3 ― 星見る手紙 ―
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4人目、 演者 シェルタン がやってきました。
演者 シェルタン
[この惑星に、空が仄かに群青色に光る程度の朝が訪れる。
遠くにある銀河の中心が放つ光が齎す、主星なきトワイライト。
「夜」あれば、星瞬く闇天。
「昼」の時刻であっても、薄明程度の明るさが続くのみ。
それがこの惑星――自由浮遊惑星FO7402-1938における、日常の空の在り方だ。]
演者 シェルタン
夢、か。
[難民やその他の移民向けの、簡素に建てられた住宅の一室。
仄かな群青の夜明けと共に目覚めたこの生命体――人間の身体を持ったそれは、薄ら開いた目元を拭ってから身を起こした。
それから昨日と同じく、一昨日と同じく、身支度を整えて。
寝起きとは打って変わっての軽快な足取りで、自室を後にした。]
演者 シェルタン
《 ある時の“ 僕 ”は、森を駆けていた。
夜明けの下弦の星を仰いでは、
遠くに向けて吼えていた。 》
《 ある時の“ 僕 ”は、海を駈けていた。
黄昏に煌めく水面の先を目指して、
凪がない波の上を跳ねていた。 》
《 ある時の“ 僕 ”は、空を翔けていた。
陽の熱が降り注ぐ大気の中で、
文字通りに翼を広げていた。 》
演者 シェルタン
《 ……その時々の記憶は確かにあって、
けれども一夜の夢のように掴みづらくもある。
重なり積もったそれらの記憶に比べれば、
今の“ 僕 ”の身体に刻まれた記憶は、
もっとずっと鮮烈で、生々しい。
その記憶に仮に欠落があったとしても、だ。 》
演者 シェルタン
《 “ 僕 ”は――否、この人間は、
人造の石の道を駆けていた。
戯曲を収めた紙の書籍が詰められた
鞄ひとつを両腕に抱えて。
鞄を抱えたまま、逃げて、逃げて、
追ってから逃げようとして――、死んだ。
この記憶が、今の“ 僕 ”の宿主に、
最期のさいごに刻まれたものだった。 》
演者 シェルタン
《 今の“ 僕 ”は、この死者の身体を修復、蘇生し、
“ 僕 ”の身体として用いて生きている。
“ 僕 ”は――いや、“ 僕 ”だけじゃなく、
人間たちの間で“ 演者 ”と呼ばれる生命体は、
こうやって、死んだばかりの生き物を蘇生し、
宿主にして、生きている。 》
演者 シェルタン
[FO7402-1938は、どの恒星の惑星系にも属さない、銀河そのものを公転している自由浮遊惑星。
眩い光を齎す主星こそないものの、銀河の中心から届く光によって、この星の地表の植物は生かされている。それら植物の生成する物質や、その他星に備わった物質が基になっている大気によって、在来の植物以外の生命体が生息できる環境もまた形成されている。
この惑星に他の星から流れ着いてきた人間たちは（時には人ならぬ者たちも）、難民やその他の逃亡者、或いは開拓民、或いはただ「そこに住まう」だけの者として、総じて平穏といえる暮らしを築いている。
こうしたことからか、いつからかこの惑星には「ヘイヴン」――安息地、避難所、保護区、といった通称が付けられるようになった。
「保護区」を「開拓」しようとする人間たちがいる……という件については、ここでは置いておくとして。]
演者 シェルタン
[シェルタン――“ 演者 ”には、宿主の名以外の名前はない――もまた、「ヘイヴン」に縋りつくようにして辿り着いた亡命者。
宿主の元いた星から遠く離れたこの孤独な惑星は、追手から逃れるには丁度良い地だった。
そして、宿主と親しかった者たちとも、直接顔を合わせる機会はなかった。]
演者 シェルタン
[夜明けの時刻を幾らか過ぎた頃の、薄明のままの晴天。
シェルタンは手提げ鞄ひとつだけ抱えて、それなりに整備された道を行く。
通りがかり、道を照らすランタンを手にした子供たちの集団と出くわした時には、朗らかに「おはよう」の挨拶を。]
「おはよう、シェルタン！
今日もまた
もちろん。
君が今日も学校でちゃんと勉強してきたらね。
「あ、シェルタンだ！
また
もちろん。
舞台のお話の前に、君もちゃんと学校に行くんだよ？
演者 シェルタン
「シェルタン、シェルタン！
ああ、いいよ。
正午のご飯休み時にでも
……そのまま午後の授業バックレたりするなよ？
「ちょっ、うるさいなーシェルタン！
バックレたりとかするわけないってのー！」
あっはは、念のために言っただけだよ。
さ、行った行った。遅刻しちゃうぞー。
[この星の移民たちの居住地は、日々の糧を得て生命活動を維持するだけの場に留まらない。
この通り、子供たちを養育し教育する施設も整えられている。文化芸術を伝える施設も、決して数多くはないものの存在する。
亡命者シェルタンも、今ではこの星の文学資料館の業務に従事する身だ。]
演者 シェルタン
ちびっ子らにああ言ってる傍から、
大人の僕が遅刻するのも格好悪いな。
[そう独り言を紡いだ後、文学資料館に向けて歩みを早める。
今シェルタンが抱えている手提げ鞄は、宿主が死の間際まで抱え続けていたものと同じ。
その時に鞄に詰められていた戯曲の本は、今は文学資料館の蔵書の一部となっている――開架書庫に複製本を、閉架書庫に原本を収める形で。]
演者 シェルタン
[さて、“ 演者 ”という生命体の特性について少し。
宿主の死亡時の状況にもよるが、“ 演者 ”の知性の度合いは、宿主の知性にほぼそのまま準ずる。
知性と同様に、記憶内容や思考のクセもおおよそ引き継がれる。
このため“ 演者 ”が宿主のフリをすることは容易といっていい（どころか、どうしても宿主の元の精神性に寄りがちになる、ともいえる）
それでも、“ 演者 ”の精神性が何もかも宿主と同じになる、というわけではない。
宿主の元の特性に関わらず、あくまで自らは“
それ故に、元来の宿主との差異が表面化することもあるわけだが、それについてはまた別の機会に。]
演者 シェルタン
―― 文学資料館 ――
[この星における正午を迎える前の資料館に、利用客の姿は殆どない。
シェルタンらごく少数の職員は、黙々と……否、和気あいあいと清掃や事務作業を片付けていく。]
いつも思うんだけれど、この仕事、本当に楽だ。
「そういえば、シェルタンの星では資料館――
図書館？博物館？はもっと盛況なんだっけ。
ここではそれより、狩猟採集とか農業とかが
何だかんだで人気って感じだからね。」
うん。正確には僕の星、じゃなくて
僕が仕事していた星、なんだけれど。
「あ、そうそう、そうだった。」
[蔵書の一冊の電子コピーを作成する同僚の傍ら、シェルタンは本棚の上部の微かな埃を羽製のはたきで払い落す。]
演者 シェルタン
[シェルタンはそれから一度手を止め、宿主の頭の中に残っていた記憶を呼び起こす。]
僕が舞台やっていたところって、
ここみたいな僻地中の僻地……ごほん、
自然の中で人が地道に暮らすことより、
最新のテクノロジーとか文化芸術とかが
発展している所も多かったから。
[宿主の記憶のみならず、思考のクセまで見事に再現してしまう。
開拓の余地がまだまだある――そう見做す人間だちがいる――ヘイヴンに対する「僻地」という認識自体は、ある程度「都会的な」場所の出身者であればだいたい初見で持つとか、持たないとか、]
演者 シェルタン
「聞いたぞシェルタン。
また僻地だとかバカにしやがって！
これだから銀河的大スター様は～。」
ああはいはいごめんごめん！
あとその「銀河的大スター様」の顔を
君は最初全然知らなかっただろ。
そもそも僕は「銀河的」っていえる程の
地位や知名度を持ってる訳じゃない。
[この星にまでは追手の手は届かない――という認識あればこそ、シェルタンはこうやって、宿主の素性をある程度打ち明けることができる。]
ただちょっと、銀河間交流の公的行事で
公演させてもらったことがあるとか、
それでお偉いさんにも評価されたとか。
あと出待ちで行列できたこともあったとか……
演者 シェルタン
「ほらやっぱり銀河的大スター様だ～！
ヤバいなーそのうち銀河間警察とか
パパラッチとかうちに押し寄せるのかなー。」
いや本当に違うから！
っていうか、仮にそうなったら、本気でその、
マズい、から……真面目に仕事しようリェッカ！
[シェルタンはもう一度咳ばらいをしてから、同僚のリェッカから顔を背け、本棚の埃払いへの没頭を決め込んだ。]
演者 シェルタン
[ところでヘイヴンことFO7402-1938においては、他の星や銀河からの情報は迅速には届かない。
これは、地表を覆う大気の影響で、惑星外との電波などでの通信が繋がりにくいため。
それ故にヘイヴンにおける外部との連絡は、宇宙船が集配していく手紙などの物理的な通信が主流となっている。
こうしたある種の隔絶性・辺境性も、この星が「安息地」「避難所」として目指される一因なのかもしれない。]
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