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お前が気にしていないのなら……いや、まあ、
それはそれとして湯船には入りたいしな。
[揶揄いに む…、と眉を寄せたけれど
何だかんだで案じてくれているのは本当のようだ。
彼の手を取って立ち上がり、廊下を歩いて浴室へ。]
……ん?運びたいのか?
別に楽しいものとも思えんが。
[先程は雰囲気に呑まれて成すがままになっていたが
女子供のような運ばれ方をするのは
正気だと何となく気恥ずかしいものがあるのだ。]
[浴室は昔ながらの少し古びた浴槽で、
脱衣場には着替えや籠が置いてある。
程なくしてたどり着き、
渾敦が己の和服に帯をかけて。]
ん…、自分で脱げるぞ?
[人に手伝われるのに慣れていないもので
そんな風に首を傾げたが、
彼が脱がせたがるようなら別段拒否したりもせず、任せるだろう。**]
しっかり風呂には入っておいた方がいい。
そのうち温泉にでも行くかな。
[なんて、手を繋ぎながら話したか。
ゆっくりと歩く歩幅は燈心に合わせて。
途中倒れたりなどしないように、軽く腰に腕を回し添え。]
楽しい、とは違うかもしれんが。
好きな相手には楽をさせてやりたかろう?
まあ…照れる汝の顔を見るのは楽しいかもしれんな。
[顔を赤くしたり、狼狽えたり。そんな姿を見るのは嬉しい。
そんな表情を見ることができるのは、
今この世界では己だけであるのだから。]
燈心。
汝は少し『甘える』という事を覚えねばならん。
[古びた浴室の脱衣所にて、首を傾げる燈心に告げる。
あれだけの激しい行為を経て、たとえ疲労は回復していたとしても
もっと甘えていいとも思うし
普段ももっと甘やかしたいのだ。]
故に『甘やかす』ぞ、我は。
[時代故、親にも大人にも甘えられず
国の為と大人になることを強要された子供だったろう。
妖になってしまうのならば、そんなしがらみからは解放されて
甘えたい時に甘えたらいい。
幽世はいつでも穏やかで、争いなど滅多にない。
ここに居ればのんびりと過ごすことができるだろうから。
ゆっくりと帯紐を外し、肌を露わにさせてやると
自身もさっさと服を脱いでしまい。]
少し狭いかも知れん。
一人で入るには不満はないのだがな。
[手を引いて、浴室へ足を踏み入れた。
冷たいつるつるとした丸いタイルが足を冷やす。
桶で湯を掬うと足元から流していく。
熱い湯から湯気が登り、視界をふわりと包み込んだ。]*
温泉か、良いな。
幽世にもあるのだな。そのうち行ってみたいものだが。
……ふふ。
どうやら思ったよりも好かれているのだな、俺は。
[相槌を打ちながら廊下を歩く。
楽をさせてやりたい、だなんて
殊勝なことを言う渾敦に
思わず笑みが零れたものの。
脱衣場で改めて告げられた台詞は
割と真面目な声色に聞こえて瞬きをした。]
『甘える』なあ……?
お前の言いたいことは分からんでもないが、
急にそんなことを言われても、…
[元は5人きょうだいの長男である。
物心ついた時には「兄だから」と
しっかり振る舞うのが常であり
確かに他者に甘えた記憶などほんの幼い時分にしかなかった。
特に無理をしている自覚もないのだが
渾敦にとっては歯痒いものがあるらしい。
渾敦の気持ちは嬉しいが、しかし、なんだ。
『甘やかす』と宣言されると
少々何というか、気恥ずかしいものがある。
蝶よ花よと扱われるような柄でもないし…と、
もにょもにょしているうちに
渾敦が帯を解いてしまい、
彼の方もさっさと裸になっていた。]
ん、ああ。
男二人だと流石にな。
[ここで過ごした数日の間に
浴室を使ってはいたが、二人で入るのは初めてである
(前に誘った時は何だかんだで有耶無耶になってしまったので)
熱い湯をかけられ、冷えた足元が温かくなっていく。
その様子を眺めながら。]
…なあ。
『甘やかされる』と言うのは、
具体的にはどうすればいいんだ?
[こんなことを聞くのもおかしな話かもしれんが。
分からんので素直に尋ねてみることに。**]
妖は風呂好きなものも、そこそこ居るぞ。
どこぞには神や妖だけが泊まれる温泉宿もあるくらいだ。
我は行ったことはないが…今度行ってみるか?
[まだ見ぬ温泉地に思いを馳せる。
遠い遠いそこには、海を渡る電車に乗るとか乗らないとか。
いつか行けるといいなぁ、などと思いつつ。
廊下を歩いているとふと、笑みを溢して
思いもよらぬ言葉を燈心が溢すものだから、]
それはそうだ、愛してると云ったろう?
なんだ、まだ自覚してなかったのか?
[これはまだまだ“わからせて”いく必要があるようだ。]
[燈心は『甘える』にピンと来ていないような表情をしている。
それもそうだろう、長兄だと云っていたはずだ。
やり方がそもそもわからないだろうし、
何より甘えたいと本人が思っているかどうかも定かではない。
気恥ずかしそうにしながら、もにょもにょしている燈心の頭を
わっしわっしとかき混ぜてやると、
服を纏わぬ姿で、二人風呂場に足を向ける。]
ふ、そう難しいことじゃない。
[足から腰へ、腰から背中へ、背から肩へと
頼まれても居ないのに徐々に湯をかけてやりながら
どうすればいいかと問う言葉には、目を細めて笑った。]
へえ、海を渡る列車か…
あまり想像もできんが、面白そうだな。
ああ、行ってみたいものだ。
[のんびり温泉旅行と言うのも風情がありそうだ。
思いを馳せながら零せば渾敦が意外そうに返し。
微笑みを浮かべながらゆるく首を横に振った。]
…いや、知っているつもりではいるがな。
しみじみとそう思っただけだ。
[想われているのだな、と。
温かな、くすぐったいような心地で思う。]
うわ。
[わしわしと頭を撫でられ、
二人風呂場へと足を向ける。
風呂椅子に腰かけ、湯をかけられながら尋ねれば
簡単なことだと言いたげに渾敦が笑った。]
………そうか。
その言い分ならば、俺は割と今でも
お前に甘えていると思うんだが。
[鼻先を擦りつける渾敦に軽く凭れかかって笑う。
別段渾敦を頼っていないつもりはない。
自分でできることは自分でするが、
助けが必要な時は手を借りている…と思う……が、]
………ああ、だが、確かに………そうか。
そうかもしれんな。
[手を繋ぎたいだとか、抱きしめてほしいだとか。
―――抱いてほしいだとか。
確かにそういうことはあまり
素直に口にするのを躊躇ってしまっているかもしれない。
これは別に意地を張っているわけではなくて…
単純に鳴れてなくて恥ずかしいからなだけなのだけれど……
彼の言う「甘え下手」の意が
何となく少し分かったような気もする。
納得したように一人頷いて。]
せっかく幽世にいるんだ。
此方には此方にしかない、いいものも多いぞ。
見て回っても良いかもな。
[まだ見ぬ景色を二人で旅してみてもいい。
こうしてのんびり過ごすのもまた、いい。
緩やかに首を振る燈心に瞳を細めて笑みを返す。]
我が想うのと同じだけ、
汝に想われているのも知っている。
幸福な事よ。
[なあ、と。
だから妖となってもなお“生きていられる”のだろう。]
“そう”だろう?
もっと些細な事も、もう飲み込む必要はない。
叶えられることなら、叶えてやる。
[なにか腑に落ちたように一人頷く燈心に
応えるようにうんうんと頷く。
今すぐにと言えずとも、少しずつでいい
求めることを口にしてくれるようになれば、と思う。
それは日常的なこともだろうし──夜の話でもあるし。]
ん?
[その後続く言葉には一度軽く首を傾げる。
自身の態度というものこそ、自分自身には分からないものだ。
始終甘えているとさえ思っているのだが──]
…そうだな。
そのうちどこか二人で旅するのも良いかもしれん。
[なんせ時間は多くある。
まだ見ぬ光景に思いを馳せ、
目を細める渾敦に穏やかに頷いた。]
ははは。…そうだな。
[想い想われているという事実は
温かく心を満たすものなのだと実感する。
彼も同じように感じてくれていればいい。]
ああ、…まあ、思い当たる所はなくもないから…。
すぐには変えられんかもしれんが、おいおいな。
[別に無理に変われとは渾敦も望んでいないだろう。
これから緩やかに甘えることを覚えていけたらいい。
「自分が甘えること」が彼を満たすのならば、猶更。
そうして渾敦の方に水を向ければ、
意外そうに首を傾げられた。
終始甘えている、なんて思っているとは
こちらの方が意外なのだが。]
―― 、
[ちょん、と触れる鼻先に一瞬目を丸くして。
思わず笑みが零れてしまった。]
ふ…、ふふ。
なんだ、そんなことでいいのか?
[じんわりと胸に湧き上がってくる感情は
正しく愛しさと呼ぶべきものであろう。
こちらからも鼻先に唇を寄せて。]
[それから幾日かが経った、ある日。
空が東雲色になる頃目を覚ます。
ゆっくりとした幽世の時の流れも、少しずつ冬の気配を連れて
朝晩は空気がぴんと張りつめたような寒さだ。
布団の中で隣に眠る燈心を起こさぬように抱き締め直す。
さして温かくない体温ではあったかもしれないが
こうしていれば、多少なりのあたたかさにはなるだろう。
長い間、独りで世を恨んできた。
人の織り成す愚かな現世を、繰り返される争いを。
庭の水鏡に映る“現在”はその争いも幾分となくなり
文化は発展し、多くの人々が平和に暮らせるようになっている。
少しずつ、変化している。]
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