3 ― 星見る手紙 ―
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【墓】 新米修復家 キュー
[僕たちを乗せて、宇宙船はどんどん進み続ける。
宇宙から見たチノホシは、そこに居たときよりもいっそう、キラキラしているように思えた。
綺麗、だった。綺麗だと思った。
ずっと見たかった満天の星。
そのなかにチノホシがあった。
やがて、目の前いっぱいに広がる、星の輝きのなかに。
それはゆっくり溶け込んでいく。]
【墓】 次期当主 レグルス
[機械音が静かに響く救護室のベッド、
将は、子はまだ意識を取り戻さない。
面会謝絶の個部屋に１人、獅子の仮面は外された。
素顔知らぬ看護兵が息を飲む。
父の帰還まで後僅か。]
【墓】 新米修復家 キュー
[案内人形に通された客室で、僕は持ってきていた手紙を開く。
ヘイヴンからの手紙だ。
入れ違いになるところだったのか、と思ったものの。
書かれている内容を見れば。
やっぱりチノホシから、一言だけでも、手紙を送っておくべきだったかもしれない。
返事を書く筆を握りながら、それを出せないのが、もどかしかった。]
【墓】 新米修復家 キュー
[どこかの星に立ち寄って。
この手紙を銀河間郵便局に預けたら。
そうして、いくつかの星々と宇宙船を経由して、ヘイヴンに辿りつく頃までに。
この手紙が届いていると、いいんだけど。
そう思いながら、僕は筆をおいた。]
【墓】 アルレシャ
[────かすかに雨のにおいがする。
私は柔らかなベッドから身を起こして、窓の外を見た。
生憎の暗雲と、まるで泣いているような細やかな雨。
同時に扉を叩く音がして、年老いた女性がひょこり、
室内へ顔を覗かせた。]
……おはよう、ござい、ます…。
[老女は顔を緩め、挨拶を返してくれる。
一方の私はどんな顔をすればいいのか分からなくて、
なんとか微笑みの形を作り、頭を下げた。
──昨晩のことを思い出す。]
【墓】 アルレシャ
[出星管理センターは、ロサの森を抜けた先にある。
つまるところ、ロサを抜け出したいと願う人たちならば
殆ど必ず通るルートだったわけだ。
この星の出立も入星も、そこ以外に窓口はない。
──早い話が、待ち伏せをされていた、というだけ。
あんな大見得を切って飛び出したのだから
施設職員たちが管理センターを見張るなんて未来、
当たり前に考えついたはずなのに。
見慣れた顔が警戒するように立っているのを見て、
「どうしよう」と悩んでいた私を助けてくれたのが。
〝長年ロサ脱星を願う人の手助けをしている〟という
この老女だったわけだ。]
【墓】 アルレシャ
[自分が夢渡りであったことは明かさなかった。
不誠実かもしれない、と思ったけれど、
この星を逃げ出す人を支援するということは、つまり、
敢えて神への不信を抱えながら生きていることになる。
……どんな敵意を持たれるか、分かったものじゃない。]
あ、の、……昨日は、ありがとうございました。
[礼を言えば、老女は笑顔のまま「良いのよ」と紡ぎ、
それから私の足首と掌を指差した。
逃げ出したい一心だった昨日は気付かなかったけれども
転んだ拍子に、足首を挫いてしまっていたらしい。
手も随分深い傷だったのよ、と彼女は言って、
「なにか必要なものはある？」……そう訊いた。]
【墓】 アルレシャ
[食べたいものだとか、そんなつもりで尋ねたのだろう。
私は意図の検討をつけながら、
包帯を巻かれた掌を見遣った後 老女へと視線を戻し、
困ったように眉根を下げる。]
……便箋とペンは、ありますか？
[人の好さそうな老女は、流石にぱちりと目を見開き
次いで、「あるわよ」と肯いた。
けれども最近はめっきり手紙をやり取りすることがなく、
封筒は一つ、便箋も幾枚かある程度だという。
勿論構いません、と今度は私が頷きを返して、
私は老女から貰った便箋を広げ、ペンを持った。]
【墓】 アルレシャ
[痛みと包帯であまりスムーズに動かない指先は、
けれど、ある意味では都合が良かった。
思うがままに動いてしまうと、
またあの時のように、書きたいことばっかり、
衝動的に書き散らしてしまいそうだったから。
絶えず雨の音がした。耐えず涙が流れた。
夢から醒めた夢渡りが、一体どうなるのか？
──誰も知らない理由を、今、私は識っている。]
【墓】 アルレシャ
（ 皆、死んじゃったんだろう、な…… ）
[与えられるばかりで、欲し方も知らなくて。
与えられた役割の儘、大切と思う人を手離して。
残ったのは、目覚めた後にあるのは、
途方もない孤独と後悔と、──それでもなお枯れない自我。
出ていけないなら、元の思考に帰れないなら。
今の私には、同族たちのことが良く分かる。]
【墓】 アルレシャ
[でも、私は、──足掻かなくちゃいけない。
貴方が書いた「さいご」の意味
今の貴方が抱える全てのこと
──私は。 知りたい。
…… 黙して、ペンを置いた。]
【墓】 青年 シャト
[雪は降り積む。
公園も、劇場も、大通りも、学校も、住宅街も。余すことなく覆い隠して、純白の海に沈めていく。
どれだけ科学が発展しても、僕たちは、未だアルカディアの自然を克服することはできていなかった。だから、寒くなれば、僕たちは天然の檻に閉じ込められる。
アルカディアが僕に行くなと言っているように感じた。
アルカディアで生まれ、その恵みを受けて育った僕に、行くなと。
アルカディアが泣いている。僕と同じようにして星を出ていった人を、僕は何人も知っている。その人たちが決してアルカディアに帰ってこないことも。
それを嘆くような空模様は、無意識にこの星の人々を思い出させた。]
【墓】 青年 シャト
[宇宙を自在に駆けて、銀河を、星を越えられる、この時代に。
星ごと全てが凍りついて、時間ばかりが過ぎていく。
ここではない別のどこかでは常に人や物が動き、新しい発見と驚きに満ち、発展を続けているというのに。
羨望。嫉妬。恐怖と焦燥感。何よりも自分たちは優れているのだという自尊心。
否、優れていなければならなかった。自分たちが正しいと証明するためには。
合理性を突き詰めて、突き詰めた先には相違点が明らかになるばかりで、そして星を閉ざした。他星との繋がりを完全に断ち切りはしないまま。
嫌気が差したか、細い繋がりから他星への憧れを抱き続けていたのか。
外へと出ていった僕の友人は帰ってくることはなかった。
有用な人材が、何よりもこの星に生まれ育った人間が、他星を選ぶことを人々は嘆く。]
『ああ、それではまるで、この星が劣っているかのようだ。
争いなく、能力を最大限発揮できる、この星のどこが不満なのか。』
[はっきりと言葉にせずとも、伝わってくる。
出ていった人に対する、裏切られたという落胆や失望が。]
【墓】 青年 シャト
[雪に降り込められている間、僕は最低限の荷物をまとめて、筆を執った。
アルカディアと人々の嘆きを想像して、それでも外に出ると決めて。
無垢で穢れのない純白の中に、まだ見ぬ世界を描く。
主人公は暖かな星で生まれた少年。
日照りが強く、水に乏しく、作物に乏しく、それでも逞しく人々と手を取り合って生きてきた少年。
少年の武器は人と力を合わせること。それから新しいことに驚き、学びを得れること。
少年は氷の星にやってきて凍えるけれども、水が沢山あることに喜ぶ。
主星に頼って暖を取るには心許ないと分かれば、木の枝を打ち落とし、陽のある日に乾燥させて火を起こす。
自分の仲間も、そうでない者も、平等に火に当たれるようにして、湯を沸かし、温もりを分かち合う。そうこうしているうちに恩義を感じたものが物資を集め、少年や仲間に分け与える。寒かった土地は助け合いの暖かさに満ちていく。
現実はそう上手くいかないかもしれないだろうけど、苦境を一緒に乗り越えるんだから、それくらいの優しさがあってもいいと思う。
少なくとも、僕が今書きたいのはそんな話。そしてそれが僕が描く、アルカディアの理想の姿でもある、のかもしれない。]
【墓】 青年 シャト
[雪は三日間降り続いた。僕はその間、思いつくまま筆を動かした。
突拍子がなくても、現実味がなくても、今書きたいものを心のままに書いた。
アッサに行ったら、きっと今の僕とは変わる。
それなら今は悩まずに、できることを、やりたいことをすればいい。
そんな風に考えたら、心がすっと楽になった。]
【墓】 新米修復家 キュー
[船は星の海原を行く。
それを甲板から眺めて。
そういえば。
船、というものに乗るのもはじめてなんだ、と思いながら。
かつて。
海を渡っていった人たちは、何を想って、出航していったのだろう。
その航海の果てに、どんな世界を求めていたんだろう。
見知らぬ世界を、ただ想って、漕ぎ出していたんだろうか。
ありし日に心を寄せながら。
僕は、いずれ辿りつくはずの星の瞬きを、じっと見つめていた。]
【墓】 旅行者 パウゼ
[また、夜が来た。
しかし、今日の夜はいつもと違った。
遠くで、どおんと音がした。
病院の建物が少しだけ揺れた気がした。
いつもの医師が、今日は夜の今、病室を訪れた。］
こんばんは。
今日は遅いですね。
さっきの音は？
「この近くの拠点への攻撃が始まったんだ。
近く、と言っても十数kmは離れているから安心してくれ。
…見たいか？」
［その質問に、頭が働かず少しぽかんとして無言で医師の顔を眺めた。］
【墓】 旅行者 パウゼ
「屋上から、遠くが見えるんだ。
その土地までは、広い原野だ。
少しだけなら何が起こっているのかわかるだろう。
見て、気が晴れるなら。」
［気が晴れる。
この気が晴れることがあるのだろうか。］
…行きます。
［少しの後、医師の言葉に答えた。
もしかして、今日からの夜は、昨日までの夜とは違うものになるのだろうか。
現実感のない中の少しの期待、その可能性が少しでもあるのなら縋りたかった。］
【墓】 旅行者 パウゼ
［医師が肩を差し出してくる。
彼の肩を借りて、ベッドから立ち上がった。
部屋の壁にかけてあった暖かいロングコートを羽織らせてもらうと、医師に寄りかかりながらも、自分の足で歩いて病室を出る。
静かな廊下を２人で歩き、階段を２階と半分分上がり、屋上へ上った。
平らな屋上には、既に何人かの入院患者と思しき人影があった。
彼らの隣には、何故か必ず医療従事者の付き添いがあるようだった。
彼らはみんな、同じ方向を見ていた。
自分もそちらを見る。
広い荒れ地の向こうの方を。
ちかっと雲の中の稲妻が光ったように、遠くが明るく光った。
次に、どおん、と遠くから響く音がした。
断続的に、小さな光が下の方で点滅するように光っている。
そしてまた、閃光が夜空に走った。
再び音がして、病院の建物がほんの少し揺れた。］
【墓】 旅行者 パウゼ
［幾度も夜空に走る光は、まるであの時のようだ。
これで、自分はすっきりしたのだろうか。
当然あの爆破の首謀者も実行犯も殺してしまいたい。
何度殺しても飽き足りない。
何を言ってもどんな事情があっても許さない。
だけど、この夜空に走る閃光は、あまりにもあのときを思い出させて、あの時と同じようにきっと一瞬でそこにある全ての人と物が壊れて崩れていて、それが今まさに目に見えるところで起こっているというそのことが、ただ、苦しかった。］
先生
私はあの爆発を知っています。
苦しいですよ。
苦しい…
「私も知っているよ」
［思わず横にいる医師の顔を見やった。］
「君がここに来た日、この病院には他にも本当に、
本当にたくさんの人が来たんだ。」
【墓】 旅行者 パウゼ
［医師は遠くを見ながら話し続ける。］
「彼らは、貧しいものが無策で死んでいくことに、誰も気づきもしないことに怒りを覚えて、金持ちが集まるホテルや観光地を狙ったそうだ。
物理対物理の争いなど、金がある方が勝つに決まっている。
実際戦争にもなっていない。
ただ今は、政府が彼らを掃討しているだけだ。
きれいに焼け野原にしているだけだよ。
…なぜこんなことをするんだろう。
愚かだ」
［視界の前の方で遠くを見ていた女性が突然泣き崩れた。
隣に居た病院の関係者と思われる人影が彼女を支え、そして自分たちの横を通り過ぎ、階段へと向かって行った。
気が付けば、闇夜の中、街の高い場所、バルコニー、至る所で人々が攻勢をかけられている土地の方を眺めていた。
歓声の一つも上がらなかった。
皆黙って、同じ方を眺めていた。］
【墓】 旅行者 パウゼ
先生、戻りましょう。
［暫く黙って遠くを見ていた後、呟いた。
医師も、頷いた。
遠くの夜空はまだ、時折光を放っていた。］
【墓】 旅行者 パウゼ
［再び、静かな廊下を２人で歩く。
もう、大分身体も良くなった。
少なくとも、全身に痛みが走るということがほとんどない。
あとは日常生活を送れるような訓練をすれば退院できるのではないか、と勝手に思っている。］
先生
［歩きながら声を掛けた。］
私は、掃討作戦が行われれば、多少はすっきりするのかもしれないと、心が晴れるのかもしれないと、そう思っていました。
けれど、遠くのあの光は、決して私を癒すようなものじゃなかった。
…よく、わかりました。
私を癒してくれるのは、今隣にいて支えてくれる先生や…私のことを遠くからでも、少しの時間だけでも思って言葉を、気持ちを届けてくれる人、そういう人だったんです。
先生、私はきっと、退院したら、先生に手紙を書くと思います。
お暇なときにでも構わないです。
返事を頂けたら、嬉しいです。
【墓】 旅行者 パウゼ
［医師は少し笑って答えた。］
「ああ。
それに、君も私の慰めになっているんだよ。
この星の人と話をすると、どうしても敵味方や長い今後の話になる。
気が紛れるんだ。
君が生きていてくれてよかった。
ありがとう。」
…
［どうせ、自分が変な行動に走らないように、気を使って言ったんでしょう。
そんな軽口をたたきたかったが、不覚にも目の前が滲んで、言葉が出てこなかった。
何も気が晴れることはない。
だけれども、小さな心の慰めは、自分の周りのそこかしこにあった。］
【墓】 次期当主 レグルス
ん……。
[徐に将が目を覚ます。軍医は将の声に気付き
慌てて将の方へ首を向けた。]
（そう、か。私は……倒れたのだな。）
[朦朧とした頭で、
ベッドへ横たわっていることに気付くと
不思議な程冷静に状況を把握していた。
軍医が「閣下」と声を掛けた。]
【墓】 次期当主 レグルス
（魅了については役者の領域、本人の実力。
私が尽力出来るのは実力勝負に持って行くまでの
道程と保護、私対これから役者に向き合う
世論と民衆……其処から生まれる観衆との勝負よ。）
[「閣下！聞いておられますか！」という軍医の叫びは
またもや右から左へ流したまま。]
【墓】 次期当主 レグルス
（私の“悔恨”と“覚悟”を示す時は、もう直ぐ其処だ）
（生きろよ、役者）
（此れより先、貴公を取り巻く世界全てが貴公の舞台）
（開幕のベルは鳴らしてみせる）
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