3 ― 星見る手紙 ―
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隣村から聞こえてきた噂。
人狼と言う名の人の姿をした獣が、夜な夜な村人の血肉を啜ると言う。
村人達は顔を合わせ、それぞれの身を案じ始めた。
1人目、 パイ焼き ゲイザー がやってきました。
2人目、 影絵の郵便局員 リリス がやってきました。
影絵の郵便局員 リリス
おはよう。
今日もお仕事、頑張りましょうね。
[ここは、とある銀河の、とある惑星上の郵便局。
この銀河中から集まった手紙を他の銀河へと転送している。
また他の銀河から転送されてきた手紙を、この銀河内の星々に配達する際の拠点でもある。
いわば、銀河間の手紙の中継所だ。]
影絵の郵便局員 リリス
あら、どうしたの？ ―――うん、うん。
転送先設定間違えちゃって怒られた？
ま、そういうこともあるわよ。よしよし。
[時折、たまに、このように郵便事故を挟みながらも。
数多の銀河から巡る手紙の集配を担う組織として、この銀河間郵便局はある。]
そう言うワタシも、油断しちゃダメね。
疲れない程度に気を引き締めていきましょう。
[郵便物の自動仕分けのシステムの管理だけでなく、自分たち生体に備わった認知機能によるチェックも行う職員たちは、今日も惑星の夜明けと共に銀河間郵便局の業務に就く。]
3人目、 次期当主 レグルス がやってきました。
4人目、 演者 シェルタン がやってきました。
演者 シェルタン
[この惑星に、空が仄かに群青色に光る程度の朝が訪れる。
遠くにある銀河の中心が放つ光が齎す、主星なきトワイライト。
「夜」あれば、星瞬く闇天。
「昼」の時刻であっても、薄明程度の明るさが続くのみ。
それがこの惑星――自由浮遊惑星FO7402-1938における、日常の空の在り方だ。]
演者 シェルタン
夢、か。
[難民やその他の移民向けの、簡素に建てられた住宅の一室。
仄かな群青の夜明けと共に目覚めたこの生命体――人間の身体を持ったそれは、薄ら開いた目元を拭ってから身を起こした。
それから昨日と同じく、一昨日と同じく、身支度を整えて。
寝起きとは打って変わっての軽快な足取りで、自室を後にした。]
5人目、 払暁 アカツキ がやってきました。
演者 シェルタン
《 ある時の“ 僕 ”は、森を駆けていた。
夜明けの下弦の星を仰いでは、
遠くに向けて吼えていた。 》
《 ある時の“ 僕 ”は、海を駈けていた。
黄昏に煌めく水面の先を目指して、
凪がない波の上を跳ねていた。 》
《 ある時の“ 僕 ”は、空を翔けていた。
陽の熱が降り注ぐ大気の中で、
文字通りに翼を広げていた。 》
演者 シェルタン
《 ……その時々の記憶は確かにあって、
けれども一夜の夢のように掴みづらくもある。
重なり積もったそれらの記憶に比べれば、
今の“ 僕 ”の身体に刻まれた記憶は、
もっとずっと鮮烈で、生々しい。
その記憶に仮に欠落があったとしても、だ。 》
演者 シェルタン
《 “ 僕 ”は――否、この人間は、
人造の石の道を駆けていた。
戯曲を収めた紙の書籍が詰められた
鞄ひとつを両腕に抱えて。
鞄を抱えたまま、逃げて、逃げて、
追ってから逃げようとして――、死んだ。
この記憶が、今の“ 僕 ”の宿主に、
最期のさいごに刻まれたものだった。 》
6人目、 星の停滞 ステラ がやってきました。
星の停滞 ステラ
嘗て、胸躍る冒険があった。
嘗て、心震わす出会いがあった。
嘗て、涙溢れる別れがあった。
それが今では何も感じない。
どうしようもない、空っぽ。
(……私は何故、生きているんだろう。)
星の停滞 ステラ
物語を綴ってみた。
少し満たされた。
けれど、それだけだった。
胸躍る冒険も、心震わす出会いも、涙溢れる別れも、
全ててフィクションなのだと、
冷めた目で見えてしまった。
あれほど夢見た旅だというのに。
私は何者なのかわからなくなった。
あなたはどう思っていたのですか、父様。
私を導いて、父様。
演者 シェルタン
《 今の“ 僕 ”は、この死者の身体を修復、蘇生し、
“ 僕 ”の身体として用いて生きている。
“ 僕 ”は――いや、“ 僕 ”だけじゃなく、
人間たちの間で“ 演者 ”と呼ばれる生命体は、
こうやって、死んだばかりの生き物を蘇生し、
宿主にして、生きている。 》
星の停滞 ステラ
[ 星は巡る。
空虚で、色の薄い部屋の中で考える。
生とは、死とは、想いとは。
幸い時間はある。
どれくらい残されているのか不明ではあるが。
何もせず死ぬよりはマシだろう。
囚人のように同じ部屋に留まり続け、腐るよりも。
きっと、その方がいい。 ]
星の停滞 ステラ
燃え尽きた星の夢
[ 私は旅人だった。
そして私の父も旅人だった。
父は幼い頃に両親に捨てられてからずっと旅をしていた。
周囲の人に助けられながら旅した世界を父は愛していて、
その話を聞くのが私は好きだった。
そんな父も愛した人ができたことで旅を辞めた。
妻と娘、喧嘩し、愛し、幸せを噛み締める。
普通の幸福を大切にした父は最高に良い父だった。
そんな生活が終わったのは母が病気で帰らぬ人になったから。
父は残された娘が一人前になったら旅に出ようと思っていた。
それが早まったのは私がねだったからだ。
幼い頃から父の話を聞いていた私は旅への憧れを持っていた。
私も様々な場所を旅したい、そんなおぼろげな夢。
父が旅の準備をしていたのを見た私は想いが爆発した。 ]
星の停滞 ステラ
[ そうして始まった父と娘のふたり旅。
大変なこともあったが、輝かしい冒険に素敵な出会いと別れ。
それはまさに宝物だった。
けれど、すべての物には終わりがやってくる。
父が血を吐いた。
母と同じ病気、既に先は長くはなく、最期はすぐに訪れた。
父は笑っていた。
子供のように純粋無垢に、宝石のように輝いた瞳をして、
『幸せだった。』そう語って息を引き取った。
最期に一つ、私に想いを託して。 ]
星の停滞 ステラ
[ 父の最期の想い。
世話になった師匠に手紙を渡したい。
その想いのため私は旅を続けた。
その相手も父の師匠と言うには旅人であった。
探し求め、すれ違い、ついに出会ったその人。
長年探し求めた人に出会った私は、
感動と、達成感と、安堵と、様々な感情でぐちゃぐちゃになり、
血を吐いた。 ]
星の停滞 ステラ
[ 医師が言うには、治る可能性は低いらしい。
少しずつ本人を蝕み、やがて宿主を殺す。
これはそんな病気だと私は知っていた。
同じ病で命を潰えた人物を" 二人 "知っている。
不思議と恐怖は無かったけれど、一つ思ってしまった。 ]
(私の旅は、ここで終わりなんだ。)
[ 涙が一つ零れた。 ]
星の停滞 ステラ
[ 色素の薄い部屋の中、文字を綴り続けていた。 ]
ふぅ……、これくらいでしょうか
[ 書いていた内容は嘗ての旅で訪れた惑星を元にした冒険譚。
主人公が父を求め、旅する中で出会う人々との物語。
病室に留まり続けている関係上、時間が余る。
それを埋めるために片手間で始めた執筆活動は案外良かった。
それが父の師匠の目に止まり、売り出すことになり、
以外にもファンが付き、長く続いている。
これによって穀潰しも卒業し、少し肩の荷が降りた頃ふと思う。
これは現実逃避であり、私は想像の中で旅をしている。
それほどまでに旅を愛した私の旅が終わった今、 ]
星の停滞 ステラ
なんで……、生きてるんでしょうか……
[ 呟いた言葉は、カーテンを揺らした風と共に消えてった。
星はその場所から動けないまま。 ]
星の停滞 ステラ
父との再開を求め旅を続けるショウが次に辿り着いた場所は暗闇の星だった。
朝の訪れない惑星でショウは一人の少女と出会う。
「あなたのお父さんの噂聞いたことあるかも。」
少女と共にショウは光を探し、暗闇の星を旅する。
その先に何を待っているかを知らぬまま。
『星の旅人 第■■星 〜朝の訪れを待つ星〜 著ルクス·プエル』好評発売中
払暁 アカツキ
[この星では”人の心”がわかる。
分かるようになる薬が開発されていた。
声に出さなくとも。ただ思うだけでいい。
どんなに会話が下手な者でも思っていれば感情が、思考が伝わる。
そうすれば人の心を理解出来る。理解出来れば人を傷つけることもない。
そのはずだった。]
払暁 アカツキ
[心を理解する技術が確立されたのは数十年前、
少女が生まれる前の事。
薬が完成した当初、星の者皆が喜んだ。
皆が喜んで服用した。中には服用を拒んだものもいたかもしれないが、服用者が増えるにつれ服用は義務となり。
星に住む皆が服用し終えた頃に、問題は発覚したのだった。]
払暁 アカツキ
[その問題とは。心をわかりすぎてしまったこと。わかるが故の諍いが増えてしまったこと。当たり前に考慮できたはずのそれが出来なかったのは、皆、嫌気がさしていたのだろう、心が分からないことによる争いの多さに。
その結果、この星の人々は離れて、それぞれが出来るだけ関わりを持たないように過ごすことになった。少女――アカツキを除いては。]
払暁 アカツキ
[薬を服用していないはずの子供世代にまで薬の影響が及んでいる、と発覚した。この星ではもう、人々が顔を合わせて笑うことなどないのだろう、とそう思われていた矢先に。アカツキが生まれた。
アカツキは心が分からない……薬の影響を受けずに生まれた子供だった。分からないからこそ、この星の希望と呼ばれ、大切にされてきた。
少女はこの星に住む人を元気づけるように、今日も微笑む。]
払暁 アカツキ
こんにちは、今日も元気かな？
私はいつだって元気だよ！
[そんな他愛ない会話さえ、人々を笑顔にしていた。
アカツキも幼い頃はそれに満足していた。今は―――。]
演者 シェルタン
[FO7402-1938は、どの恒星の惑星系にも属さない、銀河そのものを公転している自由浮遊惑星。
眩い光を齎す主星こそないものの、銀河の中心から届く光によって、この星の地表の植物は生かされている。それら植物の生成する物質や、その他星に備わった物質が基になっている大気によって、在来の植物以外の生命体が生息できる環境もまた形成されている。
この惑星に他の星から流れ着いてきた人間たちは（時には人ならぬ者たちも）、難民やその他の逃亡者、或いは開拓民、或いはただ「そこに住まう」だけの者として、総じて平穏といえる暮らしを築いている。
こうしたことからか、いつからかこの惑星には「ヘイヴン」――安息地、避難所、保護区、といった通称が付けられるようになった。
「保護区」を「開拓」しようとする人間たちがいる……という件については、ここでは置いておくとして。]
演者 シェルタン
[シェルタン――“ 演者 ”には、宿主の名以外の名前はない――もまた、「ヘイヴン」に縋りつくようにして辿り着いた亡命者。
宿主の元いた星から遠く離れたこの孤独な惑星は、追手から逃れるには丁度良い地だった。
そして、宿主と親しかった者たちとも、直接顔を合わせる機会はなかった。]
演者 シェルタン
[夜明けの時刻を幾らか過ぎた頃の、薄明のままの晴天。
シェルタンは手提げ鞄ひとつだけ抱えて、それなりに整備された道を行く。
通りがかり、道を照らすランタンを手にした子供たちの集団と出くわした時には、朗らかに「おはよう」の挨拶を。]
「おはよう、シェルタン！
今日もまた
もちろん。
君が今日も学校でちゃんと勉強してきたらね。
「あ、シェルタンだ！
また
もちろん。
舞台のお話の前に、君もちゃんと学校に行くんだよ？
演者 シェルタン
「シェルタン、シェルタン！
ああ、いいよ。
正午のご飯休み時にでも
……そのまま午後の授業バックレたりするなよ？
「ちょっ、うるさいなーシェルタン！
バックレたりとかするわけないってのー！」
あっはは、念のために言っただけだよ。
さ、行った行った。遅刻しちゃうぞー。
[この星の移民たちの居住地は、日々の糧を得て生命活動を維持するだけの場に留まらない。
この通り、子供たちを養育し教育する施設も整えられている。文化芸術を伝える施設も、決して数多くはないものの存在する。
亡命者シェルタンも、今ではこの星の文学資料館の業務に従事する身だ。]
演者 シェルタン
ちびっ子らにああ言ってる傍から、
大人の僕が遅刻するのも格好悪いな。
[そう独り言を紡いだ後、文学資料館に向けて歩みを早める。
今シェルタンが抱えている手提げ鞄は、宿主が死の間際まで抱え続けていたものと同じ。
その時に鞄に詰められていた戯曲の本は、今は文学資料館の蔵書の一部となっている――開架書庫に複製本を、閉架書庫に原本を収める形で。]
次期当主 レグルス
[ウル銀河星系惑星アッサ。
科学技術と豊かな自然、多種多様な文化の共存地。
造船所、宿泊施設、休憩所、
銀河天体気象観測施設エトセトラ、
巨大銀河・星間往航拠点「星の駅」には
銀河の垣根を超えた多くの人間が訪れる。
銀河航海中の故障修理、
旅の過程で減った必需品の買い足し。
銀河間の最新航空情報取得、旅荷の一時預かりに転送。
航路に生じた磁気嵐が収まるまでやり過ごす為の滞在。
人の数だけ理由が存在した。]
次期当主 レグルス
[惑星アッサの街も、銀河間文化の交流地と
情緒を感じる様々な施設が立ち並ぶ。
星々の書籍を所狭しと本棚に並ぶ書店。
惑星アッサ以外の戯曲や舞台、伝統芸能を上演する劇場。
故郷の味が恋しい者が立ち寄る飲食街。
文化の交流地で旗揚げを志す者達も居れば、
母星で禁じられ手に入らぬ物を求めに訪れる者達も居る。]
7人目、 黒い箱 シャト がやってきました。
黒い箱 シャト
[薄ぼんやりと自分を意識する。静かな音で目を覚ます。
規則正しく刻まれる63回の心拍と、15回の呼吸。
大体それくらいの繰り返しで生きている。]
黒い箱 シャト
[繰り返し。いや、間違い探しの方が正確かもしれない。2回と3回のズレが昨日と今日の違いを証明している。
昨日までと同じように、僕の心臓も肺も、正常に機能しているようだ。]
黒い箱 シャト
[問題はない。同時に大きな変化もない。それが僕の現状だ。
わずかな違いだけが時間が今も進んでいることを僕に教えて、それを意識しなければ、きっと僕は昨日と今日の区別なんてつかないんだろう。
それでも時間は進んでいるし、僕は生きている。]
次期当主 レグルス
─ “私” ─── 将レグルス （回想） ─
[宇宙海賊侵攻の報に馳せ参じた
将率いる惑星アッサ・ウル銀河同盟軍。]
まだだ……まだ引き付けろ。
敵船を限界まで誘い込め。
[他銀河系星の使節団襲撃を目論む宇宙海賊艦隊を見据え
獅子面の下、将は不敵に嗤う。]
全軍、臨戦態勢用意！
砲台射程Bに舵！右翼妨害電波発信！
射程距離30──…… 60, 100……ッ ！
[全ての敵艦が、射程圏内に入った。]
次期当主 レグルス
──── 放てッッ ！！
[将の号令を受け、放たれた味方艦隊全巻の大砲の雨に
次々と大破される宇宙海賊艦隊。]
D艦、脱出艇も全て破壊しろ！
彼奴等にアッサの地を踏ませるな！
彼奴等を１匹たりとも拠点へ帰すな！！
[瓦解する宇宙海賊の姿に、最後まで油断するなと
アッサとウル銀河同盟軍に向け指揮を下す。]
次期当主 レグルス
[部下に聞こえぬよう、将は小声で呟く。]
“仔獅子”を仔猫と侮る内はまだ良かったのだがな。
[クスクスと仮面の下で嗤う声は少年のもの。
声色はどこか愉しげだ。]
野心に感けアッサ、ウル銀河系だけでなく
他銀河系星に手を伸ばしたのが間違いだった。
アッサ、ウル銀河系同盟軍だけでなく
使節団側の星の者まで敵に回したのだから。
[ふと、手近のチェスの駒に手を伸ばす。
黒のキングを摘み上げ指先で転がすと]
次期当主 レグルス
宇宙海賊“黒曜”の終焉は来たれり！
“黒曜”の襲撃・略奪の野望は今此処で潰える！
諸君！最後まで気を抜くな！
“黒曜”壊滅の生き証人となれ！
惑星アッサ、「星の駅」は難攻不落の地だと
アッサの名を聞く者達に知らしめよ！
ウル銀河同盟軍の諸君！
貴公らの活躍、心より感謝する！
貴公らの誉は“赤獅子”
レグルス・ヴィルヘルムの
名に誓って保障しよう
さあ！不倶戴天の敵を共に討ち取ろう！
此の好機を絶対に逃すな！！
次期当主 レグルス
[こうして直近で将が上げた武功は
『“赤獅子”率いる惑星アッサ・ウル銀河系同盟軍
宇宙海賊“黒曜”を撃破』と
ウル銀河系を中心に報じられた。
戦場では獅子の面を被り、軍を率いる
惑星アッサとウル銀河同盟軍の将レグレス。
公式の場でも、必要時以外仮面は決して外さぬ将。
“赤獅子”の異名は暁の髪が獅子の鬣に似てるからだとか。
母星の防衛軍として、
同盟星の救援や人質にされた者達の救出。
危険生命体討伐に銀河間逃走犯確保、「星の駅」防衛。
“将”としての任務は多岐に渡る。]
次期当主 レグルス
[子供だからと侮られぬように付けた獅子の面。
武功を上げるにつれ、最初は軽んじていた者も
いつしかアッサとウル銀河系同盟軍の腹心となった。
当初不安の声をあげたアッサの人間も
今は好意的な反応を見せる。]
8人目、 夢渡り アルレシャ がやってきました。
夢渡り アルレシャ
幸福とは民の義務だ。
この星に生きる限り、私たちは〝神さま〟を信じ、
そして神さまの齎す幸いを決して否定してはいけない。
幸いとはこの星そのものだ。
私たちは争いに怯えず、侵略される恐怖もなく、
土を蹴って駆け回る子どもたちを平穏に慈しみ、
不幸なんて何も知らない顔で微笑み合う。
夢渡り アルレシャ
誰かが死んでも朝は巡り、夜は更ける。
私たちは絶えず幸せを甘受する。
違和感も訝しみも、持ってはいけない
──それがこの星の生き方だから。
〝神さま〟を信じれば、きっと全部、上手く行く
…………まるで画一されたようなこの星は
今日も仄暗い安穏を孕み、銀河を漂う。
黒い箱 シャトは、 青年 シャト に肩書きを変更しました。
青年 シャト
[顔を洗う。眠気を払うように。考えをまとめるように。
鏡を見る。映るのは、昨日と同じような僕の顔。
一つ、深呼吸。鏡の僕と、記憶の僕が訴える諦めを乗り越えるための間をおいて。]
青年 シャト
[きっと、できない。分かってるけど、それでも。
できなかったことが今日、急にできるわけはないと、そう思うけど。それでも。
きっとこれをやめてしまったら、本当に日々が停滞してしまうと思うから。]
青年 シャト
[そっと、柔らかく、口角をあげて。目を穏やかに和ませて。
純真だったあの頃の僕を、もう一度。
美しい世界や穏やかな日々を、鮮やかに感じた心を、どうか。]
青年 シャト
[でも、やっぱり、そう上手くいくはずはなくて。
疲れたような顔にうっすらと形づくられた笑顔は仮面のように冷たくて、からっぽで、偽物だった。]
9人目、 旅行者 パウゼ がやってきました。
旅行者 パウゼ
［ベッドの上に横になったまま、病室の窓から見える空を眺めていた。
この星では、故郷の星と同じように青い空が見える。
もうこの病室に入ってから、多分３、４日…
いや、５日は経っているかもしれない。
記憶喪失なわけではない。
ただ、何か、これまでの全てが夢のような、曖昧な心持ちだった。］
夢渡り アルレシャ
[ 神さまの齎す幸いは沢山ある。
例えば、子どもが志望校に合格するだとか
買ってみたお菓子が美味しかったこと。
降り注いだ大雨で作物が全く育たなくなっても、
愛した肉親が死んでしまうことも。
私たちに齎される事象は全て、神さまのもの
それを不幸だと否定することは許されない。
──もしも口に出したのならば
〝夢渡り〟の耳へ即座に届く。 ]
夢渡り アルレシャ
[ 惑星ロサには、〝夢渡り〟という職がある。
特定の感情や言葉を感知し、対象の夢に現れ、
神さまを冒涜する言動を忠告するものだ。
けれど多くの民は、誰が夢渡りかを知らない。
忠告されなければ見る機会もないのだし。
──そして、忠告を受けた者は遅かれ早かれ、
この星から姿を消すからだ。
神さまの罰が下る、と皆は言うけれども
その実多くは本人の意思による逃亡だ。
……少なくとも、夢渡りの見識の範囲では。 ]
夢渡り アルレシャ
[ ミルクと水が混ざり合える訳もないのに。
努力したってきっと無駄なのに。
この星を訪れる旅行者たちを見るたび、
夢渡りはそう思わずにいられなかった。
感受した物事を自由に表現し、感情の色を変え、
躊躇うことなく判別を下す他星の者。
苦しければ顔を歪め、悲しければ涙を流す
……夢渡りはそんな彼らの表情を思い起こしながら
茨の道へ行こうとする民へ、教えを説く。 ]
夢渡り アルレシャ
────ごきげんよう
今日も神さまの祝福がありますように。
[夢渡りに共通していることがひとつ、ある。
──年老いた者はいないということだ。
能力が年齢を理由に失われるわけではない。
多くの者の懐疑や不信を受け止め、
去る背中を見送る夢渡りもまた、同じ穴に落ちるから。
子供の手を引く若い女性へ挨拶を交わし、
漫然と夢渡りは思考を回す。
考えても無駄な、詮無きことを。
……やがて頭を振り、一歩、踏み出した。]
星の停滞 ステラ
[ 色々なことがあった。
代わった物も何個も増えて、酷く寂しく感じてしまう。 ]
これでいいかな……、少し書きすぎ……？
[ 久しぶり書いた手紙の内容を読み直しながら考える。
この病を発症してから怖がることが多くなったと感じる。
余計なことを考えてしまう、というのとは違うと思う。
けれど実際はどうなのかはわからない。
ただ、繋がりがほつれた糸のように千切れてしまいたくないと、
そう願っていたのは確かだった。 ]
星の停滞 ステラ
箱庭の迷い人-序
[ 惑星アルカディアを訪れた最初の感想は自分には合わないという物だった。
というのも彼の惑星は適正試験という物を受け、社会への貢献という物が評価される。
それが人間社会としては正しいのかもしれないが、
私にとっては酷く窮屈に見えた。
それは旅人としての自由を求める行為故なのか。
純粋に私が社会不適合者だったからか。
正直そんなことはどうでもいいのだが。
どちらにせよ、私はその惑星をすぐ離れるつもりだった。
そんな惑星で出会ったのがシャトだ。
あの惑星をすぐ出て行かなかったのは彼が理由だし、
彼の話を聞くのが好きだった。
だから惑星を離れる日、彼に頼んで文通をするようになった。
不定期で、特に話す内容も決まっていない、そんな手紙。
だからこそ気楽に彼に手紙を通して話かける。 ]
払暁 アカツキ
……つまんない、な。
[日課の散歩で色々な人と話した後。
アカツキは一人、誰もいない場所でため息をつく。
内心が見られない安堵からか、アカツキに接する人は皆、長話をしたがった。普段は他者との交流を控えているから、なのだろう。]
払暁 アカツキ
[それでも微笑むのは、そうしていなければ
いつか辿る未来は居場所の喪失だと思っているから。
ふるり、と首を振って、家に戻る。
家では母が待っている……わけではない。
身の回りの世話をしてくれる人は何人もいるけれど。母親はどこかへ行ってしまった。父親はこの星の人ではない、それしか知らない。希望だ、ともてはやされている少女は、孤独だった。
だから、そう。]
……手紙、来てないかな。
[どこの星の人かもわからない、そんな相手と手紙を交わしていた。この星以外の人ではどんなものがあるのか、どんな生活をするのか。それを聞くことは、楽しみであり、暇つぶしになり得るから。]
次期当主 レグルス
[“将”として他星へ赴く際も
一度”子”に戻れば年相応の視点で世界を眺めた。
いっぱい食べ、無邪気に楽しむ１人の子。
素に戻るため、
子は“レオン・クロムウェル”
という名の仮面を新たに付ける。]
次期当主 レグルス
[お忍びでの楽しみは買い食いに留まらない。
郊外のワイン醸造所見学や観劇、
書店での立ち読みに購読。一般人との交流。
子にとって“子”として過ごすひと時は
宝石のようにキラキラ、キラキラした輝き。
思い出はそれを詰め込んだ宝石箱。
いつか、どこだったか他星の黄昏時。
子供も大人も入り混じって遊んだ煉瓦道での鬼ごっこ。
母星の書店で夢中になった本の数々。
広場で眺めた旅芸人、また会おうねの約束で
刺繍を入れたオレンジのストールと交換こ。
他にもたくさん、たくさんあった。]
次期当主 レグルス
[お供は小さなオカリナ、ハーモニカ。
小さな切り株、店、森、広場、
踊り場。お祭り、キャンプファイヤー、静かな湖畔。
いい場所あればちょこんと腰掛け
満ち足りた笑みで息を吹く。
吹き込まれた息は音となり、
母星の童歌、他星の調べに変わる。
時に近くで誰かが踊り、時に誰かの拍手を貰い
リクエストがあれば応えてみせた。
他の奏者と目と目を交わし、息を合わせ
演奏の入りが揃う瞬間に心底喜んだ。]
演者 シェルタン
[さて、“ 演者 ”という生命体の特性について少し。
宿主の死亡時の状況にもよるが、“ 演者 ”の知性の度合いは、宿主の知性にほぼそのまま準ずる。
知性と同様に、記憶内容や思考のクセもおおよそ引き継がれる。
このため“ 演者 ”が宿主のフリをすることは容易といっていい（どころか、どうしても宿主の元の精神性に寄りがちになる、ともいえる）
それでも、“ 演者 ”の精神性が何もかも宿主と同じになる、というわけではない。
宿主の元の特性に関わらず、あくまで自らは“
それ故に、元来の宿主との差異が表面化することもあるわけだが、それについてはまた別の機会に。]
青年 シャト
[自分の表情を、もといそれに纏わる感情を取り戻す試みは、今日も失敗に終わってしまったけれど。
だからこそ僕は、何かしらの変化を待ち望んでる。
今日駄目でも、明日。明日駄目なら、いつか。
そんな風にわずかな希望を繋ぐ毎日も、もう大分経った。]
青年 シャト
[待ち望んで手に入るものなんて、たかが知れてるかもしれないけど。
そもそも、変化って予測不可能なものだ。
僕が待ち望んだものが僕の望み通りの結果を運んでくれるとは限らない。
でも。]
青年 シャト
[僕の予想の外からやってくるものは、大体、僕にとっていいことだ。少なくとも今までは。
好きなものを見つけること。大切な友人に出会うこと。
いつも唐突にやってきた、驚きと喜び。]
演者 シェルタン
―― 文学資料館 ――
[この星における正午を迎える前の資料館に、利用客の姿は殆どない。
シェルタンらごく少数の職員は、黙々と……否、和気あいあいと清掃や事務作業を片付けていく。]
いつも思うんだけれど、この仕事、本当に楽だ。
「そういえば、シェルタンの星では資料館――
図書館？博物館？はもっと盛況なんだっけ。
ここではそれより、狩猟採集とか農業とかが
何だかんだで人気って感じだからね。」
うん。正確には僕の星、じゃなくて
僕が仕事していた星、なんだけれど。
「あ、そうそう、そうだった。」
[蔵書の一冊の電子コピーを作成する同僚の傍ら、シェルタンは本棚の上部の微かな埃を羽製のはたきで払い落す。]
青年 シャト
あっ、少し焦げた？
[温めたパンの焦げた匂いで我に返る。今日は、よくものを考えられている。もうすぐ、朝食。
渋くなる前に、と慌てて淹れたお茶は少し薄かった。]
演者 シェルタン
[シェルタンはそれから一度手を止め、宿主の頭の中に残っていた記憶を呼び起こす。]
僕が舞台やっていたところって、
ここみたいな僻地中の僻地……ごほん、
自然の中で人が地道に暮らすことより、
最新のテクノロジーとか文化芸術とかが
発展している所も多かったから。
[宿主の記憶のみならず、思考のクセまで見事に再現してしまう。
開拓の余地がまだまだある――そう見做す人間だちがいる――ヘイヴンに対する「僻地」という認識自体は、ある程度「都会的な」場所の出身者であればだいたい初見で持つとか、持たないとか、]
演者 シェルタン
「聞いたぞシェルタン。
また僻地だとかバカにしやがって！
これだから銀河的大スター様は～。」
ああはいはいごめんごめん！
あとその「銀河的大スター様」の顔を
君は最初全然知らなかっただろ。
そもそも僕は「銀河的」っていえる程の
地位や知名度を持ってる訳じゃない。
[この星にまでは追手の手は届かない――という認識あればこそ、シェルタンはこうやって、宿主の素性をある程度打ち明けることができる。]
ただちょっと、銀河間交流の公的行事で
公演させてもらったことがあるとか、
それでお偉いさんにも評価されたとか。
あと出待ちで行列できたこともあったとか……
演者 シェルタン
「ほらやっぱり銀河的大スター様だ～！
ヤバいなーそのうち銀河間警察とか
パパラッチとかうちに押し寄せるのかなー。」
いや本当に違うから！
っていうか、仮にそうなったら、本気でその、
マズい、から……真面目に仕事しようリェッカ！
[シェルタンはもう一度咳ばらいをしてから、同僚のリェッカから顔を背け、本棚の埃払いへの没頭を決め込んだ。]
10人目、 新米修復家 キュー がやってきました。
新米修復家 キュー
[夜に浮かぶ星を知らない。
透き通る海を見たことがない。
どこまでも広がる大地と、そこに暮らす動植物たち。
生き生きと満ちた世界。
まるで知らない星のようだった。]
演者 シェルタン
[ところでヘイヴンことFO7402-1938においては、他の星や銀河からの情報は迅速には届かない。
これは、地表を覆う大気の影響で、惑星外との電波などでの通信が繋がりにくいため。
それ故にヘイヴンにおける外部との連絡は、宇宙船が集配していく手紙などの物理的な通信が主流となっている。
こうしたある種の隔絶性・辺境性も、この星が「安息地」「避難所」として目指される一因なのかもしれない。]
演者 シェルタン
[このような惑星事情>>91故に、「複数の銀河で活動する舞台役者・シェルタン」の行方が昨今の各銀河系のニュースでどう伝えられているかは、ヘイヴンの中では定かには知れない。
宿主の遺体を他者に発見された記憶や形跡はなかったから、恐らくは失踪扱い、どこかでは死亡説も出ているかもしれない（実際死んでいる）――そこまでは、ここにいるシェルタンにも想像できる。
リェッカに告げたこと>>88は、単なる口だけの謙遜ではない。役者シェルタンは生前から自らを「大スター」ではないと自認していたし、それは“ 演者 ”の思考でも変わりない。
確かに一座で星間・銀河間の交流には貢献したし、権力者との関わりも得た。けれどそれだけ、なのだと。
シェルタンは「舞台役者」という公の人ということもあり、追手以外の者からの捜索自体はおそらくされているだろう。
けれども流石に、自身の失踪によって国家や星や銀河の情勢が崩れるとか、そんな大それた事態にはならない筈――だけれども。]
新米修復家 キュー
[どんちゃん騒ぎのお祭り騒ぎ。朝も昼も夜も。
ここはいつだって賑やかだ。
惑星チノホシ。
まるで誇らしげに、建築様式の異なる建物が建ち並ぶ。
迷路の如し複合施設があちらこちらで犇めいていて。
人々が商売をする傍らで、カラクリ人形たちが華やかな芸を披露したりもする。
観光業が盛んなこの星は異星人に向けた遊園地ともいえるかもしれない。
これが、僕たちの星が銀河中に自慢できるもの。
何かにつけて、文明力を誇示したがりなのがチノホシの特徴だ。]
11人目、 交点 トーヴ がやってきました。
交点 トーヴ
[星が星を食べる。
まばゆさに目を眩ませることなく、あの恒星を見ることができる。
みるみるうちに辺りは暗くなり……夜と見紛った生物が顔を出す。
白く輝くあの衛星が赤く染まる。
夜道を導く淡い光が失せていき……十字路に足を踏み入れる。
それこそイクリプス。]
交点 トーヴが村を出て行きました。
11人目、 探索者 マリナー がやってきました。
探索者 マリナー
ああもう、このポンコツ！
[拳を振り上げて苛立ちのままに宇宙船を殴りつけても、そいつは傷一つ負わない。
当然だろう。
鋼よりも堅い金属で組み立てられ、外からの衝撃にも、中からの攻撃にもびくともしない造りなのだから。
では、何故宇宙船は動かないのか？
砂と岩の荒野のなかに彼女を届けて、それっきり。
答えは単純明快だ――宇宙船はみずから壊れたのだ。
彼女をここまで連れてきたのだから、役目を果たしたと言わんばかりに。]
ダメだな、直る気配もない。
まったく、誰だよこんな辺境まで行ってほしいって言ったやつは！
[ぶつくさ文句を言っていても始まらない。この星を探索しなくては。
誰か、意思疎通のできる者はいないものか……。]
夢渡り アルレシャ
[ 死んだ人を見て、この星の人たちは幸せだと笑う。
それは死者が神の御許に招かれたからで、
彼らの喪失への嘆きは神からの恵みだからだ。
悲しいことがあれば、泣いてもいいと
自らの不幸を、嘆いてもいいのだ、と
──神なんて所詮、目に見えぬものなのだと
他の星から訪った旅行客が、
間違ってもそんな価値観を人々へ植え付けぬよう
夢渡りは時に、案内人の役目も任される。 ]
夢渡り アルレシャ
[ 目に見える旅行客の多くは、自然体だ。
無理矢理顔を歪めることもなければ
楽しいことを、己の価値観で判断する。
夢渡りが今まで何度も、何度も、何度も、
星を出た者から聞かされた、理想の姿。
朱に交われば赤くなる……なんてことは無く
全てを内に秘めた夢渡りは、
己の役割以外を、肯定はしないまま ]
夢渡り アルレシャ
……行きたいの？ この星の外に。
貴方がその感情と一緒に、生きていく決意があるのなら
……貴方の思う幸せが、あるといいね
[夢渡りは、いつだって見送る側だ。
いつからか。
面と向かって誰かに何を訴えるのを諦めた。
夢渡りのほんの少しの楽しみは、
神さまでさえ感知出来ない、紙面の文字だけ。]
演者 シェルタン
[正午に至る前に、館内の埃払いはざっと終えてしまう。
小さな来訪者が訪れるだろう正午より前に、シェルタンは受付の席に着く。来客対応がない間には、また別の事務作業を受付のデスクで行うわけだったが――]
「はーい、こっちの資料のコピーは完了～。
じゃあ次のやつやるから、シェルタンは
送付作業のほうお願いねー。」
[このコピーは、他星の図書館からの依頼に基づくもの。
難民たちが携えてきた本（文字通り、命懸けで携えてきた本もある！）の中には貴重な資料もあり、そうした資料の写しの送付を依頼されることがあるのだ。
たった今リェッカが電子データ化した資料を収めたメモリと共に、事務上の挨拶をペンで書き綴った紙の手紙を、小包の中に収めて封をする。]
あと今日出すものは、っと。
[星外に届けてもらう手紙や小包は他にもいくつかある。
終業時に宇宙船の発着場近くのポストに投函する予定のそれらを、デスク内側の籠に一纏めにして置いておく。]
演者 シェルタン
[こうやって文学資料館から出す手紙等の大半は、事務的な連絡を綴ったものだ。
とはいえその「事務」というのが、戯曲も含めた文学、文化に纏わるもの。相手方との遣り取りの内容によっては、ただテンプレート的なだけの手紙には留まらない。
これから封をしようとしている手紙も、そうした一通だった。]
……これで間違ってないよな？
リェッカ、もう一度見てくれる？
「えっめんどくさ……いやなんでもありません。
都会っ子の偏見が残ってないか、
もっぺんチェックしてあげるねー。」
[シェルタンがヘイヴンに辿り着いたのは、それなりに最近のこと。このヘイヴンでの移民たちの生活の在り方について理解しきっている、という自覚はなかった。
それ故に、居住歴の長い移民たちにも取材した上で書き上げた手紙の文面。
今一度リェッカに校閲を頼んでGOサインを得てから、今度こそ、とその手紙に封をする。]
演者 シェルタン
[実はこれら以外にも、シェルタンが今日ポストに投函する予定の手紙はある。けれどもそれは業務上の手紙ではなく、デスク下の籠の中にも纏められていない。
それは今、シェルタンの手提げ鞄の底に眠っている。]
――…、ああ、いらっしゃいサジャ。
ゆっくり見て……とは言えないけれど、
戯曲の方、好きに借りてってよ。
[同僚の手前。そして何より今、朝方の言葉通り>>36に資料館を訪れた小さな来訪者の手前。
鞄の底の手紙の宛先の者に対して思うことは、この時は、顔には出さない。
“ 演者 ”が宿るこの人間の頭脳もまた「役者」。
公の仕事こそないものの、今日も終業後に幼い観客たちへの公演を控えている>>35、舞台役者。
故に表情の切り替えも、感情の切り替えすらも、容易い。]
演者 シェルタン
[戯曲の棚に手を伸ばす子供の後姿を、シェルタンは受付のデスクから穏やかに見守る。その顔は微笑まし気に緩む――。
「この子の来訪を笑って迎えたい」という意思が、シェルタンにこうした表情と内面の穏やかさを形作らせていた。]
――はいそこ、そろそろ昼休み明けだろ？
どのホンにするか迷ってるなら、
全部持ってっちゃっていいから。
「なんだよシェルタン……って、え、いいの？？
ってそっか、10冊まで借りていいんだった。
じゃあ全部持ってくからよろしく！」
[そんな正午過ぎの、いい大人とちょっとワルい子供の他愛ない遣り取り。
真昼ながら相変わらずの薄明の中、布鞄に戯曲の複製本をいくつも詰め込んだ学童サジャを、玄関を出て少し過ぎたところまでシェルタンは見送った。]
新米修復家 キュー
[なにもしなくても、生活できる仕組みが揃っている。
なにもかも文明の利器に頼りっきりなこの星で、容易でないことがある。
旧文化時代に造られたものは、技術を駆使するだけでなく、そのひとつひとつ、時間を惜しみ無くかけられている。
だからなのか。大体、どれも複雑だ。
しかも、想像を絶する作業の果てに造られたからこその価値。
それをどうにかするには、技術が問われるし、やっぱり、それなりの苦労がつきものだ。
その様式美に応えるのが修復家という仕事。]
新米修復家 キュー
[正直。やり方に拘らなければ、もっとやりようはあるんだろうけど。
それらには、手間暇かけられたからこそのおもしろみ、というものがある。
作業を通して、僕はかつて秘められた想いを紐解く。
そうして。僕の想いもまた、ずっと伝わっていくように感じる。]
新米修復家 キュー
[この星ではどうしたって手があまりがちだ。
それでも修復家を自ら志す人はあまりいない。
そんな肩書きだけど、僕は気に入っている。
なにより、ようやく宇宙への第一歩を踏み出せた。
そんな気がした。]
演者 シェルタン
[薄暗い群青の空の下、ランタンも持たずに外に出たシェルタンは、ふと手提げ鞄の底の手紙を摘まみ上げた。
業務中とはいえひとりになったことで、秘めていた感情が少しだけ、身体の動作となって表出したのだ。]
《 “ 僕 ”の――否、この人間の死を、
あの人たちはやはり
あの人たちは、……、あの人は。 あの人が、 》
[シェルタンはひとり、宇宙船の発着場近くまで駆け出した。
……昼休み休憩の時刻よりも少し早い外出になってしまったけれども、この時のシェルタンにはそこまで考慮する頭がなかった。]
演者 シェルタン
《 ……こんな姿を知ったら何って言う。
自分を偽りたくないからロサを出た僕が、
一番、自分を偽っている、じゃないか。 》
[宿主が残していった頭脳が、まるで宿主らしい思念を心裡に吐き出していく。]
《 あなたが僕の側にいたなら、
こんな嘘も、全部、
嘘だと気づいてしまうんだろう。 》
[手作りといった感のある、簡素で質素で小規模な、宇宙船発着場。その近くの、白いポスト（薄明故に、白よりは淡い青紫色に見える）の前に立つ。
華奢な指先は手紙を抓んだまま、投函口へ伸び――。
既にポストに幾らか入っていた手紙の上に、その手紙は、ぱさりと音を立てて落ちた。]
青年 シャト
ー 惑星アルカディアと不才な少年 ー
[アルカディアはとても便利で豊かで平和な星、らしい。
僕はこの星の外に出たことがないから、本当のところは分からない。
けれども、科学の発展した星というのは確かだと思う。
その技術力で、アルカディアは実に合理的な社会を形成していた。
代表的なものを挙げるなら、適正審査や評価システムがそれだ。
才能のある人間は自身の能力を最大限生かすことができるし、そうでない人間も向いていない職を事前に避けて、自分が比較的活躍できる職を選べる。
そうして社会に貢献すれば、その功績は評価として目に見える形で返ってくる。
大多数に影響を与えるほど評価は高くなって、社会的にも重宝される。
皆が活躍して、それが分かる社会。誰かの役に立つことが、即ち自分自身の価値になる社会。
皆が活躍できるはずの星で、僕は。]
青年 シャト
[適正審査の結果は、ほとんどの項目が平均以下だった。文才や表現力もご多分に漏れず、だ。
でも、その時の僕は絶望しなかったし、書くこともやめなかった。書くこと自体が楽しかった。
才に恵まれなくても関係ない、ずっと創作を続けられると信じていた。]
旅行者 パウゼ
［ぼんやりと空を眺めたまま数十分…いや、数時間だろうか。
時間の感覚も曖昧だ。
そんな中、病室の扉がノックされる。
黙っていると、そのまま入ってきたのは、白衣の医師だった。］
「こんにちは。
調子はどうだろうか。」
［言いながら、こちらに近づくと、顔の前に何かの器具を揺らして近づけてきた。］
何か、大げさな気がします。
［呟くと、医師は首を振った。］
「１ｍちょっとの段差でも、何の受け身もなくふいに落ちれば酷いけがになるものだよ。
実際君は、ここに運ばれてからも暫くは意識がなかっただろう。」
旅行者 パウゼ
［そうだったか…
でも、と少し反論しようと身体を起こそうとしたとき、体重がかかった身体の節々に痛みが走った。］
あいたたた
［思わず声に出すと、医師は少し苦笑した。］
「全身打撲に、大きな骨ではないが骨折もある。
まだ頭もぼんやりしているんだろう。
安静にしていなさい。
とはいえ…」
［と、言いながら、医師は部屋の隅に立てかけてあったベッド用の机をベッド柵に取り付けた。
自由に上げたり下げたりして、机として利用したり、どけたりできるようだ。］
旅行者 パウゼ
「そろそろ食事も点滴以外で取ることにしよう。
何か、他にやりたいことはあるかな。
申し訳ないが、通信放送機器は一人ずつには用意できなくてね…」
［要は、テレビは部屋ごとにはないということか。
まあ、自分の故郷でも似たような待遇だったはずだ。］
…では、読むものと書くものを何か。
［依頼すると、医師は頷いて、何やら手元の診断書のようなものに書き込むと、そのまま部屋を出ていった。］
払暁 アカツキ
[この星の希望、アカツキ。
少女がこの星から外に出ることは許されなかった。
それどころか、ほかの星の人々と直接話すことさえも。
理由は簡単。
外に出たい、と思われないため。
希望が潰えてしまわないように。
そんな少女が、星々を旅する冒険譚に惹かれるのは自然ともいえる話。胸躍る冒険も心震わす出会いも、涙あふれる別れも、私にはきっと経験のできないことだから、と読みふけって、一日が終わることさえあった。]
払暁 アカツキ
[そう思った少女は、ペンをとって、文字を綴っていく。
遠い何処かにいる作者の元へ。
届くか分からない、届いたとしても読んでもらえるかはわからないけれど。知りたい、書きたい欲求が上回ったから。
それに……父親を探して旅に出る。
そのお話は、少女を強く惹きつけたから。]
払暁 アカツキ
― 郵送事故からつながる縁 ―
[アカツキは色々な人へと手紙を送っていた。
もしかすると、居なくなってしまったという父親のいる星の誰かに届くこともあるのかもしれない、そんな期待も持ちながら。
そして、送っている回数が多ければ、いつかは手紙が送り先とは違う場所にたどり着く、そんなこともあるわけで。]
払暁 アカツキ
[画一化された幸せから逃げたのだという
どこかの誰かの手紙への返事は、正しくは届かず、
夢渡りの元へ届く。]
アルレシャ、さん……？
あれ、見たことない名前の人だ……？
[首をかしげながら、届いた手紙に目を通す。
そんな日もあった。
これがきっかけで手紙を交わす相手が増える…とは
少女には想像もつかないこと。]
旅行者 パウゼ
［ベッドの上に座っていくつか置かれた枕とクッションに凭れながら、借りた本を机の上で開いて見ていた。
星空が表紙に描かれた、大判の地図だ。
おそらくこの星が交流を持っている、あるいはある程度全貌を知っている星々が各ページに綺麗な絵で載っており、さらに詳しく見たい星については該当ページのコードを指でなぞれば絵の上に天体儀のホログラムが現れるようになっていた。
星によっては天体儀の一部を指で拡大すれば、また今度は絵の上に平面で画像地図及びその当地基準と宇宙統一基準での座標が表示される。
これは大分暇の潰れる本だった。
知らない星も、知っている星もあり、赤茶けていたり、ガスでできていたり、水に覆われていたりした。］
青年 シャト
だめだ、な。
[ペンを握ってみたけれど、ただの一文字も書くことができない。
頭の中には思い出ばかりがぐるぐる回って、だけど書きたいと思えることは出てきてくれない。
全ての体験がどこか朧気で、自分自身のことなのに他人事みたいに感じて。自信がなくなって。
先の見えない暗闇で迷っているような不安感に耐えられなくて、ペンを置いた。
>>114 いつかの確信はあっけないほどに崩れさったまま。
一度書けなくなってからは、それまでの僕が嘘だったかのように書けなくなった。
同時に、どうやって文字を綴ったのか、何を考えていたのかも思い出せなくなってしまった。
それが人生で一番楽しかったことだけは覚えているのに。]
旅行者 パウゼ
ああ、ここには行ったことがある。
［何となく開いたページに見覚えがある星の名前が書いてあり、コードをなぞった。
天体儀が目の前に浮かび上がる。］
どのあたりだったかな。
そうだ、このポートを使った気がする。
［指で指定をすると、その場所の地図が本の方に映され、また拡大していく。
そんな風に楽しんでいた時、外から変わったチャイムのような、不思議な音が聞こえてきた。
そして少しの後、少し遠くの方から、一帯に響き渡るような放送が聞こえてきた。］
旅行者 パウゼ
皆様、―・・国…首の―・―と…申―ます。
―か…ら暫く―間…耳を傾…ていただ…い。
先…の同時多発テロに―り、直―…に・害を受け―・方、…・―られた方、
そ…て今も―・間接的…―害を受け…・る方、…された方、
全…に対し、深い…・痛みを感じてい…―。
我…は平和を是…―てい…す。
…・は皆さんも…っているはず―…。
しかし、数万の・…幾多の…徴を奪わ―、
―れでもな…・ち上がらない―は決して平和主義―ではありま・…
…よく聞こえないな
［放送が響いているのはわかるのだが、内容が辺りの建物の反響だろうか、ぶつ切れで聞こえてきてよくわからない。
すると、病室の扉がノックされ、いつものように医師が入ってきた。］
旅行者 パウゼ
「うまく聞こえないだろう。
この建物の中は駄目みたいでね。」
［自分が外の放送を聞いているのに気が付くと、そう声を掛けてきた。］
なんの放送ですか
「国威発揚かな」
［ぽつぽつと話をしているうちに、放送は
祈り―…ょう。
…りがとうご―…ます。
と言葉を残して終わった。］
旅行者 パウゼ
国威発揚。
戦争が、起こるんでしょうか。
［医師は首を振った。］
「戦争は起こらない。なりようもない。
ただ、非常事態宣言を出す可能性はあるらしい。
そうなった場合は暫くは色々覚束なくなるだろうが、ここはもう今時点で多すぎる位物資をかき集めているから、薬や食べ物が足りなくなるということもないだろう。
心配せずに、ゆっくり休んで大丈夫だよ。
その地図はどうだい。
いい暇つぶしになるだろう。
今この星で流行っている３．５次元パズルも入院者向けに取り寄せているから楽しみにしていてくれ。」
旅行者 パウゼ
「ところで、身体は、どうかな。
その様子を見ると、やっぱり辛そうかな。」
全身打撲と筋肉痛って感じです…
何だかんだ一人じゃ体勢を変えるのがやっとで…
これやっぱり、暫くは治らないんですよね…
［とほほ、という表情を見せると、医師は笑って、ゆっくりするんだよ、と言い、何やら手元の診断書のようなものに書き込んで、そのまま部屋を出ていった。］
払暁 アカツキ
― 好奇心から送る手紙の数々 ―
[星の外に行ってはいけないよ、
幼い頃からそう言い聞かされて育ってきた少女は、星の外に興味津々だった。
この惑星の技術力はそこそこ。
評するなら可もなく不可もなくと言ったところ。
ただし、移民者はほとんどいなかった。
何故なら。
”心を読まれてしまう”星だという評判が広まってしまい不気味がられてしまったことと、そもそも星々のなかでも辺境にあるということ。この二つが原因だった。
実際は言葉にしなくとも心がわかるのはこの星の人々だけで、星の外の人には影響は及ばないのだが。]
払暁 アカツキ
ここはいつも過ごしやすい温度のままで
大きな変化のない星だけれど
例えば、ある日はとっても寒くて
ある日はとっても暑い。
そんな惑星もあるって聞いたけれど、本当？
他の星では死んだ人が生き返った……？なんて
そんな話さえ聞くこともあるけれど……
流石に作り話、だよね？
払暁 アカツキ
[この星の事情はさておき、少女が他の星について、
世話をしてくれる人に聞いてみても、
やんわりと私は知らないと聞かれるばかり。
しまいには、気になるのなら手紙を書いてみればいい、と
面倒に思った世話人の一人が少女に提案した。
直接話しているわけじゃないのだから、と
手紙を書くことは許可された。
希望の少女を蔑ろにしすぎて自死でもされてしまえば
たまったものじゃない、と。
それが周りの大人たちの判断だった。]
払暁 アカツキ
はじめまして。
このお手紙、ちゃんと届いているかな。
私は、アカツキ。
ハーツという星で暮らしています。
薬の技術が発達していて……
他所では”人の心がわかる星”って言われてる。
この手紙を読んでくれたあなたへ。
私は此処じゃない星のことが知りたくて
手紙を書きました。
[手紙の書き出しはいつも、こうだった。
その後に続ける言葉は、その時々で変わっていたけれど。]
旅行者 パウゼ
「集荷だよ」
［郵便屋が、扉をノックし、病室に入ってきた。
地図を見ている中で、ふと看護師に頼む気が起きたのだ。
看護師に頼んだ翌日の午前中には彼は病室にやってきた。］
お疲れ様です。
お願いします。
何か結構大事になっているようですけど、手紙は配達あるんですね。
［郵便屋に手紙を渡しながら素朴な疑問をぶつけた。］
星の停滞 ステラ
王の鼓動を知る者-序
[ 星間往航拠点『星の駅』。
この多くの人々が訪れる場所は旅人達にとっても重要な拠点である。
民間の旅客機に乗り新たな場所に向かったり、
自身の船の修理やメンテナンスを行ったりする。
私自身もこの場所に仮拠点を置いているし、
メンテナンスをいつも依頼している修理屋がいる。
これは船の修理のため仮拠点で生活している時の話だった。 ]
『にゃ？』
にゃあ、ですよ
[ 定期メンテナンスのため自身の船を預けている期間。
私はやることもなく暇を潰すために猫に話しかけていた。
今思えば何しているんだろうと、恥ずかしく思うのだが、
その時は本気でやることもなく暇だったのだ。 ]
星の停滞 ステラ
……君はどこからきたんでしょうね
にゃあー
そうなんですね、それはすごい
[ もちろん、猫と話すことなんてできない。
そこらへんはフィーリングというか、頭を空っぽにして何も考えていないだけというか。
だからこそ、猫がどこかに行くのについて行くように「星の駅」がある惑星アッサを歩いたのはただの暇つぶしでしかなかった。 ]
君はどこら辺に住んで、っん！？
[ 猫の後をついて、上へ下へ右へ左へ、そして飛び降り。
思いっきり飛び降りたところで何やら走っていた少年の前に降りてしまい、ぶつかって倒れてしまった。
後から知ったことだが、どうやら鬼ごっこをしていたらしく、共に遊んでいた子を追いかけている時に突然現れてぶつかったという状況だったらしい。
それを聞いた時、申し訳なくなり彼にはその時近くにあった屋台の商品を買い与えたものだ。 ]
……ごめんなさい、怪我ありませんか？
[ それが彼、レオンとの出会いだった。]
旅行者 パウゼ
「俺らの仕事は一番最後まで動き続けるからね。
非常事態宣言なんか物流には関係ないのよ」
…ご愁傷様です
［自分も手紙を預ける身でありながら、しかも、届くか届かないかもわからない他の星の座標に送る手紙を預けながら、
つい同情してしまった。
さて、手紙は誰に当てたものでもない。
行ったことのあるような星の、何となく見覚えのある座標に送るだけだ。
その座標に今何者かが住んでいるのかもよく分からないし、
自分のいるこの星の状態で、果たしてその座標に届くのかもよくわからない。
けれど、この病室でずっと一人で過ごす時間は辛く、何かで時間を潰したかったのだ。］
星の停滞 ステラ
次はいつ会えるんでしょうね？
[ 彼との出会いはあまりよくない物ではあったが、
良い友人関係は築けていたと思う。
私の旅の話や、彼の話。
他の子を混ぜて遊んだり、買い物に付き合ってもらったり。
きっとそれは世間一般的な友人関係のような物で、
私がどこか憧れていた夢のような物だった。
「星の駅」を離れる時はいつも、彼との"次"を楽しみにしていた。
今はあるかもどうかわからない話だけれど。
その時はきっと信じていた。 ]
星の停滞 ステラ
『"赤獅子"奮迅の活躍』
相変わらず若そうなのにすごいですね
[ 次の惑星を目指す船の中、端末に表示されたニュース記事を見れば、銀河中で話題の人物の記事。
仮面をつけ、活躍するその人物について詳しくは知らない。
けれど若そうな人物であることは、身長やたまたま聞いた声から知っている。
まあ、それがどうしたという話なのだけど。 ]
……なんか聞いたことある気がするんですよね……？
[ その答えが何なのかは、今の私でもわからなかった。 ]
探索者 マリナー
― 回想 ―
[何年、何十年経っただろう？
この船に閉じ込められてから、時間の感覚が曖昧で
誰もいない、何もない場所では、昔を懐かしむ他にやることもない。]
ミーナ。
[その名前を思い出すと、
峻烈な怒りと、彼女の生き様への称賛が混じった、
実に心地よい感情が湧き出すのだ。]
探索者 マリナー
[彼女と出会ったのは、機械が支配する惑星。
人間は自らが生み出した機械に反逆され、森に逃げ込んでさもしい暮らしをしていた。
人間に生み出された機械には興味がない。
未知を求め、願うことがないから。
なにひとつ、好奇心をくすぐらないから。
だから靴を泥にまみれさせた。
恐怖を与えぬよう、機械を思わせるものを隠した。
彼らが見たこともないだろう、笑顔を浮かべた。
膝をも屈して、手を差し伸べた。]
探索者 マリナー
[それからの展開は劇的で、実に魅力的で、豪勢で最高だった！
まず初めに契約したのは少年から青年に育つところといった男の子。
絶望的な現実に擦れて希望を思わせる言葉を唾棄するように否定したかと思えば、
まだ少しだけ残っている無邪気さと万能さを信じて、無謀なことをやりたがる。
対価を払えばどんな願いでも叶えられる――
そう聞いて、彼の脳内に現状打破の妙案が思いつくのは時間の問題だった。]
探索者 マリナー
機械を全て壊してほしい？
ふむ。本当にその願いで良いの？
[私がそう聞き返すと、彼は曖昧に笑い返した。
彼のその感情がどういったものだったのかは、今でも分からない――
「いや、本音じゃないからね」という防衛機制だったのか。
「ああ、やっぱりできないんだ」という呆れと安堵だったのか。
「ダメだって言われたならやめよう」という逃避だったのか。
まあともかく、その願いは私にとっても不都合だったから、説得した。
かつて人間が機械を生み出した時代、ご多分に漏れずその星の環境も破壊し尽くしており、
機械が環境保全を行っていなければ森は枯れ果てる運命にある。
環境を保全するということは、そこに生きる生物をも保全するということ。
機械がなければ人間は滅ぶ。
すなわち、契約する相手がいなくなってしまう！]
探索者 マリナー
[結局彼は私の説得をすべて聞き入れて、私に都合の良い願いをしてくれた。
《 念じるだけで簡単に機械を破壊できるが、絶対に機械に傷つけられない力がほしい 》
その対価は、彼の死後における彼の名前。
死んだ後になんて興味がないからと、彼はやすやすと許諾した。……その時も、あの曖昧な笑みを浮かべていた気がする。]
探索者 マリナー
[契約を交わした後も、彼はすぐには行動を起こすことはなかった。
自分たちの森に機械がないから本当に力があるか分からなかったのか、現状にしがみつくことに未練があったのか……
だが、契約者が自らの欲望を満たそうとしなければ、何も楽しくない！
私は何体かの機械を彼らが住む森に誘い出し、機械が人間を攻撃する口実を作ってやった。
銃口を向けられた少女（男の子の同世代くらいだった気がする）は震えながら目を覆って、それから、
やめろぉーッ！
彼が割って入った瞬間、機械は木端微塵に吹き飛んでいた。
破片は無数に飛び散ったが、彼の皮膚にいささかも痕跡を残すことはできず、
彼の肉盾を超えて飛んだ破片のほうが、少女に傷を負わせた。
一瞬の静寂、漏れ出る称賛、駆け寄る大人、湧き上がる感嘆の声、
あれも最高だった！]
探索者 マリナー
[見てわかる通り、彼の願いには不備がある。
彼らの村の反逆が始まってしばらくして、彼は人間によって死に至った。
彼の活躍の始まりと同じように、終わりは銃によってもたらされた。
それを機械のせいにするのが私の仕事。
機械と戦って死んだ英雄の名前は私が貰った。
彼がまだ幼くて、優柔不断で、他人のために生きたいと思っていて、誰かの息子で友人で恋人であったことは、すぐに忘れられた。
次の契約は、驚くべきか当然というべきか、あの少女だった。
その次が少女の親。
それから彼を殺した人間の村の者。
それから機械の都市で暮らす人間。
それから……]
探索者 マリナー
[ミーナは賢く聡明な女性だった。
生まれてからすぐ防毒防塵マスクをつけて呼吸しなければならないような世界で、なぜあれほどの知性を持っていたのだろう。
それこそ、神の祝福でもあったのかもしれない。
ミーナは機能不全に陥った機械の都市に住んでいた。
毎日のようにどこかで爆発炎上があり、機械と人間の残骸は絶えることがない。
ミーナの属する社会は、女性や子供、老人が多く、荒れた都市の中で表立って生きる力はなかった。
必然的に地下に潜ることになり、ミーナの手慰みになるのは、壊れた機械しかなかった。
ミーナの機械の修理は共食い整備的で、はじめに修理された機械はひどくストレス反応を見せたらしい。
だが、ミーナの手がとてもちっぽけで、瞳が爛々と輝いているのを見て、すぐに態度を改めた。
ミーナが、ちょうど……あの男の子と同じくらいの年齢になった時に、私は訪れた。
両手で数えられないくらいの機械が、彼女たちと行動を共にしている。
機械と話す人々の瞳には光があり、口からは笑いが漏れる。]
探索者 マリナー
[ああ、一番楽しかったのはこの時かもしれない。
なにせ、これまでの長い命の中で培ってきた価値観を崩され、その変化を受け入れることで、未来は飛躍的に変わったのだから。
彼女たちの願いは得てして平和的で、破壊された状況の立て直し――つまり、これまでの進展の逆走だった。
話を聞いて共感しているように振る舞っても、願いを叶える気は起こらない。
ここに来たのはハズレだったかと背を向けた時、機械音声が私の足を止めた。
……待テ。オ前ノ事ハ知ッテイル。
その機械は、左右で頭部の形状が違っていた。
右側はぐにゃぐにゃと曲がって切り取られており、銃や爆弾といった単純な損傷には見えなかった。
尋ねると、人間につけられた言葉だ、と短く言い、この星の（とても汚い）罵倒語であると気付かせた。
普段の態度とまるで違うそいつの言葉の理由も、その形状の違いにあった。
ミーナの共食い整備は（ミーナを擁護するならば、まともな資材もない中で機械を再起動できるまで修理できる方が奇跡である）二つの意識が一つのボディに宿ることを許した。
片方が機械や人間と仲良く暮らしていても、もう片方の憎悪を癒やすことはなかった。]
探索者 マリナー
[機械の願いはこの星の破滅だった。
もう滅んだようなものじゃないかと助言しても、意見を変えることはなかった。
対価は、破滅した星でもっとも価値のあるモノ――別の星に行く宇宙船だった。
機械に未知への……破滅への欲求があるなんて、私はひどく感動した。
だからその願いを聞き入れ、叶えることにした。
願いは聞き入れた。この星は崩壊する。
……ああ、そうだ。
君の願いを聞くより昔、「こんな星でも生き物が健康に長生きできるようにしてほしい」って願った人がいたんだよね。
ほら、だから最近はマスクなしでも外に出られるようになっただろう？
そっちの願いも叶え続ける必要があるから、先に滅ぶのは機械だろうね。
大丈夫、きっと人間も破滅するよ……何十年先かは分からないけど。
機械の返事はなかった。]
探索者 マリナー
ミーナ、たまには外に出てみない？
ずっとガラクタの山の前にいても気が滅入るんじゃないかな。
[ミーナは機械の墓の前で祈りを捧げるようになった。
私の声に答えることはなく、目は憎悪で満ちている。
そんなミーナが私の言葉に従って、地下からの階段を登ったのは意外だった。]
あれ？ 外に出てくれるの？
[ミーナは冷たく答えた。]
そうして欲しいんでしょう？
探索者 マリナー
[つれないなあとつぶやいて、彼女の後を追う。
満天の星空にひときわ美しく輝く衛星。
絶え間なく響く地割れのような音を除けば、文句のつけようのない景色だった。
綺麗だねとか、あの衛星に行ってみたくないかとか、どんな言葉にもミーナは無反応だった。
そんなミーナがふと瞬きを繰り返したのは……衛星が欠け始めたからだった。]
ああ、星の食だ！
怯えなくていい。あれは不吉でもなんでもない、ただの自然現象さ。いつどこで起こるのかも計算できる。
[そして一言、付け加えた。]
機械があれば簡単に計算できただろうけど……ふふっ、もう無理かな。
[何十分か経って、衛星は完全に覆い隠され、真っ赤に染まった。
そして彼女は声に出した。ためらいのない、よく通る声だった。]
ねえ、あなたに叶えてほしい願いがあるの。
探索者 マリナー
― 現在 ―
…………で、顛末がこれだ。
あの星の近くなら人間がいる星もいくつか知っていたけれど、ここは誰かがいるかどうかも分からない！
[はあ、と大きくため息をつくと、砂の海に足を踏み出した。]
探索者 マリナー
まあ……やってしまったものはしょうがない。もっと明るく過ごさなくちゃ。
誰もいなくても楽しい冒険になるかもしれないし！ 人を探して三千里……三千光年というのも悪くない。
今度は、やり過ぎないようにしよう。
[二の足を踏みしめた時には、もうため息は出なかった。]
新米修復家 キュー
[いつか銀河中を旅してみたい。
それはずっと目指している僕の目標のひとつだ。
この宇宙の向こうには、
どんな星があるのか知りたい。
チノホシには、たくさんの観光客が訪れる。
そんな異星人たちから聞く、故郷の、あるいは旅先での思い出。
楽しいこと、驚いたこと、辛かったこと。どんな話にも心は踊った。]
新米修復家 キュー
[いつか。皆がそうしてくれたように。
今度は僕がお土産話。というものを出来たら。
今はチノホシの話しか出来ないけど。
この銀河中の星の話をいつか、誰かに話せたら。
これもひとつの目標だ。]
新米修復家 キュー
[僕は筆を執る。まだ覚束ないような、そんな手つきで文字を綴っていく。
これは手紙というものだ。
見習い修復家として学んでいるときに、保管されているものを見たことがある。
その宛先は友人。といっていいのかわからないけど。
あるとき。チノホシを訪れた、とある一座。
そこに所属している彼も、また、たくさんの星を教えてくれたひとりだ。
そして。彼らは星を巡り、星に旅立つという。
宇宙を目指す僕にとって、それは青天の霹靂だった。
出会いがあれば、別れもあり。
チノホシを離れた彼に、僕は時々手紙を送った。]
新米修復家 キュー
[けど、ちゃんと届くかどうかはわからない。
どこの星に宛てるべきなのか。
それがわからなくて、そのままにしてあるからだ。
それでも君のいる星に。
いつか届く日がくるんじゃないかと。
その日を想いながら書き続ける。
そうして書き上げた手紙を出すために、僕は出星管理局を訪れる。]
どうか、お願いします
[そう一言呟いて。僕は窓口に手紙を託した。]
演者 シェルタン
―― 午後の文学資料館 ――
[シェルタンは業務中の無断外出（不在）を、リェッカから軽く、しかし確りと咎められていた。
この間、何か来館者とのトラブルが起きた訳ではなかったのだが]
「――というわけで、シェルタンのサボりによって
ボクが返上せざるをえなかった休憩時間24分、
ちゃーんと今から取らせてもらうから
その間の対応お留守番雑用その他任せるね！」
言い訳の仕様もございません……。
[外出時に何かしら食べてきたわけでもないこの「サボり」は、幾らかの空腹に耐えながら、大人しくリェッカに従うこととなった。]
演者 シェルタン
《 お腹が空くのはやっぱり苦しい。
人間の生きている身体なんだから、当たり前だ。 》
《 ……苦しみとは、魂を磨き輝かせる御恵み。
いつか神さまの御許に至る魂への御恵み。
故に僕らは、この
そう信じていたことも、あった、けれど。 》
[空腹は時に、思考に緩みを齎す。
受付のデスクで館内を見守る中、ふっと、宿主の記憶が頭の中で辿られて]
演者 シェルタン
《 苦しみはあくまで“ 僕 ”――否、僕の苦しみだ。
神さまが姉さんに病を授け、御許に召し上げた時、
その時のあの涙も、僕の涙だ―― 》
[そこまでの思念が過ったところで、はっと我に返って姿勢を正す。
戻ってきたリェッカには、幸い、この幾ばくかの放心は見られずに済んだらしい。仮に見られたところで、ちょっと小突かれる程度で終わっていたかもしれないが。]
演者 シェルタン
[こうして本来の休憩時間を24分削った昼休みに（昼休み自体は取らせてもらえた）、漸くシェルタンは昼食にありついた。
時間があまりないこともあって、ここで抓むのは本当に簡単な軽食。
薄明の中でも育つ穀物製の円形パンに、やはりこの土地に適合した豆類のペーストを挟んだサンドイッチだ。]
《 そうだ、あの人だけじゃない。
一座にも、ファンたちにも、
世話になったスタッフたちにも、
僕から一言くらい……でも、 》
[自身の生存と居所を明かす手紙を迂闊に多くは出せない、という逃亡者の思考。
それでも仲間や支援者を心苦しくさせたくない、という「一座の一員」の思考。
穀物の微かな甘味と豆の油味を感じ取りながら、宿主らしい思考のあいだで“ 演者 ”は迷う。]
演者 シェルタン
《 ……いや、出そう。
せめてあの人にだけでも。 》
[ひとり、返信しようとして、し損ねていた相手のことを思い出す。
原因は当時の多忙か別の何かか、それについては置いておこう。
休憩室の備品である粗雑な造りのメモ用紙に、やはり備品のペンで文字を走らせて――。
後にこの文面は校正され、別のものに改めて書き直された手紙という形で、この日の夜にポストに投函されることになる。]
【 匿名 】は、メモを貼った。 
【 匿名 】は、メモを貼った。
【 匿名 】は、メモを貼った。
【 匿名 】は、メモを貼った。
夢渡り アルレシャ
[ロサは特異な星だけれど、娯楽はある。
長い歴史を持つような優麗な劇場だって存在するし、
（演目内容は当然、限られているわけだけどね）
音楽や芸術だって他の星と比べて劣っているわけじゃない。
けれど私には、まるで縁のない世界だった。
夢渡りには余計な情緒は必要ない。
このロサという惑星で、何よりも〝神さま〟を重んじ、
誰よりも信じることが私たちの役割だったから。
神さまより自由を選ぶと決めた人たちから、
まるで悪魔の使いみたいなことを言われたって平気なの。
苦しいことがないと、幸福って感じられないでしょう？
だから〝神さま〟の恵みは間違ってない。
間違ってない。これは正しいこと。
私が、夢渡りが、彼らの夢を阻むことは──…]
夢渡り アルレシャ
[心が重くなった時はいつも、貴方の隣にいた。
切欠なんてもう憶えていないけれど、
少なくとも、貴方が演技を練習する横顔に、
私は興味を惹かれたんだったと思う。
仲良くなるにつれ、貴方への秘密ごとが怖くなった。
夢渡りとしての役割を果たす中で、
ここから逃げたいという人の視線を思い出して。
……同じものを向けられたくないって、思って、
それから貴方への恋に気付いた。
私ね、今でも時々、嘘みたいな錯覚に陥るの
貴方が私の役割を知っても、好きと言ってくれたこと
……………… あの、運命の日]
夢渡り アルレシャ
[私が貴方の夢に、渡った あの日
────貴方のお姉さんが神さまの元へ召されて、
貴方が悲哀の涙を流してしまった、時のことも。]
……この星から出て行きたいの？
ううん、……聞くだけ、無駄よね
私が貴方の夢にいるのなら
……それを止めるのが私の御役目だから……
[いつもなら。
神さまがいかに素晴らしい存在なのか、とか
この星で与えられる幸福の尊さを、説いていた。
ううん、説くべきだった──夢渡りは。
でも、私は、貴方にはそれを紡げなかった。]
夢渡り アルレシャ
[漠然と、ひとりになってしまうんだって、理解したの
貴方がこの星から出て行く。私の手から離れていく。
なら一緒についていく、なんて言えない私なんかよりも
好きになれる人を見つけてしまうのかもしれない。
混ざり合えない存在と対峙して、傷付くのかもしれない。
……そもそも無事に生きていける保証だって。
でも、でもね、あの時の私は
やっぱり涙を流せないまま、随分と下手な笑みを浮かべて
貴方に微笑みかけた。]
夢渡り アルレシャ
貴方がこの星を出ても、私を好きでいてくれる限りは
……お手紙のひとつくらい、送ってよね
どうか、貴方の選んだ道の先に
──望んだ幸せがありますように。
[この星は、幸せばかりで満ちた星。
でも、御伽噺とはまるで違う。
綴られた文字では、嘘も本当も分からないくせに
貴方との糸を解けなかった私の、些細な我儘。
…年月を経ても、その願いは、叶い続けている。]
次期当主 レグルス
[勇ましく返答する大尉。
執務机の本に気付くと、一転。不思議そうな面持ちで]
「……閣下が『星の旅人』をご覧だとは。
恐れながら、少々驚愕しました。」
……意外か？
[獅子面の下、くつくつと、可笑しげに笑う将。
不快を感じた様子は一切無い。]
次期当主 レグルス
冒険譚と侮らぬ方が良い。
名著に種別無しと言うであろう？
抑も他の冒険譚とは
一線を画していると私は思うがな。
[将は書籍を指でなぞり、
軽く掲げるように持ち上げ、胸元に戻す。]
膨大な銀河、星々の人間に愛され
長らく執筆を続けられるのは
憶測だが、並大抵で無かろう。
生み出すのは、容易い。
だが、生み続けられるものは幾許だ？
継続が容易ければ
絶筆の著作など世に溢れぬであろうよ。
次期当主 レグルス
それだけで無い、感嘆すべきは描写だ。
恐らく著者は旅慣れた者か？
描写が緻密で実際に旅を経験した者でないと
分からないであろう視点が幾つか見受けられたぞ。
それ以前に“ショウ”を始め、登場人物やら
星々の表現が生き生きしているようだ。
まるで自らもその場に居るかのような臨場感、
愛好者が居るのも頷ける。
私も数々の銀河や星に足を運んだ自負はあるが、
それを以ってしても心踊る、新鮮な感動だ。
[様々な事情で星を出られぬ者には
特に人気なようだと、“子”の時小耳に挟んだが、
そうであろうな、と将は素直に思う。]
次期当主 レグルス
良い機会だ、大尉。１つ教えよう。
「表現者決して侮る勿れ」
表現者や著作の力は時に万の軍事力を上回るぞ。
武力の主張は大抵、人の心に届かぬが
表現者と著作は差こそあれど
いとも容易く人の心に訴えかける。
武力は労力に見合う
影響力を伴わんばかりか
離反や反発の可能性まで孕むが、
表現者や著作は心打たれた人間達が
大抵自ら其方に歩み寄る。
次期当主 レグルス
[子もお姉さんに対し様々なことを教えた。
買い物に付き合った時は、
品物の良品と粗悪品の見分け方。
時に値切りや
掘り出し物を見つけてお姉さんに教えてみたり。
アッサの観光情報に載らない
子にとってのとっておきも惜しみなく伝えた。
カコン染という溶媒次第で何色にもなる
植物染の最盛期、沢山の木に架けられたロープへ
色とりどりの布がかけられ、風にひらひら靡く光景。
猫が沢山集まる郊外の港、山間の黄金色に輝く棚田。
紫雲が稲穂に降り、うっすら透ける紫と黄金が入り混じり
所々橙に染まる瞬間。]
次期当主 レグルス
[けれど、子にとって
楽しい時間はいつもあっという間。
将としての合間を縫って、
「星の駅」を離れる時は駆けつけて見送った。>>139
そうして“次”を楽しみにする新たな習慣が生まれた。
何度目かのお別れと“次”を待ち望む間のある時。
子はお姉さんに刺繍を入れた
オレンジのストールを差し出す。
絹に似た質感のそれはカタン染で染め上げたもの。
薄くて軽い、嵩張らない幅広のストールは
羽織ってよし、結び方１つで
ケープやポンチョに早変わり。
零下20度の環境でも温かく過ごせる優れもの。
何より見た目に反し丈夫でお手入れ不要だから
旅に便利だと思って差し出したのだ。
受け取って貰えたかはお姉さん次第だったろうけど。]
次期当主 レグルス
[お姉さんが次の惑星を目指す船の中、>>140
子は知らねど、もしその空間にいたなら
端末のニュース記事を別のに変えようと
きっと躍起になっていただろう。
だって自分のニュースって何か恥ずかしくない？
“赤獅子”の名前だけ１人歩きしてる気がするもん、
指揮はしてるけど艦隊や兵のみんながすごいんだもん。
子が普段自分のニュースに対し思うこと含め、
気持ちを代弁すると大体こんな感じ。想像してみてほしい、一息ついたら]
目の前の巨大ディスプレイに
自分の写真がデカデカと映され、
ニュースとともに表示される瞬間の目撃風景。
子が実際に経験した一部を。
夢渡り アルレシャ
―― とある来訪客と、夢渡り ――
[惑星ロサに仕事以外で訪う──謂わば観光目的の場合、
少しばかりの手続きが必要だ。
まずひとつ、到着する具体的な日時。宇宙船の便名。
次に容貌、その日の服装。
観光ならばロサ特有の生物や資材を持ち帰らないこと。
最後に、〝案内人が同行する場合があることの承諾書〟。
彼がその手続きを要請通りに終えたか、
或いは何らかの手段で潜り抜けたのかは兎も角──
夢渡りはある時、年端も行かぬ少年の案内役を任された。 ]
夢渡り アルレシャ
[無邪気な笑顔を振りまき、美味しい食事を頬張る少年に
この星がどう見えたかは定かではない。
転んだ幼子が「痛いけど、これも幸せなんだよね？」と
母親へ問いかける姿を見たとしても、
それを周囲の誰もが笑顔で肯定していたとしても。
夢渡りは、疑問を呈させないように
上手く観光地としても有用な場所を案内しただろう。]
それにしても、レオンくん……だっけ？
ひとりで他の星に来るなんて、凄いのね
[少年がお供の音色を披露してくれたことはあっただろうか。
どこまで心を許してくれたかは分からずとも、
もし演奏の機会があれば、ロサの路上演奏家たちが
神を称える讃美歌のメロディーを合わせてくれたはず。]
夢渡り アルレシャ
[夢渡りはニコニコと、少年を見つめていた。
年相応に見える無邪気さで異国の地を楽しむ姿が、
あまりにも可愛らしいものだったからだ。
時に地元の子供たちが集まってきては、
物珍しさで少年を囲み、話し掛けるのを見守りもした。
──禁則事項の線引きは、しっかりと見定めて]
「あのねえ、ぼくのおばあちゃん、
昨日神さまのところへ行けたんだよ！」
[恐らくは。
ロサの価値観に生きる子どもからすれば、
少年へ振った話題はあくまで、祝福の話でしかない。
が、他星人は〝死〟を悲しむのが常である。
故に夢渡りは少年と子供の間へ入り、微笑んだ。]
夢渡り アルレシャ
貴方にも、神さまの祝福がありますように。
……さ、この子は神さまが認めたお客様よ
もっと楽しい遊びをしましょう？
[例えばかくれんぼとか、……後は、なにかしら？
小さい頃から夢渡りとして生きてきたせいか、
夢渡りは、子どもが喜ぶ遊びを左程知らなかった。
宗教的造形物や舞台の見識は深くても。
少年は、ロサという星をどう感じただろうか？
──夢渡りの手元に確かに残る事実は、
未だに、彼と手紙を交わす仲であるということだけ。]
夢渡り アルレシャ
[少年の帰星予定の当日。
夢渡りは少年に、ロサ特有の甘い砂糖菓子を土産に持たせ、
それからひとつ願い事をした。]
良かったら、貴方にお手紙を送っても良い？
…………知ってみたいの。
[願いがいかなる形で受け入れられたにせよ、
夢渡りと少年は、時折手紙を交わし合う仲になる。
──そして今日も。
活気の無い星間郵便センター入口のポストへと、
夢渡りは封筒を投函するのだ。 ]
次期当主 レグルス
[将は、生まれついた時から将になる運命であった。
代々将を輩出する家に生まれ、
物心ついた途端軍学を吸収し、
将として才覚を示した。
多くの旅人が訪れる異星文化交流の地、
民主制たる惑星アッサとウル銀河系を守る将として、
将は自身が“将”で在ることに誇りを抱く。]
次期当主 レグルス
[将は、“将”として生きる自分を
恥じた記憶は無い。
しかし、全ての任務と成果を
誇れるかと問われたら
──────否、全てとは言えなかった。]
次期当主 レグルス
─ 回想・役者と将、そして子 ─
[其れは、いつだったか。
将が“将”と成ったばかりの頃。
ウル銀河系と某他銀河系交流行事により>>88
一座がアッサの劇場で公演する舞台を見たのは。>>39
将は2階のウル銀河側関係者席、
人目に付きにくい後方の席で
獅子の面を被り、一座の舞台を眺めていた。
本当は中央の関係者席か、先述の席前方を打診されたが
「獅子の面を被った軍人が目立つ席になど座れば
役者も客も舞台に集中出来ないであろうが」と断った。
一応将なりの配慮で在る。
何せ獅子の面が精巧過ぎる為、一部はたじろぎ
子供の多くは怖がり赤子の大抵は泣く。]
次期当主 レグルス
[しかも首回りを漆黒にした純白の詰襟、
金糸で縁に刺繍を施した朱の外套を纏った
軍服としての正装。
上演前の式典で２人の赤子に泣かれ
内心落ち込んでいた将は、顔を上げ舞台を見据える。]
（……父上は見所のある一座だと仰っていたが。）
[舞台は物心つく前、
他星へのお忍びで父に連れられた一度きり。
内容は殆ど覚えて居ない。
実質、初鑑賞も同然の形で
一座の舞台を目にしたのだが……]
次期当主 レグルス
[その後、子はすっかり一座の舞台の虜になった。>>92
どの役者さんも素敵だが、シェルタンさんの演技が
僕は一番好きだと、子は思った。
いつしかシェルタン先生と、
心の中で（勝手に）呼んでいた。]
（不思議だなあ、シェルタン先生は。
色んな人や何かに大変身するんだもの。
大スターって、先生みたいな人のことを
きっと言うんだろうなあ。）
[他星の公演で出待ち文化を知ったものの、>>88
身長が低すぎるせいで人波に遮られてしまった子。
誰一人の姿も見られず落ち込んでいたら
親切なおじさんが肩車をしてくれたおかげで
やっと姿を見れたこともあった。]
次期当主 レグルス
[惑星アッサは芸術に寛容で、規制も緩い方だ。
しかし例外はあって「人間の心身に害を与えるもの」は
何であろうと禁じられている。
詳細によると、入手・所持の疑い有りと言われた戯曲は
『読むだけで発狂する』と噂されているもので、
複数の銀河系星で閲覧した者、役者、
舞台関係者、客の何割かが
体調不良を訴えたり、終いには発狂したらしい。
外に情報が漏れぬよう、
緘口令が敷かれた極秘命令。
極秘なのは、公にして
無関係の者が好奇心から戯曲を探す可能性。
万が一実際に戯曲が見つかり何者かの目に触れた場合
被害が予測出来ないという懸念だそうだが……。]
次期当主 レグルス
（妙だな、シェルタン先生がそんな戯曲を
入手したがるとは思えないんだが……。
もし、其れが仮に事実だとして。
一座の評判を失う可能性と危険を犯してまで
その戯曲を手に入れる理由はあるのか？
戯曲が１人で入手出来る物とも思えない。
事実なら協力者がいる可能性が高いのに
何故シェルタン先生だけに疑惑が上がった？
可能性で言えば、発禁・上映禁止の戯曲と知らずに
偶然入手したか、存在を知ったか……。
いや、劇場が発禁・上映禁止戯曲情報を
関係者へホログラムで毎日更新・発信していた筈だ。
誰かがシェルタン先生に冤罪を被せたのか？
いずれにせよ、謎が多過ぎる。）
次期当主 レグルス
[極秘命令の翌日、アッサ防衛軍の軍人が１人。
目立たぬよう一座の元へと訪れ
外に情報が漏れぬ場所でと要請した後、
アッサ防衛軍捜査令状と共に
伝えたのは以下の内容である。
・一座に所属する舞台役者シェルタンが
アッサ星を初め多数の銀河系星で
発禁・上演禁止とされた脚本を
入手、所持した疑いがあること
・さらに戯曲上演を企てた疑いがあること
・その為本人の所持する戯曲と鞄を押収し、
事実確認をしたいこと
・結果、無実であれば鞄と戯曲は全て返還すること
・事実確認さえ出来るなら本人及び一座に対し
危害は加えないと約束すること]
次期当主 レグルス
[・なお、事実確認は本人たち会いの元でも構わない
・緘口令が敷かれている事柄の為、他言は無用
・緘口令を破れば一座にも罰則がある為注意すること
・本人が如何なる返答であろうと、戯曲に対し
一座が関与していたとの確定時を除き、
公演及び活動を一切阻害しないこと
最後に軍人は騒がせた件を丁重に詫びる。
一座と本人の反応はどうであったか。
事実か無実か、確認は適ったかどうか。
将が受けた極秘命令自体に
銀河間警察>>89は一切関与していないが、
将とは別に銀河間警察が関わったかどうかは
この時、将も軍人も掴めていない。
別の追手が何らかの理由で
彼を追っていたかどうかも
将と軍人は掴んでいない。]
次期当主 レグルス
[極秘命令を受けた将の最優先目的は
戯曲所持の事実確認と。もし事実であれば
戯曲回収、本人への事情聴取。
無実の際は、本人も戯曲も鞄も全て
無傷で本人と一座に返還する心算であった。
其れと同時、事実関係について
将は部下に命令を下し調査を始める。
しかし押収を拒否するか、
戯曲所持が事実であった場合。
または逃亡を図るようであれば
秘密裏に編成した捕獲隊を派遣し
「身柄を確保せよ」と命じられた兵が
本人を追ったことだろう。
事実・無実いずれにせよシェルタンや一座、
周囲の関係者や民間人の命を奪うどころか
傷付けるつもりは一切無かった。>>164]
次期当主 レグルス
─ 現在・惑星アッサ防衛軍某基地 ─
噫、其処に置いて呉れ。直ちに署名する。
[惑星アッサ防衛軍某基地の執務室にて
獅子の面を被った将は部下より書類を受け取る。
内容は、超新星爆発予測による避難命令で
惑星アッサに一時避難してきたキ星の者達に向けて
或る一座が慰安公演を行うこと。
キ星軍と惑星アッサ防衛軍、
ウル銀河同盟軍協力で支援する為
各軍より派遣予定の人員リストだった。]
次期当主 レグルス
[ふと、書類に書かれた一座の名前に視線を移す。
嘗て自分が魅了された役者と、その一座────
シェルタン“先生”が所属していた一座の名前かを。
あの極秘任務以降かどうかは定かで無いが、
惑星アッサはおろか他銀河系星からも
舞台役者シェルタンの姿を一切確認出来なかったと>>92
「星の駅」駐在所と斥候隊より知らせが入る。
今も秘密裏に行方を追っているものの
成果は芳しく無い。
因みにヘイヴンことFO7402-1938へ>>91
将による調査の手は伸びていない。
仮に伸びたとしても惑星アッサの人間にとって
ヘイヴンの大気は僅かだが有毒性があり、
長期間の滞在は命の危険を齎す可能性がある為
調査したくとも難しい場所なのだ。]
次期当主 レグルス
（“私”は──１人の偉大な役者を殺した）
（殺したも、同然だ）
[部下が去り、１人になったところで将は思案する。
将として、子として失踪や死亡説を耳にする度、
（全てでは無かろうが）経緯を知る身として
僅かに下を向いてしまう。其れは何故？]
（“僕”は──感動をくれた最高の人を失った）
（“将”として、“僕”のせいで）
[まさか、こんな結末になると思ってなかった。
いなくなると、思っていなかった。
ごめんなさい、ごめんなさい。
先生の名前を何度も聞く度、ごめんなさいを
心の中で繰り返す。それはなぜ？]
次期当主 レグルス
[ヴィルヘルム家の屋敷とは別に、
自らが“レオン・シュトラウス”として借りた部屋にある
“僕”としての気持ちを書いた日記帳。
子は知らない、自身が綴った日記帳が
この後辿る運命を。
其れが何を、齎すのかも。]
新米修復家 キュー
[かつて、この星にはたくさんの未知への探求が溢れていた。人々は己の頭脳を誇りに思った。
あらゆる生き物の中でも、自分たちは特別だ、と。
それゆえの争いもあったが、それも長くなく。
更なる発展を求めて、世界は収束していった。]
新米修復家 キュー
[山を越えて。海を越えて。ありとあらゆる垣根を取っ払い、"知ノ星に住まう人間という種族"として、よりよい世界を作るために結束した。
それによって発生した問題は、それによって発展した文明が解決していった。
そうやって、どんどん星を切り開いていった。
地上は満たされた。
人々はそれに満足した。
けれど、人は求める。
やがて人々は地上ではなく、天上に目を向けるようになった。]
新米修復家 キュー
[そうして人々は真実に出会う。
自分たち以外の"知的生命体"。
彼らもまた、銀河を駆ける宇宙船を用いて旅をしていた。
人々は知る。自分たちが造り上げた星。
それは、この銀河中に生み落とされたひとつにすぎないということ。]
新米修復家 キュー
[知ノ星はいつからか、そう名乗ることをやめた。
もしかしたら、どこかの星は自分たちの星よりもっと栄えているかもしれない。
そのどこよりも特別な星。
もはや、そう誇れる自信はなかった。
異星人との邂逅で、無知を恥じたからだった。
気づきを得て、これ以上を望めなくなった世界は停滞していった。]
新米修復家 キュー
[しかし人々はありし日の矜持にしがみついた。
異星人のもたらすものに、すがりついた。
そうしなければ、いままでのすべてが無駄になる。と。
進歩を手放して。
そうして、過去に生きている。
惑星、チノホシ。]
旅行者 パウゼ
［さて、この星に来る前の自分は何をしていたかと言うと、星をまたにかけるスーパーサラリーマン…ではなく社畜であった。
夜空の星ぼしでは、その元来の構成元素により、例え似たような生物が生きる星だったとしても、採れる鉱石がそれぞれ違う。
ある星では存在不可能だと思われていた固体が、ある星では存在する。
貴重な物は環境まで似せた船まで用意してでも仕入れる価値があった。
自分が所属する組織は、様々な星々から資源を探し、買取り、そして新たな物質として加工し、産業に役立てたり、あるいはそれをまた別の星に売ったりということをしていた。
自分は科学者ではないので、実際に星々を訪れ、資料を集め、本部に送り、場合によっては現地の住人と交渉し、入手し保管し輸送する、というとても大勢で成り立っている部分の１人として働いていた。］
旅行者 パウゼ
こんにちは。
この星は初めてなので、色々教えてください。
［大体初めての星を訪れた時は、何らかの案内人をつけたり、あるいは話のきっかけができそうな人がいれば積極的に話して星の様子を窺うことが多い。
予め採れる鉱石が貴重だと見えていても、一見友好的であっても、話しただけで全く持ってその種の交易が不可能だと判断できる種族も宇宙の中にはたくさんあるのだ。］
青年 シャト
ー 表現者と少年 ー
[その一座がアルカディアにやってきたのは、6年ほど前。まだ僕が子供と云われる年齢の頃だった。
公演を観に行こうと考えたのは、どうしてだったか。多分、他の星からやってきた人たちがどんな芸術を見せてくれるのか気になるとか、そういう興味本位であったことは覚えている。
アルカディアの人間は娯楽に飢えているわりに、精神的に閉鎖的だ。
評価のついていない他の星から来た人たちを、歓迎すると同時に恐れている。
自然と外の人に対する態度はよそよそしい。それは訪れた一座に対しても同じで、他星どころか他銀河に名声が届くほどの実力者らしいと噂こそあったものの、僕の学友で観に行ったという話を聞いたことはなく。
どうしても気になって、学校が終わるや否や劇場へと走っていった。
そして、その日観た舞台が、僕の人生を大きく変えた。]
青年 シャト
[上演されたのは、一人の青年の冒険活劇だった。
平穏に暮らしていた青年が旅に出て、笑って、泣いて、悩んで、苦しんで、それでも前に進んでいく。自分の信じた未来のために様々な困難を乗り越えながら生きていく話。
僕はそこに一人の人生を見ていた。それだけじゃなく、いつの間にか僕までその世界に生きているような心地がした。一緒に笑って、泣いて、悩んで。
お芝居は作り物だと、どこかで思っていた意識が跡形もなく崩れていった。
同時に、僕の世界は途方もなく小さかったということも知った。
授業で教わっただけで、他の星のことをなんとなく分かった気になっていただけだと自覚した。
外の世界は自分の思っていたよりも、もっと血の通っていて暖かいんだということを、初めて想像した。
伝聞でしか知らなかった世界に、色がつく。音が溢れる。
そこに住む人々の在りようも。文化や生活も。外の星に存在する全てが。
こうして考えてみた想像よりも、きっと遥かに予想のつかないものばかりなんだろう。]
青年 シャト
[それを考えると言い表せない感情で胸がいっぱいになった。
とにかく、主演を務めた人に何かを伝えたくて、公演が終わったあと、駆け足で家に戻って手紙を書いた。
宛名の無い手紙を面白半分でどこかに送ることはあったけど、星の外から来た誰かに目的を持って手紙を書いたのは、これが初めてだった。
ただ思いつくままに言葉を連ねた手紙を出したのは翌日のこと。
住所なんて知らないから、劇場まで行ってスタッフさんに渡してもらうようにお願いした。
その先のことは、僕は分からないけど。ちゃんと届いたらいいな、とは思った。]
探索者 マリナーが村を出て行きました。
青年 シャト
ー 流れ星と青年 ー
[彼女との文通はどれくらいの頻度だったろうか。
旅人である彼女。返信がすぐに来ることもあれば、中々来ないこともあったかもしれない。
とにかく返事の有無に関わらず、僕は1.2ヶ月に少なくとも1回という形で手紙を書いていた。時期によってはもっと頻繁にやり取りしていたけど、大体はそんな感じだ。
僕の近況も記したけれど、変化に乏しい毎日を送っていたから、僕から話題に挙げるのは彼女がどのような星に滞在しているのか、どんな体験をしたか、危険な目にあっていないか。そんな感じの事柄が多かった。
たまに他愛のない昔話を挟んだりしながら、たまにちょっとした書き物を書いたことなんかを教えたりして。
そんな子供の頃から続けたやり取りが続けられなくなったのは、アルカディアが本格的に寒くなり始めた頃だった。]
青年 シャト
[予兆はしていた。ペンを握ってもアイデアが出なくなった。
仕事先の公園（奇しくも彼女と初めて会った公園が僕の勤務先だ）の花壇に新しい蕾がついても気づけなくなった。
本を手にとっても目が滑って文字が読み取れず、文を読むのに集中すれば内容が入ってこない。そんなことが続いた。
そうして、完全に何も、自分の近況すら書けるものがなくなって、2ヶ月どころか3ヶ月の空白を置いて、僕は彼女への手紙を四苦八苦しながら書いたのだった。]
村の設定が変更されました。
村の名前
村の説明
定員: 10人 （ダミーキャラを含む）
最低開始人数: 10人
開始方法: 人狼BBS型（更新時間が来たら開始）
役職配分（自由設定時）
演者 シェルタン
――終業後の夜――
[長く曖昧な薄明の昼が過ぎ、真に夜の帳が落ちる時。
星の瞬く闇天の下、移民居住地にある学校の前の空き地。
そこで行われるのは、チケット代を取らない、純粋にただ「見てもらう」だけの小さな公演。
観客が手にするランタンと、木々に提げられたランプの光に囲まれる形で、その「役者」はいる。
微かな星明りと、あたたかな人工の灯りに照らし出された人間の影かたちは、同種族の目からは男性の身体に映るもの。
纏うのはシンプルなジャケットにボトムスに寒さ除けのマフラー、右耳にはいくつものピアス――ある種の文明圏における「都会っ子」のごく普通の出で立ち、ではあった。けれども――]
演者 シェルタン
[演じられていたのは、難民の子供のひとりの祖星の古典劇を一人芝居に翻案したもの。
祖国の王に追われて最果ての島に辿り着いた姫君の物語。
音楽のない、天井もない舞台。
そこに立つ役者の姿も、声の響きすらも。
ただひとりきりの決意と希望を語る女のものとして、そこにはあった。
観客は学校の子供たちだけでなく、その親である大人たち、ただ単に通りがかりで見かけた者たちも。
姫君の凛々しい立ち振る舞いにわあっと上がる歓声もあれば、その境遇に小さくすすり泣く声もあった――そんな舞台だった。]
―――…、改めまして。
この度はご観覧、ありがとうございました。
[役者がそう終演の挨拶を述べ深くお辞儀をした頃には、「運命に負けない、孤高の姫君」はいつもの「シェルタン」に戻っていた。]
演者 シェルタン
「ありがとシェルタン！
このお芝居ね、お母さんがすごく好きだったの。
わたしちゃんと見たことなかったから嬉しい。」
そっか、良かった。――ありがとう。
また何かリクエストがあったら
いつでも言っておくれよ。
[その「お母さん」のいない学童は明るく笑いながら役者の手を取り、役者もまたその子に屈託なく微笑む。
そのうちに他の子供たちも、我も我もと舞台の話をねだりだし、一部の子たちの親が慌てることになるのだが、それもいつもの他愛ないこととして――]
次期当主 レグルス
[屋台の人は躊躇った。
でもしょげた子を見て、売ってくれた。
子はありがとうとお礼を言った。
屋台の人は聞いた、何せ子は何度も何度も
２人分ちょっとの量を買っている。
そして大体、暗い顔して戻るのだから。
子は話した、お姉さんを待っている。
お姉さんと一緒に食べたくて買った、
でもお姉さんの姿を見なくなった。
何度も何度も探したけどだめだったよ、と
ちょっとだけ、にこっと、笑みだけ作って。
２人分ちょっとと１人前を平らげた。
お店の人は、おまけをくれた。]
次期当主 レグルス
[子は思う、“将”としての権限を使えば
お姉さんの行方は分かるかもしれない。
でも、子は嫌だった。使う気になれなかった。
子が思う“将”としての権限は職権乱用。
ズルして探し当てるような風に思えて、
それで見つけて、会いに行っても
お姉さんは喜ばないような気がして。
────何より、お姉さんに会うなら
“僕”として、会いに行きたい。]
次期当主 レグルス
[お忍びでも子は頑張った。
お姉さん知りませんか？って尋ねた。
尋ねた人は、誰も知らなかった、
会えるといいねって言ってくれた。
頑張ったことがいつも実るとは限らない。
将として、子としてよく知っている。
でも決してタダじゃ起きない。
何せ諦めたら（色んな意味で）試合終了の世界、
生き、考え、決め、命じることで
切り拓けたこともあるって。
将は、子は何度も思い知ったから。
またダメだった、じゃない。
お土産話が一つ増えたと思えばいい。
その分話せることが増えたと思おう、思いたい。
お姉さんならそう言う気がした。]
次期当主 レグルス
いや多いな！？
[並べられた本の多さに、思わずツッコミ入れたら
店長さんに怒られた。ごめんなさいした。
手に取った、読んだ……何だこれ。]
（お……）
[子はのめり込む、
１冊目、２冊目……３冊目で我に返った。]
おじさん、この本ちょうだい！
[こうして子は読破するたび次の本、また次の本。
他星で購入した時もあった。]
次期当主 レグルス
[ワクワクした、夢中になって読み進めた。
何でこんなに嵌るんだろう？
やがて子は１冊１冊買うのが段々面倒になった、
棚を指差し
「すいません、ここから最新刊まで全部ください」と
一括自腹で購入し、運んで貰った。
さてここで全銀河系星かは不明だが書店あるある。
続き物は、どこかのナンバー数冊欠ける。
かと思えば同じナンバー数冊被る。
そう、子はやらかした。
典型的なまとめ買い失敗パターン。
ナンバー欠けるわ被りがあるわ。
結局欠けたナンバーの刊を買いに、
後日書店へ舞い戻る羽目になる。]
次期当主 レグルス
[結局被り含め読み上げた本は後日
欲しい人に渡すなり基地司書室に寄付したら、
意外にも好評だった。
特に将兵への評判が良かったのは将としても驚きだ。
普通に読み物として人気なだけでなく、
下げ渡しの本に「家族が喜ぶ」とホクホク顔で
プレゼントとして送るようだ。
書店の人間は新刊が出るたび
わざわざ送ってくれるようになった。]
演者 シェルタン
「いやー資料館の人、芝居できたんだなー！
声の張り方とかすごかったわ。」
「低い声なのにガチで女っぽく聞こえるとか、
歌までめちゃくちゃうまいとか、いやーすごい」
[大人の観客のひとりからそんな感想が投げられた時、シェルタンは少しだけ曖昧に笑った。]
あっはは……ありがとうございます。
昔、発声についてはすごく鍛えられたんですよ。
当時は知らなかったんですが、なんでも、
役者の中でもきちんと学んでいる人は
相当限られているみたいで。
[この宿主は役者として活動していた時、特に自身のルーツを隠しはしなかった。かといって喧伝もしていなかった。
だから、彼がロサ生まれであることは、知る人ならば知っている。そして熱心に探究する者であれば、その発声法がロサの劇団で学ばれるものだとも知っていておかしくないだろう。]
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