3 ― 星見る手紙 ―
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演者 シェルタン
[緑のリボンがシェルタンの淡色の長い髪に巻き直された頃には、紅潮したままながらも、幾らか落ち着きは取り戻していた。]
僕の、生まれた日？
……そっか。「カラス」が生まれたのは、
確かに今日、だもの、な。
[遠い記憶の彼方過ぎて何時とも知れぬ、“ 演者 ”の生じた日ではなく。
勿論、シェルタンという人間が生を受けた日でもなく。
個としての名を得て、アルレシャからその名を呼んで貰えた、この日のことだ。]
演者 シェルタン
[彼女が施設で教わったという祝意の言葉は、ロサの外でも度々聞かれるもの（勿論、ヘイヴンでも）
記憶の中に確かにあった筈のその言葉は、けれども何故だかカラスには新鮮に感じられた。
“ 演者 ”という生き物の何時かも判らない誕生日が祝われたことなど、これまでただの一度もなかったのだから。
慣れない祝意ながらも、温かさを受けたように頬は緩む。]
ありがとう。
これからの一年も――これからの、僕の
精一杯、生きていきます。
演者 シェルタン
それと、さっきはちゃんと言えなかった、けれど。
[カラスは一度深呼吸してから、アルレシャの目を見つめた。
そして今度こそ、「さん」付けを無くした呼称を、淀みなく口にする。]
アルレシャ。
僕は喜んで、あなたの家族になります。
僕にだって、出来ないこととか結構あるし……
少しずつでも、無茶しない程度に、
一緒に頑張っていけたらいいなって。
[胸を張って告げてから、さらにもう一度、深呼吸して――]
演者 シェルタン
アルレシャさえ望んでくれるなら。
この身体が朽ちるまで、あなたと生涯を共にします。
シェルタンさんの代わりじゃなくて、
ただの一個の生き物の、カラスとして。
[この胸の高鳴りも、結局は、シェルタンの記憶故のものなのかもしれない。それでも。
カラスとしての恋心が、まだ芽吹いていないとしても。
この人と生涯を共にしたいという願いは真実だと、カラスは信じている。]
演者 シェルタン
《 これから始まる、“ 僕 ”の物語。
その終演は、かの青い鳥が何処かに
飛んで行ってしまうシーンではなく。
ちゃんと、あなたと共に迎えられる
ハッピーエンドにしたいのです。 》
演者 シェルタン
《 思えば、僕にとって――
シェルタンにとっての「家族」とは、
失ってから大分久しいものだった。 》
《 僕には、父母についての思い出がない。
というのも、僕が物心つくより前に
「神さまの元に召し上げられた」とだけ
姉さんや大人たちから聞かされていたから。
あの日の僕は、何故、と問うこともしなかった。
信仰交じりのその事実を、僕はただ
そういうものかとだけ受け止めていた。
「親が召されただけのごく普通の子」として、
大人たちからも、遊び相手からも接されていたからか、
何かしらの疎外感を得た覚えも特に無かった。 》
演者 シェルタン
《 ……けれど姉さんは、どうだっただろう。
姉さんはあくまで、大人たちと同じように
この事実を「神さまからの幸い」として
気丈に笑って話していたけれど。
父母が「召し上げられた」事情、経緯。
多分姉さんは、知っていたんじゃないか。
その上で姉さんは、僕の唯一の「家族」として
笑顔のまま、僕を守り続けていたんじゃないか。 》
演者 シェルタン
《 歌劇の道に心惹かれてからも、僕は
事あるごとに姉さんの後ろについていた。
そんな、姉さんっ子の弟、だったんだ。
いつからか、そんな僕の口から零れだしたのは、
次第に「姉さん」よりもあの人の名前ばかり。
そんな僕にも、「あの子が好きなのね」と
姉さんは陰りもなく笑ってくれたんだ。 》
演者 シェルタン
《 そんな姉さん自身が「召し上げられた」のは、
他の大人たちの助けもあったとはいえ、
唯一の「家族」としての気苦労とか、疲れとか
……悲しみとか、寂しさ、とか。
そんな
そんな姉さんはあくまで、本当に、さいごの時まで、
ずっと、ずっと、僕に笑顔を向けていたんだ。
姉さんとの別れの時、苦しくて堪らなくて涙してなお、
「ごめんなさい」の一言を言えなかったくらいには、
僕は、姉さんの胸の内に対して鈍感だった。 》
演者 シェルタン
《 僕の苦しみは神さまとの決別に繋がったけれど
姉さんはあくまで、あの星に還っていった。
そんな姉さんの魂が神さまの御許に至っても
僕の魂は――“ 僕 ”による蘇生の際に失われている。
姉さんは、僕の全然知らない
父さんや母さんに会えたのかな。
……僕だけが、そこにはいない。いられない。 》
演者 シェルタン
《 それでも、もしも姉さんの魂が、
僕のことを見守り続けてくれて――…
“ 僕 ”のことも、見ていてくれているなら。
どうか、この言葉が届いてほしいんです。
僕はあれから、ちゃんと生きていました。
シェルタンは、ちゃんと、生きました。 》
演者 シェルタン
《 そして、神さまから賜った思いとしてではなく、
僕自身の想いとして、改めて伝えたいんです。
姉さんの思いに気づけなくて、ごめんなさい。
そして、僕の傍にいてくれて、ありがとう。 》
演者 シェルタン
[……ところで、カラス演じるシェルタンのヘイヴンでの自宅は、あくまで単身者向けである。
難民含む移民向けの簡素な住宅の中には、家族での避難を想定した設備の部屋もあるものの――きちんとした転居には自治体役場での交渉や手続きが必要、とのこと。
ともあれカラスの自室は、私物がほとんどない所為か散らかってはおらず、人ひとりを招くことはできる。
そしてふたり暮らしもとりあえずはできそう……というには、ベッドが一つしかない、テーブルも小さなもの一つ、棚とも呼べない木箱を棚代わりにしている、などのの問題もあった訳で。
アルレシャと「家族」になると決めたカラスがこの住宅事情にどう向き合ったかは、ここでは置いておこう。]
演者 シェルタン
[さて、ヘイヴンへの帰還直後には確認できていなかった「フルト」個人宛ての手紙を、この日に漸く回収し、自室で開く。
そのうちの一通の宛先には、強く滲んだ痕があった。
――それだけで、自分がその人に告げたことの意味を、改めて自覚させられた。
その書き出しは、キューはもうこちらを「シェルタン」でないと理解している、と判るもの。
本文にもところどころ強い滲みが見られる手紙を、カラスはゆっくりと、読み進めていく。
この時もう既にアルレシャには「愛する人」の訃報を伝え、受け止めて貰っていたとはいえ。
「友人」の死を告げられたキューからの手紙に向き合うことが、苦しくならずに済む訳ではない。
言葉の上には表れていない感情を示すかのような滲みに覚える、息苦しさにも似た胸の閊え。]
演者 シェルタン
[それでも、綴られていた――綴ってくれた「友人」の言葉が、胸の閊えを少しずつ融かしていく。]
……、ありがとう。
[手紙にも綴ったその感謝を、カラスはぽつりと口から零した。
その人の前でも素顔でいられること、素顔でいていいのだ、ということへの安堵と感謝だった。
けれども――。
舞台という場を通じて、初めて出会った友でもあるが故に。
何より、一座の一員としての舞台をまた「見に行きたい」と伝えてくれていた故に。
カラスとしての素顔以外の「顔」での願いも、返信には綴られる。]
【秘】 演者 シェルタン > 新米修復家 キュー
[今度の手紙は再び、ヘイヴンの雑草で漉いた紙の封筒と便箋に綴られる。
チノホシ管理システム宛てに、キュー宛てに転送する旨が表面に記載された封筒。
裏面の差出人名も、相変わらずだったが――。
「フルト」の文字の下に小さく、黒いインクで描かれた、黒い小鳥の絵が添えられている。]
【秘】 演者 シェルタン > 新米修復家 キュー
キュー
初めまして。旅先からの返事、ありがとう。
そして僕のことを今でも 友人だって伝えてくれて、こちらこそ、心から、ありがとう。
正直に書くと、あの手紙を送った時、キューに拒絶されることも考えていた。
シェルタン宛ての住所のない手紙を僕が受け取れたからって、僕とキューが友人である証にはならないだろ、とも考えていた。
だから、僕が綴った言葉を、ちゃんと心から出た言葉だと思って貰えたことに。
そして、あなたの友人でいたいという願いを「嬉しかった」と伝えて貰えたことに、本当に、本当にほっとしたんだ。
【秘】 演者 シェルタン > 新米修復家 キュー
実を言うと、あれからまた少しだけ、僕の身に変化があった。
本当に少しだけだけど、僕自身の思考が、シェルタンに引きずられなくなるようになったんだ。
そういう意味では、この先も、僕が僕のまま変わらないかは判らないけれど――やっぱり、すぐには丸っきり人が変わったりはしないんだろうなと思う。（そのくらい、どうしたって彼の影響は強いみたいだ）
なんでそう変化したかっていうと……僕の シェルタンの 僕にとってもシェルタンにとっても大切な人が、僕を「僕自身」の名前で呼ぶことを望んでくれたから。
今まで自分の名前なんて考えたこともなかったから、どうしようってずっと考えてて……。
最終的には、「カラス」って名前で落ち着いた。
カナリアとは全然違う真っ黒な鳥だけれど、光の当たり方次第で、幸せの青い鳥にだってなれるだろって。
だから今度からは僕のことは、カラス、って呼んで貰えたら嬉しいです。
【秘】 演者 シェルタン > 新米修復家 キュー
ところで僕は、ヘイヴン暦XX日くらい（チノホシならXX日くらい？）までは、ここヘイヴンに留まろうと思っている。その時に、あなたに会えるかな。
（暫く公の場に出なくていい口実はつけてきたし……）
この手紙が届く頃にはもうキューはヘイヴンに着いているかもしれないし、僕がアッサにいた間にすれ違っていたかもしれないけれど……。
……って書いたけれど、そちらにニュースが伝わってなかったら意味不明だったよね。ごめん。
今ニュースで、舞台役者シェルタンがアッサの劇場に来て、一座への復帰を宣言したって伝えられているんだ。
彼は紛れもなく、僕が演じているシェルタン。
僕はこれからも、舞台を望む人たちのために、「生きているシェルタン」を演じる決心をしたんだ。
（彼の訃報については、キューとアルレシャ（僕の家族です）以外の人には、伝えない心算でいる）
だからこれからも、舞台の上ではシェルタンとして。
舞台から降りている時には、カラスとして。
いつか彼が語った夢の物語も、これから僕が語る夢の物語も、あなたと分かち合っていけたら嬉しいです。
【秘】 演者 シェルタン > 新米修復家 キュー
ごめん、少し話が逸れたかな。
ともあれ、ヘイヴンという星のこと、たくさん見聞きしていって。
そして、旅した先の他の星の話を手紙で聞かせて貰える日も、楽しみにしています。
僕も、これからの僕自身の日々の中で、たくさんの出会いを重ねていきます。
生きていく長い旅路で、お互いに、きらきら輝く思い出をたくさん持ち返れますように。
カナリアの王子の真似をする名無しの小鳥改め、
カラスより
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