15 Mystic Letters ― ヒトとアヤカシの手紙 ―
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【人】 女将 大祓(オオハラエ)
こうなってしまうと、ほら こんな山奥だから
積もった雪が道かどうか分からなくなってしまうんですよ
歩いていたら何時足場を踏み外すことやら
［つらつらと机上の紙を泳ぐ筆先は会話の中でも滞ることなく。
今日もまた、女将と面向かいの中で穏やかな日々を過ごしていた。否、元の場所に戻ることが 今は難しくなったといえようか。］
そうですねぇ、何時溶けるかは分かりませんが
すぐとは言い切るのは難しいですね。
何せ、このような天気であれでこの寒さですから。
［そう言い三日月に弧を描く双眸は窓越しへと向けられる。
真白に覆われた土地を反射させ 銀に瞬かせるほどに冬の太陽は優しくも凛然と澄み切った青空に在った。］
【人】 女将 大祓(オオハラエ)
［帰ることができない。いや、帰らなくてもいい。
その環境に身を置くことへの安堵の心地が全身の力を解す。
そんな心情を知ってか、それとも知らずか。
目の前の女将は口を閉ざす自身の言葉を待つように視線はまた 書きかけの文へと移されたのだった。］
【人】 女将 大祓(オオハラエ)
［はたり、と筆が止まる。其処には 何時もの笑みで無し
何処か儚げな憂いを帯びた表情をした女将がいて。
声をかけるべきかを考えるも、それでも筆はまた進んでいく。］
【人】 女将 大祓(オオハラエ)
［「外の空気を吸いたかったんです。」
少しばかりの沈黙の後、ぽつりと漏れた自身の言葉は本心だった。
人混みの中に押され 吊革にぶら下がり 遠く窓の外を眺める日々。
会社へと向かえば 上司の叱咤とノルマへの圧に跪くことしかできない日々。
同じ流れで、同じ業務を淡々とこなし、家で泥のように眠ってはまた明日と続いていくそんな当たり前から、逃げたかったのかもしれない。］
【人】 女将 大祓(オオハラエ)
［昔。
無意識に言ってしまった幼い自分の言葉。
そして。
その時の、
フラッシュバックは鳴り止まない。
置いてきた時間は色褪せていくもの、されど
――――されど、繰り返した数だけその時の後悔は鮮やかに 胸を突き刺す。
今の現実から逃げるという背筋をなぞるような後ろめたさは 大分昔に味わったものと酷く似ていたのだった。 ］
【人】 女将 大祓(オオハラエ)
そういうお客さんは多いんですよ。
此処は、ほら、山奥ですから。
［そっと温もりを感じた先を見れば 自身の手を女将の両手が包み込んでいた。
気が付けば、強く握り締めていたようで 手のひらに食い込んだ爪の跡からじんわり痛覚がにじむ。
ゆっくりと顔を上げれば そこには何時もと同じ―――然しながら 背筋を伝う冷たさまでも拭うような温かな微笑みがあった。］
………〝外〟の空気は、吸えましたか。
【人】 女将 大祓(オオハラエ)
「温かな気分になれました。でも、……同時に胸にしこりが残っているというか。」
［上司に一方的に押し付けた有休は 果たしてちゃんと受理されているのだろうか。
どちらにせよ、この現状に対して目を背け 逃げている自分自身は 過去の 親友から逃げてしまった自分と重なって映ってしまう。続く言葉を見失っていると、女将は口火を切った。］
そのしこりというのは心残りでしょうか、それとも後悔でしょうか。
どうであれ貴方様がそれに気づいているのであれば
その解し方を見つけ、ゆっくり取り除くことはできると思いますよ
［何せ すっきりさせたいと貴方様の顔に書いてありますから、とそう告げて 女将の手はそうと離れていく。先程の温もりの余韻からか 冷たさが一層増して 自分自身の手をきゅうと握り締めた。］
【人】 女将 大祓(オオハラエ)
「そう、書いてありますか。」
ええ。………もしかして 何をしたらいいのかはお分かりで、
それを行うための自信が必要なのやもしれませんね。
「………今からでも、遅くはないでしょうか。」
ふふ、貴方様も、この私もこの先未来の中で
今が一番若いんですよ
［新卒で入ったあの頃に戻ることは出来ないが、今から先の自分は変えることができる。
職も、生活の仕方でも、いくらでも。———外も内も、世界は自由だ。
なんとなしにぽうと心に熱のこもった心地が全身に伝わっていくような気がした。］
【人】 女将 大祓(オオハラエ)
そんな貴方様に、あるお話をしましょうか。
冬を越えた春の長閑な気候に包まれたある日に訪れたお客様でしてね。
その方は旅の先に此方に辿り着かれてね―――――
【人】 女将 大祓(オオハラエ)
―———そして頂いた手紙には また春先に来ます、と。
この上なく嬉しいものでございますねぇ。
［この地に訪れた人々は ただの観光もあるかもしれないが もしかしたら自分のような人間もいるのかもしれない。女将の、以前此方に来た客の話を聞きながら 「便箋と封筒はまだありますか。」、と釘るように声をかける。あらあら、と頬に手を添えて女将は薄く笑み。］
【人】 女将 大祓(オオハラエ)
ふふ、勿論たくさんございますよ。
他にも書きたい方がいらっしゃいますか？
［その言葉にまたふと浮かび上がる昔の―――親友のあの諦めたような表情。逃げずに向き合うための一歩として その残像から逸らさずに 大きく頷いた。が、ふと思い立ったことにがくりと肩を落として。］
「………でも、住所が分からないと 届いたりとかしないですよね。」
……もしかしたら、不思議なことがおきたりするかもしれませんよ。
それに、貴方様のそれが一歩 なのでしょう？
【人】 女将 大祓(オオハラエ)
［目を細めて いくつかの便箋の中から親友の目の色に近い 鳶色を手に取り 筆に取る。一瞬逡巡し されど意を決したように進めていく筆先は普段使わないからかぎこちなくあったが それでも素直に思いを載せていく。女将は微笑まし気に 然しながら途中から視線が外れていく。そんなことにもお構いなく、長年のフラッシュバックへの思いは途切れることなく。
あの時はごめん。
そんな顔をさせてごめん。
———また、あの時のように笑って話すことができる日がくれば。
つらつらと書かれていく最後の行に、ぽとりと落ちた 一滴の滴。
その先へと視線を向けるも誰もおらず 上を見ても 雨漏りでもなく。
でも、滲んだその墨痕に 何故だか酷く安堵を覚えてしまうのだった。］
……… よかったね、嬉しい手紙だねぇ。
【妖】 書店員 雉笛(キジブエ)
[さて、その日に書店に届いた、南天と雪が彩る封筒。
ペット禁止のアパートの部屋で、切手とシールとにそれぞれ描かれた柴犬に目元を緩ませる。
封の口を守る柴犬を破いてしまわぬよう、はさみで封筒の上部を切って、中の手紙を読み進め――]
え、 ええっ！？
[思わず挙げてしまった大声は、その時風呂に入っていた秋鳥には聞こえなかったようだが、隣室にまで声が響いていないとは限らない。
努めて落ち着きを保ちながら、続きの文字を静かに目で追う。]
（ それっぽい子……
いた、気はする、けど…… ）
[民宿のアルバムの写真、そしてあの宿で女将以外に出会った者の記憶を引っ張り出してみるが――。
妖精の忘れっぽさがこの時に災いして、これだ、と確信に至れる記憶に辿り着けない。]
【妖】 書店員 雉笛(キジブエ)
[そしてもう一つ、自分が前回の手紙で筆を滑らせてしまったと思しきことも、手紙には綴られていた。]
（ しまったな。
そりゃ、心配にもなるよな……。 ）
[書き記すにも少々物騒な話だったが、変に隠すことも憚られ、雉笛の君は筆を執る。]
【妖】 書店員 雉笛(キジブエ)
― 雪解ける頃 ―
[雉笛はヒトの姿で、小さな荷物を抱えてアパートの部屋を出る。
鞄の中に相変わらずスマートフォンは無かったが、その手には部屋の合鍵が握られている。]
それじゃあ、お言葉に甘えて
ひとりで有給消化してきますね、ご主人。
……ちゃんと無事に帰ってきますから。
[店主である秋鳥はこの時期の勤務に穴を開けられず、この町に留まるとのこと。
雉笛の行き先はもともと携帯圏外の地だったが、公衆電話の数も減っている中、旅先での連絡が取りづらいことに対しての心配は当然のようにあって――。
大丈夫、と屈託なく笑ってから、雉笛はアパートの階段を下りていく。]
【妖】 書店員 雉笛(キジブエ)
[雉笛は鳥呼びの笛。
雉に似せた音色で雉をおびき寄せる、狩人の道具。
狩りの名手であるのみならず、ヒトを惑わす魔性をも有する妖精にこの名を授けた森の女王は、蛍籠が記した通り、人の世界とその妖精とをよく見聞きした知者に違いない。
雉笛の君が己の本質を自覚してなお、ヒトの前で「雉笛」を名乗り続けるのは、自らへの戒めのため。
それでもこれから行く――否、「帰る」先では、狩人の名から暫く離れてしまっても良いと「りょうま」は思う。
いい加減な気まぐれで名乗った名が、今はその妖精に肩の力を抜かせていた。]
【妖】 書店員 雉笛(キジブエ)
[道中の電車の窓際で、黒いフーディーを羽織った雉笛は便箋を広げ、記された文字に改めて視線を落とす。
その一瞬にあった姿と記憶を切り取り残していくのが写真であれば、文字によって綴られた手紙は、時間をかけて心の動きや在り方を残していくものか。
ヒトとしての大元の記憶を失い、アヤカシと化してからの記憶も時にいい加減になるこの妖精は、褪せた記憶の色を辿ることさえ難くなっていくというその人の経てきた生を思う。]
『また是非、女将さんと 写真を撮りたいです。
去年の春とはまた違う その時を
残せたら と 楽しみにしています。』
[出立の前に雉笛が書き記した手紙には、そんな一文がある。]
【妖】 書店員 雉笛(キジブエ)
[……そしてもう一通、とあるもうひとりからの手紙も携えている。
正確には、一通の手紙と二枚の写真。
鳥の子紙の封筒の中に、紅梅に留まる「雪の妖精」と共に、丁寧に折りたたまれて在る。]
（ 実は添木先生と手紙の遣り取りしていた……
って言っても自慢ったらしくならない、よな？
折角だから、女将さんに写真も見せたいし……。 ）
[かの人、もといかのアヤカシから「私と友人になって頂けたら」と伝えられたことまでは、流石に畏れ多さが勝って打ち明けるのを憚られるも。
添木に対しての雉笛の答え自体は、「よろこんで！」以外に無い！]
【妖】 書店員 雉笛(キジブエ)
[この頃には既に『龍宮』第五巻の単行本は雉笛の手元にあったのだが、書店の多忙と物語の味読との両方で、まだ感想の手紙を書くことはできていないが――。
ヒトの住まう地上と海の異界との距離感、異なる立場からの考えの相違と災禍の回避。
自身が身を以て体験したことも振り返れば決して他所事でないこの物語は、けれども、アヤカシのことを何も知らない人間の心を支える物語にもなれればと、このひとりの読者は思う。]
（ 女将さんも新刊、買ってるかな。
一緒に感想会できたら……なんて、ね。 ）
[近代的な町の建物もまばらになり、田畑や山の木々が広がりゆく景色を側に、雉笛はそんな夢を見てしまうのだ。]
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