3 ― 星見る手紙 ―
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夢渡り アルレシャ
―― 夢の終わり ――
[朝日のにおいで目が醒めた。
誰の嘆きも、怒りも、自由への渇望も浴びないまま。
──それだけで、なんだか、心の霧が晴れたような
今まで見えていた道が、消えてしまったような。
信じていたものや縋っていたもの
そのすべてが掌から落ちてしまったことを、知った。
夢渡りは。
神さまから与えられた、なによりも尊いお役目。
夢渡りは。
何があっても、幸いであることを、信じなければ。
……夢渡りは……]
夢渡り アルレシャ
[ 夢渡りがこの星の美しさを問うなんて愚問だ。
だって、ロサは幸いで優麗な星なのだから
他星の人間が見たって、そうに決まってる。
それでも幾度も訊いてしまった。
出て行くことを選んだ彼らの選択肢が、
やっぱり間違いなんだって思いたくて。
■は、笑ってここにいられるって
何を失っても、この星こそが正しいのなら
■はそれが幸せなんだと思える筈だった。 ]
夢渡り アルレシャ
[ それなのに、私にはいつまで経っても
あの日貴方が流した涙へ寄り添えなかったことが
幸せなんだって、思えない。
祈るなら、こんな星のことなんか忘れて
貴方が望んだ自由な世界で幸せになってほしい。
なのに私は、貴方から貰った手紙を見て、
……神さま〝なんか〟よりも余程
幸せを感じてしまった。 ]
アルレシャ
私、もう、
……誰かの悲しみを否定する私でいたくないよ…
[今まで他の星の人と手紙を交わすたび、思っていたこと。
彼らには他者に寄り添うこころがある。
支え合い、寄り添い合って、生きている。
それじゃあ、他人の夢や自由、感情を否定する私は。
──……まるで劇に出てくる悪魔みたい。]
アルレシャ
[気付けば私の両頬は、雨が降ったように濡れていた。
笑おうとして、けれど笑えなくて、
もう無理に笑おうとしなくて良いことに気付いた。
かたん、と音を立てて、引き出しから便箋を取り出す。
殆ど衝動的だった。
何を書くべきか、どう謝るべきかさえ考えられないまま
ただただ泣きながら、文字を綴る。]
アルレシャ
[私は人もまばらな道を走り、ポストへ手紙を投函する。
まるで逃亡者のような気分だった。
夢渡りという役割を失った今の私に残っているのは、
過去に人々へ投げ続けた否定の言葉だけ。
優しい、美しい星だと、言われたくて。
──だから私は間違っていないと知りたくて。
ずるいな、って空を見上げ、息を吐いて家に帰る。
届いていた一通の手紙に気付くのは、
もう少しだけ、先の話。]
アルレシャ
ねえ、せんせい。
せんせいは、おかあさんとおとうさんじゃ、ないの？
[まだ私が小さかった頃。管理施設の廊下で、
私は白衣を着た、几帳面そうな研究員の裾を引っ張った。
せんせいは、せんせいって呼ばれてた。
実際どんなことをしていたのかは、よく知らない。
夢渡りの役割についてを研究していたんだと思うけど、
彼らは別に、痛いこともひどいこともしなかった。
神さまについて。歴史に関して。
そんなお勉強を私たちに教え、日々の能力を観察する。
少しの自由時間もあったけれど、
遊びを知らない子どもたちは、遊べなかった。]
アルレシャ
[〝せんせい〟は、膝を曲げて幼い私と目線を合わせ、
「違うよ」と微笑んで否定する。]
じゃあ、アルレシャたちは、
いったいだれから うまれたの？
[神さまだよ、とせんせいは言った。
私たちは神さまが直々に役目を与えた存在で、
だからここで育てられているんだって。
ふうん、ってつまらなそうに頷いた私に
せんせいは「ご飯の時間だよ」と促した。
はあいと返事をして、せんせいの後へ続く。
──食事を楽しむという概念も、美味しいという情緒も、
なんにも知らなかった幼い頃の噺。]
アルレシャ
[──無機質なあの日々を思い出したのは。
ポストに届いていた手紙の差出人である少年との思い出が
頭の中に咲いたから。
至って少年らしい、ともすれば可愛く見えるセーラー服と
紺色のパンツの装いでひとり、ロサへやって来た彼は
レオン・クロムウェルと名乗った。
ロサは科学的文明の発達が著しいわけではない。
情報部や最高機密へのハッキングなど勿論出来る筈もなく
少年は無事、政治的側面の懸念などは抱かぬまま
ロサへの入国を果たせたことだろう。
──案内人もまた、まさかそんな重要人物が、
年端も行かぬ少年であるなんて思いもしないのだし]
アルレシャ
[それよりも案内人が驚いたのは、少年の食欲だった。
その頃には食事や風景への感性も随分育っていたけれど、
食事はあくまで、役割を果たすための必要経費──
……なんて認識から今一つ脱却出来ていなかった案内人は、
何度もおかわりをする少年を
ぽかん、と見つめ、ついで穏やかに見守った。
少年が演奏の許可を求めれば、許可を出した。
周囲の音楽に造詣が深い者たちもメロディーを重ね、
気付けば讃美歌よりも賑やかで、自由で、
枠に囚われない音が響いていて。
ああ、……まずいな、と思ったけれど
少年の笑みに、制止の言葉は、止む。]
アルレシャ
[少年が地元の子どもたちと会話を交わす時だけは、
案内人も慎重に様子を伺った。
ロサの価値観から外れてしまいそうな話題になれば
そ、と違和感を与えないように話をすり替えた。
……途中、親類が神に召されたという話に対し
哀悼を示そうとしたのにも、案内人は気付いていたが。]
（それは、────だめ、）
[案内人の内なる考えが通じたのか、少年が引いたのか？
兎に角この横入りは無事に功を為し
子どもたちはきゃあきゃあと声を上げて遊び始める。
……遊びなんてろくに知らない案内人は、
「何して遊ぼうか？」と、優しいお姉さんの顔を浮かべ、
少年に問いかけて。]
アルレシャ
[ 今でも思い出せる。
鬼ごっこや大縄跳びに、曲当てゲーム
夢渡りたちがきっと知らない、
子どもの遊びは新鮮だった。
砂糖菓子のお返しにと少年から貰った
見慣れないオルゴールは純粋に嬉しいものだった。
礼を言い、許されたなら頭を撫で
それから立ち去る背中を見送る。
──そんな過去を、今
手紙を読みながら心を寄せて。
私はゆるやかにペンを取った。]
アルレシャ
[手紙に同封されていたパンチカードを手に取ると、
私は以前旅の子から貰った、小さな箱型のオルゴールの
ローラーの下へ、そ、と引いた。
取っ手を回せば、小さな箱だったものは
瞬きの間に音楽を奏でる不思議な匣へと変化する。
ロサでは耳にしないような音調とリズム。
以前の自分なら、きっと、途中で聞くのをやめてしまって
誰の耳にも届かないようにしていただろうけど。]
…………きれいな、音……。
[不意に、あの日の演奏を思い出した。
私が止めるべきだった、少年と人々の演奏会。
讃美歌と呼ぶのを躊躇うような、自由な音色たち。
……少年の笑顔が脳裏に過る。]
アルレシャ
[次に、同封されていたもうひとつを取り出した。
白色で作られたそれを同じ手順で箱のローラーへ引いて、
私は同じように、手を動かす。
表は確か────]
──………… ぁ …
[ゆるやかで、穏やかな音が空気に溶ける。
ゆりかごの中の赤ん坊へ、母親が歌う子守歌のように
怖いことなんてない、優しい微睡みの中みたいに。
子守歌なんて、実際、私は歌われたことはない。
だって私は夢渡りだったから。
母親が子供に対して歌うものだってことは知っていても
私の為に、聞かされたことは、一度も。]
アルレシャ
…… そっか
[私はオルゴールを奏でる手を止めて、呟いた。
止まっていたはずの涙がまたぽろぽろと溢れて、
空虚な家の中、私の泣き声だけが響いている。
街行く人が歓びにあふれていて、皆が笑顔で、
穏やかで幸せな星。
届いた手紙に書かれた、ロサを例える言葉たち。
どれだけ受け取っても、私の心は晴れなかった。
皆笑顔で、幸せで、平穏で、神さまに守られていて、
辛いことを辛いと知らなければ、いいのに。]
アルレシャ
（ 私、……わたしは、ただ…… ）
[〝与えられた〟役割を果たしていただけ。]
（ 楽しくないのに、笑いたく、なかった ）
[〝与えられた〟知識と規範に従っていただけ。]
アルレシャ
[ロサに届く活躍の報せ以外、
愛した人の行方も追えないくせに。
ロサに来てくれる旅人以外、
誰とも関わりを持てなかったのに。
私は与えられたもので生きていただけ。
だからひたむきに何かを得ようとした、
彼のことが 好きだった。 ]
アルレシャ
[与えられるばかりの人生だったから。
私は、与え方をなにひとつも知らなかった。
否定する方法と、誰かを傷付けることばかり重ねて
ただ唯一知っているのは、
しあわせを祈るこころだけ。
〝貴方〟が死んでしまったことも。
星を出て行った後の苦しみも。
知らなかった。知ろうとしなかった。
あの時の涙に寄り添うことさえ、…わたしは。]
アルレシャ
[──どん、と家の扉が叩かれた。
思考を止めて、咄嗟に今までの手紙たちを入れた箱と、
手元のオルゴールたちを鞄に入れて立ち上がる。
扉を開ければ、そこにいたのは白衣を着た壮年の男だった。
思わず眉根を下げては鞄の持ち手を握り締め、
私はちいさく口を開く。 ]
……お久しぶりです、せんせい
[記憶の中よりも随分と年老いたその姿に、
管理施設を出てから流れた時間の長さを思い知る。
せんせいは困ったように笑って、私を見つめた。]
アルレシャ
「 どうして、神さまを否定したんだい 」
…………夢から、目が醒めました
なんて、だめですか？
[せんせいは、納得していない様子で顔をしかめた。
だから私も肩を竦め、家の鍵をしっかりと閉めた後、
笑顔を消して言葉を足した。]
好きな人が、いるんです
アルレシャ
私なんかよりもずっとずっと、
その人に相応しい人がいるはずだって、思います
──でも、私はそんな未来を想像したときに
それを幸せだって 思えないから……。
[この星を案内した時に見せてくれた、人々の笑顔だって
〝なんの裏もなく受け取っていたかった〟。
私の欲を満たすために、彼らの笑顔を利用するのは
もうしたくなかった。
告げれば、せんせいへ手紙をひとつ、押し付ける。
ポストへ出せず仕舞いの、少年への返事だった。]
アルレシャ
[せんせいは言う。
今から施設へ帰って、夢渡りの能力の検査をするのだと。
私は頷き、せんせいに手紙の郵送を依頼して、
一緒に夕暮れの道を歩いていく。
物心ついたころから見て来たせんせいの背中は、
なんだか随分と小さくなったように見えたけれど。
あくまで私たちは、せんせいと〝夢渡りだったもの〟
いつかの親子のように、繋ぐ手の温もりは、無い。]
アルレシャ
[ 本当は、もっと良い手紙の書き方があること
内心で理解はしていたの。
でも私はやっぱりずるい人間で、
貴方が手紙越しに私を忘れられないように
手紙が、貴方を、繋ぎとめられるようにって
……なんて、本当に。
救えないわね、こんなの。 ]
アルレシャ
[ せんせいと歩く道の途中、
薄桃と水色のグラデーションで色づく花を見た。
仄かに過去のにおいがする。
二人笑い合った過去の、甘い花の香りだけが、
いつまでも私の中に残り続けた。 ]
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