3 ― 星見る手紙 ―
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演者 シェルタン
――文学資料館――
おはよう……って、
そうだ、今日はリェッカは休みだった。
《 ちょっとバイクで遠出する、とか言ってたけど、
どの辺り行く気なんだあのフロンティアスピリット。 》
[誰もいない資料館の中は、薄明が昇ったばかりの外程ではないけれども、少し冷える。
シェルタンはひとりで館内の灯りを点け、軽く掃除をした。
それからいつものように、発着場から届けられた郵便物を整理していた。]
演者 シェルタン
これは僕宛て、こっちはリェッカ宛て。
これは…… ……またこれか……。
[手紙ならぬ、誰かの日記帳と思しき革張り装丁の冊子。
こうした物資やら、ゴミ寸前のボロボロの物資やら、はたまた本当のスクラップやらが流れ着いてくるのがまた辺境たる僻地の星――という訳ではないだろうが、ヘイヴンではしばしばこういうことがあった。そしてそれらが郵便物に紛れて流れ着いてきた場合、やはり、配送先は自動的に文学資料館にされていた。
とりあえずその冊子は脇において、別の手紙を仕分けていく。]
演者 シェルタン
これは僕宛てだな。
これも僕宛て、……――――。
[一見すればいたって普通の手紙に見える、シンプルな薄桃色の封筒。その裏の赤い封蝋もまた、ぱっと見ただけなら、ただの装飾付きの封蝋。
けれどもシェルタンの目には、その封蝋のささやかな意匠の意が一目で解った――同郷なればこそ、その意を解ける模様だ。]
………アル、
[封筒に差出人名が明記されていた訳ではない。けれども、すぐに脳裏に過ったのはその人の名前。
一昨日出したあの手紙への返事だ、とすぐに察した。
察したからこそ、職場であるここでは開かず、手提げ鞄の中に仕舞いこむ。]
演者 シェルタン
《 ……いや。もう、
[宿主の残していった両のまぶたが、重く垂れる。
一呼吸してから再び目を開け、あの小花の文様を――あの小花の思い出を、努めて意識から追いやる。
まだ今日の業務は始まったばかり。しかも今日の同僚が来るまでの午前中は、ひとりで業務をこなさないといけないのだから。]
演者 シェルタン
《 あの時、僕はどうするのが正解だったのか。
“ 僕 ”にもその答えは未だ、見つけられていない。
たった一つだけ言えるのは。
あの時の僕の心と選択が、
ここにいる“ 僕 ”に繋がっているってこと。 》
演者 シェルタン
《 その時は珍しく、公演のスケジュールに
結構な空きがあったんだ。
例の交流行事でのアッサ公演から、
また次の星での舞台、舞台、舞台……
同じ星の上をチャーター便で飛び回った時は
ちょっと目が回った。本当に回った。
とにかく、そんな怒涛の時期を越えた後の
ちょっとした休業期間、といえる時だ。 》
演者 シェルタン
《 それで僕らは、暫く星の移動は無しにして
ある街でホテル暮らしをすることになった。
ホテルって言っても、ごく普通のアパートの一室を
客室として貸し出すっていう趣向だったけれど。
パパラッチっぽい記者の姿も見えたから、
この話は現地でもニュースになってたと思う。
それでも、以前出待ち行列で警察が出動した時程の
大混乱までは起きたりしなかった。
停泊場所探しの時、座長がアッサのお偉いさんに
施設選びの相談をしたって言ってたから、
案外、現地の軍関係者辺りが
騒ぎが起きないように取り計らっていたのかも。
何せあの星、風光明媚だって評判だけれど、
治安の面で少し不安もある星だったから。 》
演者 シェルタン
《 一座がその街に留まっていることが
風聞としても、役者仲間のネットワークの中ででも
出回っていたからなのか。
僕の部屋の扉についたポストに、それは届いた。
以前客演で来てくれた役者の名前で、
少しだけ厚みのある紙の封筒が送られた。
その中身は、 》
演者 シェルタン
《 紛れもなく、その戯曲の題名を冠した
流石にそのタイトルは各劇場から知らされていたし、
演劇業界の怪談としてもよく耳にしていた。
それはあのアッサも含めて、多数の銀河系星で
発禁・上演禁止措置が執られている作品だった。
本には手紙が一枚添えられていた。
「この戯曲を、君と共に演じたい」という依頼だった。
その筆跡は、いつか楽屋裏でメモ書きをしていた
あの人の筆跡と同じに見えた。
いくら、かつて同じ舞台に立った相手とはいえ。
そもそもこんな物どこで手に入れたのか、とか。
戸惑いながらも確かにそう思った。けれど―― 》
演者 シェルタン
《
「あのロサから銀河に、宇宙に出た君であれば、
言論、芸術、事実を率直に表現する自由が
どれほど尊いか、どの舞台人よりも解るだろう？」
あの時僕が、この文面の何に憤っていたのか、
それは“ 僕 ”にも解らない。
居られないし居たくもないロサの名を、
こんな形で安易に出されたことか。
確かに求めていた「率直である自由」を人質に、
危険な役を演じることを求められたことか。
――確かに、そうだ、とどこかで頷いてしまった、
そんな自分自身に対して、だったのか。 》
演者 シェルタン
《 ……胸が痛い。
別に、あの星に残してきた人のことを、
あの星に残る役目を負わされた人のことを、
直接嘲られた訳でもないのに。 》
演者 シェルタン
《 ……相当、混乱していたんだ、僕は。
すぐさま差出人に返送してきっぱり断るとか、
とにかくすぐに座長に相談しに行くとか、
何も言わずにゴミ箱に……それはそれで危険だな……
とにかく、そうした対応を取りもせずに、
いつもの手提げ鞄の中に仕舞いこんでしまった。
読まれる前から既に読者の平静を奪うとか、
ああ、狂気を齎す書としては上々すぎる。
まあ結局、ページを開きはしなかったけれど。 》
演者 シェルタン
《 件の戯曲のことを言い出せずに日々を経れば、
当然、それ相応の事態が訪れることになる。
銀河間警察……じゃなくて、アッサの軍から一座に
件の戯曲の件での令状が出された。
そのことを僕に連絡した時の座長の声色の、
「何故」の響きの重さは、未だに忘れようがない。
……結論から言うと、僕は件の戯曲を鞄ごと提出した。
本の所持はあくまで僕一人の問題で、
一座としては一切関わりがない、と告げた。
それから、戯曲の入手先――差出人について。
同業者のよしみも、少しだけ、やはり過ってしまったけれど。
軍人の前で黙っていたら何をされるか、って恐さもまた沸いて、
僕は正直に口を割ったんだ。 》
演者 シェルタン
《 それから、やってきた軍人にも、
そして一座のみんなにも、
僕は文字通り、深く頭を下げた。
一先ず、この狂気の戯曲騒ぎについては、
秘密裏の捜査ゆえに世間に知られることもなく、
これで決着した――筈だった。 》
演者 シェルタン
《
「君は、私を裏切った。
君なら私を解ってくれると信じていた。」
あの捜査から暫く日が経った夜。
この書置きが、アパート形式のホテルの
僕の部屋のドアに挟まっていた。
あの鞄を手に提げたまま、部屋の外でメモを抓み、
文字に視線を落としていた時に―― 》
演者 シェルタン
《 銃声、一つ。
叫び。言葉にならない。
駆ける。駆ける。追い掛けられる。
後ろから複数人の足音。
客演のあの人本人なのか、共謀者なのか、
雇われたその筋の人間なのか。
そこまで把握する余裕はなかった。
駆ける。駆ける。駆ける。
人造の石の上を、痛みも忘れて駆ける。
鞄だけぎゅっと抱えて両腕に抱えて、逃げる、
足音はもう、聞こえてこない。
逃げきれる。やった。そう思った――。 》
演者 シェルタン
《 足を踏み外した。
……今だからこそ、解る。
人気のない、街灯も灯らない夜の裏通り。
目の前の下り階段に、気づけなかったんだ。 》
演者 シェルタン
《 あの狂気のホンなんかじゃない、
現実の鳥籠から夢の世界を冒険しにいく
カナリアの王子の寝物語を戯曲にした本は、
僕が階段から落ちた後も、
ちゃんとあの鞄の中で守られていた。 》
演者 シェルタン
―― 午後の文学資料館 ――
「よーーーーーーーうシェルターン！
ヘイヴングレートドラゴン狩り帰りの
オレっち参上！ 今日も宜しくな！」
はい、よろしく。
あとこっち、昨日来てた君宛ての手紙だから。
[非常にテンション差のあるふたりの職員が、受付での対応や各種手紙の対応等の事務に就く。
「今日はこのメンツかー」という利用客の眼差しがちらっと刺さる程度で、とりわけ大事が起こる訳でもなく、この日の業務は過ぎていく。]
演者 シェルタン
「ん？ 何だこれ。また例のスクラップかー？
なんかまだそこそこ綺麗？って感じだけどよー、
シェルタン使う？ コレ」
使いません。勝手に開くのも気が引けるし。
第一、僕は日記帳は間に合ってるし……。
「そうかー。オレっちも要らないしなー。
でも捨てんのももったいねぇし……
……あ、そうだ！ 学校の教材に」
他人のプライバシーを勝手に教材に
するもんじゃないだろジリアン！
歴史上の人物ならまだしも……
とりあえずこれは僕が預かっとく。
演者 シェルタン
[この日の同僚の勢いに、シェルタンは少しだけ救われていたのかもしれない。
ふっと湧きだす思念に手を妨げられるようなこともなく、穏やかな……とまではいかないものの、明るいとはいえる心地で業務を終えられた。
帰宅するまでは、確かに、そうだった。]
演者 シェルタン
―― 終業後の自宅 ――
[砕けた封蝋の花のかけらが、ランタンの光を弾く。
便箋の薄い白色が、綴られた文字を読み手の目に読みやすくする。
シェルタンはその文面を、一つ一つの文字を辿るように読み進める。]
《 本当、そういうこともあったな。
まさかそっちにまで伝わってたとか。 》
[浮かぶ苦笑は懐かしさを滲ませて]
《 ……うん。
あなたは、そうだった。 》
[苦笑の緩みは、もっと遠くの昔を見る面持ちで。]
演者 シェルタン
[そんな昔から、今へと、話題を引き戻す一文。
良かった、と小さく呟けたのも一瞬のこと。]
………………は？
[まるで、無かったことにされているかのような一文。
読み取ることを拒むかのような黒塗り。
そうであればこそ、暫く、その箇所から目を離せずにいた。]
なんでもなく、ないだろ。
[喉奥から思わず、そんな言葉が低く零れて――。
けれども視界の下端に映る続きの文面に、結局は意識を向けることになる。]
演者 シェルタン
[その手紙の最後に綴られた祈り――さらに続けられた仮定と願い。
シェルタンは半ば手探りで書くものを引き寄せ、何かを綴ろうとした、けれど。]
《 ダメだ。こんなんじゃ、
言いたいこと書き散らすだけだ――。 》
[はあ、と荒く溜息を零した時に、開封済みの薄桃色の封筒へと再び視線は寄せられる。
祈りの言葉に違わない差出人名が記されたそれを、意味もなく手に取って――空の筈の封筒に微かな違和感を覚え、ふと、その中を探っていた。]
演者 シェルタン
……………、なんで。
[封筒の底に眠っていた花ひとつ、指先でそっと抓み上げる。]
最後の最後に、あんなこと、書いといて。
なんで、あなたは。 こんなものを。
[ランタンの光に透ける二色のグラデーションを見つめる眼が、滲む。]
アルレシャ。 ……アルレシャ。アルレシャ。
僕は。僕は、ぼく、は、
演者 シェルタン
《 ――――“ 僕 ”は、…… 》
[少しだけ遠くの森が、微かにざわめく夜。
幾らか落ち着いたところで、シェルタンは筆を執る。]
演者 シェルタン
[落ち着きを取り戻してから綴った心算の手紙は、けれども筆が進むにつれて、次第に思考の混乱が混ざるようになっていた。
気づいては打ち消して、また気づいて……。
そんなことを繰り返した手紙はまともに書き直されることもないまま、夜明け近くの暗いポストに入れられることになる。]
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