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[彼女はその相手を「素敵な乗客」と称した。このリベルテには沢山の乗客が乗っているし、私が見知りになった人は誰もが違った意味での魅力を持ち「素敵」である。
名探偵、否、迷探偵スイッセスの丸眼鏡がきらりと光る。
私に解けない謎は…あるが、考えてみようか。
誰かが彼女にハンカチを贈る意図はなんであろう。
感謝?それとも求愛?
こういった上品な振る舞いを出来る人は…]
その方は40代ぐらいのビジネスマン、
スーツ姿の男性でしょうか?
髪は緩いウェーブで薄紫がかり、
眼光は鋭く…片目に薄ら傷のある方では。
ええ。生きることすら、寿命すら。
身体を機械化すれば随分延ばすことが出来ますね。
…そういうのを望む人も沢山います。
私の妻、ドロシーはそれを嫌がり、
亡くりましたが…。
はい。私は製造されてからの十年間、
すべての事柄を記憶していますよ。
ただ…私は出来る限り人間らしく振舞うよう
プログラムされていますから、
それらを都合よく引き出したりはしませんし、
忘れたように行動することもあるのですが。
[そう話しながら、私は彼女が何故そんな話をしたのかを考える。
地球に似たハンカチ。記憶。つまり。]
リーンさんには、地球に忘れたくない人や、
思い出があるのでしょうか。
それを残してホワイト・マーブルへ
移住されるのでしょうか。
……貴女はいつもそうして花のように微笑んでいる。
でも、もしかしたら何か、
お辛いことなどあるのでしょうか。
[少し、踏み込んでみるのは今日が彼女と話せる最後の日と思ったからだ。私は船を下りて、この船で出逢った人たちに再び逢えるのかわからない。
その時の私はどれだけ記憶がある状態かわからないから。
今、話を聴くことで、私は何か彼女の手助けになれないだろうか。
烏滸がましいかもしれないけれど、そんな風に思うのだ。]*
――食堂(最終日の午前)――
[彼とのやり取りは漫才の相方とのボケツッコミのようでとても楽しいものだった。
スイッセスの学生時代にはこんな感じの親友がいて、彼に少し似ている気がして私は懐かしく想ったり。
友との時間は珠玉である。>>182
焼肉サンドがいつものようにみるみると消えていく豪快な食いっぷりに惚れ惚れする。嗚呼、こんな光景を見るのも今日が最後か。それは少し…ほんの、少し。]
え。本当ですか?
私にも気付かない事が、
私に変化として起きているとは…
なんとも不思議です。
[それは確かに他者からの視点でないとわからないことだろう。彼の指摘はとても興味深くまた、彼が私をよく見てくれていたという事だから嬉しかった。]>>183
[初めてのモデルに私は照れてしまったが、彼の好意とお言葉に甘えていつものように珈琲を淹れた。
クロッキー帳の上を走るペンの音を耳にしながら用意したエスプレッソは、ある意味の共同作業の賜物のような。]>>185
[完成した絵は、彼の独特な線が活かされながら臨場感に溢れるもので、私が、スイッセスが生きてそこにいるかのような仕上がり。
紙を握る手が震えたのは感動のせいだ。何度も何度も礼を述べても足りない気がしたが、描き上げた彼も満足そうであったから…これで、きっと友として対等なのだろう。
実に気持ちいい。]
カラントさん、ありがとうございます。
どうか…どうかお元気で。>>186
[友の行く末に沢山の幸と、喜びと、成功がありますように。
手を振りながら私は願いを込めるのだった。]**
[彼女の家族について、私は今まで聞いたことがなかった。若い女性が一人で移住するには何か事情や理由があるとは思っていたが。
小さな蕾みたいな唇から漏れ語られる言葉に、耳をそばだてる。
その声は小鳥の囀りのように愛らしく可愛らしいのに、
私が知った内容は中々にヘビーなものであった。]
そう、だったのですか…
では貴女は一人なのですか?
…大切なご家族だったのでしょうね。
[私の妻は老齢であったから、亡くなるのはある意味の人の自然だ。しかし若い彼女の家族が次々亡くなるとは、余程の事情があるのだろう。災害や事故に一家事巻き込まれたか、または病気か…。もっと物騒な事も考えられるが、憶測を重ねるのも良くない。
彼女は地球を離れることになった理由について話してくれた。
周囲の目、の話しには胸がズキンとする。私だって、話を聴いた時は同情してしまったから。
でも、彼女の言葉はとても力強い。
こんなにも、手折ればぽきんと折れてしまいそうな花なのに、真っ直ぐに咲いている。]
記憶は結局容量だと言われてはいます。
似たものは上書きされていくと。
でも、もしそうであるなら、大切な人の記憶が
上書きされる時っていつなんでしょうね?
…貴女はとても家族を大切にされてきた。
しかし、これから先貴女は沢山の人に出逢い、
その中に家族のように大切にしたいと
思う人がいるかもしれません。
その時に、記憶の上書きが起きるならば…
それは多分、貴女の隣にまた大切な人がいる、
という事ですよ。
新しい幸せがあるという事です。
…亡くなったご家族はきっと、
貴女の行く末を心配しているでしょう、天国で。
幸せを願っているでしょう。
だからもし、その時が来たら。
…失う事を畏れるよりも、得ることに喜びを感じて。
幸せになってほしいなと、私は思います。
[彼女に寄り添えたか、どうか。私は常に自信がない。
ただ精一杯、想いを込めてそう言葉を贈った。]*
――カフェ(最終日の日中)――
[昨日私は『宙色の鍵』を読了、その感想をツァリーヌと話し合ったりした。
そして今朝はアーネストに珈琲豆を贈り、書き上げた手記をカプセルに入れて宇宙に放って貰った。
これはそんな後の一幕。食堂にてカラントに焼肉サンドを振る舞い、スケッチを頂いた後、私はカフェにやってきた。
食堂ではカラントの為にエスプレッソを淹れたので(※エスプレッソはマシンで淹れる。圧力が必要だからだ。私はアンドロイドだが、珈琲マシンではないので圧力をかけてお湯をろ過することは出来ない。)、今度はいつものように普通の珈琲を点てたくなったのである。
よって、かの小説家がハムサンドとオレンジジュースを先に注文していた時、カフェにはまだ珈琲の香りは漂っていなかった。]>>231
[私はいつものようにカウンター内にずけずけと入る。慣れた手つきで珈琲を点てると、カフェ内にこう声を掛けた。]
どなたか珈琲を召し上がりませんか?
淹れたてですよ。
[私は、何度か珈琲を振舞った事がある女性の姿を視界に捉えた。彼女の職業など詳しいことは聴いてはいないが、
私の方の事情――アンドロイドであることや、亡き妻の存在、ホワイト・マーブルにいる息子の現所有者、記憶を消去される予定などは特に隠さず話したとは思う。
私が自己紹介をし、相手がしないのを私は全く気にすることはない。
人には人の事情があるし、特に女性ならば猶更言いたくないことだってあっておかしくないから。
なので、私は彼女の名前を存じ上げているぐらいだ。
さて、私の声掛けに彼女が応じてくれるかはわからない。
もしも食後の珈琲を望んでくれるのならば、すぐに提供は出来るのだけれど…。*]>>232
[その時、つけっぱなしになっていた壁面の薄型テレビがこんなニュースを告げた。
『次のニュースです。
アンドロイドの人権問題に関して、市民から賛同と反発の二つの対立する声が上がっています。
人間の生活に今や欠かせないアンドロイドという存在。
昔のロボットとは異なり、アンドロイドは心を持つような言動や行動を取ることがあります。
そういった彼らを家族のように思う人も多く現れるようになりました。
家族に人権がないなど、以ての外です。
しかし逆に、アンドロイドに人権を持たせたら人間の人権が脅かされると考える人たちも存在します。
本番組では独自の取材によってこの問題を掘り下げて行きたいと思います。
アンドロイドは、人なのか、それとも機械なのか。
彼らの人権は認められるべきか、否か――』>>124]
[私はただぼんやりとその内容に耳を掛け向けていた。
これは自分について語られている事なのか?
その実感すら薄い私とは、一体……。]**
[素直さに溢れる彼女を私はとても好ましく思っている。
スーさんなんてあだ名で私を呼んでくれたのも嬉しかったし。
花に喩えるならマリーゴールドのような女性。
私は何も恋をするだけが幸せだと、彼女の元同級生みたいな価値観は持ち合わせてはいないがそれでも。
まだまだ長い人生を歩むであろう彼女に、いつか素敵な出逢いがあるといいなと思わずにはいられない。
…この船では色々な出会いがあったなあ、と感慨深く思い出に浸る私である。]**
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