3 ― 星見る手紙 ―
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旅行者 パウゼ
２人が両手をあげたその時、閃光が走った。
そして同時に爆風が辺りを襲った。
スローモーションのように、娘も彼女も、背中を逆から折るように宙に浮いたのが見えた。
娘の後頭部から小さい何かが当たったようで、ふにふにとした顔の一部が砕けたのがわかった。
彼女のことは、何も見えなかった。
閃光が強すぎて、黒い影にしか見えなかった。
次の瞬間自分は後ろの植え込みに背中から突っ込み、そのまま植え込みの上を転がるようにして広場の下の段に落ちた。
後の記憶はないが、恐らく同じ壁の影に身を隠していた人たちに身体を引かれて助かったのだろう。
次に起きた時は、ここにいた。
はっきりと憶えていた。
だけど、思い出そうとは思わなかった。
新米修復家 キュー
[等身大のそれは、けれど人形であるがゆえに動かず、ただ目を閉じて、直されるのをじっと待っている。
僕はどこが悪いのかを調べ、パーツをひとつひとつ取り替えて、動いたときにおかしくならないか、確認する。]
新米修復家 キュー
[僕の両親はカラクリを扱う修理屋を営んでいた。
公認の修復家とまではいかずとも、さまざまな技巧に精通し、それに誇りを持っていた。
その姿をずっと見続けて。
これはどういう仕事なのかを教わった。
手仕事は、それに宿る人の想いを、紡ぎ、伝えるもの。]
新米修復家 キュー
[そして、すべての作業を終えて、ぜんまいを回す。
それは音楽によって目覚め、そうプログラムされたとおりに立ち上がり、僕に一礼すると軽やかに踊り出す。]
新米修復家 キュー
[修復家として学び、学校を卒業してから、修理屋で手伝いをしていたときより、ずっと大きくて、複雑なものを直せるようになった。
そうして、僕はたしかに成長していくように感じる。]
青年 シャト
ー 流れ星と少年、その追憶 ー
[沢山、沢山、手紙を書いた。
君に知ってほしいこと、君と別れたあとのこと。
寒い時季の終わり、身を切るような寒さに耐えながら夜空を仰ぎ見ると、流星が見えること。一つ所に留まらない星の見せる輝きは、君を思い出させること。
暖かになると、花が咲くこと。君と出会った公園で咲く花は、夜に薄ぼんやりと光ること。灯りに惹かれた虫たちが、花粉を纏って同じように光り、花になろうとしているみたいだと感じたこと。
温もりを与えてくれる陽射しのこと、頭上に輝く星がアルカディアの皆に平等に恵みをくれること。偉大だけど、誰も側に近寄れなくて、ちょっと寂しいんじゃないか、なんて考えたこと。]
青年 シャト
[他にも沢山、沢山書いた。感じたことを作品にした。
様々な星の間を駆けて人々の心を繋ぐ、流れ星の女の子の話。
美しい女性に恋をして、少しでも見合う相手になろうと努力する心優しい妖精の話。
偉大な力を分け与えて、人と土地を育て、決して触れあうことはできずとも皆に慕われている不思議な男の子の話。
小さな気づきが、作品を作るきっかけになった。
君とのやり取りが、新しい気づきを得るきっかけになることもあった。
毎日がきらきらと輝いて、美しくて、楽しかった。]
青年 シャト
[でも僕は思うんだ。ずっとどこかで分かっていた。
アルカディアに住む人たちの評価だけが全てじゃないとは思うけど、僕の物語が現実味に欠けるのはその通りだって。
だって僕は何も知らないんだ。
夢が虚像じゃないとは信じていても、現実にならないなら、それは夢でしかない。
夢には重みがある。血が通うことを僕は知っている。現実になった瞬間を見たこともある。
でも、ただ見ているだけなら、それは現実になってはくれない。
夢の中を生きるんだ。
息吹を知り、土地を知り、人を知るんだ。
そうした経験が、きっと僕を、僕の作品を生かしてくれるはず。
だから、僕は。]
演者 シェルタン
――正午までの休み――
[時計など気にするなとは言われたが、それでも気にするのが仕事人の性。一座のハードスケジュールの名残もあれば猶更。
朝方とさして変わらない薄明が差す部屋で目を開け、持ち返った手紙に目を通す。
この日来たのは計4通。
そのうちの1通――差出人名がなくとも送り主が誰か察せられる封筒は、この時は意識して脇に置いた。]
《 ……あり得ない。
早すぎる。返事の訳がない。
どうしたんだ。何が、あった―― 》
[後回しにした封筒の、宛名書きの震える筆跡に、もう一度目は寄せられるも。
この時は努めて、別の手紙から開くことにした。
それは資料館職員「フルト」としての職務を優先した結果ではあったのだが――。]
演者 シェルタン
これは、あのこ――あの人、か。
[ひとりごちながら、「あの子」と口にしてしまったのを言い直す。
相手から最初に手紙を受け取ってからの歳月を鑑みれば、相応しからぬ呼称かもしれないと。
ともあれ、こちらからの便りがきちんと届いたことに安堵して、手紙を読み進める。
実際、その人の筆致と言葉遣いは、以前よりもたどたどしさが抜けているように見えた。
あのたった一度のファンレターは、宿主が最期に泊まった一室に置き去りにしてしまったから、“ 演者 ”の手元にはない。
今目の前にある言葉に触れながら、記憶の中の言葉をも辿る。]
演者 シェルタン
[やはり、と予想できた噂と。
確かに記された約束と――祈り。
手紙を全て読み終えてからふと、改めて手紙の冒頭に目を遣る。
「僕の大切な恩人」という呼び名はやはり、くすぐったくも誇らしいものだったが――ある瞬間にふと、この表現の真の意図に思い至り、思わず小さく声を上げた。
ここでその可能性に気づけたのは、昨日流れ着いた「意図せぬ届け物」の存在のお陰かもしれない。]
《 僕よりも余程、あなたの方が慎重で、
言葉の重さってやつを解ってる。 》
[あの子が具体的に何を目指していたのか、そして今、何をしているのか。そこまでの内容は昔も今も、手紙に記されてはいなかったけれど――。
シェルタンはその場でペンを執り、応答でもある返事を書き進めていく。]
演者 シェルタン
[あの日記帳の主とは筆跡も、刻む歴も異なる「ファン」への返信。
“ 演者 ”はそれを記しながら目を伏せ、けれども書ききった。
……目を伏せた訳は、一カ所だけ明らかに個人を特定できる箇所を記してしまったことに対してのばつの悪さという訳ではない。おそらく。
勿論、その箇所は念入りに消されることになった。]
旅行者 パウゼ
［スーツの女性が出て行ったあと、暫くぼんやりと目の前に並べられた一式を見ていた。
憶えていたし思い出した、その結果何も考える事ができなかったのだ。
１時間近くはそうしていたかもしれない。
ふいに２つの箱に手を伸ばすと、中くらいの大きさの方を紐解き、開けた。
中には識別票のような細かい字が沢山書かれている小さな紙と、一本の大きめな骨が入っていた。
細かい字の中に、妻の名前があった。
あまりにも、知っている彼女とかけ離れた姿で、現実感がなかった。
一度蓋を閉じると、次に小さい箱を紐解き開けた。
中には淡いピンク色の小さな石だけが入っていた。
不思議に思い、同じく中に入っていた小さな紙を引き出す。
沢山の文字の中に、娘の名前、そして赤文字で小さく「発見できず」と書いてあった。］
旅行者 パウゼ
はは、石じゃん
［次の瞬間発作的に石を握って思い切り病室の床に叩きつけた。
石は床に弾けて、少しの粉の破片を残し、部屋の隅のチェストの下へと勢いよく転がっていった。］
あっ
あああ
［咄嗟の行動に小さな悲鳴を上げる。
なんでこんなことを。
あれは娘なのに。
慌てて身体から布団を剥ぎ、箱や手紙がシーツの上へ落ちるのも構わず机をどかしてベッドから下りようとしたその時、足に力が全く入らずそのままずるりと身体は上半身から床へ向かった。］
旅行者 パウゼ
うわ
［大きな音がして、全身が床に落ちた。
あの時と違い、受け身は取れた。
けれども落ちた今、ろくに身動きはできず、チェストに近づくこともできなかった。
何もできなさすぎて、涙が出てきた。
こんな星来なきゃよかった。
せめて、広場に行かなきゃよかった。
せめて、娘の言うとおりさっさとテーマパークに行っていればよかった。
結局待たせた挙句最後にすら何も見せる事もできなかった。
それどころか最後にどんなにか怖い目に…
２人の最後の姿が瞼の裏に浮かぶ。
嗚咽が漏れた。
止めようがなかった。
頭の中でどのタイミングにだって戻ってやり直した。
だけど、現実はそうじゃないんだとすぐに身体の痛みが教えて来て、また泣いた。］
旅行者 パウゼ
「うわっ
どうしたの？
落ちたの？」
［病室の扉がせわしなくノックされ開いたのは、床に這いつくばってからどれくらいたった頃だろうか。
入ってきたのは郵便屋だった。
その頃には涙も溢れるまでにはなっておらず、びっくりした声に応える自分の声も、それなりに冷静だった。］
…落ちました。
すみません、肩貸して貰えないでしょうか…
あと、大変申し訳ないんですが、そのチェストの奥に落ちてしまったものも拾いたくて…
「いや、いいけど…
何か色々ベッドの上に散らばってるから気を付けて…
で、チェストの下ね」
［自分の声がどこか鼻声だと感じ取ったのか、いつになく殊勝な態度で彼は自分の荷物を一旦床に置き、倒れた自分に近づいて肩を回すと、ベッドの上まで引き上げ、座らせてくれた。
一息つくと、そのままチェストの方へと歩いていく。］
旅行者 パウゼ
「ああ、この奥ならチェストの方を動かした方が早いな。
よいしょっと。
あ…」
［そこに落ちていた淡いピンクの石を見て、彼は何かを察したようだった。
黙って石を拾い上げると、自分の手元に持って来て、石を握らせてくれた。
そして、間も置かず、自分の鞄を背負いなおす。］
「そういえば、集荷、今日が最後だよ。
近く全星規模で政府側から各地の組織拠点への大規模攻勢があるらしい。
危険が明示されたから、一旦うちも全ての業務を休止するのさ。
ここにも暫く来ないから。
手紙送るならぎり明日の朝がラストチャンス。
…それ、大事にしなよ。
この星では、命石って言われてる。
お大事に。」
［帽子をいつになく深く被り直して、彼は病室を出て行った。］
演者 シェルタン
[別の手紙を手に取り開く。
明確に「フルト」に対して送られてきたそれは、ついこの前「此処じゃない星」のことを尋ねてきたあの子からの手紙。
ヘイヴンの話に対しての更なる「？」も想像も綴られているこの返答を読み進めている時は、胸裏に降り積もっているものも、少し和らいでいた。
更なる疑問にはつい答えようとしてしまうのが、この手の手紙の受け取りを重ねてきた資料館職員の癖。もっとも自宅には職務用の便箋が無かったから、ここですぐに返答を綴ることはしなかったけれども。]
…………、うん。
[ヘイヴンに行くことは叶わないと伝えてきたその子が、「居場所」のことを語る箇所。
緩く笑みは零れたまま、すこしだけ、目は伏せられる。]
演者 シェルタン
[こちらから手紙で乗せて記した噂に対しては、書き手の知っているということが――いつかの可能性も含めて――記されていた。
「わがままなお願い」なんて言葉に軽く苦笑しながらも、手紙の主の綴る思いを辿るように読み進めていたのだけれど]
《 バレてはない、みたい、だ。
ってか都市伝説の方も知らないみたいか。 》
[少なくとも、言葉の上ではそう読み取れた。
そしておそらく隠された意思も含みもないだろうと、率直に意思を書き連ねる子供を思わせる文章から思ったのだけれど]
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