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え。
………これを、わたしに?
[暫しのあと、受け取ったのは2枚のハンカチでした。>>139 思わず目を丸くしてぱちぱちと瞬きをし、相手を見つめます。嘘ではないようでしたので、わたしはお礼を言って受け取りました。]
ありがとうございます。姉も、きっと喜びます。
[わたしを見守ってくれる父も、優しかった母も、仲の良かった姉も、もうこの世にはいないことは、彼には話さないでおきました。家の名を捨て、新たな名前で生きていこうとしていることも。
それでも、すべてを捨ててきたわけではありません。家族と写ったいくつかの写真、父の形見のネクタイピン、母の形見の結婚指輪、そして姉との形見の絵本。
誰かに見せたり話したりすることはないでしょう。わたしが捨ててきたのは、憐れみ、悲しまれ、不幸だと言われる毎日です。わたしは、思い出とともに、密やかに生きていくつもりです。]
…素敵なお買い物、お子さまと一緒にできるといいですね。
それから…奥様とも…
あっ…その、
これは本当に勝手なのですが、
もし奥様がジャスミンのお花がお好きであれば、
ホワイト・マーブルでお花屋さんを探してみるのもいいかもしれないですね。
[宇宙船内に、お花屋さんは……どうだったでしょう。
蛇足のような提案は、本当に、相手にとっては蛇足すぎたかもしれませんが。**]
/*
花言葉は「愛らしい」
誘惑とかあるのは秘密
マダガスカルジャスミンという種類は「二人で遠くまで旅を」という花言葉で、実はこれいいなあと思いながら名前をジャスミンにした節はありますよ。
─夜・通路窓辺─
["ふたりで遠くまで旅する” …これは、ジャスミンのひとつの品種の花ことばです。
昔むかし、わたしと姉・カトレアが、自分たちの名が花の名であることを知ったとき、女の子らしく、ふたりで花ことばを調べたことがありました。
ふたりとも、かわいらしい、という意味合いの花ことばが主流となる中に、わたしたちは、この言葉を見つけたのです。
ふたりで、いつか遠くまで行きたいね。
これは、わたしと姉の小さなころの約束でした。
………………忘れたことなんて、なかった。なのに、わたしはきっと逃げ出したのです。ジャスミンの名前を棄てて、家のことを棄てて、誰も知らない場所で、ひとりきりで生まれ変わろう、なんて。
カトレアのお墓も、思いも、全部あの家に街に国に星に、置いてきて。わたしひとりで旅に出ようとしていました。いえ、旅に出てしまいました。
わたしはいただいた2枚のハンカチを握りしめます。地球の色と、ホワイト・マーブルの色をした、美しいハンカチです。あの頃と同じように、お揃いの。]
いまからでも、始められるでしょうか
[つい口に出しました。といっても、あの家に戻るつもりはありません。棄てたなまえも、決意も、今さら撤回するつもりはありません。でも。…わたしひとりで、ふたりぶん。姉の分まで、遠くへ旅に出ること。それなら新しいわたしでも、できるきがしたから。]
ここに、居てくれるでしょうか。
[問いかけます。口に出した言葉に、もちろん返事はありません。それでもわたしには聞こえます。『だいじょうぶだよ』って。『あなたの幸せが、わたしの幸せ』。そんな都合のいい声、でも確かに聞こえた気がしたんです。
通路の窓の外には、間近に迫るホワイト・マーブルの姿がありました。
“ふたりで”旅して、ここまで来ました。
きっと大丈夫。地球と同じく、水も大地も存在するホワイト・マーブルなら、ちゃんと芽吹くはずだから。**]
─夜・通路─
[ぼんやりとしていたら、声を掛けられました。>>176 以前コーヒーをいただいた際には、ミルクたっぷりでお願いしたでしょうか。>>0:38 その時、彼がアンドロイドであること、乗客のひとりであることをお伺いしたはずです。お名前もお伺いしていましたね。]
ああ。スイッセスさん。そうですね、ホワイト・マーブルが、こんなに近くに。
[展望施設ほどではなかったかもしれませんが、窓辺からも十分それを見ることはできたでしょう。少し微笑んで、指を指します。]
…ああ、ありがとうございます。
えっと、その… 素敵な乗客の方に、プレゼントいただいたんです。
あの、‥‥その。お名前が、わからなくて。
[贈り物までいただいたというのにお名前が分からない失態を恥じるように、取り繕いながらそう言いました。]
素敵ですよね。まるで地球と、ホワイト・マーブルのよう。
わたし、これがあれば、地球のこと、絶対忘れずに済む気がします。
[うっとりとそれを掲げてそう話した後で、ふと、気になることを訊きました。]
人間は…いつか記憶も薄れます。
もちろんその記憶を定着させるような技術だって、きっと無くもないんでしょうけれど。でも、自然な生を選ぶのであれば、やはり。
アンドロイドだと。やはり忘れることなんて、ないんですよね。
[そう、きっと彼はこの先もずっと、覚えているのだと。
……彼の行く末など、わたしには知らない故に。 *]
─昨日・庭園─
[本を読んでいる姿を目撃した話をすれば>>190それは意外だったようで驚いた顔をされました。紙のほうが目に優しい、はまだ分からない感覚。曖昧に笑います。
そんな彼はわたしの手元に目を留めます。それは古びた絵本。唯一無二、というわけではないので、そのタイトルはもしかしたら既知のものだったかもしれませんが。古い、古い、絵本です。]
……子どものころ、買ってもらった大切な絵本なんです。
地球に遺しておけなくて、持ってきちゃいました。
…こうして、たまに読み返すんです。
[好きというよりかは、大切なのだ、とその人には伝わったでしょうか。]
そういう思い出の本とか、あったりしませんか?
[目の前のその人は、どうだっただろうか、なんて。そんな問いかけをひとつ。*]
─夜・廊下─
[名も知らぬ紳士の話。きっと名を聞く機会はもうないのだと思っていました。だからそうですね、まさに名探偵・スイッセスさんの推理に、わたしは目を丸くしたのです。>>203]
ええっ、まさにその人です。
…スイッセスさん、何か探偵用の機能が搭載されているんですか…?
[驚いた顔のまま、大真面目にそんな問いかけをします。たとえば人間の目には見えない指紋が検出できる機能だとか、過去の記憶を読み取る機能だとか、監視カメラと連動してるとか、心の声が聞こえてしまう機能だとか…!? なにそれちょうほしい… いえ、そんな欲望全開のふざけた心の声までは読まれてはなりません。ふるふるふると首を横に振りました。]
[…閑話休題。
そんなスイッセスチョウスゴイアンドロイドノキノウが搭載されていようが搭載されていまいが、やはり記憶はすべて残り続けるそうでした。>>205 その合間に彼が零した妻が亡くなった、ということばは、すこし哀し気に受け止めましょうか。
そうして、問いかけられた質問に、そんな悲しい顔のまま、曖昧に笑って首傾げます。]
…当たらずも、遠からずなんて、ところでしょうか。
地球には思い出、たくさんありますよ。
とても仲の良い家族だったんです。
だから忘れたくないと言えば、忘れたくなんてない。
でも、スイッセスさんの奥様と同じく。家族はひとりずつ、みな、亡くなりました。すべてが仕方のないことだったと割り切るには時間はかかりましたが、…そうですね、亡くなってなお、これから先もずっと覚えていたい、そう思います。
[地球色のハンカチを握りしめ、そう語ります。]
……でもね。
寂しくて悲しくて、どうしようもない時期もあったけれど、
わたし、たぶん前向きなんです。
だから辛くて逃げたいとか、そんなことは決してなくて。
…どちらかというと、周りの目が辛かったかな。
可哀想だ、不幸だと、わたしに対して向けられる目。
…家族が誰もいなくなった今。わたし、ひとりで初めから、皆の分まで、生きてみようと思うんです。
……そんな中で、ひとつ不安があるとしたら、「記憶」だなって。地球から離れて、いつかすこしずつ薄れていく記憶。
……記憶の残るスイッセスさんが羨ましかったりします。
[だから、そんなことを訊いてみたんですよ、と。わたしは添えました。**]
[それからわたしはスイッセスさんの語る記憶の話に耳を傾けます。>>222>>223 記憶の上書き。大切なものは、大切なもので上書きされていくのだ、と。失うことを恐れるよりも、得ることに喜びを感じてほしいのだ、とスイッセスさんは語ります。]
新しい幸せ…
[ゆっくりその言葉をかみしめるように、わたしは独り言ちます。]
忘れることも、怖かったのかなあ…
[これは、独り言でした
いまある幸せを、すこしずつ拾って、見つけて、わたしは暮らしてきました。ささやかな日常を繰り返しながら、少しずつ、記憶が風化してしまうのではないかと、それを恐れていたように思います。
幸せを得ることが、“忘れる決心”だなんてヘンな話だけど
でも、これから新しい暮らしを始めていくうえで、忘れることをも恐れないで生きていくのが、今までのわたしを“棄てる”と決意したわたしの、次なる課題なのかもしれません。]
……実感、わかないですけど、
だけどありがとうございます。なんとなく、心の在りようが見えた気がします。
スイッセスさんの、おかげで。
[そんな風にお礼を述べましょうか。そして思っていたことを口にします]
……あの。
これは、失礼に当たってしまったら申し訳ないのですが
[前置きは、とても大事なので。そんな言葉を添えてから]
スイッセスさんって、とても“人間らしい”なって思います
わたしなんかよりずっと、人の心の在り方がわかってる
[もしかしたらアンドロイドの技術自体がすごいのかもしれない。昨今、色々言われていることも>>265目にしていないわけではありません。でもわたしは、こんな言葉を選びました]
今を生きているスイッセスさんが素敵な方であるのと同時に、
過去を生きていたスイッセスさんのモデルになった方も、とても素敵な方だったのでしょうね。
[詳しくお伺いしていなければ、その方の詳細についてはわかりません。妻が、という言葉からも「そういう」モデルがいるのだと推察くらいしかできなかったんです。
だけど、過去の人格を作り上げたのであろうモデルの方と、今のスイッセスさん、どちらが何か欠けていてもきっといまの素敵なお言葉はいただけなかったのでしょうから。
ふたりでひとり、という言い方も何かが違って
同じ人格、別の人格という言い方も何かが違って。
でも確実に、過去から未来へふたりが紡いで、今のスイッセスさんを作っているのだろうと、わたしは思うのです。 **]
─昨日・庭園─
[深入りしないその言葉が優しく、そして温かく感じられました>>281]
ありがとうございます。
だと、わたしもうれしいです。
[だからわたしも父のことについては触れず、そう答えるに留めて微笑みます。もちろん本心です。
ところで、目の前のひとは、庭で本を読むほどの人ですから(お菓子やお酒を片手にのようですが!)、てっきり本がお好きな方だと思って話を聞いたのです。そうしたら「本は読まない、飽きてしまう」と返ってきた言葉に、すこしびっくりしました。]
そうなのですか?てっきり本がお好きなのかと
……ふふ、もしかして飽きて眠っていらっしゃいましたか?
[くすくすと笑います。もちろん気分を害されるようでしたら謝りました。]
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