3 ― 星見る手紙 ―
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水鏡に映る自分の姿は何に見えるだろう。
人か、それとも――。
どうやらこの中には、村人が9名、人狼が1名いるようだ。
影絵の郵便局員 リリス
おはよう。
お休みまでまだまだ先だけれど――
今日もお仕事、頑張りましょうね。
[銀河間郵便局の窓から覗く空は、いつだって黒く暗く、ただ数多の星の点ばかりを映す。
夜明けも、真昼も、日没も、勿論夜のあいだも。
この惑星をぎらぎらと照らす主星は、けれども、光を弾く空気のほとんどないこの星には明るい空を齎さない。
ある者は、この星の環境から生き物を守る壁と屋根持つ屋内で。
ある者は、宙を渡り銀河中を駆け巡る船に乗って。
郵便局員たちは、今日も業務に励む。]
新米修復家 キュー
[また、宇宙船が出るらしい。
出星管理局で申請の手続きを済ませる。
いつも申請を出すたび、断られているけど。
今回はどうだろうか。
宇宙に行けるか。
それが叶うかどうか。
まだ分からないうちから考えても仕方ないけど、もし行けることになったら。]
演者 シェルタン
《 声の張り方が独特。歌が上手い。
そういう観点で僕を評価する人々もいた。
今でも、“ 僕 ”に対してそう讃える人々がいる。
その技量を僕に培わせたのは、間違いなく、
ロサの民の長い歴史と共にある文化であり、
その一つとして、民がその知識を有する、
神さまと、神さまから賜る幸いを讃える歌劇だった。
僕はあの星で、演劇というものに――
確かにあの時、神さまを讃える芸能に心惹かれて。
それで真っすぐに、故郷の舞台に立つ役者を志した。
当然のように、あの歌劇の発声法も、
血が滲むほどの
演者 シェルタン
《 だから、姉さんの喪失の
……それを夢で、あの人に、知られてしまっても、いて。
僕はもう、授かりの大団円よりも自らの悲劇を選ぶ、と
そんな信念で――信念だけで――ロサを飛び出して。 》
《 それから暫くは、見ず知らずの土地を彷徨った。
世間知らずの癖に正直であろうとする心だ、
未だに思い出すだけで堪える出来事もあった。
切欠は、今は具体的には思い出せないけれど――
どこかの星で、今の座長と出会って、
その人が僕の演技の素質を見抜いたことで、
一座の一員としての人生が始まったんだ。 》
演者 シェルタン
《 「君の演技なら、多銀河で通用する。」
そう言われた僕だから、「演技」には拘った。
……本当に皮肉な話だ。己を偽りたくない者が
「嘘の世界」に拘るっていうのだから。
喩えそれが、夢や希望を、勇気を、信念を、
人々に届けるものであってもね。
だから……あちらの歴なら6年位前だったかな。
ただ「歌は上手い」とか、或いは「顔は良い」とか、
そういう評価ばかり耳に入ってしまった時期は、
本当に、本当に、堪えた。
その実態は、悪いことがひとつ耳に入ると
良いことが聞こえなくなる、の類だったかもしれないけれど。
この身体を僕が選んで生まれた訳じゃないし、
歌だって、演じることそのものじゃないし――
僕らの一座が――否、僕が、あの時の公演で
伝えられたことって、いったい何だったのかって。 》
演者 シェルタン
《 こんな思い出、寝物語にも相応しくない。
ただのその場限りの笑いのネタにして
片付ける気も起きやしない。 》
《 けれど。
その時に丁度届いた、僕の目を覚まさせた手紙。
それまで名前も知らなかった幼い観客。
そんな思い出も、今の“ 僕 ”は、思い出せる。 》
演者 シェルタン
《 ……その手紙があったお陰で。
僕が想いの糸を繋ぎ続けていたあの人には
見苦しい手紙を書いてしまわずに済んだな、なんて。
そんな見栄も、ああ、あの時はあったんだな。 》
演者 シェルタン
―― 朝の文学資料館 ――
[昨日、一昨日と変わらない薄明を映す窓の内側。
シェルタンとリェッカは、この日、宇宙船発着場から文学資料館に届けられた手紙の数々をデスクに広げていた。]
「はーいこちらフルト宛て、これはボク宛て。
これはえーっと……今日アイツ狩猟班じゃん……こっち避けとく。
で、こっちは資料館様宛だね、よし。」
[宛先である担当者の名の中に「シェルタン」はない。
外部に居所を伏せている亡命者シェルタンが、資料館職員として対外的に用いるのは「フルト」の名だ。
ちなみにリェッカはただの開拓民出身者であり、特に偽名を使う必要性はないとのこと。]
夢渡り アルレシャ
[ロサは今日も穏やかで、神さまの恵みによって回っている。
そう──この星では誰も彼もが幸せになれるのだ。
苦しいことも悲しいことも、神さまからの与えたお恵み。
疑うことも、感情をそのまま持つことも、してはいけない
夢渡りはそうして彼らを〝否定〟する。
貴方の抱いた感情は、
今まで守ってくださった神さまへの冒涜であると。
……ロサから出て行ったとしても、
他星の価値観が幸せを齎すとはいえない、と。
言って。云って。……いって、]
夢渡り アルレシャ
[朝起きて自宅の郵便受けを開き、私は小さな声を零した。
そして投函されていた封筒を優しく手に取り、
少し駆け足で家の中へと舞い戻る。
手紙は二通。
まずひとつめ、──住所のない差出人名のみの手紙。
へにゃりと頬を緩め、傷つけないように封を開いた。
ここ暫く途絶えていた便りが送られてきたことは、
私の心に安寧を与えた。
銀河系や惑星間で報じられる「舞台役者」としての報も、
いつしか途絶えてしまって以来。
彼の安否を知る機会は、この手紙しかなくなってしまった]
夢渡り アルレシャ
[外の世界は想像もつかないくらいに広くて、自由だ。
まして報じられるくらいに役者として認められた彼なら、
この星で他者を否定するような──
そんな役割しかない私に手紙を書くこと、なんて
いつ止めてしまったって責められないと思ってた。
幾つかの便箋と封筒を机から出し、ペンを取る。
そして幾らかの間をおいてペン先を走らせた。]
夢渡り アルレシャ
[もう一通は見慣れない──どころか、
ロサの案内役としても一番縁のない差出住所であった。
さて、病院といえば当然入院患者か医療従事者がメインで
まさか彼らがロサに用でもあっただろうか？
治療などに有効な薬草類の自生がないとは言わないが、
この星は侵略や戦争を一度も行っていないがゆえの
純度の高く、傷もないような、希少な鉱物や石類が多い。
故に外の星の者は、勝手に持ち帰ることを許されない
──ロサは自分たちの星という価値を理解していた。]
夢渡り アルレシャ
[が、勿論全てを門外不出とする意固地さもない。
彼らが正しく手順を踏み、ロサを冒涜さえしなければ、
案内人の判断次第で交易の許諾を下す。
夢渡りは手紙に目を通し。
幾らか前、きっちりと手順を踏まえてこの星にやってきた
柔和な男性のことをぼんやりと思い出した。
内容を全て読み終えれば、新しく便箋を引っ張り出し、
ペンをカリカリと動かし始める。]
夢渡り アルレシャ
[さて、もう一通。
これは送られてきた手紙への返送というわけではなく、
郵送事故から繋がった不思議な文通相手への手紙だった。
最初は全く知らぬ名前に当惑し、
どうしたものか──と悩んだものだけれども
書かれてあった手紙の内容に妙な胸のざわめきを憶え、
以降、定期的にやり取りをし合っていた。
彼女への手紙も認めれば、合計三通。
星間郵送センターのポストへそれぞれを投函すると、
夢渡りは無事の到着を祈った。]
新米修復家 キュー
[ひとつは、聞いたことのない、不思議な特徴をもつ星の人からだった。
その人は自分の知らない星々に思いを馳せながら、この手紙を書いたらしい。
僕は筆を執る。
見ず知らずの誰かの言葉に共感しながら。
この人に、なるべくチノホシのことを伝えられるように。
試行錯誤を繰り返しながら、書き連ねていく。
それでも大したことは書けそうにない。
それでも。ほんのちょっとだけでも。
手紙をくれた人の力になれたら。
何度も内容に目を通して。
それから、しっかりと宛名を書いた。]
新米修復家 キュー
[ひとつは、チノホシを訪れたことがある人からの手紙だった。
その人はどこかの星で"テロ"というものにあい、いまは病院にいるんだという。
一人で退屈なんだそうだ。
チノホシで、争いというものはとうの昔の出来事だ。
だから、それは未知の恐怖。
手紙を書きながら、僕はその人の無事を願った。
どうか。この手紙が届いて、わずかばかり、暇潰しの助けになるなら。
そして、このやりとりを通して、それを確かめることができたなら。
僕は、その人がいるらしい病院に向けて、宛先を書く。]
新米修復家 キュー
[ふたつの星へ手紙を出すために、僕は出星管理局を訪れる。
銀河間郵便局に繋いでくれる窓口から、それぞれへの想いを、託す。
そのわずかな動作に熱がこもった。]
新米修復家 キュー
[そして、体は小さく悲鳴をあげた。
どうやら、気づかないうちに熱中しすぎていたみたいだ。
そんなに気にするほどでもないけど。
もし、悪化して、体を壊しでもしたらいけない。
休まないと。]
演者 シェルタン
「で、こっちは……あーこれ、例のやつか。」
今日も来たんだ？
今度はどこからかな。
[「どこかの星の誰かに届いてほしい」、「自分の知らない星のことを知りたい」、といった類の手紙。
ヘイヴンではこうした、（届いた時点で）特定の宛先が見当たらない手紙は大体、文学資料館に回される。
他に誰かがたまたまそうした手紙に興味を示すならまだしも、そうでなければ自動的に「文学担当者」たちの担当にされるのが、この星のコミュニティのほぼ暗黙の了解。
故に資料館の職員は、手紙の文面に目を通す前から、だいたい勘でそういう類の手紙なのだと察することができるという。]
ちょっと読んでみる――…
演者 シェルタン
[自己紹介、居住星の紹介、そして質問、さらに質問――。
幼い字で綴られた、「此処じゃない星」のことを尋ねる手紙。幼心の好奇心を思わせる問いかけに「は」、シェルタンの瞳は確かに緩んでいた。
リェッカはその文面までは覗き込まぬまま、肉球のついた手でシェルタンの肘をぽんと叩く。]
「じゃあシェルタン。
今日もまたここヘイヴンという地の
遥かなる自然とフロンティアスピリットを、
好奇心の持ち主に正しく伝えるのお願いねー。」
あ。……ああ、うん。
じゃあリェッカ、また校正の方は――
「いや要らないでしょ。
昨日キミが校正に持ってきた手紙見た限り、
キミのヘイヴンへの理解度も
なかなか進んできているみたいだし。」
[こうしてこの手紙への返信は、度重なる校閲の面倒さを厭ったリェッカに任される形で、シェルタンひとりの目と手によって綴られることになった。]
演者 シェルタン
[―――なったの、だが。
頭の片隅に過る疑念は、宿主の生前に刻まれたものか、今の“ 演者 ”の時に聞き及んだものか――。
この手紙の中でも言及されている、他所の星からの「不気味」の評が、じわりと背筋を這い出して来る。
“ 演者 ”が抱くこの否応ない不安は、単なる個人のプライバシーの問題に留まらない。]
《 僕が“ 僕 ”だって、判ってしまう。 》
[返信を綴る手が、一度、止まる。
はあ、と息を長く吐いて――ペンを持たない方の手を握りしめる。]
《 いや、そんな訳ない。 》
演者 シェルタン
《 ハーツの民に判るのは、同胞たる民の心だけ。
確か何処かの船でそう聞いた。
だから“ 僕 ”の心まで読まれる訳じゃない。
……あんなのは、ただの都市伝説だ。 》
《 第一、手紙越しにまで心が読めるなんて――
いや、そんな種族もいた気がした、けど。
それはハーツの民のことじゃないだろ。 》
《 ここでこの子のことを疑うなんて――、
それこそ、人間に「都市伝説」を作られている
“ 僕ら ”のやることなんかじゃない。 》
[ここヘイヴンにあって、自分があの「舞台役者シェルタン」であることは明かしていても、“ 演者 ”であることまでは、特に打ち解けているリェッカにすら明かしていない。
そんな“ 演者 ”は、この宿主の五感で知る限りの答えを再び綴っていく。
相手の手紙の中の祈るような言葉に、きちんと応えるように。]
演者 シェルタン
[「疑いたくない」という思考が、“ 演者 ”の心をまた緩ませる。
そもそもその話題に触れること自体が危ういことだろうに、それでも筆は滑ってしまった。]
《 ……まあ、流石に判る訳ないだろ。 》
[仮に読心ならぬ直感で察されてしまったとしても、書いてしまったものはしょうがない、と。
その文面は下手に塗りつぶしたり千切ったりせず、そのままにしておいた。]
演者 シェルタン
[ヘイヴンという「避難所」は、この星の大気によって害を受ける種でない限り、あらゆる難民や亡命者の命綱になり得る星。
けれどもそんなこの星の多種多様な住民たちであっても、あるひとつの「都市伝説」めいた共通認識はあるらしい、と。
この星に辿り着いて幾らかしてから、シェルタンも薄らと察していた。]
《 “ 僕ら ”は、死んだ生命体を死んだまま
操るウイルスなんかじゃない。
それより、野生大トカゲを乗り回して
草原を駆ける方が現実味がまだある。
それもひどいと思うんだけどな…… 》
演者 シェルタン
―― 終業後の自宅 ――
[資料館の業務は、平常と特に変わらずに過ぎていく。
帰路に就く際にまた発着場近くのポストに立ち寄って、資料館で書いた手紙をまとめて投函するのも、またいつもと同じだったが。
ほんの少しだけ、ヘイヴンに来てからの日常と異なる出来事が、この日にはあった。]
あれ？ 何だこれ。
《 狩猟班の書置き？
いやまさか僕にハンター召集とか……まさかな…… 》
[難民等の移民向けの簡素な住宅のひとつ。
シェルタンの自宅に当たるその一室のドアに、何かがひとひら挟まっているのが見えた。
固唾を飲んでそれを引き抜き、広げてみると――]
演者 シェルタン
――――え？
[予想していなかった名前が、そこには記されていた。
そしてそれは、この宿主の記憶の中に、はっきりと残されている名前だった。]
キュー、どうして、ここが……
《 いや、こういうことも、あるか。
こんなの星の海のお伽噺だろ、とか
座長に言ってたのが恥ずかしいな…… 》
[相手が誰なのかが分かったからこそ、シェルタンは長く息を吐きながらも、いつかの都市伝説ならぬ「星の伝説」を思い出しながら笑うことができた。
（仮にもし差出人が不明だったなら、この場面は逃亡者にとっての「戦慄のシーン」と化していたかもしれない！）]
【 匿名 】は、メモを貼った。 
演者 シェルタン
[微かな星灯りばかりが窓に映る部屋。
飾り気のないテーブルの上にはランタンひとつ、最低限の質素な筆記用具が一揃い。
暖色の光に照らし出された手紙を眺めながら、まっさらな一枚に筆を走らせていく。]
《 もしかして、今までずっと。
連絡つかなくて困らせてたとか
そういうこと……あるな。うん。 》
……ごめん。
[伝わることのない謝罪がひとつ、静かな部屋に響く。
興行主によっては、公演の際にファンレターの宛先を指定して手紙を届けて貰えることもある。けれどもそれも公演終了後の一定期間まで、ということがしばしばで――。
そしてそういう計らいが得られなかったなら、なおのこと、一座としての連絡先は不明瞭になる。
ちなみに「一座内での郵便連絡ルート」であれば密かに存在するのだが、それについては別の機会に。]
【 匿名 】は、メモを貼った。
新米修復家 キュー
[修復家専用の居住区。
そこを、まるまる一階層ずつ、自宅として使っている。
そもそもが修復家としての学舎に併設されている学生寮で、お隣さんはみんな修復家仲間だ。
そんな環境のためか、学校を卒業しても、いくらかはそのまま住み続けていたりする。
身分証をかざすと、エレベーターが揺れひとつなく、僕を部屋まで送り届けてくれる。
休むまえに。窓の方へと歩みより、真っ黒な空を隠すように、その液晶を触って星空を映し出す。
僕は、それをなんとなく、眺めながら。
保護用のカプセルに横たわった。]
夢渡り アルレシャ
[ 夢渡りの数は多くはない。
そしてその上、一定の年齢に達すると、
示し合わせたように夢渡りはいなくなる。
年齢が理由ではない。
夢渡りとは、神さまが与えた役割のことであり、
国を出た一部の者などからは、
〝監視者〟とも呼ばれている。 ]
夢渡り アルレシャ
[夢渡りは生まれたときから、役割を強いられる。
神さまに直に役目を与えられた尊い存在であるために、
──余計な情緒が育たないように、
管理施設に入れられ、集団で育ち、やがて独り立ちをする。
何よりも神さまを信じること。
何よりも神さまを重んじること。
だから相手の自由を否定した。
けれど外の世界を知りたかった。
なのに彼らの未来を認めなかった。
そうするのが存在意義だった。]
夢渡り アルレシャ
神さま、……神さま
貴方の言う通りに、私、お役目を全うしているのに
どうして出て行く人たちはみんな
[今日の手紙を思い出す。
妻と娘に会いたいと書かれた、何気ない一文。
ずるい、と思った。
両親の元で育てて貰える、手紙の主の子どもにも
愛した人の傍で生きていける彼のことも。
私は。
役目を全うして。両親も、友人も、恋人も失って … ]
夢渡り アルレシャ
[衝動的に封筒と便箋を取り出し、ペンを取る。
そして殆ど衝動的に走り書いた手紙を抱え、
夜も遅いというのに、星間郵送センターのポストへ駆け、
夢渡りはその頃には妙に落ち着いた心地で、
星空を眺めながら、帰路についた。]
青年 シャト
ー 来訪者と青年 ー
[アルカディアは暖かい時季と寒い時季が交互にやってくる。
旅人がやってくるのは、大体暖かい時季だけど、寒い時期にやってくる人もいないわけじゃない。
仕事でやってきたという男性に会ったのは雪の降る、とても寒い日だった。]
青年 シャト
[僕はその日、自分の担当する公園の植物の様子を観察していた。
寒暖差の厳しいアルカディアで生きる植物たちは、雪に降られた程度では枯れたりしない。けど、寒い間に充分に水を蓄えないと発芽できない植物などもあったりするから、観察してその植物に適した状況にすることはとても大切なことだ。地道だけど、誇りを持って仕事をしていた僕に話しかけてきた男性がいた。
僕はその人を見て驚いた。
見えないところで防寒していたのかもしれないけれど、僕の目にはとても充分に防寒できているとは思えなかったからだ。
コートを着ても、マフラーを巻いても、なお寒かったろう。
実際、彼の服装がどんなものだったかはさておき、寒い星の防寒装備でも着用してなければ、大分厳しい寒さなのだ。
だから、この星を訪れる人は大抵暖かい時季に訪れる。
この寒い日に、旅人である彼は大丈夫だろうかと、お節介にも心配したのだった。]
青年 シャト
[そんな僕の心情を知ってか知らずか、彼は仕事熱心な様子で僕に鉱物資源について聞いてきた。
僕は首を捻った。鉱物資源については心当たりがなかったからだ。
代わりといってはなんだけど、僕は手近に落ちていた掌に収まるほどの大きさの皺だらけの実を強く握って彼に渡した。
それは強い圧力を加えると熱を発する性質を有していて、アルカディアの人は懐に入れて暖を取るのに利用する。
役に立つのではないかと思って彼に渡してみたのだ。
発熱する実を手で包んでわずかに暖を取ってもらいながら、少しでも寒さのましな、話のできそうな場所を探して移動した。
幸いにも飲食店の多い通りが近くて、喫茶店に入って、一息ついて、それから彼の話を改めて聞いた。]
星の停滞 ステラ
募る想いと幻想の現実
[ 風と共にカーテンが揺れる。
病室からは子供達が遊んでいる様子が見えていた。 ]
『よっ、ステラ』
[ 病室の扉が開かれると、そこには女性が立っていた。
年齢を重ねた色気と、筋肉質な姉御と呼ばれるような人。
それが私の探し人だった人であり、父の師でもあった「ノッテ」だった。 ]
こんにちは、ノッテ
今日はどうしたんですか？
『用事がなかったら来ちゃいけないのか？
って聞くのは野暮かねェ？』
い、いえ……、そういうつもりじゃなくて……。
『ははっ、冗談だよ、冗談
それに用事あるにはあったからね』
星の停滞 ステラ
用事……、ですか？
『ああ、用事……、ってなんだいその反応』
ああいえ、本当に用事があると思ってなくて
『……いつも思うが、あんたって意外と言うよな
まぁ、そこがあいつの娘らしいが。
用事ってのはこれさ、ファンレターってやつ？
ルクス先生へのお手紙をリブロから預かってきたんだよ』
[ そう言って彼女は小さな箱を手渡してきた。
中身を見ればいくつかの手紙が入っていた。 ]
ファンレターですか、久しぶりというかなんというか
いつもより少ないですね
『あんたの体調も考えて減らしたってさ。
安心しな、あいつの元には大量にあるらしいからな。』
星の停滞 ステラ
暁る想いの宿木
[ 渡された手紙を丁寧に、それでいて大切に開封して読んでいく。
危険な物は担当のリブロが外してくれるから安心して読めているので、彼には感謝しないといけない。 ]
『……にしてもだけど、
本書いてる奴ってのはみんなそうなのかい？』
そう、とは？
『ファンレターだよ。
あんた全部読む気みたいだけど、物書きは皆そうしてんの？』
……さあ？
私自身他の物書きをあまり知りませんし、
シャト、物書きの友人にはそういった話をしないので。
『じゃあ読んでるのはあんたの意思なのか』
ええ、電子レターの方はあまり読んでいませんけどね
星の停滞 ステラ
[ 直接送られたファンレターは全て目を通してる。
それはいつからできた習慣なのかはもう覚えていないけれど、
忙しくても時間を作って読むようにしていた。 ]
せっかく自ら筆を取って書いてくれたファンレターなんです
読んであげないと可哀そうじゃないですか
[ 詰め込まれた想いを見るのが好きだった。
たまに返事を書いて、お話のネタにすることもあったし、
正体を隠してその星を訪れ、直接話したこともある。
それは異端であることは自覚していた。
けど、私には耐えきれなかった。
辿り着かなかった想いが、酷く辛く虚しいことを。 ]
星の停滞 ステラ
[ 深海の底に沈む幻覚を見た。
酷く寒く、酷く痛い場所だった。 ]
「おとうさん、あそぼ？」
『……ごめんな』
[ 息苦しく、呼吸もままならない。
燈火がゆらり、消えて行く。]
「おかあさん、おからだどう？」
『だいじょ、ｯ！ごほっ、げほ…』
「おかあさん！？」
[ 暖炉の近くで眠るように、陽だまりで歌うように。
包まれるような、小さな温もりでいい。
星の停滞 ステラ
[ 一つ、読み終われば折れぬように戻していく。
今は時間もあるからゆっくりと行う行動。
ノッテは暇になってしまったのか椅子に座り寝てしまった。]
(帰ればいいのに、律儀に残るんだから……。)
[ 彼女も変なところ律儀で、真面目なのだ。
見た目はどうみても悪人なのに……、子供に泣かれるのが悩みのかわいらしい人。
呆れのような、仕方ないなぁという温かい気持ち。
そんな彼女を横目に、次のファンレターを開いた。 ]
(おや……？)
[ 内容自体は特に物珍しい話ではない。
書いた相手が若いことがわかる、幼いかわいらしい字で、
本を良く読んでくれてることがわかる文章。
けれど、何故か惹かれた。
理由はわからないけど、筆を取った。 ]
星の停滞 ステラ
[ お返事を書くと決めて、筆を取って悩んでしまった。
書く内容はほとんど決まっている。
けれど、一つだけ決まらなかった。 ]
一番好きな星……
[ 様々な星を書いてきた。
書いた星は全て好きだけど、一番の星と聞かれると何も思いつかない。
世界を嫌う少年が住む星も、
機械が小さな子と家族の絆を紡いだ星も、
怪物の涙で沈んで行った星も、
そして未だ綴っていない誰も知らない幻の星も。
みんな好きな星。
けれど一番となると、 。 ]
青年 シャト
[話を聞き終わったあと、僕は星の資源を管理しているところへの紹介状を書かせてもらった。
仕事の話を聞かせてもらって、僕もこの星について知っていることをある程度教えた。そのやりとりで、彼が僕を頼ってくれるなら力になりたいと思った。
環境保全局という全く管轄の異なる一局員の紹介状がどれだけ役に立ったかは分からないけど、少なくとも門前払いされることなく、話を聞いてもらえたのではないかと思う。]
青年 シャト
[アルカディアは閉鎖的だけど、他星との繋がりや有用なものを常に求めている。
著しい危険が伴うことがなければ、星の発展にも繋がりそうな話は受けるのではないか。そんな気がした。]
星の停滞 ステラ
ノッテ、おはよう
『あ？……ああ、読み終わったのかい？』
うん、それで悪いんだけど
『家に持ってけばいいんだろう？
安心しなちゃんと』そうじゃなくて
この手紙出して欲しいの
いつものように
『……はあ、わかったよ。
この手紙はしっかり出しとくよ。』
いつもごめん
『いいよ、どうせやることもないしね』
[ カーテンが揺れていた。 ]
旅行者 パウゼ
結構、熱中するもんだな。
［ふっと笑うと、ある星の天体儀を出現させたままの地図を横に置きつつ書いていた手紙のペンを置き、看護師に体勢保持のため背中側に複数置いて貰ってあったクッションに全身で凭れた。
さすがに疲れた。
ずっとベッドに寝たままの身体では、手紙を書くのも少ししんどい。
けれども今、熱中できることがあるのはありがたかった。
送った手紙は今のところ即宛先不明で戻ってくるということはないようだ。
ならばとやる気を出してしまう。
さあ、途中まで書いてみたこの手紙、今日はどこに向けて出してみようか。
思い出深い星は他にもあるし、いっそ行ったことのない星に向けて出してみるのも悪くない。
そんなことを考えていると、いつものようにノックの後、医師が病室へと入ってきた。］
旅行者 パウゼ
「こんにちは。
調子は…良さそうだね。」
［微笑む医師に、こちらも笑って返す。］
ええ、こんな凭れかかった姿で先生と話すのも申し訳ないですが。
身体はまだうまく自由は利きませんが、痛みは大分ましですし、頭も大分その…ぼんやりとしていたのが良くなってきた気がします。
手紙を書いているんですよ。
ここしばらく手紙を書くなんてこと無かったんですが、悪くないですね。
もう、退院も近いですかね。
星の停滞 ステラ
箱庭の迷い人-記憶
[ 残念、寂しい、心配。
届いた手紙を読んだときに感じた想い達。
そして、そこに少し加わった「やっぱり」という気持ち。
少しの空白期間。
彼にしては珍しいと心配したとき、どこかこうなると感じていたのは、彼の文字がどこか迷っているように見えたからだろうか。
きっと自分には何もできないと思ってしまったのは、時期を同じくして入院したから。
自分の無力さを実感していた。 ]
……違う。
[ 書きかけの手紙を破り捨てる。
病室の窓から飛び去っていく便箋だったもの。
次の訪れはいつだろうか。
寂しくなりいつか自分から送るのだろうと、筆を置いた。 ]
旅行者 パウゼ
「まだ、身体は良くないんだろう。
焦ってはいけないよ。
でも、そろそろ…
いや、ゆっくり休んでくれ。
あまり根を詰めてはいけないよ。
それじゃあまた」
［この医師にも大分慣れてきた。
またよろしくお願いします、と声を掛けると、医師はこちらを見やって肯定するように一つ頷きつつ、何やら手元の診断書のようなものに書き込んで、そのまま部屋を出ていった。
いつもより表情が固めなのが、不思議だった。］
払暁 アカツキ
[少女はいつも思っていた。
心が分かるようになるのはいい事だったはずなのに。
そのために作られた薬のはずなのに。
どうして、心を読めない自分が希望になっているのだろう、と。
持たない者は持つ者の苦悩を知らず。
持つ者は持たない者の苦悩を知らない。]
払暁 アカツキ
[ハーツでは争いが絶えなかった。
戦争というほどではない、小競り合いの多い星。
放っておけばいつか大きな争いになってしまう。
心を通わせれば、人々が分かり会えたなら。
手を取り合って、微笑みあえる日が来る、と。
心を理解する薬はそんな経緯で作られた。
そうして心が分かるようになったとき民は理解してしまう。
全てが筒抜けになってしまうことは不便極まりない、と。
だから、”分からない”少女を半ば崇めるかのように希望だと祭り上げて。少女にとっては迷惑でしかないことなのに。]
次期当主 レグルス
[子が“子”として過ごす為に借りる部屋の一角。
１人の人間が住むには妥当な広さ。
書き物机に本棚、ベッド、暖炉、椅子。
お忍びで出会った人々への手紙の読み書き、
人目に付かない場所で過ごす時。
ヴィルヘルム家の屋敷や
基地に置けないものを届けるなど
“将”とバレない為に用意した子の拠点。
（例外こそあれど）子に宛てられた手紙は
大体こちらの部屋に届く。]
次期当主 レグルス
[子は手紙を出した。
惑星アッサには郵便投函箱……
いわゆるポストは異星文化交流の地らしく、
場所によって風景に馴染む色をそれぞれ塗られている。
黒く塗られた投函箱を見つけると、
爪先立ちで手紙をポストに入れた。
余談、アッサの街には伝言配達士の名で
手紙を回収する職業がある。
怪我もしくは病気で、もしくは出発が差し迫り
投函やアッサの郵便局へ立ち寄りが難しい人達の元へ
手紙を回収し、投函もしくは
アッサの郵便局窓口へ代わりに渡してくれるのだ。]
次期当主 レグルス
[最後に部屋を片付け屋敷に戻ろう。
部屋の前まで戻り扉を開けようとした、その時。]
あれ？
[郵便受けに何か入ってる。
鍵を開け中のものを取り出す。
危険物探知機能に反応は無かった。
封筒を見た、子の顔が綻ぶ。]
（あ、案内人のお姉さん！）
[封蝋で、誰が送ってくれたか
すぐに分かった。お手紙を交わす仲、
惑星ロサ、あの星の────]
次期当主 レグルス
─回想・案内人のお姉さんと子─
[某任務より帰還後、惑星ロサへの観光旅程が叶い
子は惑星ロサの地に降り立った。
惑星ロサでは観光目的の訪いは>>0:189
具体的な日時と宇宙船の便名、容貌に服装と
手続に従い申告した。
ハッキリとした日時の記憶は無いが
便名は宇宙船クラウン、
服装は白地に襟・スカーフが紺のセーラーに
紺のパンツという格好なのは覚えている。
生物や資材を持ち帰らない、
〝案内人が同行する場合があることの承諾書〟
子に否は無かったので全て同意した。
意味合いは違えど案内人が付く旅は、子にとって珍しくも無かったので抵抗は薄かったのもある。]
次期当主 レグルス
[ただ名前については
お忍び用の偽名レオン・クロムウェルと
軍上層部に発行されるお忍び用の身分証明証を提示したが
そちらは受理されたかどうか。
ロサ側で調べれば
レオンとしての戸籍も存在すると分かるだろう。
レオンとして借りた部屋の住所が登録されている。
だがうまいことアッサ防衛軍・ウル銀河同盟軍の
情報部へハッキングし最高機密を入手など
“将”としての正体を知ることも一応可能だ。
もし正体が判明すれば内密にして欲しい、
レオンとして滞在させて欲しいと子は依頼しただろう。
本来の立場を明かしての訪問となれば
政治的側面の意味合いと誤解されかねない、
あくまで一個人としての訪問なのだと打ち明けて。
正体を知られず赴けるなら幸いだが、果たして……？]
次期当主 レグルス
[子だからか、若しくは案内役の手腕か
観光地らしき場所に案内された子は>>0:190
すっかりロサの地を満喫していた。
子は思わず楽器を奏でたくなった。
１人で他の星に来るのがすごいと言われた時、
子は嬉しそうに微笑む。
肩書きや血筋でなく
個として褒められたように感じたらしい。
１人で出来ることを褒められるのが
嬉しいお年頃なせいもあったが。
その後許可を取り、子はオカリナを吹く。>>0:1190
すると路上演奏家達が賛美歌のメロディーを
合わせてくれた。子も乗った。途中ハーモニカも奏でた。
子は笑顔で演奏家達にお礼を言った、と
ここで我に帰り案内役に気付いて
ノリノリの姿を見られてしまったかもと
少し恥ずかしげに俯いた。]
次期当主 レグルス
[アッサは多くの旅人立ち寄る異星文化交流の地、
他宗教が昔から共存した場所で育った子は
“そっか……ちゃんとおばあちゃんとお別れ出来た？”
そう聞こうと言葉を発する前に、間へ入り込まれた。
体に染み付いた将としての反射で一歩下がり
一瞬防御の構えを取り、すぐに解除した。
突然の行動に戸惑ったのも、束の間。
楽しい遊びをという言葉に賛成する。>>0:192
案内人が子に尋ねる時はあったか。
もし何して遊ぶか聞かれたのなら、
鬼ごっこや大縄跳び、楽器を演奏しての
曲当てゲームはどうか提案したことだろう。
逆に子はロサの宗教的造形物や舞台の見識は浅いので
話を聞けたらきっとキラキラした目で
耳を傾ける子が見れただろう。]
次期当主 レグルス
─現在・子としての借部屋─
[子はどんなにそっと開けても
封蝋にヒビを入れてしまうことを残念に思いつつも
中身に目を通し、最後の文にこくりと頷く。]
（言葉で表すのは簡単だけど、
言葉に出来ないものまで伝えるなら……）
[思い立った子はパンチカードに音符を記し、
何枚か慣れた手つきで次々と穴を開けていく。
それを蛇腹にし、軽く掃除したのち
手紙を書いてポストに入れた。]
次期当主 レグルス
[この時、子はミスをする。
機密文書溶解サービスに処分を依頼しようとした
“子”としての感情と良心、その他の一片が記された
或るものを入れた封筒も共に投函したのだが、
仮に出回っても子や将とは
何も関連付けにくいであろうと判断したため
アッサの民間サービスに依頼した筈のもの。
郵便事故か、何かの意図か
ひょんなことから子に、将にとっては
一番届いてはならぬ相手に向かってしまうとは
まだ知る由も無い。]
青年 シャト
[物思いに沈み込んでいると、同僚からの連絡で我に返った。
療養のために最大限の配慮はされているけれど、どうしても仕事上、必要な外出というものはある。
気づけば昼過ぎ。今日は昼から出勤の予定だったのに、すっかりと頭から抜け落ちていた。]
しまった。謝らないとな…
[一人ごちながら外出準備を整えて、外に出る。
寒風が身に沁みる。雪こそ降っていないものの、暖かくなるにはまだまだかかりそうだ。
そうして僕は環境保全局に顔を出して、遅刻したことを詫び、自らの担当である公園に足を運んで植生に異常がないかを調査する。
寒さはまだ厳しいのに、公園のあちらこちらにちらほらと小さな蕾が見受けられるのが、なんとも逞しい印象だった。]
青年 シャト
[仕事を終えて家に帰ると、郵便受けに郵送物管理局から荷物を届けた旨の通知が残されていた。
慌てて郵送受けの中を確認すると、出てきたのは二通の手紙｡
僕に星の外から手紙をくれる心当たりがあるのは、友人のステラだけだ。一通の手紙は、間違いなく彼女が差出人だった。封筒に記された見覚えのある文字を見て、なんだか、ほっとしたような心地がした。
僕から手紙を送るのをやめて随分経つ。それでも彼女が手紙を書いてくれたことが、ただ純粋に嬉しかった。
問題はもう一通の手紙だ。星の外にステラ以外の友人がいないわけではないけど、それらの人たちは段々と連絡が間遠になって、やがて返事が返ってこなくなった。
定期的にやり取りしていたのが彼女だけだから、配送ミスなんじゃないかと思って差出人を確認して驚いた。
それは、もう二度と会えないと思っていた人からの手紙だった。]
演者 シェルタン
《 本当に、あの星での出会いは夢みたいだった。
僕らが届けに来たものを、
逆に貰ってしまったみたい、だった。 》
[かつて星の旅人たちを迎え入れた、色とりどりのおもちゃ箱のような景色の記憶。
それはその星の――ヘイヴンとは真逆にも見える星の――歴史を紐解けば、手放しで讃えられるものではない「停滞」だったかもしれないが――。
宿主の頭の中に巡る思い出に、“ 演者 ”が宿る身体の、その頬も自然に緩んでいく。]
《 ああ、今でも僕は夢見ている。
こんな状況だけれども、僕は――… 》
演者 シェルタン
《 ―――…これは、“ 僕 ”の夢なのか？
“ 僕 ”じゃない、僕の夢じゃないのか？ 》
[宿主の記憶も考え方のクセも有していながら、それでも宿主ならぬ自我の“ 僕 ”。
その自覚がぶり返した時、シェルタンの手は、止まってしまった。
こんなことは初めてではない筈で、それでも、止まってしまった。
暫く俯いてから、シェルタンはまた筆を執り――。
そうしてひとり、夜の帳の星の下、人気のないポストへと足を延ばす。]
次期当主 レグルス
─屋台の人とお手紙、そしてお姉さん─
[手紙を出した帰り道、
子は屋台の人物に呼び止められる。
聞くと自分宛の手紙が屋台の人に届いたとか。
配達ミス？と思ったらどうも違うっぽい。
何で自分なんだ？別にいいけど。
というよりよく思いついたな……とかなんか言ってるし。
色々と分からないことだらけだけど
とりあえずお礼を言って手紙を受け取った。
屋台の人は字が書かれてる方を上にした。]
次期当主 レグルス
[獅子が書かれた封筒に宛先は無かった。
でも、送り主の名は……]
（え、待って、嘘。本物……？）
[“将”としては誰かが成りすました、
偽装の可能性もまだ否定は出来ないけれど……]
次期当主 レグルス
[“子”の心臓は、跳ね上がった。
ぽたり。雨が降った。
いや、雨じゃない、雫だ。涙だ。
雨は、自分の涙だった。
子は泣いた、ほろほろ、ほろほろ何度も泣いた。
子は泣けた。子だから泣けた。
屋台の人は良かったなって言ってくれた。
子は頷いた、何度も何度も頷いた。
涙拭った、屋台の品物買った、食べた。
手紙をぎゅっと握りしめ、借りた部屋へ
大急ぎで走って戻る。]
次期当主 レグルス
[しばらくすると気持ちも落ち着き、
しみじみと嬉しそうに便箋を眺めたところで
子、気付く。
さっきプエル先生宛に出したお手紙で
「お姉さんと連絡がつかない」なんて書いた直後
お姉さんから手紙が来たという事実に。]
（……こんなことある？）
[先生へのファンレターもう少し待ってから
書けば良かったとちょっぴり後悔しつつも
子は嬉しそうに便箋を取り出す。]
次期当主 レグルス
[“将”と“子”での筆跡は、
父より受けた訓練の結果
筆跡鑑定でも高確率で別人と判定されるほど。
しかし、“子”としての筆跡は
何種類も使い回しなどしない。
子はまだお姉さんが先生だとは気付かない。
だから、手紙と手紙を見比べてしまえば──
どちらも“子”が書いたものだと
容易に判別できることだろう。
それ以前に子だとわかる証拠が他にあるが、
手紙を受け取った相手でないと恐らく分からない。]
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