3 ― 星見る手紙 ―
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現在所在が確認できるのは 影絵の郵便局員 リリス、 次期当主 レグルス、 演者 シェルタン、 星の停滞 ステラ、 青年 シャト、 旅行者 パウゼ、 新米修復家 キュー の 7 名。
演者 シェルタン
《 ……昨日ああ言っておいて読もうってか？
そんな。バカか。どうかしてる。
でも他に気を紛らせそうな物も、ない、な。 》
ごめんよ。
[私物の本の一冊もない部屋の中、既に届いた私信を読み返すこともせず（この時の心境では、読み難いものもあった）
誰にも届かない詫びを入れた後、封筒から日記帳を取り出し、茶の革で装丁された表紙を開いた。]
演者 シェルタン
[微かな薄明に染まる、象牙色の上の青い文字。
初めに見たページの日付と内容の組み合わせに、心当たりから目を瞬かせる。
ページを捲り、さらに捲り――]
《 そっか。
っていうか、僕、か。
……やっぱり、嬉しいな。 》
[ふと、「その時」の公演の景色を脳裏に過らせる。
舞台上の役者の目には、観客の顔もまたよく見えていた。人目に付かないように意図された後方席までは、流石に認識しづらかったが。
ともあれ、あの客席にいた誰かの日記なのだと察する。]
演者 シェルタン
[戻らない過去の記憶を振り返らせる、幼い記録。
その後に続く、ひとりの子供の日常の記録。
とりとめのない日々の平和に、また顔を覗かせる「先生」の名。
電子公開された日常録とは異なる、おそらく日記の主の閲覧だけを前提とした文面は、幼さを抜きにしても率直さを感じさせた。]
《 これを教材に利用されたら
流石に僕が居たたまれないだろ……。
危なかったぞ、ジリアン。 》
[進んでいく日付に、薄らと形のない影が胸中に過るも――。
シェルタンの手は、淡々とページを捲っていた。]
演者 シェルタン
[無言のまま、ページを捲る。捲る。――。
冊子の残り三分の一のところで、日記は途切れていた。
捲られた形跡のない白紙をさらりと指で流し、ぱたり、と閉じる。]
なんで。
なんで、君が、そう思うんだ。
[宿主の記憶の中に一切ない、整った、丸みを帯びた筆跡。
その記録の最後だけは、まるで別人の文章のように見えた。
仮に最後のページだけを切り取って見たならば、シェルタンはきっと、文字通りの内容しか読み取らなかっただろう。
けれど――。]
演者 シェルタン
――午前の文学資料館――
……、おはよう。
「おは――…あのー、シェルタンどうしたの？
その眼はあれかな。寝てない？
うわぁ残念だ。折角昨日のお土産話しようとしてたのに。」
うん、また今度。
「えっマジかよーっていうかマジでへーき？
今日さー折角オレっちもリェッカも揃ってるし、
午前だけでも寝て来いよー！」
ありがと。
あ、でも手紙だけは見ておく。
演者 シェルタン
「昼になったらドラゴンバンズ持ってくっから
すっげー楽しみにしててくれよな！」
ごめん、流石にそれは
寝起きの胃に重い気がする。
「うぁ何だよそれ！
一昨日のオレら精鋭ハンターズの
血と汗と涙と気合と根性と友情と畏怖の成果――」
「はいはいジリアンそこまでにしておこうねー。
まあ、何か差し入れは持ってくから
時計とか気にせずに寝ていたまえよ。」
[同僚の厚意に甘えながらも手紙の回収だけは譲らなかったのは、資料館の業務とは関係のない何人かに「フルト」名義で連絡先を伝えていたから。
シェルタン個人宛てのものをリェッカやジリアンが勝手に覗き見ることは（おそらく）なかったが、郵便物を溜めておくのも、という思考から、自分宛ての手紙だけを手提げ鞄に収めていく。]
演者 シェルタン
――正午までの休み――
[時計など気にするなとは言われたが、それでも気にするのが仕事人の性。一座のハードスケジュールの名残もあれば猶更。
朝方とさして変わらない薄明が差す部屋で目を開け、持ち返った手紙に目を通す。
この日来たのは計4通。
そのうちの1通――差出人名がなくとも送り主が誰か察せられる封筒は、この時は意識して脇に置いた。]
《 ……あり得ない。
早すぎる。返事の訳がない。
どうしたんだ。何が、あった―― 》
[後回しにした封筒の、宛名書きの震える筆跡に、もう一度目は寄せられるも。
この時は努めて、別の手紙から開くことにした。
それは資料館職員「フルト」としての職務を優先した結果ではあったのだが――。]
演者 シェルタン
これは、あのこ――あの人、か。
[ひとりごちながら、「あの子」と口にしてしまったのを言い直す。
相手から最初に手紙を受け取ってからの歳月を鑑みれば、相応しからぬ呼称かもしれないと。
ともあれ、こちらからの便りがきちんと届いたことに安堵して、手紙を読み進める。
実際、その人の筆致と言葉遣いは、以前よりもたどたどしさが抜けているように見えた。
あのたった一度のファンレターは、宿主が最期に泊まった一室に置き去りにしてしまったから、“ 演者 ”の手元にはない。
今目の前にある言葉に触れながら、記憶の中の言葉をも辿る。]
演者 シェルタン
[やはり、と予想できた噂と。
確かに記された約束と――祈り。
手紙を全て読み終えてからふと、改めて手紙の冒頭に目を遣る。
「僕の大切な恩人」という呼び名はやはり、くすぐったくも誇らしいものだったが――ある瞬間にふと、この表現の真の意図に思い至り、思わず小さく声を上げた。
ここでその可能性に気づけたのは、昨日流れ着いた「意図せぬ届け物」の存在のお陰かもしれない。]
《 僕よりも余程、あなたの方が慎重で、
言葉の重さってやつを解ってる。 》
[あの子が具体的に何を目指していたのか、そして今、何をしているのか。そこまでの内容は昔も今も、手紙に記されてはいなかったけれど――。
シェルタンはその場でペンを執り、応答でもある返事を書き進めていく。]
演者 シェルタン
[あの日記帳の主とは筆跡も、刻む歴も異なる「ファン」への返信。
“ 演者 ”はそれを記しながら目を伏せ、けれども書ききった。
……目を伏せた訳は、一カ所だけ明らかに個人を特定できる箇所を記してしまったことに対してのばつの悪さという訳ではない。おそらく。
勿論、その箇所は念入りに消されることになった。]
演者 シェルタン
[別の手紙を手に取り開く。
明確に「フルト」に対して送られてきたそれは、ついこの前「此処じゃない星」のことを尋ねてきたあの子からの手紙。
ヘイヴンの話に対しての更なる「？」も想像も綴られているこの返答を読み進めている時は、胸裏に降り積もっているものも、少し和らいでいた。
更なる疑問にはつい答えようとしてしまうのが、この手の手紙の受け取りを重ねてきた資料館職員の癖。もっとも自宅には職務用の便箋が無かったから、ここですぐに返答を綴ることはしなかったけれども。]
…………、うん。
[ヘイヴンに行くことは叶わないと伝えてきたその子が、「居場所」のことを語る箇所。
緩く笑みは零れたまま、すこしだけ、目は伏せられる。]
演者 シェルタン
[こちらから手紙で乗せて記した噂に対しては、書き手の知っているということが――いつかの可能性も含めて――記されていた。
「わがままなお願い」なんて言葉に軽く苦笑しながらも、手紙の主の綴る思いを辿るように読み進めていたのだけれど]
《 バレてはない、みたい、だ。
ってか都市伝説の方も知らないみたいか。 》
[少なくとも、言葉の上ではそう読み取れた。
そしておそらく隠された意思も含みもないだろうと、率直に意思を書き連ねる子供を思わせる文章から思ったのだけれど]
演者 シェルタン
《 ……甘えたくなるのは、“ 僕 ”の方だ。 》
[手紙の話の中にひとつ含まれていた、解釈次第で正否の変わる「噂」のことを思いながら。
“ 演者 ”がハーツの民とこの書き手を信じたように、数多の星と人の話を知ろうとするこの子なら――と。
そんな期待に対する幾らかの迷いと共に、この手紙は、鞄の中に再び戻すことにした。]
演者 シェルタン
[それからさらに、別の手紙を手に取る。
チノホシからのその手紙は、ついこの前教えたこちらの宛先が記されたもの。
確かにこの手に届いたその便りに頬を緩ませながら、また読み進める。
いつか聞いた友人の（友人、だといえた）目標についての現状。
そしてこちらの「居場所」のことと、夢見た未来に対しての答え。
この時はひとまず、最初に返事を出した時のような自我のブレは起こらずに済んでいた。だから素直にそのまま、ひとり、頷くことができた。
その後に続けられた提案にぱちりと瞬くも。
今はまだいつ叶うかも分からないその日を思いながら、ペンを執ろうとして――]
演者 シェルタン
[ドアノックではなく、窓の下の壁を叩く音。
ものすごくびっくりしながら手紙を置いて、窓の方を見やれば、ウサギに似た耳が一対ひらひらと覗いていた。]
「へいシェルタン、ちゃんと寝られた～？
とりあえずデリバリー持ってきたけどー、
午後勤務は大丈夫そうかなー？」
[この同僚の（予告されていたとはいえ）唐突な訪問の衝撃で、シェルタンは結果的に「返事は急いでない」に甘えてしまうことになる。]
演者 シェルタン
――結局は午後も欠勤――
[リェッカからの差し入れ――窓から直に放り投げられた、夜光鱒のサンドイッチ。それを平らげてからも、シェルタンは資料館には向かわず自宅に留まっていた。
昨夜の寝不足がまだ響いていた、という事情も確かにありはしたのだけれど――。
「いつか」の願い、「いつか」の夢。
ふたつの手紙のことを思いながら、「舞台役者シェルタン」を演じる生命体は、ひとつの覚悟を決めてペンを執る。]
《 ……いや、そんなバカな。
ニュースで見たサインとも、
捜査令状の署名とも全然違う。
まさかこの子が、…――― 》
[あの革装丁の日記帳を一瞥してそう惑いながらも、ペンを止めることはなかった。]
演者 シェルタン
[「フルト」の偽名を記し損ねたままの手紙と、先に綴ったもう一通を携えて、一度外に出る。
終日の欠勤を決めた癖に呑気に出歩いているのか、なんて声も飛んできそうだったが――。
欠勤してでも書き上げたものをポストに託し、再び自宅へと。
今日届いた4通の手紙のうちの最後――否、手に取ったのは最初の――手紙。
朝から今まで開かずにいた薄桃色の封筒の、赤い封蝋の花を砕いた。]
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