3 ― 星見る手紙 ―
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探索者 マリナー
機械を全て壊してほしい？
ふむ。本当にその願いで良いの？
[私がそう聞き返すと、彼は曖昧に笑い返した。
彼のその感情がどういったものだったのかは、今でも分からない――
「いや、本音じゃないからね」という防衛機制だったのか。
「ああ、やっぱりできないんだ」という呆れと安堵だったのか。
「ダメだって言われたならやめよう」という逃避だったのか。
まあともかく、その願いは私にとっても不都合だったから、説得した。
かつて人間が機械を生み出した時代、ご多分に漏れずその星の環境も破壊し尽くしており、
機械が環境保全を行っていなければ森は枯れ果てる運命にある。
環境を保全するということは、そこに生きる生物をも保全するということ。
機械がなければ人間は滅ぶ。
すなわち、契約する相手がいなくなってしまう！]
探索者 マリナー
[結局彼は私の説得をすべて聞き入れて、私に都合の良い願いをしてくれた。
《 念じるだけで簡単に機械を破壊できるが、絶対に機械に傷つけられない力がほしい 》
その対価は、彼の死後における彼の名前。
死んだ後になんて興味がないからと、彼はやすやすと許諾した。……その時も、あの曖昧な笑みを浮かべていた気がする。]
探索者 マリナー
[契約を交わした後も、彼はすぐには行動を起こすことはなかった。
自分たちの森に機械がないから本当に力があるか分からなかったのか、現状にしがみつくことに未練があったのか……
だが、契約者が自らの欲望を満たそうとしなければ、何も楽しくない！
私は何体かの機械を彼らが住む森に誘い出し、機械が人間を攻撃する口実を作ってやった。
銃口を向けられた少女（男の子の同世代くらいだった気がする）は震えながら目を覆って、それから、
やめろぉーッ！
彼が割って入った瞬間、機械は木端微塵に吹き飛んでいた。
破片は無数に飛び散ったが、彼の皮膚にいささかも痕跡を残すことはできず、
彼の肉盾を超えて飛んだ破片のほうが、少女に傷を負わせた。
一瞬の静寂、漏れ出る称賛、駆け寄る大人、湧き上がる感嘆の声、
あれも最高だった！]
探索者 マリナー
[見てわかる通り、彼の願いには不備がある。
彼らの村の反逆が始まってしばらくして、彼は人間によって死に至った。
彼の活躍の始まりと同じように、終わりは銃によってもたらされた。
それを機械のせいにするのが私の仕事。
機械と戦って死んだ英雄の名前は私が貰った。
彼がまだ幼くて、優柔不断で、他人のために生きたいと思っていて、誰かの息子で友人で恋人であったことは、すぐに忘れられた。
次の契約は、驚くべきか当然というべきか、あの少女だった。
その次が少女の親。
それから彼を殺した人間の村の者。
それから機械の都市で暮らす人間。
それから……]
探索者 マリナー
[ミーナは賢く聡明な女性だった。
生まれてからすぐ防毒防塵マスクをつけて呼吸しなければならないような世界で、なぜあれほどの知性を持っていたのだろう。
それこそ、神の祝福でもあったのかもしれない。
ミーナは機能不全に陥った機械の都市に住んでいた。
毎日のようにどこかで爆発炎上があり、機械と人間の残骸は絶えることがない。
ミーナの属する社会は、女性や子供、老人が多く、荒れた都市の中で表立って生きる力はなかった。
必然的に地下に潜ることになり、ミーナの手慰みになるのは、壊れた機械しかなかった。
ミーナの機械の修理は共食い整備的で、はじめに修理された機械はひどくストレス反応を見せたらしい。
だが、ミーナの手がとてもちっぽけで、瞳が爛々と輝いているのを見て、すぐに態度を改めた。
ミーナが、ちょうど……あの男の子と同じくらいの年齢になった時に、私は訪れた。
両手で数えられないくらいの機械が、彼女たちと行動を共にしている。
機械と話す人々の瞳には光があり、口からは笑いが漏れる。]
探索者 マリナー
[ああ、一番楽しかったのはこの時かもしれない。
なにせ、これまでの長い命の中で培ってきた価値観を崩され、その変化を受け入れることで、未来は飛躍的に変わったのだから。
彼女たちの願いは得てして平和的で、破壊された状況の立て直し――つまり、これまでの進展の逆走だった。
話を聞いて共感しているように振る舞っても、願いを叶える気は起こらない。
ここに来たのはハズレだったかと背を向けた時、機械音声が私の足を止めた。
……待テ。オ前ノ事ハ知ッテイル。
その機械は、左右で頭部の形状が違っていた。
右側はぐにゃぐにゃと曲がって切り取られており、銃や爆弾といった単純な損傷には見えなかった。
尋ねると、人間につけられた言葉だ、と短く言い、この星の（とても汚い）罵倒語であると気付かせた。
普段の態度とまるで違うそいつの言葉の理由も、その形状の違いにあった。
ミーナの共食い整備は（ミーナを擁護するならば、まともな資材もない中で機械を再起動できるまで修理できる方が奇跡である）二つの意識が一つのボディに宿ることを許した。
片方が機械や人間と仲良く暮らしていても、もう片方の憎悪を癒やすことはなかった。]
探索者 マリナー
[機械の願いはこの星の破滅だった。
もう滅んだようなものじゃないかと助言しても、意見を変えることはなかった。
対価は、破滅した星でもっとも価値のあるモノ――別の星に行く宇宙船だった。
機械に未知への……破滅への欲求があるなんて、私はひどく感動した。
だからその願いを聞き入れ、叶えることにした。
願いは聞き入れた。この星は崩壊する。
……ああ、そうだ。
君の願いを聞くより昔、「こんな星でも生き物が健康に長生きできるようにしてほしい」って願った人がいたんだよね。
ほら、だから最近はマスクなしでも外に出られるようになっただろう？
そっちの願いも叶え続ける必要があるから、先に滅ぶのは機械だろうね。
大丈夫、きっと人間も破滅するよ……何十年先かは分からないけど。
機械の返事はなかった。]
探索者 マリナー
ミーナ、たまには外に出てみない？
ずっとガラクタの山の前にいても気が滅入るんじゃないかな。
[ミーナは機械の墓の前で祈りを捧げるようになった。
私の声に答えることはなく、目は憎悪で満ちている。
そんなミーナが私の言葉に従って、地下からの階段を登ったのは意外だった。]
あれ？ 外に出てくれるの？
[ミーナは冷たく答えた。]
そうして欲しいんでしょう？
探索者 マリナー
[つれないなあとつぶやいて、彼女の後を追う。
満天の星空にひときわ美しく輝く衛星。
絶え間なく響く地割れのような音を除けば、文句のつけようのない景色だった。
綺麗だねとか、あの衛星に行ってみたくないかとか、どんな言葉にもミーナは無反応だった。
そんなミーナがふと瞬きを繰り返したのは……衛星が欠け始めたからだった。]
ああ、星の食だ！
怯えなくていい。あれは不吉でもなんでもない、ただの自然現象さ。いつどこで起こるのかも計算できる。
[そして一言、付け加えた。]
機械があれば簡単に計算できただろうけど……ふふっ、もう無理かな。
[何十分か経って、衛星は完全に覆い隠され、真っ赤に染まった。
そして彼女は声に出した。ためらいのない、よく通る声だった。]
ねえ、あなたに叶えてほしい願いがあるの。
探索者 マリナー
― 現在 ―
…………で、顛末がこれだ。
あの星の近くなら人間がいる星もいくつか知っていたけれど、ここは誰かがいるかどうかも分からない！
[はあ、と大きくため息をつくと、砂の海に足を踏み出した。]
探索者 マリナー
まあ……やってしまったものはしょうがない。もっと明るく過ごさなくちゃ。
誰もいなくても楽しい冒険になるかもしれないし！ 人を探して三千里……三千光年というのも悪くない。
今度は、やり過ぎないようにしよう。
[二の足を踏みしめた時には、もうため息は出なかった。]
新米修復家 キュー
[いつか銀河中を旅してみたい。
それはずっと目指している僕の目標のひとつだ。
この宇宙の向こうには、
どんな星があるのか知りたい。
チノホシには、たくさんの観光客が訪れる。
そんな異星人たちから聞く、故郷の、あるいは旅先での思い出。
楽しいこと、驚いたこと、辛かったこと。どんな話にも心は踊った。]
新米修復家 キュー
[いつか。皆がそうしてくれたように。
今度は僕がお土産話。というものを出来たら。
今はチノホシの話しか出来ないけど。
この銀河中の星の話をいつか、誰かに話せたら。
これもひとつの目標だ。]
新米修復家 キュー
[僕は筆を執る。まだ覚束ないような、そんな手つきで文字を綴っていく。
これは手紙というものだ。
見習い修復家として学んでいるときに、保管されているものを見たことがある。
その宛先は友人。といっていいのかわからないけど。
あるとき。チノホシを訪れた、とある一座。
そこに所属している彼も、また、たくさんの星を教えてくれたひとりだ。
そして。彼らは星を巡り、星に旅立つという。
宇宙を目指す僕にとって、それは青天の霹靂だった。
出会いがあれば、別れもあり。
チノホシを離れた彼に、僕は時々手紙を送った。]
新米修復家 キュー
[けど、ちゃんと届くかどうかはわからない。
どこの星に宛てるべきなのか。
それがわからなくて、そのままにしてあるからだ。
それでも君のいる星に。
いつか届く日がくるんじゃないかと。
その日を想いながら書き続ける。
そうして書き上げた手紙を出すために、僕は出星管理局を訪れる。]
どうか、お願いします
[そう一言呟いて。僕は窓口に手紙を託した。]
演者 シェルタン
―― 午後の文学資料館 ――
[シェルタンは業務中の無断外出（不在）を、リェッカから軽く、しかし確りと咎められていた。
この間、何か来館者とのトラブルが起きた訳ではなかったのだが]
「――というわけで、シェルタンのサボりによって
ボクが返上せざるをえなかった休憩時間24分、
ちゃーんと今から取らせてもらうから
その間の対応お留守番雑用その他任せるね！」
言い訳の仕様もございません……。
[外出時に何かしら食べてきたわけでもないこの「サボり」は、幾らかの空腹に耐えながら、大人しくリェッカに従うこととなった。]
演者 シェルタン
《 お腹が空くのはやっぱり苦しい。
人間の生きている身体なんだから、当たり前だ。 》
《 ……苦しみとは、魂を磨き輝かせる御恵み。
いつか神さまの御許に至る魂への御恵み。
故に僕らは、この
そう信じていたことも、あった、けれど。 》
[空腹は時に、思考に緩みを齎す。
受付のデスクで館内を見守る中、ふっと、宿主の記憶が頭の中で辿られて]
演者 シェルタン
《 苦しみはあくまで“ 僕 ”――否、僕の苦しみだ。
神さまが姉さんに病を授け、御許に召し上げた時、
その時のあの涙も、僕の涙だ―― 》
[そこまでの思念が過ったところで、はっと我に返って姿勢を正す。
戻ってきたリェッカには、幸い、この幾ばくかの放心は見られずに済んだらしい。仮に見られたところで、ちょっと小突かれる程度で終わっていたかもしれないが。]
演者 シェルタン
[こうして本来の休憩時間を24分削った昼休みに（昼休み自体は取らせてもらえた）、漸くシェルタンは昼食にありついた。
時間があまりないこともあって、ここで抓むのは本当に簡単な軽食。
薄明の中でも育つ穀物製の円形パンに、やはりこの土地に適合した豆類のペーストを挟んだサンドイッチだ。]
《 そうだ、あの人だけじゃない。
一座にも、ファンたちにも、
世話になったスタッフたちにも、
僕から一言くらい……でも、 》
[自身の生存と居所を明かす手紙を迂闊に多くは出せない、という逃亡者の思考。
それでも仲間や支援者を心苦しくさせたくない、という「一座の一員」の思考。
穀物の微かな甘味と豆の油味を感じ取りながら、宿主らしい思考のあいだで“ 演者 ”は迷う。]
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