3 ― 星見る手紙 ―
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水鏡に映る自分の姿は何に見えるだろう。
人か、それとも――。
どうやらこの中には、村人が9名、人狼が1名いるようだ。
演者 シェルタン
《 声の張り方が独特。歌が上手い。
そういう観点で僕を評価する人々もいた。
今でも、“ 僕 ”に対してそう讃える人々がいる。
その技量を僕に培わせたのは、間違いなく、
ロサの民の長い歴史と共にある文化であり、
その一つとして、民がその知識を有する、
神さまと、神さまから賜る幸いを讃える歌劇だった。
僕はあの星で、演劇というものに――
確かにあの時、神さまを讃える芸能に心惹かれて。
それで真っすぐに、故郷の舞台に立つ役者を志した。
当然のように、あの歌劇の発声法も、
血が滲むほどの
演者 シェルタン
《 だから、姉さんの喪失の
……それを夢で、あの人に、知られてしまっても、いて。
僕はもう、授かりの大団円よりも自らの悲劇を選ぶ、と
そんな信念で――信念だけで――ロサを飛び出して。 》
《 それから暫くは、見ず知らずの土地を彷徨った。
世間知らずの癖に正直であろうとする心だ、
未だに思い出すだけで堪える出来事もあった。
切欠は、今は具体的には思い出せないけれど――
どこかの星で、今の座長と出会って、
その人が僕の演技の素質を見抜いたことで、
一座の一員としての人生が始まったんだ。 》
演者 シェルタン
《 「君の演技なら、多銀河で通用する。」
そう言われた僕だから、「演技」には拘った。
……本当に皮肉な話だ。己を偽りたくない者が
「嘘の世界」に拘るっていうのだから。
喩えそれが、夢や希望を、勇気を、信念を、
人々に届けるものであってもね。
だから……あちらの歴なら6年位前だったかな。
ただ「歌は上手い」とか、或いは「顔は良い」とか、
そういう評価ばかり耳に入ってしまった時期は、
本当に、本当に、堪えた。
その実態は、悪いことがひとつ耳に入ると
良いことが聞こえなくなる、の類だったかもしれないけれど。
この身体を僕が選んで生まれた訳じゃないし、
歌だって、演じることそのものじゃないし――
僕らの一座が――否、僕が、あの時の公演で
伝えられたことって、いったい何だったのかって。 》
演者 シェルタン
《 こんな思い出、寝物語にも相応しくない。
ただのその場限りの笑いのネタにして
片付ける気も起きやしない。 》
《 けれど。
その時に丁度届いた、僕の目を覚まさせた手紙。
それまで名前も知らなかった幼い観客。
そんな思い出も、今の“ 僕 ”は、思い出せる。 》
演者 シェルタン
《 ……その手紙があったお陰で。
僕が想いの糸を繋ぎ続けていたあの人には
見苦しい手紙を書いてしまわずに済んだな、なんて。
そんな見栄も、ああ、あの時はあったんだな。 》
演者 シェルタン
―― 朝の文学資料館 ――
[昨日、一昨日と変わらない薄明を映す窓の内側。
シェルタンとリェッカは、この日、宇宙船発着場から文学資料館に届けられた手紙の数々をデスクに広げていた。]
「はーいこちらフルト宛て、これはボク宛て。
これはえーっと……今日アイツ狩猟班じゃん……こっち避けとく。
で、こっちは資料館様宛だね、よし。」
[宛先である担当者の名の中に「シェルタン」はない。
外部に居所を伏せている亡命者シェルタンが、資料館職員として対外的に用いるのは「フルト」の名だ。
ちなみにリェッカはただの開拓民出身者であり、特に偽名を使う必要性はないとのこと。]
演者 シェルタン
「で、こっちは……あーこれ、例のやつか。」
今日も来たんだ？
今度はどこからかな。
[「どこかの星の誰かに届いてほしい」、「自分の知らない星のことを知りたい」、といった類の手紙。
ヘイヴンではこうした、（届いた時点で）特定の宛先が見当たらない手紙は大体、文学資料館に回される。
他に誰かがたまたまそうした手紙に興味を示すならまだしも、そうでなければ自動的に「文学担当者」たちの担当にされるのが、この星のコミュニティのほぼ暗黙の了解。
故に資料館の職員は、手紙の文面に目を通す前から、だいたい勘でそういう類の手紙なのだと察することができるという。]
ちょっと読んでみる――…
演者 シェルタン
[自己紹介、居住星の紹介、そして質問、さらに質問――。
幼い字で綴られた、「此処じゃない星」のことを尋ねる手紙。幼心の好奇心を思わせる問いかけに「は」、シェルタンの瞳は確かに緩んでいた。
リェッカはその文面までは覗き込まぬまま、肉球のついた手でシェルタンの肘をぽんと叩く。]
「じゃあシェルタン。
今日もまたここヘイヴンという地の
遥かなる自然とフロンティアスピリットを、
好奇心の持ち主に正しく伝えるのお願いねー。」
あ。……ああ、うん。
じゃあリェッカ、また校正の方は――
「いや要らないでしょ。
昨日キミが校正に持ってきた手紙見た限り、
キミのヘイヴンへの理解度も
なかなか進んできているみたいだし。」
[こうしてこの手紙への返信は、度重なる校閲の面倒さを厭ったリェッカに任される形で、シェルタンひとりの目と手によって綴られることになった。]
演者 シェルタン
[―――なったの、だが。
頭の片隅に過る疑念は、宿主の生前に刻まれたものか、今の“ 演者 ”の時に聞き及んだものか――。
この手紙の中でも言及されている、他所の星からの「不気味」の評が、じわりと背筋を這い出して来る。
“ 演者 ”が抱くこの否応ない不安は、単なる個人のプライバシーの問題に留まらない。]
《 僕が“ 僕 ”だって、判ってしまう。 》
[返信を綴る手が、一度、止まる。
はあ、と息を長く吐いて――ペンを持たない方の手を握りしめる。]
《 いや、そんな訳ない。 》
演者 シェルタン
《 ハーツの民に判るのは、同胞たる民の心だけ。
確か何処かの船でそう聞いた。
だから“ 僕 ”の心まで読まれる訳じゃない。
……あんなのは、ただの都市伝説だ。 》
《 第一、手紙越しにまで心が読めるなんて――
いや、そんな種族もいた気がした、けど。
それはハーツの民のことじゃないだろ。 》
《 ここでこの子のことを疑うなんて――、
それこそ、人間に「都市伝説」を作られている
“ 僕ら ”のやることなんかじゃない。 》
[ここヘイヴンにあって、自分があの「舞台役者シェルタン」であることは明かしていても、“ 演者 ”であることまでは、特に打ち解けているリェッカにすら明かしていない。
そんな“ 演者 ”は、この宿主の五感で知る限りの答えを再び綴っていく。
相手の手紙の中の祈るような言葉に、きちんと応えるように。]
演者 シェルタン
[「疑いたくない」という思考が、“ 演者 ”の心をまた緩ませる。
そもそもその話題に触れること自体が危ういことだろうに、それでも筆は滑ってしまった。]
《 ……まあ、流石に判る訳ないだろ。 》
[仮に読心ならぬ直感で察されてしまったとしても、書いてしまったものはしょうがない、と。
その文面は下手に塗りつぶしたり千切ったりせず、そのままにしておいた。]
演者 シェルタン
[ヘイヴンという「避難所」は、この星の大気によって害を受ける種でない限り、あらゆる難民や亡命者の命綱になり得る星。
けれどもそんなこの星の多種多様な住民たちであっても、あるひとつの「都市伝説」めいた共通認識はあるらしい、と。
この星に辿り着いて幾らかしてから、シェルタンも薄らと察していた。]
《 “ 僕ら ”は、死んだ生命体を死んだまま
操るウイルスなんかじゃない。
それより、野生大トカゲを乗り回して
草原を駆ける方が現実味がまだある。
それもひどいと思うんだけどな…… 》
演者 シェルタン
―― 終業後の自宅 ――
[資料館の業務は、平常と特に変わらずに過ぎていく。
帰路に就く際にまた発着場近くのポストに立ち寄って、資料館で書いた手紙をまとめて投函するのも、またいつもと同じだったが。
ほんの少しだけ、ヘイヴンに来てからの日常と異なる出来事が、この日にはあった。]
あれ？ 何だこれ。
《 狩猟班の書置き？
いやまさか僕にハンター召集とか……まさかな…… 》
[難民等の移民向けの簡素な住宅のひとつ。
シェルタンの自宅に当たるその一室のドアに、何かがひとひら挟まっているのが見えた。
固唾を飲んでそれを引き抜き、広げてみると――]
演者 シェルタン
――――え？
[予想していなかった名前が、そこには記されていた。
そしてそれは、この宿主の記憶の中に、はっきりと残されている名前だった。]
キュー、どうして、ここが……
《 いや、こういうことも、あるか。
こんなの星の海のお伽噺だろ、とか
座長に言ってたのが恥ずかしいな…… 》
[相手が誰なのかが分かったからこそ、シェルタンは長く息を吐きながらも、いつかの都市伝説ならぬ「星の伝説」を思い出しながら笑うことができた。
（仮にもし差出人が不明だったなら、この場面は逃亡者にとっての「戦慄のシーン」と化していたかもしれない！）]
演者 シェルタン
[微かな星灯りばかりが窓に映る部屋。
飾り気のないテーブルの上にはランタンひとつ、最低限の質素な筆記用具が一揃い。
暖色の光に照らし出された手紙を眺めながら、まっさらな一枚に筆を走らせていく。]
《 もしかして、今までずっと。
連絡つかなくて困らせてたとか
そういうこと……あるな。うん。 》
……ごめん。
[伝わることのない謝罪がひとつ、静かな部屋に響く。
興行主によっては、公演の際にファンレターの宛先を指定して手紙を届けて貰えることもある。けれどもそれも公演終了後の一定期間まで、ということがしばしばで――。
そしてそういう計らいが得られなかったなら、なおのこと、一座としての連絡先は不明瞭になる。
ちなみに「一座内での郵便連絡ルート」であれば密かに存在するのだが、それについては別の機会に。]
演者 シェルタン
《 本当に、あの星での出会いは夢みたいだった。
僕らが届けに来たものを、
逆に貰ってしまったみたい、だった。 》
[かつて星の旅人たちを迎え入れた、色とりどりのおもちゃ箱のような景色の記憶。
それはその星の――ヘイヴンとは真逆にも見える星の――歴史を紐解けば、手放しで讃えられるものではない「停滞」だったかもしれないが――。
宿主の頭の中に巡る思い出に、“ 演者 ”が宿る身体の、その頬も自然に緩んでいく。]
《 ああ、今でも僕は夢見ている。
こんな状況だけれども、僕は――… 》
演者 シェルタン
《 ―――…これは、“ 僕 ”の夢なのか？
“ 僕 ”じゃない、僕の夢じゃないのか？ 》
[宿主の記憶も考え方のクセも有していながら、それでも宿主ならぬ自我の“ 僕 ”。
その自覚がぶり返した時、シェルタンの手は、止まってしまった。
こんなことは初めてではない筈で、それでも、止まってしまった。
暫く俯いてから、シェルタンはまた筆を執り――。
そうしてひとり、夜の帳の星の下、人気のないポストへと足を延ばす。]
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