3 ― 星見る手紙 ―
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影絵の郵便局員 リリス に 3名が票を入れた。
影絵の郵便局員 リリス が断頭台の露と消えた。
今朝は全員が顔を見せた。
何もなかった？
もう怯えなくてよいのだろうか。それとも──……。
村人達は互いに手を取り合う。
ああ、血の恐怖に怯える日々は去ったのだ──……！
アルレシャ
[今まで受け取った手紙たち、少年から貰ったオルゴール。
少しの衣類と、真新しい緑のリボン。
────たったそれだけが〝私〟の荷物。
もう少し足の具合を見て、という老女の気遣いを
私は曖昧に濁しては鞄を持ち、立ち上がる。
このままロサに居続けたって なんにも変わらない
……なんにも、変われ、ない。
出せないままの手紙を奥底へ沈めたまま、
もはや〝逃亡者〟と化した私は、今度こそ、
ロサの出入りを管理する、管理センターへ足を進める。
──── 白衣がひらり、翻った。]
アルレシャ
[立ち止まった私に気付いたその人は、顔を此方へ向けて
それから「来たかい」と微笑を浮かべた。
何度も、幾度も見てきた、色のない笑顔だ。
震えるくちびるが、「せんせい」と動く。
音にならない響きを確かに感じ取ったのだろう彼が、
不意に管理センターのモニターへと視線を動かした。
次の出星便は30分後、──目的地は。
そこまでを眺め、私はすこしだけ首を傾いだ。
……捕まえようとする動きが無い。
それどころか、せんせい以外の研究員も、いなかった。]
アルレシャ
[せんせいは言う。
いつかのように私へ声で促した。
真っ白な箱庭、沈んだ空気、与えられる世界、
抱き締める代わりにペンを握らせた腕
愛を伝える代わりに神の教えを説いた声
神さま。歴史。信仰。教え。
私が、せんせいから教わった、もの。]
アルレシャ
[せんせいは肩を竦め、私へ〝腕を伸ばした〟。
咄嗟になんにも奪われないよう鞄を抱きしめる私に
「教科書も持たずに行く気かい」と言って、
未開封の──私へ宛てられた手紙たちを差し出した。
理解出来なくて、顔を上げる。
期待外れだと言ったあの時の声が頭の中に響いていた。
せんせいの瞳の中、赤い星が揺れて
どうして？ ……と言いたげな私が映っている。]
アルレシャ
…………………、
[またひとり、ロサから出て行くことを願ったひとが
管理センターの扉を開き、風が吹く。
ゆれた。ゆれていた。
私と、あなた。
偶然と言うにはあまりに似過ぎた、お揃いの、緑の髪。]
アルレシャ
≪ 出星の皆様へお知らせ致します。
A117-89便は約30分後の出発となりますので、
ご利用の方はお急ぎください。
──最終目的地は、ヘイヴンです ≫
[アナウンスが響き、私とあなたの耳にも届く。
あなたはいつの間にか随分小さくなった背中を伸ばし
他の惑星で生きていくための最低限の知識を、
平淡な声で私に説いた。
抱えた鞄と、手渡された手紙と。
あなたからの、最後の授業。]
アルレシャ
[…………気付けば出航の10分前になる頃、
語り終えたあなたは、記憶よりも増えた皺を伸ばし、
行きなさいと私に告げる。
未だ包帯が巻かれたままの私の掌を、ちらりと見遣って。
……でも、やっぱりそれ以上、言わなかった。
言葉にすれば。音に乗れば。
冬の薄氷よりも簡単に壊れちゃうって、きっと。
私たち、……分かってた。]
アルレシャ
お父さん
──さよなら、 〝 せんせい 〟
[ 私たち、これで、いいんだよね。
せんせいは、「良く出来ました」と私を褒めて
見送るように一歩、後ろへ下がる。
それだけで十分だった。
私は、初めて心の底から、貴方へ笑えた。]
アルレシャ
[──窓の外に、幾星霜の星々が煌めいている。
ロサという大きな鳥籠だった存在は、
この広大な宇宙の中ではひどく小さくて、ちっぽけで、
……それでも私たちは、あそこで生きていたんだ、と
手離して初めて私は気付いた。
惑星FO7402-1938：通称名ヘイヴン行きのこの船は、
途中で幾つかの星を経由し、目的地へ着くという。
ロサからヘイヴンが遠いせいもあるのだろうし
（でも、お手紙は一日で届くのね。…凄い技術だわ？）
旅行客たちの帰還先ついで、の方が正しいのかもしれず。
急ぎの書類などを経由地から発送も出来ますよ、と
放送が案内するのを聞きながら、私は手紙を開いた。]
アルレシャ
[今までの二通と変わらない、封筒と便箋
──けれど変わったのは、差出人の名前。
微かに震える指で、封筒を開き、……文字を追う。]
…………。
[追い掛ける。インクで綴られた、彼の文字を。]
…………。
[読み進めた。
貴方の 、 … ちがう。〝彼〟の言葉を。]
アルレシャ
………………噫……。
[幾つかの、涙で滲んだ筆跡をなぞっては、息を吐いた。
文字の癖や手紙の書き方はなにひとつ変わらないのに、
それでも〝貴方〟は貴方じゃないって、分かってしまう。
……ロサにも、奇妙な噂話が流れていたことはある。
曰く 「 神の御許へ召し上げられた魂を奪う化物 」
魂の帰還を妨げ、そして彼らに成りすますということから
〝演者〟という名前で呼ばれていた。
最後まで読み終えて、私はほとんど無意識に
過去の二通を手繰り寄せると、痛む胸が訴えるまま、
両の瞳からぽたぽたと涙を流す。]
アルレシャ
[不意に、せんせいから渡された手紙たちの中、
なんにも書かれていない幾つかの封筒たちに気付いた。
白紙の便箋に、封蝋代わりの小花型のシール、万年筆。
……私が手紙のやり取りをしていたと知っていたから、
もしかして、……もしかして、なんて。
都合のいい夢を見ながら、私はペンを取った。
ううん。取る以外の考えが、私には無かったんだと思う。
だって、滲んだ涙は、〝貴方〟が流したものだから。
私が愛した──今でも愛している彼が死んでなお
想いを届けてくれた、〝貴方〟の悲しみに、
……私は寄り添いたいって、思ったから。]
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