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――カラントとの出逢い2(回想・〆)――
[宇宙船リベルテに乗り込む前、私は所有者であり妻とも呼べる老齢の女性、ドロシーと地球に暮らしていた。その生活圏内にも他人はいたわけだが、この船に乗り込む前の交流は近所にて顔を合わせれば挨拶する程度で。
それは私の生活の中心がドロシーであったという事に他ならず、逆に言えば独り身となってしまった今は、他人との交流が一種の愉しみともなっている。
人との出会いは僥倖である。
私は料理の最中に名を知らぬ彼の挙動をつぶさに見つめていた。
開いたクロッキー帳は使い込んでいる感がある。距離があろうとアンドロイドである私の視力はそこに描かれているものが船内から見る風景、つまりスケッチ画であるのを観察できた。
つまり彼は画家?アーティスト?
今の時代、発達したAIは過去の有名な画家たちに負けない素晴らしい絵を作り上げる。それはしばしば人の描いたものと見分けすらつかない出来栄えであった。が、それでも人がその想像力をいっぱいに詰めて描く作品には、そうしたAI作品にはない魅力があった。
高身長で体躯の良い彼のしっかりした指から生み出される芸術に私は更に興をそそられる。]>>12
[ウェイターのふりをして私が料理と珈琲を運ぶと、彼は丁寧に手を合わせて食事を始めた。この作法はある宗教の合掌が元になってはいるが、そういった信仰に関係なく食事前にする人もいる、と私の頭脳には知識としてインプットされていた。
いただきますという言葉は「山の頂に宿る稲作の神様への感謝の心を表す言葉」であるが、これも同様。勿論彼が信心深い人物である可能性もあるが。]>>12
どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください。
何か他にご用命がありましたら、
遠慮なくお申し付け頂ければと。
[と言って私は彼の傍らに立つ。腹辺りに手を添えて直立する様は、周囲からはペンギンの従業員より従業員に見えるのではなかろうか。]
従業員など畑のかかしや電柱と同じであるから、彼が気を払う事はないだろうとたかをくくり、私は更に観察を続けた。
こっそりと、大胆にね。]
[はてさて、この食いっぷり。なんとも豪快である。
そもそも料理が三つの異なる料理を山や海のようにどかんと盛り付けたボリュームと豪快さを誇るものであったが、彼の食いつきもまた、豪気、豪胆。
男らしさと食欲がオーラとして放たれるようなそんな様子で私は思わず魅入る。
勝手に作ってしまったものだから嫌いな食材や料理があるかとも懸念したのだが、お任せを頼むだけあり、彼はどれも躊躇わずに口に運んでいく。
料理の山はみるみると削られて、その口の中に吸い込まれて消えていった。
神が起こす天変地異でもここまでの迫力はないだろう。
いや、彼が神でトルコライスが地球ならば人類は飲み込まれて全滅か。
失敬、悪い意味ではない。これはそれだけ、食いっぷりが素晴らしいという賞賛の意味である。
自分が作ったものを美味しそうに食べてもらうこと以上の悦びはない。
うまい、と零れた言葉に私は目を細める。]>>13
[にやりとしたり顔。これも茶目っ気の続きである。勿論、そのままでは彼が驚いたり戸惑ったりするから、すぐに乗客であるアンドロイドであることは明かす。]
申し訳ありませんでした。
はい、私は乗客としてこの船を利用している
アンドロイドです。
[私の謝罪に対して、彼は感謝を述べた。なんと気持ちの良いきっぷの持ち主であろうか。食事の仕方からみても、心の広い、懐が深そうな人物であろうとは推察したが。
そんな彼に私はすっかり心を許した。その懐に甘えても良かろうよ。
互いの自己紹介の後に、私は彼のクロッキー帳を見せて頂いたり、ホワイト・マーブルに向かう目的などを聞いたりしただろうし、私自身の事情も話したりした。
別れ際に「またいつでもお越しください、お客様」と言って敬礼したのはエビフライに続くおまけのおまけ、だったりね。]**
――カフェ(アーネストとの出逢いの回想込み・現在軸)――
[今日も今日とて、珈琲を淹れたり話し相手を見つけたり。そんな風に過ごすにはうってつけである場所にて、私は隅の席に座る見知りの女性の姿を見つけた。
今日も鍛え上げられた魅惑的なボディラインをライダースーツに包んでいるか、はたまた違うか。
彼女との出逢いもこのカフェであった。
私の淹れた珈琲を口にし寛いだ表情を見せてくれた彼女。
快活でノリのいい口調、朗らかな様子にすぐに取り込まれた。
魅力に引きずられてしまった。]
――カフェ(現在軸)――
[ライダースーツ。身をぴっちりと包むその服は、優れた機能性を誇る。転倒した時に地面に身体を叩きつけられてもスーツがクッションとなってくれるのだ。
そういった安全性の観点だけでなく見た目もカッコいいのでライダースーツは人々に愛される。
スーツのデザインも一つではなく、通気性のために腹部や胸元が開いているタイプもある。女性が着るとかなりセクシーな感じになり、着る人の魅力をまた一ランクアップさせるアイテムと言えるだろう。
すらりとしてスタイルの良いアーネストにはとてもよく似合う装いだ。
私以外にも彼女に見惚れている者は沢山いるに違いない。
健康美、の一言。
今日の彼女も元気に溢れているようだ。返ってきた言葉は毬が弾むようにぽんぽんと軽快である。私は知り合いの健勝に眼鏡の奥の瞳を細くし。]
お元気そうで何よりです。
貴女の声は一服の清涼剤のようだ。
ほうほう…羊雲みたいですか?どれ?>>67
[彼女の表現はとてもユニークだったので、その肩越しに窓を覗き込んでみる。確かに「トンネルを抜けると」と言いたくなる感じではなかった。それでも羊の群れを想像するとは。くすりと笑いを零して。]
なるほど、確かに。
これはちょっとした宇宙牧場みたいですね。
[見たものをどう感じるか、どう表現するか。それが人の個性。アンドロイドである私もそれを真似るようにプログラムはされているが、彼女のような独特さは出せないかもしれない。いや、彼女も狙って出しているわけではなかろう。これが彼女の味なのだ。
素晴らしき個性に乾杯したい気持ち。]
[彼女のこうしたユニークさは過去に頂いた言葉にも色濃く反映されている。
私の身の上を話した時、彼女はそれをテセウスの船に喩えた。>>70
テセウスの船はパラドックス、同一性についての思考である。
私は元所有者ドロシーの亡き夫を模して製造された。
つまり、スイッセスの記憶や思い出もインプットされているし、見た目や声についても出来る限りの再現を施されている。
その私はスイッセスと同一なのか、否か?という事だろう。
ドロシーの息子マイケルに問えば間違いなく「同じなわけないだろう」と答えが返ってくる案件。勿論その見方は一般的だし、面と向かってそう言われたとて私は苦笑いすらしない。
しかし、アーネストはそれを一刀両断にした。彼女の答えはとても清々しいもので…私の記憶が消されてしまおうと、スイッセスの生きた証は残ると言い切ってくれた。>>71
なんて思いやりと優しさのこもった言葉であろうか。
そして同時に、そう言い切れる彼女は思考の芯に力強さを持っている。]
[機械とは違う人間の個性。考え。一人一人違うもの。
これを個性やユニークの一言で済ませるのは勿体ないかもしれない。
その時の私は深く礼を述べた。
『アーネストさん、ありがとうございます。
貴女の中に私の欠片が生きられることを
誇りに思います。
その暖かな思いで私を包んでくれて、
ありがとう。』]
[ちなみに私は彼女がスタントマンを努めた映画も偶然だが見ていた。
妻のドロシーは映画が好きで、一緒によく愉しんでいたので。
勿論その映画を見た時に彼女の名前を殊更に意識することはなかったが、細いワイヤーの上を渡るシーンの迫力は素晴らしく>>1
あれはCGでは出せないものであり、妻と共に興奮を覚えながら鑑賞した。
素晴らしい作品には縁の下の力持ちが沢山いる。
監督だけが脚光を浴びる場合もあるが、私は彼女のような存在をとても輝かしいと思う。
話題に上がった時は『是非サインを頂けませんか?』とねだったりもした。
もしサインを貰えたら、それは私の部屋に飾ってあるはずである。
貰えなくとも私にとって彼女はスターであるのは変わりない。]
[私は趣味でやっているせいで給仕に慣れている。
注文を頂けば食事だって作ったりもするので、珈琲を運んでくるぐらいお茶の子さいさいなのであるが、アーネストは一緒にカウンターへ来てくれるようだ。]>>72
そうですか?ありがとうございます。
では、羊さんたちには暫しの別れを。
[カウンターは窓際から離れるので、今の席よりは眺めも良くない。それでも私の所作を見守りたいと言ってくれるのは嬉しいことだ。
私は素早く移動した彼女よりも少し遅れてカウンターに入る。緩慢な動作は老人準拠に設定されている。本来の機能を使っても弾より速く動いたりはしないが。
ゆったりと待つ姿勢になった彼女に微笑みを浮かべながら、私はいつも通りの作業を始めた。今日は少しだけ気温が高めだから…よし。まず湯を沸かすことから始める。]
今日はもうトレーニングはお済ですか?
貴女のニンジャ・カラテを一度生で見てみたいと思うんですよね。
私はジムで鍛える必要がなくて中々あの場所を訪れる事が
ありませんが、
貴女とペンギン師範の格闘はきっと凄いのだろうなと思って。
[なんて話すが、この旅の工程も残り僅かだ。ぼんやりしていたら船はホワイト・マーブルに到着してしまう。
それを思い出して私はこうも彼女に訊ねた。]
差し支えなければ、貴女の妹さんや弟さんたちのお話を
聴かせて貰えませんか。
私の中にはスイッセスの息子であるマイケルが
小さな頃からの記憶があります。
小さな子、好きなんですよ。
[今のマイケルはもう大人で既婚、スイッセスの孫にあたる存在までいる。その家族はホワイト・マーブルに家をかまえており、私がそこに向かっていることはアーネストは知っているだろう。
私は、アーネストが幼い妹や弟たちを地球に残してきた理由を聞いたことがあるだろうか。
孤児であるから血は繋がらなくとも、彼女にとってそれが家族であるのは理解している。
また、彼女のホワイト・マーブルでの予定なども聞くことが出来たらと願う。勿論話したくない事を聞くつもりはない。
珈琲を準備するほんの一時の間でも、心を交わすのは十分出来る事だ。]*
――カフェ(現在軸)――
[アーネストの描いてくれたサインは名前だけでなく星や花が散りばめられてにぎやかなデザインである。眺めるだけで彼女の滑舌良い声が聴こえてくるような、元気がもりもりと湧いてくるような、そんな力のある色紙であった。]
ええ、勿論です。
私は貴女のファンですからね。
…宝物として、ホワイト・マーブルに
持っていきます。>>107
[優れた演者、スタントマンは映画を支える大事な柱。私が、ドロシーの夫ではない私に変わったとしても…彼女の活躍はずっと応援していきたいと思っている。
湯を沸かしカップを温めて、本日の豆を選んで挽き始める。私がハンドルを回すとガリ、ガリという音が静かに響いた。]
[アーネストのトレーニングについての話しに耳を傾ける。ここで彼女がいきなりニンジャ・カラテを披露したら周囲もびっくりするだろう。]>>108
貴女が放り出されそうになったら?勿論、助けますよ。
完璧な角度で頭を下げる自信があります。
[キリリとした表情にて言い切るが、つまり一緒に謝るという事だ。勿論、これは冗談。冗談には冗談で返すのが人の流儀であるから。
そんな楽しい話しに耳を傾けつつ、私は挽いた豆をペーパーフィルターにセットして湯を注いでいく。彼女は私が聴きたいと願った弟妹たちの話をしてくれた。
湯気と香りが辺りに広がって私だけでなく目の前に座っている彼女をも包む。
その優しい空間で語られた話しは――]
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