ポストに投函する予定の手紙はある。けれどもそれは業務上の手紙ではなく、デスク下の籠の中にも纏められていない。
それは今、シェルタンの手提げ鞄の底に眠っている。]
――…、ああ、いらっしゃいサジャ。
ゆっくり見て……とは言えないけれど、
戯曲の方、好きに借りてってよ。
[同僚の手前。そして何より今、朝方の言葉通り>>36に資料館を訪れた小さな来訪者の手前。
鞄の底の手紙の宛先の者に対して思うことは、この時は、顔には出さない。
“ 演者 ”が宿るこの人間の頭脳もまた「役者」。
公の仕事こそないものの、今日も終業後に幼い観客たちへの公演を控えている>>35、舞台役者。
故に表情の切り替えも、感情の切り替えすらも、容易い。]
演者 シェルタン
[戯曲の棚に手を伸ばす子供の後姿を、シェルタンは受付のデスクから穏やかに見守る。その顔は微笑まし気に緩む――。
「この子の来訪を笑って迎えたい」という意思が、シェルタンにこうした表情と内面の穏やかさを形作らせていた。]
――はいそこ、そろそろ昼休み明けだろ？
どのホンにするか迷ってるなら、
全部持ってっちゃっていいから。
「なんだよシェルタン……って、え、いいの？？
ってそっか、10冊まで借りていいんだった。
じゃあ全部持ってくからよろしく！」
[そんな正午過ぎの、いい大人とちょっとワルい子供の他愛ない遣り取り。
真昼ながら相変わらずの薄明の中、布鞄に戯曲の複製本をいくつも詰め込んだ学童サジャを、玄関を出て少し過ぎたところまでシェルタンは見送った。]
演者 シェルタン
[薄暗い群青の空の下、ランタンも持たずに外に出たシェルタンは、ふと手提げ鞄の底の手紙を摘まみ上げた。
業務中とはいえひとりになったことで、秘めていた感情が少しだけ、身体の動作となって表出したのだ。]
《 “ 僕 ”の――否、この人間の死を、
あの人たちはやはり
あの人たちは、……、あの人は。 あの人が、 》
[シェルタンはひとり、宇宙船の発着場近くまで駆け出した。
……昼休み休憩の時刻よりも少し早い外出になってしまったけれども、この時のシェルタンにはそこまで考慮する頭がなかった。]
演者 シェルタン
《 ……こんな姿を知ったら何って言う。
自分を偽りたくないからロサを出た僕が、
一番、自分を偽っている、じゃないか。 》
[宿主が残していった頭脳が、まるで宿主らしい思念を心裡に吐き出していく。]
《 あなたが僕の側にいたなら、
こんな嘘も、全部、
嘘だと気づいてしまうんだろう。 》
[手作りといった感のある、簡素で質素で小規模な、宇宙船発着場。その近くの、白いポスト（薄明故に、白よりは淡い青紫色に見える）の前に立つ。
華奢な指先は手紙を抓んだまま、投函口へ伸び――。
既にポストに幾らか入っていた手紙の上に、その手紙は、ぱさりと音を立てて落ちた。]
演者 シェルタン
―― 午後の文学資料館 ――
[シェルタンは業務中の無断外出（不在）を、リェッカから軽く、しかし確りと咎められていた。
この間、何か来館者とのトラブルが起きた訳ではなかったのだが]
「――というわけで、シェルタンのサボりによって
ボクが返上せざるをえなかった休憩時間24分、
ちゃーんと今から取らせてもらうから
その間の対応お留守番雑用その他任せるね！」
言い訳の仕様もございません……。
[外出時に何かしら食べてきたわけでもないこの「サボり」は、幾らかの空腹に耐えながら、大人しくリェッカに従うこととなった。]
演者 シェルタン
《 お腹が空くのはやっぱり苦しい。
人間の生きている身体なんだから、当たり前だ。 》
《 ……苦しみとは、魂を磨き輝かせる御恵み。
いつか神さまの御許に至る魂への御恵み。
故に僕らは、この
そう信じていたことも、あった、けれど。 》
[空腹は時に、思考に緩みを齎す。
受付のデスクで館内を見守る中、ふっと、宿主の記憶が頭の中で辿られて]
演者 シェルタン
《 苦しみはあくまで“ 僕 ”――否、僕の苦しみだ。
神さまが姉さんに病を授け、御許に召し上げた時、
その時のあの涙も、僕の涙だ―― 》
[そこまでの思念が過ったところで、はっと我に返って姿勢を正す。
戻ってきたリェッカには、幸い、この幾ばくかの放心は見られずに済んだらしい。仮に見られたところで、ちょっと小突かれる程度で終わっていたかもしれないが。]
演者 シェルタン
[こうして本来の休憩時間を24分削った昼休みに（昼休み自体は取らせてもらえた）、漸くシェルタンは昼食にありついた。
時間があまりないこともあって、ここで抓むのは本当に簡単な軽食。
薄明の中でも育つ穀物製の円形パンに、やはりこの土地に適合した豆類のペーストを挟んだサンドイッチだ。]
《 そうだ、あの人だけじゃない。
一座にも、ファンたちにも、
世話になったスタッフたちにも、
僕から一言くらい……でも、 》
[自身の生存と居所を明かす手紙を迂闊に多くは出せない、という逃亡者の思考。
それでも仲間や支援者を心苦しくさせたくない、という「一座の一員」の思考。
穀物の微かな甘味と豆の油味を感じ取りながら、宿主らしい思考のあいだで“ 演者 ”は迷う。]
演者 シェルタン
《 ……いや、出そう。
せめてあの人にだけでも。 》
[ひとり、返信しようとして、し損ねていた相手のことを思い出す。
原因は当時の多忙か別の何かか、それについては置いておこう。
休憩室の備品である粗雑な造りのメモ用紙に、やはり備品のペンで文字を走らせて――。
後にこの文面は校正され、別のものに改めて書き直された手紙という形で、この日の夜にポストに投函されることになる。]
演者 シェルタン
――終業後の夜――
[長く曖昧な薄明の昼が過ぎ、真に夜の帳が落ちる時。
星の瞬く闇天の下、移民居住地にある学校の前の空き地。
そこで行われるのは、チケット代を取らない、純粋にただ「見てもらう」だけの小さな公演。
観客が手にするランタンと、木々に提げられたランプの光に囲まれる形で、その「役者」はいる。
微かな星明りと、あたたかな人工の灯りに照らし出された人間の影かたちは、同種族の目からは男性の身体に映るもの。
纏うのはシンプルなジャケットにボトムスに寒さ除けのマフラー、右耳にはいくつものピアス――ある種の文明圏における「都会っ子」のごく普通の出で立ち、ではあった。けれども――]
演者 シェルタン
[演じられていたのは、難民の子供のひとりの祖星の古典劇を一人芝居に翻案したもの。
祖国の王に追われて最果ての島に辿り着いた姫君の物語。
音楽のない、天井もない舞台。
そこに立つ役者の姿も、声の響きすらも。
ただひとりきりの決意と希望を語る女のものとして、そこにはあった。
観客は学校の子供たちだけでなく、その親である大人たち、ただ単に通りがかりで見かけた者たちも。
姫君の凛々しい立ち振る舞いにわあっと上がる歓声もあれば、その境遇に小さくすすり泣く声もあった――そんな舞台だった。]
―――…、改めまして。
この度はご観覧、ありがとうございました。
[役者がそう終演の挨拶を述べ深くお辞儀をした頃には、「運命に負けない、孤高の姫君」はいつもの「シェルタン」に戻っていた。]
演者 シェルタン
「ありがとシェルタン！
このお芝居ね、お母さんがすごく好きだったの。
わたしちゃんと見たことなかったから嬉しい。」
そっか、良かった。――ありがとう。
また何かリクエストがあったら
いつでも言っておくれよ。
[その「お母さん」のいない学童は明るく笑いながら役者の手を取り、役者もまたその子に屈託なく微笑む。
そのうちに他の子供たちも、我も我もと舞台の話をねだりだし、一部の子たちの親が慌てることになるのだが、それもいつもの他愛ないこととして――]
演者 シェルタン
「いやー資料館の人、芝居できたんだなー！
声の張り方とかすごかったわ。」
「低い声なのにガチで女っぽく聞こえるとか、
歌までめちゃくちゃうまいとか、いやーすごい」
[大人の観客のひとりからそんな感想が投げられた時、シェルタンは少しだけ曖昧に笑った。]
あっはは……ありがとうございます。
昔、発声についてはすごく鍛えられたんですよ。
当時は知らなかったんですが、なんでも、
役者の中でもきちんと学んでいる人は
相当限られているみたいで。
[この宿主は役者として活動していた時、特に自身のルーツを隠しはしなかった。かといって喧伝もしていなかった。
だから、彼がロサ生まれであることは、知る人ならば知っている。そして熱心に探究する者であれば、その発声法がロサの劇団で学ばれるものだとも知っていておかしくないだろう。]
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