15 Mystic Letters ― ヒトとアヤカシの手紙 ―
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【墓】 【妖】 作家 添木(ソエギ)
「文ちゃんには、ボーイも似合うと思っていたのよね。」
[戻って来た添木の姿を見てころころと笑う椿の精は、老女の姿をしていた。
昔はさぞ美しかったのだろうと想像させる顔にはえくぼが浮かんでいる。
そう言えば、今も花盛りだと頬を膨らませて抗議されるのだろうが。
添木は椿の親戚の子という事になっている。
彼らの間に子はいない。
椿に子を産む力がない為だ。
その地に挿し木をする事で本体から離れた地で動く事が出来るようになる代わりに、彼女が失った代償。
椿の挿し木は難しいとされているが、妖力を持つお蔭で成功率は高い。
彼女がその地を去れば枯れてしまうのは、妖力を分散させない為でもあるのだろう。]
【墓】 【妖】 作家 添木(ソエギ)
「私ね、挿し木はもう出来ないかもしれないのよ。」
[昨夜に少し話があると言われ、居間で明かされた話に、付喪神には僅かならぬ動揺が走った。
最近、とみに妖力の衰えを感じているのだと言う。
本体のある地に戻ればいいのだが、店を何度も変えて経営するのは難しくなる。
かつての知り合いがいなくなるまで、異界などで時間を潰す事が必要だ。
けれどそれは人と交流するのが好きな彼女にとっては悲しい事だろう。
それに妖力が尽きれば、この世から消えてしまう可能性もある。]
【墓】 【妖】 作家 添木(ソエギ)
「だけど、これが最後の恋っていうのも素敵だと思わない？」
[彼女は悪戯っぽく笑ってみせた。
連れ合いを、愛する人を亡くすと、己の分身でもある椿が一斉に花首を落とす。
花の盛りであろうとなかろうと関係ない。
居合わせた時には、まるでそれが彼女の涙のようだと思った。
哀しくも美しい光景は今でも付喪神の心に残っている。
数年かけて哀しみから立ち直った彼女は、次の恋を探すのだ。
その地に挿し木した椿を枯らして。]
【墓】 【妖】 作家 添木(ソエギ)
[彼女はいつだって誰かに恋をしていた。
太陽が朝になれば昇る程に当たり前だった事が、また一つなくなってしまう。
いずれは彼女もいなくなってしまう。
親しくしていた同胞との別れは、何度経験したって慣れないものだ。]
「そんな顔しないの。
まだずっとずーっと先の心算だけど、私が枯れたら、一つ持っていってね。
文ちゃんが拾ってくれるまで遺しておいてあげる。」
[そう言って笑う彼女に、添木は肯く事しかできなかった。
きっと今回声が掛かったのは、それを話す為でもあったのだろう。
数百年来の付き合いである付喪神が己を見送ってくれるのだと、
己がいなくなった先も人間界で生きていくのだと。
その信頼が添木の胸を痛ませた。]
【墓】 【妖】 作家 添木(ソエギ)
「店員さん、お冷頂けるかしら？」
はい、ただいま。
[付喪神ははたと我に返って水差しを持って客の許へと向かう。
揃いのエプロン姿の椿の精は、その後ろ姿を見守っていた。
弟分を見守るような慈愛を籠めて。]
【墓】 【妖】 作家 添木(ソエギ)
― クリスマスパーティーの後 ―
[午後7時。
客が帰った後の店内で、コーヒーを飲みながら三人で一服する。]
「今日はお疲れ様でした。添木君のお陰で、今年もパーティーが開けて良かったよ。」
「文ちゃんのお蔭よ。本当にありがとう。」
いえいえ、どういたしまして。
私も楽しい時間を過ごす事が出来ました。
[添木は笑顔で首を横に振ってみせた。
昔は良かったが、腰を悪くしてからは荷物の上げ下げが大変になり、今年の飾りつけをするのを延期していたのだと言う。
明日までは飾りを残すが、明後日にはいつも通りの店内だ。]
【墓】 【妖】 作家 添木(ソエギ)
[椿の紹介によって添木が作家である事がばれてしまい、ついでに読者が居合わせた為に一角でサイン会が開かれる事になってしまった。
慣れないながら、椿に渡されたサインペンで色紙にサインを書いて渡した。
――とはいえ、名前を書いただけではあるが。
プライベートな場での事ではあるものの、念の為、担当者には後で報告しておく事にする。
登場人物の誰が好きだとか、本への率直な感想を直に貰えたのは有難かった。
本当に読者がいるのだと実感できる。
竜灯や不知火について聞かれ、答えれば、妖怪博士だと子供達の関心を集める事になった。
それから子供達に遊びに誘われ、携帯ゲーム機の使い方を教わった。
最後にはサンタの扮装をして、常連客の連れてきた子供達にお菓子の入った袋をプレゼントし、アヤカシ用に細工されたカメラで記念撮影をした。
どれも普段の生活では経験の出来ないものだった。]
【墓】 【妖】 作家 添木(ソエギ)
[飾りの置き場所も、相談して動かしやすい場所に変える事にした。
モノの位置を入れ替えるので、ちょっとした大掃除になる予定だ。
28日から始めるという正月の飾りも下した方がいいだろう。]
「いっそ、三が日までこっちにいるのはどう？」
え。
[椿の言葉に、添木は瞠目した。]
「無理を言ってはいけないよ。只でさえ急な話に応じて貰ったのに。」
「だって、久しぶりに会えたんだもの。お話もしたいわ。」
[正式に籍を入れたわけではないが、彼らは仲睦まじい夫婦のようだ。
椿が見初めたオーナーは誠実でいい人だ。
その姿を見ながら、付喪神は目を細める。]
【墓】 【妖】 作家 添木(ソエギ)
……ご夫婦水入らずのところをお邪魔するのも申し訳ありませんし、29日の営業が終わったら戻ります。
[今年の最終営業は29日までという話だったから、それまでは手伝おうと思う。]
「本当にありがとう。何とか来年には店に出られるようにするよ。」
どうぞご自愛下さいね。
また何かあれば、遠慮なくお声掛け下さい。
スケジュールにもよりますが、出来る限りお手伝いしますので。
「助かるわぁ。」
[常連客との交流を通して、改めて愛されている店なのだと感じられた。
少しでも長く続けばよいと願う。
これが椿の持つ最後の店なのかもしれないのだから。]
【墓】 【妖】 作家 添木(ソエギ)
「さてと、今晩は軽めのものにしましょうか。」
「添木君は物足りないんじゃないかな。」
いえ、私もあまり食べない方ですのでお気になさらず。
[言いながら、椿が席を立つ。
老齢の姿ながら、きびきびとした働き者の動きだった。
窓の方に視線をやれば、月と星が夜空に浮かんでいた。]
【人】 女将 大祓(オオハラエ)
今日の散歩はお気をつけた方が宜しいですよ。
［３日目の朝。
昨日運び込んだ白菜を使った味噌汁を飲み干し ご馳走様でした、と両手を合わせた折に変わらない柔らかな声で制された。
民宿の中でさえも暖房の温もりに冷気が仄かに漂っており玄関を出たその先でどれほどの寒気が襲い掛かるのか想像に難くない。］
こう冷え込むと天候が急に変わることがあるんですよ。
さっきまで晴れていたのに、吹雪いてきたり、だとか。
【人】 女将 大祓(オオハラエ)
［ご馳走様でした、と手を合わせて 食器を流し台へと持っていく背中を見送る。
取り残されたのは机の上の二通の手紙。
冬の装いと初春を思い浮かばせるような二色のコントラストは これから先の、この寒さの先の芽吹きを思い浮かばせるかのようだった。
然しながら、もう一つ。年賀状であろうものがその傍らに置かれており。］
どなたに送るつもりのものだったのかは分かりませんが
この山奥まで辿り着いたのは また一つの縁でしょうねぇ
［戻ってきた女将に尋ねてみれば、薄く笑みを零しては 年賀状を手に取って 顔へと少し寄せ 書かれてある文字を女将は辿っていく。
ちらりと窺える裏面———— 書かれてあるはずの宛名がないのが見える。］
【人】 女将 大祓(オオハラエ)
［不思議なこともあるものですね、と無意識に呟いた言葉にすいと目を細めて。］
………貴方様はお手紙を書いたことはございますか。
おや、まあ。
今はメールといったもので簡単に送れるとは聞きますが
こうやって手書きでお手紙を書くのも
思いを伝えるのに、宜しいものですよ。
［散歩の代わりに一緒に如何でしょう、と女将の提案に窓外へと視線を向ける。
カーテンの隙間から垣間見えるその先は 昨日までの蒼さは何処へやら、暗雲立ち込め 封筒の一つのその灰色より深い様が広がっていた。］
【人】 女将 大祓(オオハラエ)
［結局のところ。
中に居ても分かる程に豪風と共に吹雪いている中で散歩はおろか外に出ることも難しく、女将と共に便箋と面向かうこととなった。
つらつらと流れるように記していく筆先と裏腹に、自身のボールペンは言葉の先を繋げることは難しく 手が止まってしまう。これがメールだったら書くことができるのかと考えるも、このように改まって何かを送ったことも無く。］
ただただ、今何をしているかであったり。
貴方様の送りたい相手の近況を聞いたり
それだけでよろしいのですよ。
友好を育んでおられる相手でしたら
久しぶりの便りはきっと嬉しいものだと思いますから。
【人】 女将 大祓(オオハラエ)
［女将もそうなのか、と尋ねると 表情が既に物語るように笑みを深くして。］
丁度、このお返事を書いている
そのお相手から頂いたお手紙がそうでして。
この民宿に泊まって頂いた方々ですがね。
私ももう、こう耄碌しておりますから
直接私から会いにいくことも叶わず
こうやってお手紙を通して気にして頂いて
お話を聞けること
ここで出会ったご縁が続いていくこと、
それはとても尊いものだと思いますよ。
［直接会いにいくことが難しい相手との縁、———手紙の宛先に想いを馳せる。
気が付けば連絡を取らないままに過ぎ去った年月。
あれからどうしているのだろうか、そう考えると不思議と頭の中に言葉が下りてくる。
轟轟とより強まっていく風の鳴りを尻目に 穏やかな時間が流れていく。］
【人】 女将 大祓(オオハラエ) から 【人】 学生 蛍籠(ホタルカゴ) へ、秘密のやり取りが行われました。
【人】 女将 大祓(オオハラエ) から 【人】 学生 蛍籠(ホタルカゴ) へ、秘密のやり取りが行われました。
【人】 女将 大祓(オオハラエ)
…… ふふ、まだ来てくれるとは決まったわけではないんですよ。
［突然、小さいがはっきりと声が聞こえ 顔を上げる。
ずっと紙面へと向けられていたであろう女将の眼差しは横に逸れて、何もない場所を眺めている。
不自然に 女将の記す便箋が風を受けたかのようにひらりと端が捲れるのが見えた。］
【人】 女将 大祓(オオハラエ) から 【人】 学生 蛍籠(ホタルカゴ) へ、秘密のやり取りが行われました。
【人】 女将 大祓(オオハラエ) から 【人】 学生 蛍籠(ホタルカゴ) へ、秘密のやり取りが行われました。
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