3 ― 星見る手紙 ―
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青年 シャト
[それから、話は噂へ。何らかの理由でか亡命してるらしい彼には、確かに詮索があまりされないだろう死亡説が世に浸透していた方がいいんだろう。
死亡説を耳にする度に、やるせない気持ちにはなるだろうけど、僕にとっては彼が生きていてくれることが一番だ。
舞台に戻ることが難しくても、また舞台に立ちたいと考えている、どんなにか細くてもその可能性がある、それだけで僕は希望を信じて生きていける。
夢を見ること、それが現実になることを教えてくれた彼は、僕の支えだから、という考えは、重荷を背負わせることになってしまうのかもしれないけど。
それでもそこに嘘や偽りはなかった。だから、生きていてくれれば、それでいい。]
青年 シャト
[離れていた思考を戻して、手紙を読む。言及された、成長、という言葉に思考が一瞬止まる。
そうだ。あの舞台から、もう6年。分かっていたのに、手紙を読んでいると、まるでついこの間のことみたいだ。
不思議な感覚だった。それほどの歳月が経っていて、未だはっきりと思い出せる舞台の光景。あの時の感覚。目の前が急速に開けて、全てが書き換えられていくような。]
青年 シャト
[そうか、シェルタンさんだって、変わっているはずなんだ。
きっとあのときより幾らか歳を取って、ずっとかっこよくなっているのかもしれない。
と、考えると同時に、彼が希望だという気持ちは変わらないけど、一個人として幸せになってほしいとも感じた。
役者シェルタンとしての幸せだけじゃなく、ただのシェルタンとしての幸せも。
希望であってほしいがために、彼に理想を押しつけるのは、絶対に嫌だ、と感じたから。]
青年 シャト
[最後に書かれた文を目で追う。アルカディアで公演された演目が、そこには記されていた。僕は少し笑って、一人、言葉をこぼす。]
僕は最初の荒野に出ました。貴方はどうですか。虹の麓まで、たどり着けそうですか？
今、僕は、貴方がただの青年であってもいいような気がしました。平凡なただの青年でも。
それでも貴方は、虹の麓まで旅するんでしょうか。
こんなのは、僕の我儘だな。貴方に主人公であってほしいと願ったのは、他ならぬ僕なのに。
貴方でも、書き損じるんですね。真っ黒で、穴も空いてる。ちょっと、親近感を感じます。
ちゃんと読めない。これは、手紙に書くべきかな。
文才や文章の拙さについて言及していたけれど、貴方の文章は思いやりに満ちていて優しい。僕はそれだけでいいと思う。
[そっと手紙を封筒に戻した。文才がないとも思わないし、拙いとも思わない。
ただそれ以上に、僕に対する思いやりでいっぱいの手紙だったと思う。
彼がとても優しい人だということが、手紙から感じた確かなことだった。]
青年 シャト
[最後の封筒を手に取って、封を開ける。
最初に書かれていたのは、手紙をくれたのは、僕の知っているパウゼさんだということ。
その文面を読んで、人違いじゃなかったのか、と思い。予期せぬ手紙に書かれていたことを思い返す。
彼がアルカディアの様子を知りたいと思ってくれたこと。彼にとって仕事のしやすい星であったこと。
彼にとってアルカディアは、統一的で閉鎖的で窮屈な星ではないようだと知れたことが嬉しかったし、彼に優しい青年と思われていたことが嬉しかった。
手袋は役に立ったかな。多分、彼の手に小さすぎるということはないと思うんだけど。そんなことを考えながら、僕は手紙の続きを読む。]
青年 シャト
[僕が彼に紹介した縁は今も続いているということ。とすると、僕の紹介状は役に立ったらしい。
生活しているときは、あまり気にしなかったけど、そういえば僕も仕事をする上で便利な石を幾つか使ったことがある。あれも彼の組織のお陰だろうか。
気づいてなかっただけで、今のアルカディアの生活には、彼の所属する組織がもたらしてくれた恩恵が浸透しているのかもしれない。
彼にとっても、僕たちにとっても有益な縁を結ぶきっかけになれたなら嬉しい。]
青年 シャト
[それから、冬と春、四季のこと。
僕たちは寒期、暖期と呼んでいるけど、別の星では冬や春というらしい。
四季というのは物語の中で、少しだけ読んだことがある。あるいは、星の外に行った友人たちの話にも言及されていただろうか。
冬と春以外にも、夏や秋というのがあって、時季ごとに色が変わる植物があったり、虫が鈴の音のような声で鳴いたりするらしい。
そんな星が本当に実在するということに心踊らせて。
彼の住んでいるところは時季の移り変わりはなく、ずっと同じような気候が保たれているという。だから僕の星の近況や、四季の話を聞くのが面白いと。
僕も彼の星は、不思議だけど面白いと思う。一年中暖かな場所や寒い場所ではどういった生活をしているのだろう。
人々は自分の好きな気候、過ごしやすい気候の場所を選んで生活するのだろうか。
他の星から来た人も、故郷に近しい気候の場所があるなら過ごしやすいのでは、と考えて、僕も行けるだろうかと考える。
実際どのような場所なのか。故郷と違う暖かさや寒さに、興味を惹かれた。]
青年 シャト
[続く文面に目を落として、そこで思考が止まる。
軍事作戦、彼は大丈夫だろうかという一瞬の心配。
反政府組織の掃討。家族が亡くなったとの言葉。その原因となったのは反政府組織であること。
何が書かれているのか理解ができず、遅れて理解したときには、自分の手が震えて、続きが読み取れなかった。
この手紙が届いたのは、いつのことだったのか。少なくとも雪が降っていた間であることは間違いない。
僕がまだ見ぬ世界に夢を膨らませているとき、彼は痛みや苦しみを必死に耐えていたのだ。
大切な人を喪う苦しみ、僕には分からない、想像すら届かないだろう苦しみ。痛み。絶望。
気づけば視界が滲んでいた。こういうこともある世界だと忘れていた自分の愚かさを認識した。
泣いたってどうにもならない。僕がどれだけ泣いても、彼の気持ちが理解できるわけでもない。
それでも止まらない涙が煩わしい。泣いてしまう自分が嫌だった。]
青年 シャト
[窓越しに、無数の星々が過ぎ去っていく。
様々な色を持ち、輝きに満ちた、人々がいるであろう生活の地。
そこには喜びだけでなく、悲しみもあるのだと、何故忘れていたのか。
外から眺めるだけでは美しいばかりだ。そんな気持ちが、目を曇らせたってことなんだろう。
どこまでも続く景色に、貴方を想う。
それでも、貴方のいる星があると思えないほど美しい光の海に、どうしようもなく悲しくなって、また涙がこぼれた。]
青年 シャト
[黒い海を、船は進む。僕の気持ちとは関係なしに、時間と共に前進していく。
泣いて。遠くどこかに生きているはずの人々を想って。やるせなさや情けなさに心苦しさを覚えて。自分に苛立ちもして。
けれども時間が経つごとに、少しずつ冷静に物を考えられるようになって。
僕は今までもらった手紙を読み返す。最後まで読めなかったパウゼさんの手紙にも改めて目を通して。
今、自分にできることを考えて。悩みながら、筆を執る。
僕にできることなんて、たかが知れている。というよりも、誰かに何かできるなんて、そうそうあることじゃないと思う。
それでも僕がしたことが誰かのためになる。そんな可能性があることに賭けて、行動するしか、僕にできることはない。]
青年 シャト
[筆を動かす。描くのは、一人の青年の冒険譚。
何を持つこともなく生まれ、何を知ることもなく育ち、何かを求めて旅立った。そんな、物語ともまだ云えないような物語。
故郷を飛びだし、黒い海を漂う青年は、されど孤独ではなく。目の前に広がる光に、確かにぬくもりの気配を感じて。
きっと自身の向かう先、異郷の空の下で生まれも育ちも違う人と、想いを分かち合うことができたなら。
理解できるとは言わずとも、寄り添うことができるなら。許されるなら。
まだ知らない誰かの、よき隣人に。友人に。同胞に。なれたら。
そんな未来と願いを綴った。ささやかな物語。]
青年 シャト
[青年を乗せた船は進む。時折、補給のために停泊しつつも、青年の目指した星へと。
彼が異郷の土を踏むまで、あとわずか。]
青年 シャト
ー 踏みしめた憧れの地、その喧騒に包まれて ー
[惑星アッサ。僕の憧れの土地。人々が集い、様々な文化が入り交じる交流地。同時に、沢山の人々の想いが交錯する、そんな場所。
人や荷が集まり、喧騒に包まれて栄えるこの地は、この地を愛する人の命懸けの努力の上に成り立っている。行き交う人々の笑顔の裏に、見えない人々の努力を想う。時に苦しく、辛いこともあるだろう。彼らのお陰で続く景色が、僕の目の前に広がっている。
僕は歩く。船を降りて、まず感じたのは、暖かさ。
気候的な問題もあるだろうけど、視覚から伝わった印象の方が大きな理由だったんじゃないかな。
様々な容姿をした人たちがすれ違いざまに、時に足を止めて、言葉を交わし合う様子。
屋台から上がる芳ばしい香り。旅芸人の奏でる音楽。見たことのない品を並べる露店商。硝子越しに並べられた緻密な細工の工芸品。
その全てが、知識として知っていたよりも、事実として、アッサの在り方を僕に伝える。]
青年 シャト
[ああ、ここが、惑星アッサ。目に見える限り、僕の知らないことだらけだ。
それでも、ぬくもりのある場所だと、それだけは確信した。
目を閉じて、この平和を維持するために奮闘する人々と、星を立つ前に重体だと聞いた赤獅子の無事を祈り、この地を守ってくれることに感謝を捧げる。
ありがとう。貴殿方のお陰で、僕は、憧れの地を踏むことができました。
願わくば、貴殿方の前途が洋々として拓け、幸いのあらんことを。
誰かを傷つけ、恨まれることがある立場なのだとしても。多くの血と涙が流されたのだとしても。
彼らがいなければ、涙を流すのはアッサに住む人たちになるのだろう。
彼らのお陰で守られた沢山のものがここにあって、それに僕もまた助けられているのだから。
彼らに守られた一人の人間として。心からの感謝と尊敬を。]
青年 シャト
[わずかな間、ここにいない人たちに想いを馳せて。
僕は近くの布屋さん（カコン染めというのを取り扱っているらしい）に立ち寄った。 そこで小さめの暁色の布を買って、僕は暫く滞在できそうな宿を探す。
数日をかけて、僕はアルカディアに咲く花の刺繍を施したお守り袋を自作した。
内側にもらった金貨を縫い込み、袋の部分にアイオライトを収めて。
飾り紐を通したそれを首飾りのように提げて、僕は改めてアッサの地へと踏み出した。
沢山の出会いや経験を知るために。それを物語にするために。]
青年 シャト
[アッサで生活して、暫く経った頃。
ハーフィズから送られてきた、最初の報告書を受け取った旨の書かれた文書に同封されて、パウゼさんの手紙が届いた。
それを手にしたとき、様々な感情が身内を駆け巡ったけど。
そっと、封を開けて読む。そして、少し考えて、返事を書いた。]
青年 シャト
[散文だ。そう思ったけど。これで正しいのか、自信はないけど。
本当に彼の慰めになるなら、自分の、本当にささやかな力が彼の支えになるなら、精一杯のことをしたい。
それだけだ。その気持ちだけで書いた。どれだけ散文でも、彼の力に少しでもなれるならと思わずにはいられない。]
青年 シャト
[四通の手紙を書いて、鞄にしまって。
僕は星の駅の周辺で美味しい食べ物屋さんを、小冊子を読みながら探す。
やがて『猫足』に目を止めて。]
甘いもの食べたいな。すみません、席空いてますか？
[そう言って、店の中に入っていく。
首にかけられたお守り。鞄の中には手紙と、アッサの本屋で買った「星の旅人」の小説とそれに挟まれた羊の栞。
僕は多くの人から、多くのものを受け取った。
そしてこれからも、色々なところに行く度に、経験と共に様々な贈り物を受け取るんだろう。
それを少しずつでも返せたらいいな、僕の手で。僕の物語で。あるいは仕事で。
僕は笑った。この先の未来に想いを馳せて。]
青年 シャト
ー そして青年は軌跡を描く ー
[思いがけず幼い、しかし、しっかりとした案内をしてくれる子に微笑んで。
特に希望はないと言えば、子のおすすめであるテラス席と店内の両方が見渡せる席へと案内してもらえただろうか。>>260
首のお守りに言及されたときは、少し驚いて。>>261]
そうです。よくアルカディアの植物だと分かりましたね。
アルカディアは能力主義で仕事が割り振られる星で、ちょっと変わった植物があって、暖かな時季は過ごしやすくて景色が綺麗だと。
そういう情報としてアルカディアを知ってる人には沢山会ったけど、原生している植物まで知っている人にはあまり会ったことがなくて、ちょっと驚いています。なんだか嬉しいな。
[そう言って微笑み、言葉を継ぐ。]
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