46 ― Blood on Letters ―
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【秘】 C＃m：宵月 ヴィブラト > E：旋風 カペーシア
[収められていた便箋もまた灰色の薔薇染め。
真っすぐに引かれた罫線の上に並ぶ文字は
濃紺のインクを用いた丁寧なブロック体。
ただしこちらは、宛名書きのほうと比べてみると
文字の線に幾らか、筆記体めいた撥ねがみられる。]
C＃m：宵月 ヴィブラト から E：旋風 カペーシア へ、秘密のやり取りが行われました。
【秘】 C＃m：宵月 ヴィブラト > E：旋風 カペーシア
カペーシア・ウィールウィンド
こんにちは。
俺はブレンダン・クレセンツだ。正確に言えば、ブレンダン・クレセンツという人間だった。
今は、 “お仲間” として世話になった長老から賜った「ヴィブラト」の名で通している。
まずは、カレンへの手紙をこちらに返送してくれたことに感謝する。
誤配送で驚かせたなら悪かったが、届いてしまった先がカペーシアさんの元で良かったとも思っている。
今までも誰かが俺らの手紙を届けてくれていたんだろうが、君からの祈りがまた、あの子のもとに手紙を届ける力になってくれると信じている。
さて、カペーシアさんが気づいた通り、俺は吸血鬼で間違いない。
もちろん天国で暮らしてもいない、れっきとしたこの世の存在だ。
灰色の薔薇で染めた便箋についても知ってはいたんだが、そこまで “お仲間” に手紙を出す機会もなくてあまり使っていなかったんだ。育てるのはやはり大変なんだな……。
こちらについても、わざわざ教えてくれてありがとうな。
C＃m：宵月 ヴィブラト から E：旋風 カペーシア へ、秘密のやり取りが行われました。
【秘】 C＃m：宵月 ヴィブラト > E：旋風 カペーシア
カレンのことだが、最近の手紙を読む限り、おそらく戦火に直接遭っている訳ではないらしい。
ただ近頃の戦争を身近に感じるくらいには、戦争の影響を強く受けている地域にいるんだろう。
前には国外出張が続きそうだとも書いていたから、今の忙しさや辛さもそこから来ているのだと思う。本当に、色々な意味での戦争だな。
カレンとジェニー（妻のことだ）のことを案じてくれて、無事を願ってくれて、ありがとう。
妻の住む国では戦争も紛争も起こっていないし、カレンの手紙を読む限り引っ越してもいないようだから、そこは安心してほしい。
人間が戦争なんてしなけりゃ……と俺もうんざりしているが、実際に戦時下を肌身で知っている人間や人間以外に比べれば、こんな嫌気も甘っちょろいのかもしれない。
カペーシアさんが戦争を嫌い、その災禍に遭っている人々を心から想うのは、過酷な戦時を生きた人々が友達にいたこともあってなんだろうと思う。
前の文章で、手紙が届いた先がカペーシアさんの元で良かった、と書いたが……。
これは君が妖力を辿れる “お仲間” というだけじゃなく、誰かの痛みに心を寄せられる人（吸血鬼だが）だと思えたから、というのもある。
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C＃m：宵月 ヴィブラト
[幾らか考えて、消しゴムで消した心算と思しき
「身の上の話」に直接触れるのは避けることにし、
ここで書き綴るのは、それとない言葉のみに留めた
……心算だったが、少々校正が甘かったようだ。
それから男は、一度、ペンを執る手を止める。
前髪で隠したままの左眼があった場所が
微かに疼くのを覚えながら――
再び、ペンを走らせていく。]
【秘】 C＃m：宵月 ヴィブラト > E：旋風 カペーシア
カペーシアさんの謝罪を受け取った上で、君の厚意に甘える形で、妻のジェニーについても少しだけ書かせてほしい。
実を言うと、俺は吸血鬼になってから一度だけ、ジェニーに会いに行ったことがある。
一度死んだ身でも、たとえ「人の生き血を啜る化け物」であっても、人間の頃と同じように家族と共に暮らしたいと望んだんだ。
その望みが叶わなかったことは、あの手紙を読んだ君ならとうに解っているとは思うが……。
ジェニーにしてみれば、俺は死者以外の何者でもなかった。
吸血鬼は生ける屍だとか悪霊だとか、それでもちゃんと生きているとか、そういう話じゃない。
あの人は「ブレンダンは死んだ」「ブレンダンはもういない」という事実を受け入れていたんだ。
（そう言い切れるくらい、俺はかなり無残な死体になっていたらしい。今の俺にもそれらしい傷跡がある）
だからジェニーは、「生きている」俺の存在をきっぱりと否定したんだろう。それで、俺のほうからあの人に言葉を届けることができなかった。
「夫の偽物」としての俺が現れることで、あの人の心をまた傷つけてしまわないか、と。
またあの時みたいに、俺は拒絶されるんじゃないかと。
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【秘】 C＃m：宵月 ヴィブラト > E：旋風 カペーシア
だが今になってみて、漸く気づいた。
俺は既に「死んだもの」として、妻に会いに行くべきだったんじゃないか。
俺は “亡霊” として、今からあの人に会いに行ってもいいんじゃないか、ってな。
思えばカレンだって、あくまで俺が天国にいる身だと思って手紙を書いてくれている訳なんだから、あの子のもとにも “亡霊” として会いに行ったっていいんだ。
このことに気づけたのは、カペーシアさんの手紙のお陰だ。
手元に残り続ける手紙だけじゃ未練になる。置いていかれた側の君がそう言うのなら、きっとそうなんだろう。
生きているうちに一目だけでも会えるなら、その方がいい。
多分、俺も逆の立場なら、そう思うんじゃないかって気がしたしな。
C＃m：宵月 ヴィブラト から E：旋風 カペーシア へ、秘密のやり取りが行われました。
【秘】 C＃m：宵月 ヴィブラト > E：旋風 カペーシア
率直に言えば、まだ少し躊躇う気持ちはある。
それでも一歩、踏み出してみようと思う。
あのふたりに未練を残させたままのうのうと生き長らえる方が、余程ひどい夫や父親になっちまうからな。
最後になったが、カペーシアさんとこうして手紙で繋がれたのも、何かの縁なんだろう。
これからもまた、何かしら手紙を書けたらと思っている。
君も、俺になんでも話してくれていい。
もちろん、他の同胞たちとも、 “お仲間” として気張らずに接していけたらと思っているさ。
カペーシアさん。これからも、よろしくな。
ブレンダン “ヴィブラト” クレセンツ
C＃m：宵月 ヴィブラト から E：旋風 カペーシア へ、秘密のやり取りが行われました。
C＃m：宵月 ヴィブラト
[まるでこの時の晴れた空のように
幾らか憑き物が落ちたような面持ちで、
ヴィブラトでありブレンダンであったものは、
ペンを置き、“お仲間”宛ての封筒に封をした。
それから晴れた空の下、二通の手紙をポストに託しに行く。
あとは幾らかの蒸し暑さも感じる空気をその身に感じながら、
“居残り” として託された店舗業務を片付けていく。
そう。
この日、この街は晴れていた。が……。]
C＃m：宵月 ヴィブラト
― 遅い午後 ―
[遅くに帰宅する筈の同居人のための夕飯を拵えていた最中、
リビングに置いたままの携帯端末が
通話のほうの着信を知らせてきた。]
もしもし、俺だ。無事に買い付けのほうは終わ――
「ヴィブラトさああああああああああああああああああああああああああああん！！！！」
ッ、驚かすなベネディクト！
何があったんだ、おい、
「ヴィブラ、ヴィブラト、さん、
すみませ……たいへん……やば、もうやだ……」
落ち着けッ、ゆっくりでいいから、
何があったのか教えてくれ。
「うぇ、そ、それが……」
C＃m：宵月 ヴィブラト
…………………。
一先ず、この際CO2とか飛び恥とか言わず、
今から航空便のチケットでも――
「僕だって流石に考えましたって！
でも、そっちも、ゲリラ豪雨のせいで、
全便運航見合わせだって……
人類のバカ………これだから僕は……人間なんて……」
C＃m：宵月 ヴィブラト
[携帯端末越しのベネディクトの泣き声、
その背後で微かに端末が拾う雨音と、
“血の定め” の渇きからの唾音が、重なる。]
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