3 ― 星見る手紙 ―
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【墓】 旅行者 パウゼ
娘の柔らかい手の感触と声で目を覚ますと、病室には既に朝の光が差し込んでいた。
今の夢は、色々な過去のことを継ぎはぎで作った未来の夢だ。
きっとあと４，５か月後に、あったかもしれない普通の出来事の夢だ。
もう絶対に有り得ないけれど。
夢の中ではしゃぎまわっていた娘を思って静かに泣いた。
結局、夢で泣くか現実で泣くかの違いだった。］
【墓】 旅行者 パウゼ
［朝、配膳の後、恐らく最後になる手紙が１通、届いていた。
遠い星の、不思議な話だった。
この星は本当に自分の星から遠く離れた星だった。
行ったときも不思議な雰囲気に気圧されたものだが、手紙で読んでも分かるような分からないような不思議な感じだった。
一体どんなことをしたら、あの星のようになるのだろう。
もしかしたら、手紙だけではなく、直に聞かなければわからないようなことも多いのかもしれない。
最後の文に、ほほえんだ。
きっと君が思う以上だよ。］
【墓】 旅行者 パウゼ
［「こんにちは。
調子はどうだろうか。」
暫くの後、いつものように、いつもの医師が病室にやってきた。］
先生。
昨日の方から色々聞きました。
これからもよろしくお願いします。
［夜は辛い。
きっとこれから毎晩辛いのだろう。
だけれども、泣いて泣いて泣き疲れれば、その時だけでもどこかで区切りがつく気持ちがある。
改めての依頼に、医師は無言で頷いた。］
そういえば、郵便屋さんも来ましたよ。
命石って言うんですね、これ。
［小さな木箱から小さな淡いピンク色の石を取り出して、親指と人差し指で両端を押さえるように持つと、自分の目の前まで持ち上げた。］
【墓】 旅行者 パウゼ
一度、つい床に投げつけてしまったんですけどね。
衝撃で一部が削れて欠けてしまいました。
こんなに不安定じゃ、産業用じゃ全然使い物にならないですよ。
価値はとっても低いです。
［苦笑いをしながら、呟いた。］
でも、とてもきれいだ。
［陽の光に当てると、透明感のあるピンク色の、その中の細かい粒子がきらきらと光を反射した。
少しずつ動かせば、光る粒子が少しずつ変わり、同じ反射なのに、少しずつ光の強さや大きさを変えていく。
医師は、黙って部屋を出て行ったようだった。
暫くの間、無心で小さな石を眺め続けていた。］
新米修復家 キュー
[僕たちの身体に終わりはない。
でも、"僕"には終わりがある。
人として造られた
それが、長い時間をかけて、ゆっくりと
だから、早く宇宙に出たかった。
"僕"がこの世界にいる間、いくつもの星を巡って、たくさんの人に出会いたい。
たくさん知って、たくさん気づいて。
そのどれもが、きっと、かけがえのない
明日より今日がよくて。
今日よりも昨日がよかった。
そして、昨日よりも一昨日だったら、もっとよかったんだけど。
でも、だからこそ。
新米修復家 キュー
[出航当日。僕は諸々の旅道具を詰め込んだ鞄片手に、慌ただしく、出星管理局への道を急ぐ。
そのときにいくらかの手紙も一緒に仕舞いこんだけど、それを確認する時間はなかった。
船の中で読もう。
そう思いながら、僕は宇宙船に乗り込んだ。]
新米修復家 キュー
[チノホシの宇宙船はみんな、宇宙を漂うとき、他の船とのやりとりができない。
まだ、この銀河中でやりとりできるのが"自分たちだけ"だと思ってた頃のものだから。
もともと、そうできてないし、あえてそうすることもしなかった。]
新米修復家 キュー
[出航の合図。
かつて、人類が宇宙を目指して造り上げた船に乗せられて。
僕は銀河にある、まだ知らない星々を目指して旅立つ。]
【墓】 アルレシャ
[ 走って、縺れる足をどうにか動かして、駆けた。
後ろから追いかけてくる人たちの足音と、
捕まえろと指示する研究員の怒鳴り声がする。
リノリウムの床を蹴った。
ここで生きていた頃のことを思い出す。
なんにも怖いことなんかなくて
なんにも痛いことなんかなくて
なんにも、楽しいことも、なかった。 ]
【墓】 アルレシャ
[ 神さま。せんせい。
貴方達の糸を切った私はもう、要りませんか。
傷付かないように生かされてきました。
そうじゃなきゃ夢渡りでいられないから。
今なら私、分かります。
ご飯を「美味しい？」って聞かなかった理由も。
たどたどしい遊びひとつ教えなかったわけも。
与えるばかりで、欲そうとはさせなかった、
──貴方達の都合のいい小鳥が欲しかっただけ ]
【墓】 アルレシャ
[気付けば管理施設を飛び出し、人々の間を縫い、
逃亡者のように静かな森の中へ逃げ込んでいた。
追いかけてくる人がいなくなったことに気付き、
ついうっかり、木の根に足を引っかけて、前へ倒れる。
掌からじわりと血が滲んで、それ以上に心が痛くて、
私はやっぱりまた泣いた。
知らない痛みと知らなかった嘆きに、
管理されていたままの心が追いつかない。
震える足を叱咤して、森を抜ける。
この先に、出星管理センターがあることを
夢渡りとしての生活の中で知っていた。]
【墓】 アルレシャ
（ …… ほんとう、に
貴方が感じた通り、この星は、
──今の私じゃ、孤独、だわ ）
[ロサという星を孤独に感じたという、
旅行客だった男性の言葉が脳裏に咲いた。
背中が重い。こころがいたい。
一度だけ、後ろを振り返った。
……健やかに育った、緑の木々たちが聳えている。]
【墓】 アルレシャ
……ごめんなさい、せんせい
いまからやるね。
あとは……。
[私たちに親はいない。
夢渡りは神さまからの授かり子。
私たちに親はいない。
知らされなければ、記録を消せば、いないのと同じ。]
【墓】 アルレシャ
[ ふる、と頭を振り、考えを捨てる。
今の私にはもう、そんなの、大事じゃない。
手掛かりは手紙の差出人住所と、貴方の名前
会いに行って、貴方をただ、抱きしめたくて
……今の私には。それだけ。 ]
星の停滞 ステラ
[ ふと、入れてもらった紅茶を飲もうとした。
ぬるくなった紅茶の入ったコップの取手は大きい。
普通ならしっかりと持って飲めたはずだった。 ]
あっ……。
[ 空振り、落下、崩壊。
意識の理解よりも早く落ちた現象。
脳の理解が追いつかなかった。
いや、理解を拒んだのかもしれない。 ]
……、そろそろなのかな。
[ 手の痺れが、筆を持つことを否定した。
届いた手紙は未だに開くことができていなかった。
それは恐怖なのか、それ以外の感情なのか。
私には、気がつけなかった。 ]
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