3 ― 星見る手紙 ―
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旅行者 パウゼ
［あの夜から数日後、政府の掃討作戦は終了し、反政府組織の首謀者は処刑された。
この報道を知った時は、さすがに少し、気が晴れた。
この報道で泣く人間もいるのだろうが、自分はそこまで慮れる人間ではない。
郵便屋もその翌日には再び病室に現れ、この星は急速に日常を取り戻しているようだった。
そして今、自分は病室でベッドに座って手紙を書いていた。
置いてある封筒には既に宛先が４つ書かれている。
ここから出す、最後の手紙だ。
いつものように、ノックの後、医師が病室へと入ってきた。］
「こんにちは。
調子はどうだろうか。」
［笑って答えた。］
旅行者 パウゼ
先生、それ口癖ですね。
今日も全然問題ないです。
もう、自力で食べも歩けも、何でもできるようになりましたしね。
…先生、色々ありがとうございました。
ずっと、支えてもらいましたね。
「調子がいいなら、いいんだ。
明日は退院だからね。
おめでとう。」
はい
［言った後、少し言葉に詰まってしまう。
明日からは、本当の独りぼっちだ。
この後は、数日間政府指定のホテルに宿泊し手続きを済ませ、その後は独りで、遠くの故郷まで帰ることになる。
元居たホテルから病室に運び込まれたスーツケースの中にある、３人分の名前が書かれた帰りの切符はとうとう使われることはなかった。
寂しい。
やっと穏やかに過ごせるようになってきた夜が、また自分に襲い掛かってきそうで怖い。
黙っていると、医師が自分の腕に軽く、手を置いた。］
旅行者 パウゼ
「手紙を、書いてくれるんだろう。
楽しみにしているよ。」
はい
「もう来たくも見たくもない、と思えば、来なくてもいい。
二度と来ないことだってできる。君が自由に決められる。
けれども、もし、君が良ければ、いつでもここに戻ってくればいいさ。
その時は、酒くらい私が奢ろう。」
…
自分友達少ないんで、本気にしますからね…
［思わず顔を見合わせて笑った。
そして、医師は何やら手元の診断書のようなものに書き込むと、その端の部分をちぎって自分に渡し、そのまま部屋を出ていった。
内容を見れば、どうやら、医師の自宅の座標とフルネームらしかった。］
旅行者 パウゼ
［なくさないように、真っ白な封筒にその切れ端をしまった後、再び書きかけの手紙に向き合う。
ああ、皆は今、この広すぎる宇宙の色んな場所で、一体何をしているんだろうか、何を考えているんだろうか。
想像すれば、さっきまで怯えていた暗い宇宙の孤独な旅も、それほど恐れるものではないと、そう思えるのだった。］
旅行者 パウゼ
［手紙はちゃんと配達先に届いただろうか。
もしかしたら、宛所不明で返ってきたものもあったかもしれない。
暫くの間、不在中とのことで留め置かれたものもあったかもしれない。
しかし、たとえ返送されたとしても返事がなかったとしても、何故か彼らが事故に遭ったなどという感覚をうけることはなかっただろう。
ただの勘だ。
けれども、きっとそれぞれが、何かしかの理由でそこを離れただけ。
そう感じたに違いなかった。］
旅行者 パウゼ
［あの事故から少し経ち、今自分はアッサのカフェで、チラシを眺めていた。
仕事で来たわけではない。
自分は今、長い休暇中だった。
故郷に戻った後、いくらかの手続きなどの後処理をして、自分はすぐに仕事に戻った。
もう十分に休暇は取っていたので、同僚には全ての物事が終わった状態で帰ってきたものとみなされた。
自分も妻も何か連絡を取るような縁者は今はもういない。
ひたすら溜まった仕事を片付ける日々に忙殺され、十何日も働き通した。
同僚や取引先にはお悔やみの言葉をくれる者も多かったが、確かに辛いが、忙しすぎてそれどころではない、と笑って返した。
実際その通りだった。
一息つける、次の休暇が来るまでは。］
旅行者 パウゼ
［朝起きると、カーテンが閉められたままの家は静まり返っており、部屋の隅を見れば、スーツケースは持ち帰ったまま開かれてもいなかった。
何もしたくなかった。結局未だに全部なかったことにしたかったのだ。
その休暇はとうとうベッドから出ずに終わり、休み明けは再び職場に出たものの、明らかにぼんやりすることが増えていった自分は、職場の方から休暇の選択肢を迫られたのだった。
辞めるにしても、迷惑を掛けない辞め方をする。
そう伝えて長期の休暇に入った自分は、ゆっくりと、家のものに手を付けていった。
ゆっくりとスーツケースの中身を、形見を、手紙を丁寧に整理して、いくつもの夜を泣きながら、それでも独りで乗り越えていった。
命石は、真鍮細工で石を包むように囲い、ネックレス…というよりは、胸元に下がるようなペンダントの形にしてもらった。
そして、１か月ほどかけて様々な物を整理して、綺麗になった静かな部屋でさらに１週間ほど過ごした後、自分は部屋に鍵を掛け、再び旅に出たのだった。］
旅行者 パウゼ
［ふと気が付けば、ほぼ空になっていた紅茶のカップに知らぬ間におかわりが注がれていた。
『猫足』と言っただろうか、適当に入ったが随分気前のいい店だ。
一口お茶を飲んだ後、再びチラシに視線を戻す。
チラシには、『あの衝撃の特別公演から〇〇か月、再びの感動を皆様に』と大きく書かれ、背景には、恐らく舞台の上なのだろう、黒い背景に、１人の役者が両腕を広げ、大きな声で笑顔で何かを告げているようなまさにその時の、上半身の写真が使われていた。
つい先ほど、街を歩いていた時に配られていたものを貰ったのだ。
自分はあまり演劇に興味がある方ではない。
それでも、この写真には何か惹かれるものがあった。
一体、どんな公演なんだろう。
この店は店員の声も響いてくるような賑やかさだ。
チラシも大通りでそれなりの人が受け取っていたようだし、ここの店員も何か知っているかもしれない。
試しに声を掛けてみよう。］
旅行者 パウゼ
すみません。
［と少し小さな後ろ姿に声を掛ける。
しかし振り返ったその姿を見て少しぎょっとしてしまった。
どんだけ食べ物持ってるんだ…］
いや、後でいいです。
［すぐに言葉を継ぐが、彼はひょいひょいと手際よく客の元に料理を提供し、そう時間も経たないうちに、自分のところに来てくれた。
彼はやはり後ろ姿どおりの少年だったのだが、その所作はきびきびとしながらも丁寧で、どことなく育ちの良さを感じさせた。
注文じゃなくて悪いな、と思いながらも彼に声を掛ける。］
忙しいところすみません。
もし知っていたら、このチラシの方のことを教えていただければと思ったのですが。
あまり演劇には興味がないのですが、どうしてか、この写真は、本当に大きな何かを成し遂げたような…
いや、うまく言えませんが、ただの劇ではないような強烈な印象があって。
旅行者 パウゼ
この方、やっぱり有名な役者さんなんですかね。
劇、見たことありますか？面白かったですか？
［少年の答えを聞かなくても、半分自分の答えは決まっているようなものなのだが。
ちらりと腕時計を見やる。
今日の夜の回、当日券はあったりするだろうか。
公演後なのだろうか、チラシの彼は少しだけ疲れているように見えた。
けれどもまた、とても満ち足りた表情をしているように見えた。
旅に出てから、再び手紙を出すようになっていた。
他愛の無い事を綴り、お互いの無事を喜び合う手紙だ。
やりとりの中で、何人かは旅をしていることもわかったし、自分も移動しながらだから、中々スムーズな往復とはいかない。
だけれども、この大事なやりとりは、今もずっと続いている。
今日の夜は、きっと楽しいことが書けそうな気がするな。
そう思って、微笑んだ。］
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