3 ― 星見る手紙 ―
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演者 シェルタン
――今日も文学資料館は平和で――
[けれども、微かな変化の兆しもあった。
例によって資料館に回されてくる漂着物の中に、惑星アッサで発行される新聞が紛れ込んでいた。
尤も、アッサを含め、他の星の新聞や雑誌が流れ着いてくること自体は不思議でもなんでもなく。
この日の記事では（将が指示してまだ間もない日だったからか>>4:50）特筆すべき内容をシェルタンが見つけることはなかったのだが]
「昨日は将軍からの手紙、今日は新聞と来たか。
へいシェルタン、キミの正体ってばー、
実はアッサのスパイだったとか～？」
あのさ、君だって、
ここの空気がアッサの民には
有害だって知ってるだろ……。
「ふふふ、ほんの冗談だよキミ」
[なんて他愛なく喋りながらも一応その記事は手元にとっておき、他の手紙を仕分けていく。]
演者 シェルタン
[そんな中で、「フルト」宛ての一通の手紙>>5:-5が届いていた。
配送の際、とある星からの手紙だという話が業者から付け加えられていたものの、差出人名にあったのはその星の名ではなく]
《 キュー？
あれ、もしかして…… 》
[私信だと認識しながらも、ふとその場で手紙を開いてみて――。
「もしかして」が事実であることをその文面で知り、思わず目を見開いた。]
《 良かった。
本当に、何があるか分からない！ 》
[船の中で書かれたという手紙を前に、感嘆からの溜息が零れる。
その後に続けられたヘイヴンのことにも、表情は明るく緩んだのだけれど――。]
演者 シェルタン
[友ならば――そして、頭脳を身体に入れて貰って生を巡らせる「人」>>2:6>>2:7>>2:8が生きる星の者ならば、という甘えから記してしまった「世間話」への答え。
「怪物」のお伽噺の伝聞も記されてはいたものの、「そういう生き物」としての理解も示されていた。それに、不便そう、とも。
この答えを見た“ 演者 ”は、アカツキに対してそうだったように、つい甘えを強めてしまいそうになったのだが――。]
《 ……そう、だ。ヒューマノイドだって、
頭脳が変われば「人格」も違うんだし。 》
[難しいと締め括られた感想の中の一文に、はっと気づいたように息を呑む。
書いてしまった当初は、深く考えていなかったのだけれど――。]
《 本当のことを書いたら、
キューにだって、
死んだって伝えることになるんだ。 》
[迷う心はシェルタンにこの場ですぐに返信を記させず、自宅に持ち帰る形になる（そもそも私信だから、というのもあったが）]
演者 シェルタン
[――それでも。]
《 あなたにだって、嘘はつきたくない。
本当のこと、知らせないと。 》
[昨夜緑のリボンを前に無き腫らした時ほどの、心の乱れや胸の痛みはなかった。
寧ろあれだけ泣けたからこそ、今こうして落ち着いて、友からの手紙に向き合えたのかもしれない。]
演者 シェルタン
《 それに――あなたが僕に届けと願った手紙は、
ちゃんと“ 僕 ”の元に、届いたんだ。 》
[「友人」としての繋がりを、まるであたかも宇宙の意思が裏打ちしたかのような――。
けれどそこまで書き記すことは、流石に都合が良すぎる気がして、できなかった。]
演者 シェルタン
――それから、幾つかの夜を過ぎ――
[その手紙を、“ 演者 ”はひとり自室で読んでいた。
自分がその人に送り付けた手紙の内容も、ひと時忘れたまま。
その人のものと解る文字、封筒を染める二色、シールの形が示す小花――それらを目にしてから、幾度も幾度も呟いた。]
アルレシャ。 生きてた。
良かった。
よかった。 よかった――…
[夢から醒めた夢渡りの末路は、死ではなかったのだと。
その手紙に綴られた真実を目にする前に、宿主とも“ 演者 ”ともつかぬ泣き笑いが零れる。
けれども手紙を読み進めたことで、己がアルレシャに訃報を届けた事実を、今一度突きつけられる。]
演者 シェルタン
《 これで、良かったんだろうか。
……これで良かった、はずだ。 》
[「ありがとう」を告げる手紙の、その文字を滲ます涙の痕。
愛する者の魂などもうどこにもないのだと、そうアルレシャに告げた残酷さを思う。
けれども二つ目の「ありがとう」から始まる文面に、シェルタンの目は大きく見開かれた。]
ごめん、……。
[「ばかな人」なんて一言へのばつの悪さも。
約束の一つも守れなかったことに零れた謝罪も。
「そうだよね」の一言への頷きも、すべて、宿主の記憶から齎されたもの。]
演者 シェルタン
[けれどそんな宿主らしい思考を、今一度“ 演者 ”に引き戻したのは、夢渡りの末路の真相について触れた文面だった。]
そう、だったん、だ。
[あの時に抱いた最悪の可能性は、事実として存在していた、ということ。
そしてアルレシャが他の夢渡りたちと同じ末路を辿らず、ロサを出ることまでできた、その切欠は――。]
演者 シェルタン
[「纏まりません」だなんて言葉で締め括られていたそれらの話は、紛れもなく“ 演者 ”の方を向いて語られたもの。
“ 貴方 ”と呼ばれたこの代役は、堪えきれずに声を上げて泣いた。
さまざまなものがない交ぜになった嗚咽の中に、けれど、苛まれる苦しみはなかった。
この夜には、抱えた想いも伝えたい感謝も、上手く言葉にして纏めることができなかった。
けれども、せめていち早く伝えたいことだけは――。
その言葉を手紙に載せて、ポストに入れて宙に送り出す。]
演者 シェルタン
――明くる薄明――
[アッサの情報関連誌が、漂着物として連日ヘイヴンに流れ着き、文学資料館に運ばれる。
何かしらの意図を思わせるこの事態だったが、「訳を知っている」シェルタンと「アイツ絡みなんだな」と理解しているリェッカ、そして最初からあまり深く気にしていないジリアンの前では、特に変事としては扱われなかった。
ただ、軍の動きは考えていた以上に早かったらしい――と。
驚嘆とも納得ともつかない奇妙な感嘆が、宿主の記憶を持つ生き物の中にはあった。]
《 あの人は、捕まったのか。 》
[軍による一斉摘発の記事内に、かの狂気の戯曲――『閉鎖史書』の差出人だった役者の名を見つける。
直接の殺害でこそないものの、シェルタンを死に追いやった当事者。そう理解していてもなお、逮捕の報に安堵を感じこそすれ――腹立たしい手紙の文面も思い出されながら――恨みつらみは不思議と意識しなかった。]
演者 シェルタン
[同じ紙面で、“ 赤獅子 ”の一時意識不明の重体の報を目にする。
そこに添えられていた写真は紛れもなく、仮面を纏った将の顔。市井の子供を怖がらせ赤子を泣かせた仮面>>0:197の主、といった風貌は、将の威厳ばかりを感じさせたけれど]
《 ……今は胸を痛める時じゃない。
塞ぎ込んだりして、あの人が作った機を、
ふいになんてしてたまるか。 》
[日記帳の中の幼い文字のことは、努めて頭の片隅に追いやった。]
《 僕は――“ 僕 ”は、
「生きている」シェルタンを舞台に戻しに行くんだ。 》
[「愛する者」と「友人」には見せてしまった素顔。
それでも夢を創る共演者、夢を届ける観衆の前では、あくまで嘘の仮面を被り続けようという決心。]
演者 シェルタン
「なあおいおいおいシェルターーーン！
オマエ事件被害者で捜索中だったの！！？
ヤベーじゃん大変だったろマジで！！」
いやこの記事あくまで憶測程度だし、
捜索情報には僕載ってないし……
でも、ああ、ここでなら言ってもいっか。
うん、そういう訳だった。
「銀河的大スター様の真相はそうだったかー…。
っていうかなんかすごいエグくない？
読むと死ぬ、じゃなかった発狂する戯曲とかうわぁ……
ま、この記事とか見る限り、キミの身の安全は
もうとりあえず保障されてるって感じかな？」
そうなんだけれど……。
[果たしてこの現況は、“ 赤獅子 ”が記した「然るべき時」>>5:+30>>5:+31と言えるか否か。シェルタンの顔にいまいち喜色が乗らなかったのは、そういう思考故でもあったが――。]
演者 シェルタン
「“ そうなんだけれど ”？ 何さシェルタン。
ここに隠れている必要がないなら、
もうさっさと星を出てって生存報告して、
仕事復帰しちゃえばいいんじゃない？」
「そうだな！
じゃあシェルタンの復帰記念に
オレらで盛大にお祝いパーティとかしようぜ！
ドラゴン肉も折角なら新鮮なやつ――」
ありがとう、二人とも。
ありがたいん、だけれど。
[二人の開拓民は、逃亡者としてこの星に至った者の解放を祝う言葉をかける。
逃亡の必要のなくなった逃亡者は、暫しふたり分の怪訝な視線に耐えた後、口を開く。]
演者 シェルタン
ここを出て行ってそれっきり、にする心算はないよ。
僕にとっては――
《 そうだ。“ 僕 ”にとっては、 》
――ヘイヴンだって大切な場所。
リェッカも、ジリアンも、
それにサジャ、メイヤ、ユーカ――…
助けてくれた、共にいてくれた人たちを
置き去りにする形で出て行ったりはしない。
[かつてシェルタンが「置き去りにした」ひとりの同胞、ひとりの恋人。
その人のことを振り返りながら、さらにもう一言、付け加える。]
演者 シェルタン
それに、もう少し先の日に――
僕は、ここにいなきゃいけないから。
[アルレシャからの手紙に記されていた日数。
ロサの暦に基づくその数値をヘイヴンでの通用暦に直した上での日付を、ふたりの同僚に告げる。]
いつかはまだ分からないけれど、
僕の友人……が、この星を訪れると思う。
その時にもできれば、あの人のことは
僕自身がちゃんと出迎えたいし。
[ヘイヴンのことを知るため、そこでシェルタンが出会った人々に出会うため――だけであれば、キューの到着時にシェルタンがヘイヴンにいる必要はない。
（訂正して消したトカゲその他の件も、多分この星の住民が十分すぎるくらい話すだろう……）
それでも願うのはやはり、きちんとキューと顔を合わせて、この星のことを紹介する未来。]
演者 シェルタン
[さてこの時、これらの件が、愉快な同僚たちによってどんな話のネタにされたかそうでないかは割愛するとして――。
さらに日が経てば、アッサからの漂着物もまた増えていく。
件の一斉摘発に絡めてさりげなく添えられる、姿を消した役者のエピソード>>5:+30。
銀河間交流行事での高潔な騎士が亡霊の王を棘の城から救った舞台のことも、平凡な青年の冒険活劇を演じたアルカディア公演のことも（その後の役者への一部の評価についても>>1:7）特集記事で取り上げられていた。
その中には、ルキウス一座の脚本家・ミルファへの取材記事も。
カナリアの王子の寝物語もいつか公演にしたい、とシェルタンが語っていたという小話。
ある星での紛争を機に、最果ての姫君の古典劇の翻案を彼や座長と協議したという逸話。
シェルタンではなくミルファ本人がチャーター便の飛行機旅を異様に怖がっていたという与太話も何故か添えられられながら。]
《 ……、本当、
ミルファこういうところあるよな。 》
[そんなささやかな感想を宿主の記憶で抱いたのは、やはり些細なこととして。]
演者 シェルタン
[こうしてアッサの情報媒体で、シェルタンについての記事が発信され続けて幾日か後。
ヘイヴンの発着場に「丁度」――偶然か意図的かは分からなかったが――アッサ行きの直行便が泊っているのを見て。
シェルタンを演じる“ 演者 ”は、幾らかの路銀を手に、宇宙船のタラップを駆け上がった。]
待って！
僕も載せてください、お願いします――！
演者 シェルタン
/*
レグルスから一座宛ての伝言受け取りましたありがとうございます！！ お手紙の形で直接返せないかもですが、アッサ篇でぜひ反映できたら……！！
というところでアルレシャが見えてぼくは
お伽噺のおはなしが……あああああ ぼくは ぼくはしあわせものです……
会いに来てくれてありがとう！！！ お返ししますね！
演者 シェルタン
[主星なき最果てから、一艘の宇宙船が飛び立つ。
船内の空気はフィルターに掛けられ、目的地であるアッサには持ち運べない成分が除去されていく。
経由地なく進む船は、郵便船ほどではなくとも速く、速く、目指す星へと――！]
演者 シェルタン
[こうして幾日か（！）の航行の後に船を下り、いつか訪れた劇場への道を駆けていき――。
裏口の扉から駆け込んだ「ルキウス一座のシェルタン」を待ち受けていたのは、極めて不服そうな面持ちの座長ルキウスだった。]
……すみません、座長。
ずっとご迷惑も、ご心配も、お掛けして…――！？
[「何故私に先に一言寄越さなかった」と、“ 赤獅子 ”宛てに手紙を送った件>>-97>>-98>>-99について真顔でぴしゃりと言われた。
座長宛ての座標に届けるための連絡ルートと郵送用目印だってきちん設定していただろう>>1:31、と。
こうして、安否不明だった役者との数年ぶりの再会の場で、わりと辛辣な小言が暫く続けられる。
「そんなに一座の口の堅さを信用できなかったのか」「そんなに郵便事故を恐れていたのか」「実は“ 赤獅子 ”のファンだったのか」「ちゃんと演技の稽古していたのか」「左のデコどうしたんだ」「お前が部屋に残していたファンレター後で取りに来い」「アタシの記事見てくれたー？」等々――]
演者 シェルタン
[――劇場でシェルタンを待っていたのは、“ 赤獅子 ”に話を通して貰ったルキウスだけではなかった。
情報誌に取材されていた脚本家のミルファや、一座の他の面々も、そこには揃っていたのだ。
「どうして？」という問いが口を吐きかけるも、シェルタンとしてこの場にいる生命体は、すぐに理解した。]
……ありがとうございます、座長。
あなたに「劇場で待つように」としか、
あの人には言伝を頼んでいなかったんですが。
僕の考えていることなんてお見通し、ですね。
[「
そして「ルキウス一座の特別二夜公演」の広報も行ってきた、と。
ただし、その演目のとある主要人物のキャストだけは、舞台の幕が開くまでシークレットにするとも。]
演者 シェルタン
[こうして、シェルタンの脚がアッサの地を再び踏んでから数日の後。
そう、たった数日の準備期間を経て――。
アッサの劇場に再び、それは出現する。
かつて、銀河間交流行事の折に披露した演目。
高潔なる白銀の騎士と対峙する、棘の城の亡霊の王。
王が纏う衣装も化粧も、かつての公演時そのまま。
それだけでなく、背丈も顔立ちも、声の張り方も。
立ち振る舞いも、時折客席に向けられる鋭い眼差しも、
呪いと嘆きを紡ぐ台詞の抑揚も、あの頃と同じ！
過去の公演と異なるのは、舞台ならではの幾つかのアドリブと、化粧越しに薄らと覗く、左の額に残る傷跡。
あの時>>2:38肩に受けた銃創は、黒い羽をあしらった衣装の下に隠されたままだったけれど。]
演者 シェルタン
[こうして、「ルキウス一座の特別二夜公演」において。
アッサの劇場の舞台上に、シークレット・キャストとして、確かに「あのシェルタン」は姿を現した。
そして終演後のカーテンコールで、一座の役者たちやスタッフたちと共に並び、屈託ない笑顔で高らかに告げたのだ。]
みんな、今まで心配かけて、ごめんなさい。
僕はちゃんと、ルキウス一座に帰ってきました。
――舞台役者シェルタンは、ここに生きている！
演者 シェルタン
[「ルキウス一座の特別二夜公演」の公演終了後。
ルキウス一座自体が既に軍の保護下にはあったのだが、その一座に戻ってきたシェルタンは暫く、アッサの劇場で庇護を受ける身となった。
その際、保護された行方不明者に対するメディカルチェックも二夜公演の後に受けたのだが（この舞台人、健康確認よりも復帰公演という演出を優先した！）
左の額の傷跡も肩の銃創痕も深刻な状態にはなっておらず、ひとまず健康上の問題はないのこと。
銃創については今後、一連の戯曲事件裁判で証拠の一つとして扱われるだろうが、それはここでは些細な話。]
演者 シェルタン
その後も折に触れてヘイヴンに行く心算です。
結果的にとはいえ、今の僕は丁度、
他星とヘイヴンの架け橋になれる立場にある。
[それは文学資料館の「フルト」として、他の星からの要請や思いに応える立場も含めてになるのだが、そこまでの説明はせず]
こことあの星とで離れている人々を繋ぐ役割を、
アッサの人々が担うことはできません。
だから、僕が引き受けたいなと思って。
[この時はまだ、“ 赤獅子 ”への承諾の返信は――他の二つの件も含めて――できていなかったけれど。]
演者 シェルタン
「そして貴方は亡命先に残してきた
愛しの人のもとに戻っていく――と。ふむふむ。」
あの、いきなり何言い出すんですか、
そこの出たがりなシナリオライター。
[座長ルキウスと劇場支配人、役者シェルタンという三者の話に不意に割り込んできた脚本家ミルファだったが、彼女はシェルタンの「ロサに残してきた恋人」の話を知らないため、特にこの筋書きに他意はないようだ。
とはいえ内容が内容だった故に、「舞台役者シェルタン」は、咄嗟には否定を口にできなかったが――。]
演者 シェルタン
………。
ヘイヴンに残してきた恋人なんて、
僕にはいませんよ。
《 あの人はヘイヴンに残された訳じゃない。
そしてあの人は、“ 僕 ”の恋人じゃ、ない。 》
[“ 演者 ”としての正直な答えを、シェルタンの仮面のまま零す。
密かに連絡を取っていた友人の来訪の件も、現地の人々との交流の話も告げぬままのこの吐露は、少しだけ脚本家からの意味深な視線を招くも。
この場の誰からも、これ以上の詮索は行われなかった。]
演者 シェルタン
《 そうだ。あの人にもきちんと返事を……
あれ、持ってきていたっけ？ 》
[機内の机上にメモを置いたまま、手持ち鞄の中身を探る。
一座の仲間のひとりが取っておいてくれていたファンレターの束――シャトからの6年前の手紙も含むそれらはきちんと鞄の底にあったが、“ 赤獅子 ”からの2通目の返信はヘイヴンの自宅に置いてきてしまっていたらしい。]
《 書くのは戻ってから、だな。 》
[その“ 赤獅子 ”の身に何が起こったか>>-137はおろか、件の戯曲事件に関する極秘情報公表の心積もり>>5:+32>>5:+33も、未だ知らぬまま――。]
演者 シェルタン
[明くる日。
相変わらずの薄明の空の下、道を照らすランタンも持たずに発着場へと向かう。
旅客が出入りするセンターの前で人を探す素振りのその人>>71>>72を、シェルタンの目ははっきりと捉えた。
群青色の薄明の光に照らされるリボンの色は、緑。
遠い日の記憶にも最近の記憶にもある色と、おなじ緑。]
アルレシャ！
[駆け足で近づくにつれ、さらにくっきりと映るその人の容貌。
最後に顔を合わせてからの年月の経過もあれど、その人の面影は記憶の中の笑顔と違わない。
シェルタンの容貌もあれからあまり変化していないが、左の額には傷跡が増えていたから――。
あの日送られた緑のリボンを、「シェルタン」である証のように、己の左の手首に巻き付けていた。]
演者 シェルタン
[彼女が誰かの名前を言い掛けた>>72のも目にしていながら――鞄を抱きしめて笑うその人>>73から、「おかえりなさい」の言葉をかけられた時。
シェルタンの目には不意に涙が滲み、か細い声が喉から零れていた。]
ただいま、……。
ごめん。アルレシャ。
あなたのこと、何も、知らずに、勝手に、僕は――
[夢渡りの身の上も宿命も知らずに恋を繋ぎ続けた挙句、死んだ男の謝罪。
管理施設の存在も、恋なんてしないように育てられていたことも。
「何の御役目も負わされない」身であれば知る必要もないとロサの大人たちに判断されたが故に、この同胞は、ずっと無知のままでいたのだ。]
演者 シェルタン
[宿主の記憶が零させた悔悟を、けれど“ 演者 ”はすぐに止める。
彼女が会いに来た相手は、他ならぬ“ 貴方 ”なのだから、と。]
初めまして、アルレシャ。……さん。
[涙に濡れた目のまま笑ってみせたが、「さん」と敬称を言い添える口調はどこかぎこちない。
少しだけばつ悪そうに目を逸らしてから、もう一度アルレシャを真っすぐに見つめて]
僕のことは、そうだな――。
「フルト」でも別にいいんだけれど……。
[余談だが、文学資料館の職員としての「フルト」の筆名は使い続ける心算でいた。
大々的に復帰宣言をした手前、「シェルタン」の名を文学資料館から出すことは、失踪時とはまた違う形で騒ぎの元になりかねない！]
演者 シェルタン
「カラス」、がいいかな。
[アッサからの帰り道にぼんやりと考えていた名を口にする。
カラスは真っ黒で不吉な鳥だって風聞もあるけれど、
光が当たると、羽が青く輝くこともあるから。
こんな僕なりにでも、あなたの青い鳥になりたいから。
「カラス」って呼んで貰えたら、嬉しいです。
[よくあるお伽噺ながらも、小さな噺>>70のことは知らぬまま。
笑顔で「よろしく」と続けようとして――言葉は一度そこで途切れる。]
演者 シェルタン
[アルレシャが零した涙を前に、シェルタンの心臓がとくりと強く鳴る。
目の前のひとの涙に、己の内の鼓動に、“ 演者 ”は戸惑いを覚えるも――]
だから、大丈夫。
僕はもう……ううん、あいつと違って、
勝手にあなたを置いていったりしません。
[宿主と“ 演者 ”がない交ぜになった言葉と共に、屈託なく笑ってみせる。
恋人でもない
そんな戸惑いに反して、シェルタンの両腕は――左手首に緑のリボンを巻いたまま――目の前のひとをだきしめようと動いていた。]
演者 シェルタン
アルレシャ、さん。
僕はあなたと一緒に、幸せになりたいです。
[カラスが掛けた言葉はあくまで、言葉通りの意味だけの心算だった。
丁度、他意なく「家族になりたい」と告げてしまうような――。
あの“ 赤獅子 ”に頭脳明瞭とまで評されたシェルタンの頭でもその寓意を忘れてしまうくらいに、この時は、想いを告げることだけが意識にあったのだ。]
演者 シェルタン
[「カラス」の呼び名を告げた時の
そう、だね。……そうだ。
あなたの前でも胸も張れないようじゃ、
みんなが待ち望む銀河的大スター様なんて
勤め上げられやしない、よな。
[幸せを運び、夢や物語、希望、信念を運ぶ者としての自覚。
「一緒に幸せになりたい」相手の苦笑いの前で、その自覚を、自信を、努めて新たにする。]
演者 シェルタン
[だから、ここで告げた約束も「ほんとう」なのだと示すように。
おずおずと伸ばされていた両腕に応える形で>>149。
ぎゅう、っと一度、アルレシャを抱きしめた。
抱きしめることを許してくれたことへの感謝も、カラスとしての意識の中に浮かぶも。
ここで伝えるべきはそんな言葉ではない、と。
これまでの孤独ごと全部抱きしめるかのように、暫く、静かに抱きしめていた。]
《 いいんだよ、ってあなたは許してくれた。
あんな形ででも、僕は、約束を守れたんだ。
だから僕も――彼も、胸張れなきゃダメだ。 》
[愛する人の終幕を泣けるようになった人に対し、もう悔悟は示すまい――舞台から捌けた役者らしいそんな意志も、この抱擁には籠っていた。]
演者 シェルタン
[それからの、「幸せになりたい」という意志へのアルレシャの答え。
「家族」という意味合いを覚ったシェルタンの頭に、ここで漸く、その寓意が過った。]
……ええっと、それって。
ちょっと、待って。……あ。あああ。
[自分の口が「
アルレシャの答えはそれこそ文字通りの意味でしかないのでは、と推し量ることも忘れたまま――。
両耳を紅潮させ、抱きしめていた両腕を解いて狼狽える。そんなカラスはアルレシャにされるがまま、腕のリボンを解かれて――]
演者 シェルタン
[緑のリボンがシェルタンの淡色の長い髪に巻き直された頃には、紅潮したままながらも、幾らか落ち着きは取り戻していた。]
僕の、生まれた日？
……そっか。「カラス」が生まれたのは、
確かに今日、だもの、な。
[遠い記憶の彼方過ぎて何時とも知れぬ、“ 演者 ”の生じた日ではなく。
勿論、シェルタンという人間が生を受けた日でもなく。
個としての名を得て、アルレシャからその名を呼んで貰えた、この日のことだ。]
演者 シェルタン
[彼女が施設で教わったという祝意の言葉は、ロサの外でも度々聞かれるもの（勿論、ヘイヴンでも）
記憶の中に確かにあった筈のその言葉は、けれども何故だかカラスには新鮮に感じられた。
“ 演者 ”という生き物の何時かも判らない誕生日が祝われたことなど、これまでただの一度もなかったのだから。
慣れない祝意ながらも、温かさを受けたように頬は緩む。]
ありがとう。
これからの一年も――これからの、僕の
精一杯、生きていきます。
演者 シェルタン
それと、さっきはちゃんと言えなかった、けれど。
[カラスは一度深呼吸してから、アルレシャの目を見つめた。
そして今度こそ、「さん」付けを無くした呼称を、淀みなく口にする。]
アルレシャ。
僕は喜んで、あなたの家族になります。
僕にだって、出来ないこととか結構あるし……
少しずつでも、無茶しない程度に、
一緒に頑張っていけたらいいなって。
[胸を張って告げてから、さらにもう一度、深呼吸して――]
演者 シェルタン
アルレシャさえ望んでくれるなら。
この身体が朽ちるまで、あなたと生涯を共にします。
シェルタンさんの代わりじゃなくて、
ただの一個の生き物の、カラスとして。
[この胸の高鳴りも、結局は、シェルタンの記憶故のものなのかもしれない。それでも。
カラスとしての恋心が、まだ芽吹いていないとしても。
この人と生涯を共にしたいという願いは真実だと、カラスは信じている。]
演者 シェルタン
《 これから始まる、“ 僕 ”の物語。
その終演は、かの青い鳥が何処かに
飛んで行ってしまうシーンではなく。
ちゃんと、あなたと共に迎えられる
ハッピーエンドにしたいのです。 》
演者 シェルタン
《 思えば、僕にとって――
シェルタンにとっての「家族」とは、
失ってから大分久しいものだった。 》
《 僕には、父母についての思い出がない。
というのも、僕が物心つくより前に
「神さまの元に召し上げられた」とだけ
姉さんや大人たちから聞かされていたから。
あの日の僕は、何故、と問うこともしなかった。
信仰交じりのその事実を、僕はただ
そういうものかとだけ受け止めていた。
「親が召されただけのごく普通の子」として、
大人たちからも、遊び相手からも接されていたからか、
何かしらの疎外感を得た覚えも特に無かった。 》
演者 シェルタン
《 ……けれど姉さんは、どうだっただろう。
姉さんはあくまで、大人たちと同じように
この事実を「神さまからの幸い」として
気丈に笑って話していたけれど。
父母が「召し上げられた」事情、経緯。
多分姉さんは、知っていたんじゃないか。
その上で姉さんは、僕の唯一の「家族」として
笑顔のまま、僕を守り続けていたんじゃないか。 》
演者 シェルタン
《 歌劇の道に心惹かれてからも、僕は
事あるごとに姉さんの後ろについていた。
そんな、姉さんっ子の弟、だったんだ。
いつからか、そんな僕の口から零れだしたのは、
次第に「姉さん」よりもあの人の名前ばかり。
そんな僕にも、「あの子が好きなのね」と
姉さんは陰りもなく笑ってくれたんだ。 》
演者 シェルタン
《 そんな姉さん自身が「召し上げられた」のは、
他の大人たちの助けもあったとはいえ、
唯一の「家族」としての気苦労とか、疲れとか
……悲しみとか、寂しさ、とか。
そんな
そんな姉さんはあくまで、本当に、さいごの時まで、
ずっと、ずっと、僕に笑顔を向けていたんだ。
姉さんとの別れの時、苦しくて堪らなくて涙してなお、
「ごめんなさい」の一言を言えなかったくらいには、
僕は、姉さんの胸の内に対して鈍感だった。 》
演者 シェルタン
《 僕の苦しみは神さまとの決別に繋がったけれど
姉さんはあくまで、あの星に還っていった。
そんな姉さんの魂が神さまの御許に至っても
僕の魂は――“ 僕 ”による蘇生の際に失われている。
姉さんは、僕の全然知らない
父さんや母さんに会えたのかな。
……僕だけが、そこにはいない。いられない。 》
演者 シェルタン
《 それでも、もしも姉さんの魂が、
僕のことを見守り続けてくれて――…
“ 僕 ”のことも、見ていてくれているなら。
どうか、この言葉が届いてほしいんです。
僕はあれから、ちゃんと生きていました。
シェルタンは、ちゃんと、生きました。 》
演者 シェルタン
《 そして、神さまから賜った思いとしてではなく、
僕自身の想いとして、改めて伝えたいんです。
姉さんの思いに気づけなくて、ごめんなさい。
そして、僕の傍にいてくれて、ありがとう。 》
演者 シェルタン
[……ところで、カラス演じるシェルタンのヘイヴンでの自宅は、あくまで単身者向けである。
難民含む移民向けの簡素な住宅の中には、家族での避難を想定した設備の部屋もあるものの――きちんとした転居には自治体役場での交渉や手続きが必要、とのこと。
ともあれカラスの自室は、私物がほとんどない所為か散らかってはおらず、人ひとりを招くことはできる。
そしてふたり暮らしもとりあえずはできそう……というには、ベッドが一つしかない、テーブルも小さなもの一つ、棚とも呼べない木箱を棚代わりにしている、などのの問題もあった訳で。
アルレシャと「家族」になると決めたカラスがこの住宅事情にどう向き合ったかは、ここでは置いておこう。]
演者 シェルタン
[さて、ヘイヴンへの帰還直後には確認できていなかった「フルト」個人宛ての手紙を、この日に漸く回収し、自室で開く。
そのうちの一通の宛先には、強く滲んだ痕があった。
――それだけで、自分がその人に告げたことの意味を、改めて自覚させられた。
その書き出しは、キューはもうこちらを「シェルタン」でないと理解している、と判るもの。
本文にもところどころ強い滲みが見られる手紙を、カラスはゆっくりと、読み進めていく。
この時もう既にアルレシャには「愛する人」の訃報を伝え、受け止めて貰っていたとはいえ。
「友人」の死を告げられたキューからの手紙に向き合うことが、苦しくならずに済む訳ではない。
言葉の上には表れていない感情を示すかのような滲みに覚える、息苦しさにも似た胸の閊え。]
演者 シェルタン
[それでも、綴られていた――綴ってくれた「友人」の言葉が、胸の閊えを少しずつ融かしていく。]
……、ありがとう。
[手紙にも綴ったその感謝を、カラスはぽつりと口から零した。
その人の前でも素顔でいられること、素顔でいていいのだ、ということへの安堵と感謝だった。
けれども――。
舞台という場を通じて、初めて出会った友でもあるが故に。
何より、一座の一員としての舞台をまた「見に行きたい」と伝えてくれていた故に。
カラスとしての素顔以外の「顔」での願いも、返信には綴られる。]
演者 シェルタン
――それから、幾つかの夜を経て――
[カラスはヘイヴンに留まっている間、発着場にたびたび確認を取っていた。今日は旅客船や個人宇宙船の到着はありそうか、明日の予定は、等々。
「そのうちにシェルタンは文学資料館ではなく発着場の管理官になるのでは」とは、資料館員リェッカの囁き。
（勿論、あの「舞台役者シェルタン」だと知った上での冗談ではあった）
そうして、一艘の宇宙船が着陸する見込みだと伝えられたその日。
カラスは、ヘイヴンに向かっている友人への期待と共に、薄明の下の道を行く。]
演者 シェルタン
[宇宙船が下りてくるのを遠目に見ながら、その方向へと駆けていく。
居住地の中心からは幾らか離れた発着場に近づくにつれ、草のにおいは強まり、足跡を残した獣の残り香までもが伝わってくる。
そんな平原の上にひとつ浮かぶ、見覚えのある人型の影。]
――…キュー？ キュー！
[チノホシに来た時と変わらないシェルタンの声で呼び掛ける。
左の額に傷跡を増やした身体で、一歩、一歩とまた駆けていく。
地を蹴った足元から、ぱっと小さな羽虫たちが飛び立って行く。]
僕だ、カ …――― こっちこっち！
[「カラス」と叫びかけた口を止めたのは、単にこの時ヘイヴンにおいて公然とこの名を名乗っている訳ではなかったから、というだけの理由だった。]
演者 シェルタン
[そうしてキューの目の前まで来たカラスは、以前のシェルタンとあまり変わらない笑顔をキューに向けた。
……否、あのシェルタンよりもほんの少しだけ、あどけなさが滲む笑顔にはなっていたけれど。]
久し……いや、初めまして。
良かった、キューが無事に辿り着いてくれて。
そしてちゃんと、あなたに会えて。
[一座の公演スケジュールや、アッサの“ 赤獅子 ”――そう呼ばれたことのあった子――からの頼み事の件、それらに上手く被らない形で叶った再会……もとい初めての出会いだった。]
演者 シェルタン
[こうしてキューと顔を合わせたはいいものの、紹介したい場所や生き物、人々はあまりにも多すぎて、カラスからはすぐには話を切り出せない。
この近辺であれば二足歩行の大トカゲや翼持つドラゴンとの遭遇はまずないから、その危険性をここで語る必要性もあまりないわけで。
ついでに言えば、「牧畜はこの星では行わない決まり」「ドラゴン料理がこの星のご馳走」「バイクでの遠乗りが開拓民の楽しみ」「獣人の人々もみんな移民出身」といった、そんな文化的な話もこの時は口から出ないわけで……]
《 それに――…
あなたから僕に聞きたいこと、
言いたいことの方が、ずっと多い筈だ。 》
演者 シェルタン
[何より、本当にまず自分から話すべきことをまだ話していない。
今度は小さく、けれどはっきりとした明朗な声で、目の前のその人に告げる。]
僕は、カラスといいます。
この星に暮らし出した切欠は、
ある星から逃げ出してきたことです。
寝物語の戯曲、ひとつだけ抱えて――
[避難所でもあるヘイヴンではありふれている、こうした形の自己紹介。けれども戯曲（それは今、資料館の閉架書庫にある）のことは、わざわざ言わなくてもいいこと。
それにも関わらずここでカラスが零したのは、カナリアの物語を分かち合ったシェルタンの記憶の所為で――。
少しだけぶり返した胸の閊えから、眉が小さく下がってしまったけれど]
演者 シェルタン
そんな僕は、最近、やっと
自分の物語を始められたばかりの、
小さな、ちいさな生き物です。
こんな僕で良かったら――…
ぜひ、僕の友人でいてください。
[握手はあくまで明るく、そして胸を張って行いたいと。
カラスはあくまで屈託なく笑って、華奢な右手をキューへと差し出す。]
演者 シェルタン
――時は少し遡り――
[これは、キューへの手紙を綴ったその日>>210の出来事。
案の定自室に置きっぱなしにしていた、“ 赤獅子 ”からの2通目の返信を手元に。
カラス演じるシェルタンは、ランタンの置かれたテーブルに向き合い、ペンを執る。
……「答え合わせ」を記した手紙の主に対し、未だに「先生からの問題」すらも出せていない。
そんな非対称が、ふっと頭の中を過ってしまうも。]
《 あなたが僕を信じて示した光の通り、
「シェルタンは生きている」と“ 僕 ”は言い切った。
だったらその嘘、せめてあなたの前では
最後のさいごまで吐き通してみせるさ。 》
[この役者は、その人――その子に対しても、あくまで仮面を被り続けることを選ぶ。
その子が“ 将 ”の仮面を纏い続ける限りは、あくまで将に対しての敬意を記すとも意志して。]
演者 シェルタン
――カラス/シェルタンのその後――
[カラス演じるシェルタンの手には、アッサ行きの便のチケットが握られている。
「初めての」家族との生活も落ち着き、「新たな」友人の手をちゃんと握ることもできたこの時に、シェルタンとしての本格的な活動が再始動していく。]
演者 シェルタン
[発着場まで見送りに来た者達の中には、わあわあと集まってきた子供たちの後ろで背伸びするかのようにぴょんぴょん跳ねている、ウサギに似た体型の獣人――資料館で共に働いていたリェッカの姿もあった。]
「キミがいくら銀河的大スター様やってたって、
ボクは
知らないんだからな！
約束通り、また絶対に帰ってきてよ！」
判ってる、心配するなって！
ここには僕の家族だっているんだ、
置いてけぼりにする訳ないだろ！
[家族としてアルレシャと暮らし始めたという事実自体は、ヘイヴンの中でも特に隠してはいなかった。
この星の生き物をひとつずつ知っていく彼女の姿>>240>>241を見ていたのは、このカラスと、星の生き物たちと――地に遠くから煌めきを降ろす、動かない一番星だけだったかもしれないけれど。]
演者 シェルタン
[ともあれ、こうして宇宙船のタラップを駆け上がって――]
《 なんだろう。
今日のリェッカ、何か妙に引っかかる……。
いや、今はそれどころじゃない。行かなきゃ。 》
[やがて機内のシェルタン宛てに、
「職場で繊細な内容の手紙を書く>>4:57のはやめよう。見えてた」
「ボクは別に、キミが何者だっていいと思ってるし」
そうした文面の手紙が経由地で届く訳だったが、その話はまた別の機会に。
……ところでアカツキ宛てに「シェルタン」の名を伏せて出した“ 演者 ”の追伸>>4:-43は、後の報道と照らし合わせるとこの「フルト」の公の顔を特定しかねない内容だったわけだが。
そこまでは、この時のカラスの考慮の中にはなかったのだった。]
演者 シェルタン
[さて、経由地ではもう一通、手紙が届いていた。
今は隣にいないその人からの便りを手に、カラスは思案に目を瞑る。
それは彼女からの問いかけに――当てないでほしいとも記されたそのことに、「なんだろう……」とかなり真剣に考えこんだからというのもあったけれど。]
《 パパラッチに追われたら、とも思ったけれど……。
みんなに事前に話をしておけば良いか。
ルキウス一座の団結力、甘く見るなよ？ 》
[次の公演での渡航の際には、二人掛けの席を予約しないと――。
返信を綴る前から既にそう心に決め、シェルタンを演じるカラスは小さく笑う。]
演者 シェルタン
[アッサまでの道のりは、まだ少しだけ長く続いている。
その間にひとつ、とある手紙を、カラス演じるシェルタンは綴り出す。
それは、肩書を無くし宛先もよく分からなくなった人に向けて。
「願い籠めれば宇宙の意思が届けてくれる」という、星の伝説を信じて。]
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