3 ― 星見る手紙 ―
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8人目、 夢渡り アルレシャ がやってきました。
夢渡り アルレシャ
幸福とは民の義務だ。
この星に生きる限り、私たちは〝神さま〟を信じ、
そして神さまの齎す幸いを決して否定してはいけない。
幸いとはこの星そのものだ。
私たちは争いに怯えず、侵略される恐怖もなく、
土を蹴って駆け回る子どもたちを平穏に慈しみ、
不幸なんて何も知らない顔で微笑み合う。
夢渡り アルレシャ
誰かが死んでも朝は巡り、夜は更ける。
私たちは絶えず幸せを甘受する。
違和感も訝しみも、持ってはいけない
──それがこの星の生き方だから。
〝神さま〟を信じれば、きっと全部、上手く行く
…………まるで画一されたようなこの星は
今日も仄暗い安穏を孕み、銀河を漂う。
夢渡り アルレシャ
[ 神さまの齎す幸いは沢山ある。
例えば、子どもが志望校に合格するだとか
買ってみたお菓子が美味しかったこと。
降り注いだ大雨で作物が全く育たなくなっても、
愛した肉親が死んでしまうことも。
私たちに齎される事象は全て、神さまのもの
それを不幸だと否定することは許されない。
──もしも口に出したのならば
〝夢渡り〟の耳へ即座に届く。 ]
夢渡り アルレシャ
[ 惑星ロサには、〝夢渡り〟という職がある。
特定の感情や言葉を感知し、対象の夢に現れ、
神さまを冒涜する言動を忠告するものだ。
けれど多くの民は、誰が夢渡りかを知らない。
忠告されなければ見る機会もないのだし。
──そして、忠告を受けた者は遅かれ早かれ、
この星から姿を消すからだ。
神さまの罰が下る、と皆は言うけれども
その実多くは本人の意思による逃亡だ。
……少なくとも、夢渡りの見識の範囲では。 ]
夢渡り アルレシャ
[ ミルクと水が混ざり合える訳もないのに。
努力したってきっと無駄なのに。
この星を訪れる旅行者たちを見るたび、
夢渡りはそう思わずにいられなかった。
感受した物事を自由に表現し、感情の色を変え、
躊躇うことなく判別を下す他星の者。
苦しければ顔を歪め、悲しければ涙を流す
……夢渡りはそんな彼らの表情を思い起こしながら
茨の道へ行こうとする民へ、教えを説く。 ]
夢渡り アルレシャ
────ごきげんよう
今日も神さまの祝福がありますように。
[夢渡りに共通していることがひとつ、ある。
──年老いた者はいないということだ。
能力が年齢を理由に失われるわけではない。
多くの者の懐疑や不信を受け止め、
去る背中を見送る夢渡りもまた、同じ穴に落ちるから。
子供の手を引く若い女性へ挨拶を交わし、
漫然と夢渡りは思考を回す。
考えても無駄な、詮無きことを。
……やがて頭を振り、一歩、踏み出した。]
夢渡り アルレシャ
[ 死んだ人を見て、この星の人たちは幸せだと笑う。
それは死者が神の御許に招かれたからで、
彼らの喪失への嘆きは神からの恵みだからだ。
悲しいことがあれば、泣いてもいいと
自らの不幸を、嘆いてもいいのだ、と
──神なんて所詮、目に見えぬものなのだと
他の星から訪った旅行客が、
間違ってもそんな価値観を人々へ植え付けぬよう
夢渡りは時に、案内人の役目も任される。 ]
夢渡り アルレシャ
[ 目に見える旅行客の多くは、自然体だ。
無理矢理顔を歪めることもなければ
楽しいことを、己の価値観で判断する。
夢渡りが今まで何度も、何度も、何度も、
星を出た者から聞かされた、理想の姿。
朱に交われば赤くなる……なんてことは無く
全てを内に秘めた夢渡りは、
己の役割以外を、肯定はしないまま ]
夢渡り アルレシャ
……行きたいの？ この星の外に。
貴方がその感情と一緒に、生きていく決意があるのなら
……貴方の思う幸せが、あるといいね
[夢渡りは、いつだって見送る側だ。
いつからか。
面と向かって誰かに何を訴えるのを諦めた。
夢渡りのほんの少しの楽しみは、
神さまでさえ感知出来ない、紙面の文字だけ。]
夢渡り アルレシャ
[ロサは特異な星だけれど、娯楽はある。
長い歴史を持つような優麗な劇場だって存在するし、
（演目内容は当然、限られているわけだけどね）
音楽や芸術だって他の星と比べて劣っているわけじゃない。
けれど私には、まるで縁のない世界だった。
夢渡りには余計な情緒は必要ない。
このロサという惑星で、何よりも〝神さま〟を重んじ、
誰よりも信じることが私たちの役割だったから。
神さまより自由を選ぶと決めた人たちから、
まるで悪魔の使いみたいなことを言われたって平気なの。
苦しいことがないと、幸福って感じられないでしょう？
だから〝神さま〟の恵みは間違ってない。
間違ってない。これは正しいこと。
私が、夢渡りが、彼らの夢を阻むことは──…]
夢渡り アルレシャ
[心が重くなった時はいつも、貴方の隣にいた。
切欠なんてもう憶えていないけれど、
少なくとも、貴方が演技を練習する横顔に、
私は興味を惹かれたんだったと思う。
仲良くなるにつれ、貴方への秘密ごとが怖くなった。
夢渡りとしての役割を果たす中で、
ここから逃げたいという人の視線を思い出して。
……同じものを向けられたくないって、思って、
それから貴方への恋に気付いた。
私ね、今でも時々、嘘みたいな錯覚に陥るの
貴方が私の役割を知っても、好きと言ってくれたこと
……………… あの、運命の日]
夢渡り アルレシャ
[私が貴方の夢に、渡った あの日
────貴方のお姉さんが神さまの元へ召されて、
貴方が悲哀の涙を流してしまった、時のことも。]
……この星から出て行きたいの？
ううん、……聞くだけ、無駄よね
私が貴方の夢にいるのなら
……それを止めるのが私の御役目だから……
[いつもなら。
神さまがいかに素晴らしい存在なのか、とか
この星で与えられる幸福の尊さを、説いていた。
ううん、説くべきだった──夢渡りは。
でも、私は、貴方にはそれを紡げなかった。]
夢渡り アルレシャ
[漠然と、ひとりになってしまうんだって、理解したの
貴方がこの星から出て行く。私の手から離れていく。
なら一緒についていく、なんて言えない私なんかよりも
好きになれる人を見つけてしまうのかもしれない。
混ざり合えない存在と対峙して、傷付くのかもしれない。
……そもそも無事に生きていける保証だって。
でも、でもね、あの時の私は
やっぱり涙を流せないまま、随分と下手な笑みを浮かべて
貴方に微笑みかけた。]
夢渡り アルレシャ
貴方がこの星を出ても、私を好きでいてくれる限りは
……お手紙のひとつくらい、送ってよね
どうか、貴方の選んだ道の先に
──望んだ幸せがありますように。
[この星は、幸せばかりで満ちた星。
でも、御伽噺とはまるで違う。
綴られた文字では、嘘も本当も分からないくせに
貴方との糸を解けなかった私の、些細な我儘。
…年月を経ても、その願いは、叶い続けている。]
夢渡り アルレシャ
―― とある来訪客と、夢渡り ――
[惑星ロサに仕事以外で訪う──謂わば観光目的の場合、
少しばかりの手続きが必要だ。
まずひとつ、到着する具体的な日時。宇宙船の便名。
次に容貌、その日の服装。
観光ならばロサ特有の生物や資材を持ち帰らないこと。
最後に、〝案内人が同行する場合があることの承諾書〟。
彼がその手続きを要請通りに終えたか、
或いは何らかの手段で潜り抜けたのかは兎も角──
夢渡りはある時、年端も行かぬ少年の案内役を任された。 ]
夢渡り アルレシャ
[無邪気な笑顔を振りまき、美味しい食事を頬張る少年に
この星がどう見えたかは定かではない。
転んだ幼子が「痛いけど、これも幸せなんだよね？」と
母親へ問いかける姿を見たとしても、
それを周囲の誰もが笑顔で肯定していたとしても。
夢渡りは、疑問を呈させないように
上手く観光地としても有用な場所を案内しただろう。]
それにしても、レオンくん……だっけ？
ひとりで他の星に来るなんて、凄いのね
[少年がお供の音色を披露してくれたことはあっただろうか。
どこまで心を許してくれたかは分からずとも、
もし演奏の機会があれば、ロサの路上演奏家たちが
神を称える讃美歌のメロディーを合わせてくれたはず。]
夢渡り アルレシャ
[夢渡りはニコニコと、少年を見つめていた。
年相応に見える無邪気さで異国の地を楽しむ姿が、
あまりにも可愛らしいものだったからだ。
時に地元の子供たちが集まってきては、
物珍しさで少年を囲み、話し掛けるのを見守りもした。
──禁則事項の線引きは、しっかりと見定めて]
「あのねえ、ぼくのおばあちゃん、
昨日神さまのところへ行けたんだよ！」
[恐らくは。
ロサの価値観に生きる子どもからすれば、
少年へ振った話題はあくまで、祝福の話でしかない。
が、他星人は〝死〟を悲しむのが常である。
故に夢渡りは少年と子供の間へ入り、微笑んだ。]
夢渡り アルレシャ
貴方にも、神さまの祝福がありますように。
……さ、この子は神さまが認めたお客様よ
もっと楽しい遊びをしましょう？
[例えばかくれんぼとか、……後は、なにかしら？
小さい頃から夢渡りとして生きてきたせいか、
夢渡りは、子どもが喜ぶ遊びを左程知らなかった。
宗教的造形物や舞台の見識は深くても。
少年は、ロサという星をどう感じただろうか？
──夢渡りの手元に確かに残る事実は、
未だに、彼と手紙を交わす仲であるということだけ。]
夢渡り アルレシャ
[少年の帰星予定の当日。
夢渡りは少年に、ロサ特有の甘い砂糖菓子を土産に持たせ、
それからひとつ願い事をした。]
良かったら、貴方にお手紙を送っても良い？
…………知ってみたいの。
[願いがいかなる形で受け入れられたにせよ、
夢渡りと少年は、時折手紙を交わし合う仲になる。
──そして今日も。
活気の無い星間郵便センター入口のポストへと、
夢渡りは封筒を投函するのだ。 ]
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