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…家族とは
仲、とてもよかったです。
[わたしは過去形で言いました。過去形なことに触れられたのなら「今はこうしてひとりですけど」と手を広げて見せたでしょう。同行者はいません。
そうしてバターの話になり、空の話になりました。それからステレオタイプの話になりました。たくさんの話をするうちに、クッキーはほどよい温度になりました。]
……そうですね。皆が。そう思ってくれたらいいのですけど。
[>>30誰かの言ったことを気にしないのは、強さではない、と彼が言ってくれたので、わたしは少し心が落ち着きます。
…人の言うことを、気にする性格になってしまったのは、そうですね。第三者の声に晒されて生きてきたから。だからそう、だれかが「そう言った」ことは、わたしの気持ちに多少なりと影響し続けています。…今も。]
…地球の人は、…いえ。わたしの住んでいる国や街の人、だったのかもしれませんが、そういうタイプの人が多かったように思います。
それこそ大衆的な地球人のステレオタイプというのがあって、それに固執しながら何千年もひとつの星の上で閉鎖的に暮らしてきたから、なのでしょうか。
…ホワイト・マーブルでは、たくさんの星のひとがあつまるのですから、もう少し、暮らしやすいところだといいなあ、って。
わたしにとっても、…コラーダさんにとっても。
……いい旅に、なるといいですね。
[そういってもうひと口、クッキーを貰いましょうか。 *]
─昨日・庭園にて─
[彼のちいさな友人に気付かなかったのは幸いだったのかもしれません。>>60 気づいていたら小さく声を上げてしまったように思いますから。
でも結果的に彼が目を覚ましたのは変わらなかったようで、目が合えば会釈をしました。ちらりと見ていたことがバレてしまったようで恥ずかしく、右や左に目を泳がせてから、取り繕うように笑います。]
…あ、はい、そうですね。
…ここにいると、宇宙空間にいるというのが嘘みたい。ほんと、…えと、そんな感じでお昼寝するのにも、すごくいい風景で。
[目が一度ビールの缶の上を滑ります。酔っ払いだとかは全然思ってないのですが、自分がビールを飲まない故に、「ビールを飲むのにちょうどいい景色」なのかどうかはわからなかったのです。]
…ときどきお見かけしてました。
よく本を読まれていらっしゃいますよね。
[わたしもよく本を読みます。でもわたしは知りません、この船に、好きな小説家さんが乗っていることを。目の前の相手が読んでいる「冒険」の本は、誰が書いたものだったでしょうか]
…ホワイト・マーブルにはあるのかな、紙の本。
図書館、図書室、本屋さん。
もうあんまりなくなっちゃいましたが、紙で読むのも、やっぱり好きなんです。
[もしも相手もそうだと分かれば、同じですねと目を輝かせたかもしれないけれど]
…でも引っ越しにあたって、コレしか持ってきてなくて。
[手元にあるのは子供向けの絵本。残る本は、地元の図書館に寄贈してきてしまいました。
だからもし、ホワイト・マーブルで新たな書棚を作るなら、これが最初の一冊になるんです。わたしはそう言いながら笑うでしょうか。 **]
─最終日─
[最終日も変わらぬ一日を過ごします。
朝起きて、ご飯を食べて。本を読んで。お昼を取って。
それからふらりとお店などを見て回ります。
お土産を買う相手もいなければ、旅の荷物を増やすつもりもないのですが、そうですね、今まで余り見て回らなかった、というのもあって、最後の機会でしたから。
ふと小物屋の店先で足を止めて、わたしはお土産品に目を奪われました。
淡いブルーのハンカチに、白い花の刺繍が施されています。ひとつひとつ人間の手で縫ったものなんですよと店主は教えてくれました。
…いえ、わたしが見ているのはハンカチの精巧さとか、人間の手を介した珍しさではないのです。
それは白くて小さい花でした。わたしはその花の名前をよく知っています。
………………ジャスミン。わたしが遺してきた、わたしの、名前。>>0:37 **]
─現在、土産店─
[ついうっかりハンカチに見入ってしまっていたため、お返事はワンテンポ遅れてしまったでしょうか
何度かお見かけした方です。>>118 こちらも自分から相手に話しかけることはあまりないので、お話したことはなかったと思います。]
……あっ、はい、いえ、
[と、返事は曖昧なもので]
あ、いえ、違うんです、何か探しているわけではないんですけど。…素敵なハンカチがあったものだから。
ジャスミンの花、好きなんです。
[取り繕って笑って、それを相手に見せましょうか。まるで地球の空を想わせる淡い青。白くて小さな花々がワンポイントで刺繍されています。
店先の商品には、優しい風合いの色とりどりのハンカチに、さまざまな刺繍が施されていました]
…ご家族。…ホワイト・マーブルにお住いなのですか?
[奥様だろうか、お子様だろうか、年老いたお母様だろうか。それともお孫さん? ご兄弟? 頭の中ではたくさん考えていますが、口には出しません。
そもそも彼がホワイト・マーブルに行く目的も同じとは限りませんから。そんなふうな聞き方になったでしょう。
家族、と言う言葉にすこし思うところはあれど、わたしはきっと穏やかに微笑んで尋ねています。*]
…お優しいんですね
[わたしが零した言葉はそんな一言でした]
…いえ、そうやってご家庭と触れ合える時間を取りたい、喜んでもらいたいという気持ちが、とてもお優しいなあ…なんて思うんです。
[お子さんの年齢を聞けば、まだ3歳と1歳であることを訊けたでしょうか。幸い子どもは好きなほうなので、わたしは思わず笑顔になりました
売場を見ながら、……そうですね、たまごぼーろや、誰かからもらったゴーグルの話、ねるねるねるねの話なんかも? もしかしたら聴けたかもしれません]
そうですね…男の子には退屈かもしれませんが、
わたしは、そのくらいのころ、父に絵本を買ってもらったんです。
‥もうすこし大きかったかな。5歳くらいだったかも。
[目を伏せ、懐かしそうに話すわたしの顔は、相手にどう映ったでしょうか]
わたし、双子だったので、いつもおもちゃは必ず二つずつありました。
姉のおもちゃと、わたしのおもちゃ、けんかにならないように、同じものが二つずつ。
でも、わたしたちがその本を見つけたのは、リユースの玩具や服を売る、バザーだったんです。もちろん絵本はひとつしかありません。
[だから最初、父は首を振って、買うのをあきらめようとしたのだと話します。折れないわたしたちに、父は、ひとりには同じ本を新しく買ってあげるからといいましたが、それもわたしたちにとっては違ったんです、とも。]
でも、それでも欲しくて。
『ぜったいけんかしないから』
『ぜったいだいじにするから』
そうやって、ふたりで声をそろえて、わたしたち、父に頼み込んだんです。
そうして買ってもらった本に、わたしたちは揃えてなまえを書きました。父に綴りを教えてもらって、二人の名前を並べて書いたんです。
[それは、今も手元に大切に取ってあります。]
…わたしね。
もちろんその本も、本の内容も、とても好きだったんですけど
それよりも、姉と一緒にひとつのおもちゃを持てたこととか、父にそうやって頼み込んで買ってもらった思い出とか、むしろその思い出があるからこそ、今でも宝物のひとつで。
……あっ、あっ、その。
すみません、関係ない話に浸っちゃって。
その。絵本がいいよ、とかそういう話でもなくて。
…お父さんが何かをお土産に持ってきてくれたというだけでも、きっと喜んでくれると思いますし、そうですね‥わたしなら‥
ホワイト・マーブルに着いてから、一緒に好きなものを選びに連れてってあげる、のが。もしかしたら一番喜ばれるかな?とか思っちゃいました。
[参考にならなかったらすみません、と首を少し横に傾げながら笑います。 *]
─土産物屋にて─
[わたしの言葉に本気で不思議そうな顔をする相手に>>136、わたしはちいさく微笑みます。
相手は見ず知らずのわたしの思い出話に相槌を打ちながら聞き入ってくれました。そして、父も姉も幸せ者だ、と彼は言います。>>138
不幸な家族だと憐れまれて生きてきたわたしにとって、それは二度とない機会のような気もしました。
いつの日か、わたしは「自分が幸せかどうかぐらい、自分で決めたい」と思いました>>0:160。……でも。本当はそうでなかったのかもしれません。
自分が幸せに生きていることを、誰かに知ってほしかった、認めてほしかったのかもしれません。幸せであることすら否定され、今の幸せが虚構であるかのように扱われ。誰一人、わたしたちが幸せであると言ってすらくれなかった。
……だから今。見ず知らずの彼が、そう言ってくれただけでも報われた気がします。幸せなのか幸せでなかったのか、わからなかった"自分”が、赦され、認められた瞬間でした。]
ありがとうございます。
わたしも、……今までは、それが上手くできていなかったかもしれないけれど、でも今からでも子どもたちや奥様に向き合い、考え、喜ばせようとしている、そんなお父さまを持ったこと、家族は幸せだと思います。
……いえ、きっと。これからでも。幸せになれると思います。
[だから、わたしも断言します。あなたのご家族は幸せなのだ、と。これから先、幸せになるのだ、と。]
え。
………これを、わたしに?
[暫しのあと、受け取ったのは2枚のハンカチでした。>>139 思わず目を丸くしてぱちぱちと瞬きをし、相手を見つめます。嘘ではないようでしたので、わたしはお礼を言って受け取りました。]
ありがとうございます。姉も、きっと喜びます。
[わたしを見守ってくれる父も、優しかった母も、仲の良かった姉も、もうこの世にはいないことは、彼には話さないでおきました。家の名を捨て、新たな名前で生きていこうとしていることも。
それでも、すべてを捨ててきたわけではありません。家族と写ったいくつかの写真、父の形見のネクタイピン、母の形見の結婚指輪、そして姉との形見の絵本。
誰かに見せたり話したりすることはないでしょう。わたしが捨ててきたのは、憐れみ、悲しまれ、不幸だと言われる毎日です。わたしは、思い出とともに、密やかに生きていくつもりです。]
…素敵なお買い物、お子さまと一緒にできるといいですね。
それから…奥様とも…
あっ…その、
これは本当に勝手なのですが、
もし奥様がジャスミンのお花がお好きであれば、
ホワイト・マーブルでお花屋さんを探してみるのもいいかもしれないですね。
[宇宙船内に、お花屋さんは……どうだったでしょう。
蛇足のような提案は、本当に、相手にとっては蛇足すぎたかもしれませんが。**]
─夜・通路窓辺─
["ふたりで遠くまで旅する” …これは、ジャスミンのひとつの品種の花ことばです。
昔むかし、わたしと姉・カトレアが、自分たちの名が花の名であることを知ったとき、女の子らしく、ふたりで花ことばを調べたことがありました。
ふたりとも、かわいらしい、という意味合いの花ことばが主流となる中に、わたしたちは、この言葉を見つけたのです。
ふたりで、いつか遠くまで行きたいね。
これは、わたしと姉の小さなころの約束でした。
………………忘れたことなんて、なかった。なのに、わたしはきっと逃げ出したのです。ジャスミンの名前を棄てて、家のことを棄てて、誰も知らない場所で、ひとりきりで生まれ変わろう、なんて。
カトレアのお墓も、思いも、全部あの家に街に国に星に、置いてきて。わたしひとりで旅に出ようとしていました。いえ、旅に出てしまいました。
わたしはいただいた2枚のハンカチを握りしめます。地球の色と、ホワイト・マーブルの色をした、美しいハンカチです。あの頃と同じように、お揃いの。]
いまからでも、始められるでしょうか
[つい口に出しました。といっても、あの家に戻るつもりはありません。棄てたなまえも、決意も、今さら撤回するつもりはありません。でも。…わたしひとりで、ふたりぶん。姉の分まで、遠くへ旅に出ること。それなら新しいわたしでも、できるきがしたから。]
ここに、居てくれるでしょうか。
[問いかけます。口に出した言葉に、もちろん返事はありません。それでもわたしには聞こえます。『だいじょうぶだよ』って。『あなたの幸せが、わたしの幸せ』。そんな都合のいい声、でも確かに聞こえた気がしたんです。
通路の窓の外には、間近に迫るホワイト・マーブルの姿がありました。
“ふたりで”旅して、ここまで来ました。
きっと大丈夫。地球と同じく、水も大地も存在するホワイト・マーブルなら、ちゃんと芽吹くはずだから。**]
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