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――スイッセスの手記2――
[こうして私とドロシーの、二人だけの生活が始まった。
私には、スイッセスの生前の記録が全てインプットされている。どんな食べ物を好み、どんな癖があり、どんな事が得意か。
性格はどんなであるか、どんな時に怒るのか。
勿論データが全てあるわけではない。ドロシーや周囲の人間が「スイッセスはこういう人間であった」と語ったものを元にしている。
スイッセスが日記などをしたためていたのならもう少し正確にコピー出来たかもしれないが、なかったものは仕方がない。
私とドロシーは天気のいい日は公園に散歩に行き、まだ残る自然の木々を眺めたり鳥の声に耳を傾ける。
家では一緒に映画を見たり、読んだ本の感想を言いあったり、共に料理をしたり。
私が点てる珈琲をドロシーは好み、毎日嬉しそうに飲んでいた。
穏やかで静かな日々。]
[ドロシーの一人息子であるマイケルは、母親に自分が住んでいるホワイト・マーブルへの移住を薦めていた。
『ホワイト・マーブルは地球よりもずっと自然が多いし空気だって汚れていないよ。母さんは機械やAIをあんなに嫌っていたじゃないか。
どうしてあんな気持ち悪いアンドロイドを父さんと呼び、一緒に暮らすんだい?』
その会話は私の目の前で行われていた。ドロシーはちらりと私を見て気にするそぶりを見せたが、マイケルにとって私は「家電」同様だから。
『父さんの遺産の大半を使ってしまって…もし母さんが病気になったらどうするんだい?』
ドロシーはそれに対してこう答えた。
『私は高価な薬や治療で無理に寿命を延ばそうと考えていないから。身体の一部を機械化もしたくないわ。
人間は、死ぬ時が来たら死ぬのよ。お父さんだってそうだったでしょう?
だから、お金はそんなにいらないの。』
お父さん、というのは亡くなったスイッセスのことだ。私ではない。]
[『そんなに機械がいやなら、こいつだって機械じゃないかッ』
声を荒げるマイケル。私を指さして顔を真っ赤にし、怒りを露わにしていた。
私はドロシーを慰めるために造られたアンドロイドである。
その私が争いの種になり、ドロシーを悲しませたら本末転倒だ。
しかしドロシーは私の前に立ちはだかりこう言った。
『独りでは生きたくなかったのよ。…生きられなかったの。
お父さんと過ごすのが私の人生そのものなんだもの。
……お願いマイケル、わかって頂戴。
もう老い先短い私の気持ちを汲んで頂戴。
私はお父さんが亡くなった地球に最後まで居たいのよ。』
マイケルは母親の説得を諦め、ホワイト・マーブルに帰っていった。
それから二人が疎遠になってしまった事に私は強く心を傷めたが、どうすることも出来ない。]
[私に出来るのはただ――
ドロシーに寄り添って、穏やかな毎日を暮らすこと。
最初は仕事と思っていた私に変化が生まれたのはこの頃である。
私は。
ドロシーを幸せにしたいと思い始めていた。]**
――食堂エリア(いつか)――
[誰かが言った。
『ここってカフェですか?あなたはカフェのマスターですか?』
私は答えた。
ええそうですよ、と。茶目っ気たっぷりに。]
[その日も私はカウンター内に自宅のように陣取り、珈琲を淹れる準備をしていた。
テーブルの上に並べた道具はドリッパー、ドリッパーにサイズの合ったペーパーフィルター、硝子製のコーヒーサーバー、ハンドルとねじのついたコーヒーミル、そしてやかん(ドリップポット。)
誰かが来ればいつでも美味しい珈琲を振舞えるように。
顔を見せたのは、船内ですれ違った事もある若い女性であった。
彼女は男性のような恰好をしているが、アンドロイドである私は人が分泌するホルモンを鼻のセンサーに捉えるので性別を間違える事はない。
まだ言葉を交わしたことはない相手、もしかしたら珈琲を欲しがるだろうかと観察する。
その表情は何処か暗いというか、憂いに満ちているというか…。
折角の整っていて綺麗な顔立ちが台無しである。
私は数度瞬きをし、カウンターに座る彼女をじっと見つめた。
なんと声を掛けようか。いつもように、趣味で珈琲を点てているアンドロイドですと名乗ろうとした時、彼女が先に口を開いた。]
こんにちは、お嬢さん。
ええそうです。
これが珈琲豆を挽く器具で、
こっちは挽いた豆を入れたフィルターを
セットして固定するための器具ですね。>>151
[一つ一つ、地球から持参し持ち込んだ道具を指し示して説明する。彼女が興味を示してくれたのならば、いつものように「珈琲を召し上がりますか?」と私は聞いただろう。
それに快い返事が頂けるなら、器具の使い方を話しながら作業に入るだろう。アンドロイドであるという自己紹介をするのをすっかりと忘れて…。
芳しい匂いを放つ珈琲が出来上がったら、私はそれを彼女の前に丁寧に置く。
カップには薔薇の花が描かれている。]
どうぞご賞味ください。
ところで…何か悩み事や心配事がありますか?
何か表情が憂いているように見えるのですが、
私の気のせいでしょうか。
[そう訊ねたからであろうか、彼女は思いつめた表情の理由を、問いかけの形で私に返してきた。] >>153
――恋、ですか。
[話題として唐突ではあったが、相手がうら若き女性であることを鑑みるとおかしいとは思わない。人が恋愛に悩むのは常であるから。特に若者であれば。
この一言だけでは、私も概念的な返答しかできない。どうしようかと考えを巡らせてその質問の意図を、それを聴きたいと思った経緯を訊ねる事にした。]
そうですね…出来る限り貴女の考えを助けられるように。
力になれるようにお答えしたいと思うので。
宜しければ、何故それを聴きたいと思ったのか、
そのきっかけがあれば教えて貰えますか?
[いくら彼女のような乙女は常に恋に悩んでもおかしくないとしても、何か思いつめるきっかけはあったはずである。見知らぬ相手の意見を求めるぐらいの切迫した出来事があったのではないかと。
私の問いに彼女はぽつぽつと答えてくれたので、その概要について把握することが出来た。
彼女は元同級生の悪気ないアドバイスにもやもやしてしまったのである。>>154]
[元同級生は恐らく同性であろう。女の子同士はよくコイバナをする。互いの恋愛の進展に興味を持つ。
元同級生は「恋愛は良いものだ」と考えているとしたら、彼女に対してそうした無責任な事を言うのも致し方ない。だがそれを、彼女は気に入らなかった…。
私はそれらの状況を頭に整理する。
彼女は「恋」に対する科学的な知識を持ち合わせているようだ。
その言葉が正しい事は、私のCPUに刻まれている情報と合致することからハッキリしている。
しかし、彼女の求める答えはそれではないのだ。]
そうですね。
恋をするときに働く部位として
「扁桃体」と「大脳皮質」の2つが挙げられますが…
その働きの詳細をお伝えしても、
貴女の悩みは晴れないでしょう。
[器具を洗浄しながら私は考える、言葉を選ぶ。他人と会話する時に大切な事は、正しい事を伝えるだけではない。そも、この問題の場合何が正しいのかというのも曖昧ではあるが。
大切な事は、相手が何を求めているか、相手が答えを出すのに何が必要かを見極めて、言葉を掛ける事だ。
大概の悩みの答えと言うのは、自分自身の中にあるから。]>>155
恋に落ちる、狂おしく想う。
…どちらも抗えないものですね。
自分の意思で選択するものでもない。
だから貴女は…そこに
「仕組みがある」と考えているのですね。
[アンドロイドである私が、この質問に答えるのは随分難解な気がする。
私はドロシーに「恋」をしていたのだろうか。
そも、私に恋をする「心」はあるのか。
自問自答をした後、私はこう言った。]
私の話を少ししても宜しいですか?
もしかしたら、なんのヒントにもならないかも
しれませんが。
[つい、と目線を虚空に漂わせる。片手は胸元にそっと添えた。
想いが、思い出がそこにあるかのように。]
連れ添った妻がいたんです。
少し前に亡くなってしまったのですけれど…。
彼女はね、生前にこんなこと言ってたんです。
『朝起きたら一番に私にキスをして』って。
私は彼女の小さな額にそっと唇をあてるのを
毎朝の日課にしました。
その度にね、彼女は恥じらうんです。
頬を真っ赤にして、目を潤ませて。
おばあちゃんですよ。
でもねえ、とっても可愛かったんです。
[自分から頼んだ事で、毎日繰り返しているのに。ドロシーにとって私のキスは恥ずかしく嬉しいものだったのである。]
私よりずっと若くて美男子がそうしてもね、
きっと彼女はそんな反応をしないと思うんです。
何故って?
妻が恋をしていたのは、私だから。
[正確には、私の元となったドロシーの夫・スイッセスであるかもしれないが。]
そして私もね、そんな彼女を見るたびに
胸をときめかせていたのです。
あの気持ちを…感情を。
脳やホルモンの働きと表現しても私はピンと来ないです。
理屈で説明するものではないと思うのですよ。
…人はどうして恋に落ちるのか。
狂おしく想うのか。
かけがえのないその人の傍にいて。
会話し過ごし、そこに想いが生まれる。
抗えるものではない。
自分でそうしようと思ってなるものではない。
誰も妻の代わりにはなれない。
私が恋をしたのはドロシー、彼女だけ。
そう。
……優しく雨が降るように。
恋はしとど人を濡らす。
[つい、と。私はカウンター越しに彼女の方へ手を延ばす。しわがれた私の指先は彼女の胸元を指さした。]
そこに恋が実際芽生えたら、
違いがわかると思うんです。
少なくとも私は言い切れる。
妻に恋をしていた、愛していたと。
[アンドロイドである私ですら、そう思ったのだから。そういう相手を得た時きっと彼女ならわかるだろうと思ったのである。]
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