3 ― 星見る手紙 ―
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【墓】 アルレシャ
[──気付けば夜を跨いで、朝が顔を覗かせていた。
せんせいからの検査……という名目の問答は、
すっかり私から体力を奪い、眠りに落としていたらしい。
真っ白な部屋の中、私はぱちんと頬を叩き、
今度こそ残ったままの二通へ手を伸ばす。 ]
……チノホシ……？
[そんなところに知り合いはいたかしら、と
思いかけて──封筒の宛名に気が付いた。
私は思わず手で口を覆い、「あ」と声を零す。
衝動のまま宇宙の誰かへ届けと願ったきりの、
独善じみた懺悔を思い出したから。]
【墓】 アルレシャ
[あんな、きっと訳の分からない後悔ばかりの手紙に、
返事が来たというの？
私は信じられないような気持ちで、…でも確かな事実を
目で追いかけながら、文字を読む。
貴方の、見知らぬその人の気持ちを、辿る。
そこには、私が今まで信じて来たような
神さまの文字も教えも、なにひとつとして存在しない。
差出人の〝感謝〟という言葉で締めくくられて、
一方的な私へ手向けられた気遣いと想いだけがある。
────未来。私が出会うはずの、色々なこと。
それは、想像さえしなかった、ひとつの道。]
【墓】 アルレシャ
…………私、未来を、望んでも良いのかな……。
[誰かの辛さに気付けなかった。
貴方と生きたいって願いひとつ、知らない顔で。
すこしずつ、すこしずつ、向き合っていけるかな
…… 今の。
なんにもなくなった、私でも。]
【墓】 アルレシャ
[巡る感情が指先を震わせ、最後の一通を手に取った。
封筒や便箋の慣れない質感はこれで二回目。
差出人の名前の前が、異様なくらいに黒く塗り潰され、
暗雲めいた空を想起させる。
最初の便箋を読み進め、「そういえば」と思い出すのは
彼が人気役者として名を馳せた頃の話だった。
出待ちで警察が出てきて、女の子に囲まれた、って。
貴方は辟易とした気持ちで書いたんだろうけれど
あの時の私は、妙にちくちくした気持ちだったっけ。
今なら分かるわ。
私、ちょっぴり妬いてたの。……ほんのすこしよ。
ううん。嘘。──ほんとは、とっても。]
【墓】 アルレシャ
[思い出したくない嫉妬が胸を焼き、読み進める。
それから。
それから。
…………そうして、]
── シェルタン……
[耐えられなくて、名前を呼んだ。
鳥籠の小鳥が囀るように、貴方を願った。
…………あの、運命の、日に。]
【墓】 アルレシャ
[貴方を嫌いになれたら良かった。
貴方を嫌いになんてなれなかった。
その涙を否定して、笑顔で、貴方を手放せたら良かった。
どうか幸せになってほしかった。
私は指先の皮膚が痛むくらい、ある部分をなぞる。
幾つか引かれた打消し線。
ばかね、と呟いて、無いはずの温度を辿り続けて。]
【墓】 アルレシャ
[巻き込まれているというトラブル。
突然姿を消した舞台役者の報。
誰にも知らせないでと言われた、貴方の行方と
……読み取れてしまう、線の引かれた文字の意味。
仄かに甘い花のにおいがした。
こんこん、と部屋の扉が叩かれて、
せんせいが笑顔を浮かべ姿を見せる。
せんせいがいつものように口を開いた。
──言葉が音になる、その前に、私は。]
【墓】 アルレシャ
せんせい、……ううん
[小さな鞄に、手紙とオルゴールを手早く詰める。
変わり映えのしない服と、真新しい緑のリボン
──たったそれだけが私の持ち物。
もう、せんせいとは、呼べなかった。]
私、好きな人がいるの
でも、どうしてもあの時の私には、
一緒に不幸になっても構わないって、言えなかった。
[だから、と服の裾を握り締める。
耳の奥がきぃんと音を立てて、心臓が早鐘を打って、
もうなんにも分からなくなるけれど。]
【墓】 アルレシャ
[紡いで、箱庭の中を駆け抜けた。
後先のことなんて一切考えず、床を蹴り、
外へ飛び出して、更に走る。駆ける。
──私が求めた、自由へ、向かって。]
【墓】 アルレシャ
[ 走って、縺れる足をどうにか動かして、駆けた。
後ろから追いかけてくる人たちの足音と、
捕まえろと指示する研究員の怒鳴り声がする。
リノリウムの床を蹴った。
ここで生きていた頃のことを思い出す。
なんにも怖いことなんかなくて
なんにも痛いことなんかなくて
なんにも、楽しいことも、なかった。 ]
【墓】 アルレシャ
[ 神さま。せんせい。
貴方達の糸を切った私はもう、要りませんか。
傷付かないように生かされてきました。
そうじゃなきゃ夢渡りでいられないから。
今なら私、分かります。
ご飯を「美味しい？」って聞かなかった理由も。
たどたどしい遊びひとつ教えなかったわけも。
与えるばかりで、欲そうとはさせなかった、
──貴方達の都合のいい小鳥が欲しかっただけ ]
【墓】 アルレシャ
[気付けば管理施設を飛び出し、人々の間を縫い、
逃亡者のように静かな森の中へ逃げ込んでいた。
追いかけてくる人がいなくなったことに気付き、
ついうっかり、木の根に足を引っかけて、前へ倒れる。
掌からじわりと血が滲んで、それ以上に心が痛くて、
私はやっぱりまた泣いた。
知らない痛みと知らなかった嘆きに、
管理されていたままの心が追いつかない。
震える足を叱咤して、森を抜ける。
この先に、出星管理センターがあることを
夢渡りとしての生活の中で知っていた。]
【墓】 アルレシャ
（ …… ほんとう、に
貴方が感じた通り、この星は、
──今の私じゃ、孤独、だわ ）
[ロサという星を孤独に感じたという、
旅行客だった男性の言葉が脳裏に咲いた。
背中が重い。こころがいたい。
一度だけ、後ろを振り返った。
……健やかに育った、緑の木々たちが聳えている。]
【墓】 アルレシャ
……ごめんなさい、せんせい
いまからやるね。
あとは……。
[私たちに親はいない。
夢渡りは神さまからの授かり子。
私たちに親はいない。
知らされなければ、記録を消せば、いないのと同じ。]
【墓】 アルレシャ
[ ふる、と頭を振り、考えを捨てる。
今の私にはもう、そんなの、大事じゃない。
手掛かりは手紙の差出人住所と、貴方の名前
会いに行って、貴方をただ、抱きしめたくて
……今の私には。それだけ。 ]
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