3 ― 星見る手紙 ―
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翌朝、 パイ焼き ゲイザー の死が告げられた──……。
夜が明け、村人達は互いの安否を確認する。
どこからか上がる悲鳴。
村人の一人が、凄惨な赤い跡を震える指で示した。
噂は真実だったのだろうか。隣人の顔すら歪んで見える。
猜疑心に苛まれた村人たちは、怪しい人物を排除する事にしたのだった――…。
現在所在が確認できるのは 影絵の郵便局員 リリス、 次期当主 レグルス、 演者 シェルタン、 払暁 アカツキ、 星の停滞 ステラ、 青年 シャト、 夢渡り アルレシャ、 旅行者 パウゼ、 新米修復家 キュー の 9 名。
影絵の郵便局員 リリス
[日々忙しない銀河間郵便局にも、ランチタイムはやってくる。
ドーム型の透明な天蓋の下のカフェテリアに、職員たちが各々の休息と楽しみを求めて訪れる。
職員ごとにランチタイム休憩の時間はずれているから、カフェテリアが昼時にごった返す心配はあまりない。]
昨日の新作の*チキンドリア*、とっても美味しかったわ。
今日はスターゲイジー・パイと*鉄観音茶*をお願いできるかしら？
[リリスもまた、このカフェテリアを頼る職員のひとりだった。]
影絵の郵便局員 リリス
嵐にも負けずに海に漕ぎ出でたひとりの漁師が
見事沢山の魚を捕ってきて村を飢えから救った――
なんてお伽噺がこのパイにある訳じゃないけれど。
[魚の頭が飛び出たパイを切り分け頬張る最中、リリスはつぶやく。]
影絵の郵便局員 リリス
ワタシたちの船も、お伽噺の船と同じかも。
心あるものの言葉を繋ぐために、
どんな流星雨にも磁気嵐にも、戦火にすらも
怯んでなんていられない。
[飛び立って行く郵便船の影も、手紙を集めて戻ってくる郵便船の影も、この時の真昼の空には浮かんでないけれども。]
とはいえ、無謀な出航はしてほしくないわ。
労働災害死だなんて、ワタシだったら嫌だもの！
新米修復家 キュー
[また一日がはじまる。
天体観測用のプログラムを
閉じながら、今日の気温や湿度を確認する。
それから、僕は体の点検をはじめる。]
新米修復家 キュー
[僕の体は精密な機械で出来ている。
これは、人が死の運命に抗おうとしていた時期に造り出されたものだ。
クローン技術で肉体を入れ換える試み。AI技術で機械に自己を投影する試み。
そのどれもが、その人を完全に再現するのは不可能とされ、失敗に終わった。
そして人を模した器は、子を望みながら、それが叶わない人たちのもとへ贈られるようになった。]
新米修復家 キュー
[さて、カラクリ仕掛けの僕たちにも寿命というものが存在する。
それは、僕たちが人として。
この星の人と共に生きるために必要なことだった。
僕の
そして、然るべきときに、僕はこの
新米修復家 キュー
[僕らの存在は、この星が保護するたくさんの文化財と同じで、かつて栄えた象徴のひとつだ。
星のあっちこっちに僕たちの信号をキャッチできる
その所有権は星に帰属する。
そうして、また
そうやって巡っていくもの。
それでも、僕らが人として生きている間、チノホシではあらゆる権利が認められる。
当然、宇宙に行くことだってできる。
それが叶わなかったのは、もしものとき、そのトラブルに対処できるほどの力が備わってなかったから。]
新米修復家 キュー
[もし予期せぬ旅先の事故で壊れてしまったら。
そんなことになったら。
そこで僕たちを直せる人はいったい、どれくらいいるだろう。
そのまま回収もされず、人知れず朽ちてしまうかもしれない。
生命の保証はチノホシに生きるすべてのものに約束されなければならない。]
新米修復家 キュー
[僕はおかしなところがないか、ひとつひとつ調べる。
うん、問題はなさそうだ。
僕はもう一度、それを丁寧に確認してから、作業を終えた。]
【 匿名 】は、メモを貼った。 
【 匿名 】は、メモを貼った。
青年 シャト
[家に入って、椅子に座る。
どくどくと、心臓の脈打つ音が聞こえる。76回の心拍と19回の呼吸が久しく忘れていた感情を僕に伝える。あれほど待ち望んだ変化がやってきた。
ペーパーナイフを手にとって、白い封筒を開封する。
癖はあるけど綺麗な文字列に、ああ、ステラからの手紙だと改めて嬉しくなった。のも、つかの間。]
え…？
[一つの星に滞在することになったとの言葉に思考が止まる。
どうして、何が、あんなに旅を愛していた彼女が足を止めただなんて信じられなかった。
定住したくなるほど美しい星なのか、そこまで考えて、その考えを否定する。
色々な事情が重なって滞在することになった。その書き方は、きっと対外的な理由によるものなんじゃないか。
何があったのか聞きたい。後半部分は文字が震えて、何かしら思い悩みながら手紙を認める彼女の姿を想像させた。]
青年 シャト
[思えば手紙のやり取りを続けて、もう6年。
僕が彼女の手紙を受け取ったときに思い描くのは、いつだって出会った当時のままの明るくて物知りな彼女だった。
けど、僕が彼女と出会った当時とは随分変わったように、彼女もまた変わっているのだろう。
手紙越しでは、それに気づかなかっただけで。
もし、もし彼女が、僕が文を書けなくなったように、旅をできなくなっているなら。]
青年 シャト
[衝動に突き動かされるようにペンを執った。
そして、悩む。何を書くべきなのか。
自分の近況についてだって、本当のことを伝えるべきかどうか。
彼女はきっと僕に創作を続けていてほしいだろう。
その彼女に、創作ができないなんていうのか。
でも、半年前のように事情を誤魔化して手紙を書くのも嫌だった。
迷って、書いて、何度も書き直す。
やっと送ってもいいと思える手紙が書けたのは、深夜のことだった。
これが彼女に送るべき文だという自信はない。それどころか、不安すらあるけれど。伝えたい想いは、精一杯に詰め込んだ。
それから、本棚の中から、ここしばらくは手に取ることもなかった自分の本を引き出して読み返す。
一通り目を通したそれを小包にする間に朝になり、僕は郵便物管理局に手紙と共に送ってもらえるよう申請した。]
夢渡り アルレシャ
―― 夢の終わり ――
[朝日のにおいで目が醒めた。
誰の嘆きも、怒りも、自由への渇望も浴びないまま。
──それだけで、なんだか、心の霧が晴れたような
今まで見えていた道が、消えてしまったような。
信じていたものや縋っていたもの
そのすべてが掌から落ちてしまったことを、知った。
夢渡りは。
神さまから与えられた、なによりも尊いお役目。
夢渡りは。
何があっても、幸いであることを、信じなければ。
……夢渡りは……]
夢渡り アルレシャ
[ 夢渡りがこの星の美しさを問うなんて愚問だ。
だって、ロサは幸いで優麗な星なのだから
他星の人間が見たって、そうに決まってる。
それでも幾度も訊いてしまった。
出て行くことを選んだ彼らの選択肢が、
やっぱり間違いなんだって思いたくて。
■は、笑ってここにいられるって
何を失っても、この星こそが正しいのなら
■はそれが幸せなんだと思える筈だった。 ]
夢渡り アルレシャ
[ それなのに、私にはいつまで経っても
あの日貴方が流した涙へ寄り添えなかったことが
幸せなんだって、思えない。
祈るなら、こんな星のことなんか忘れて
貴方が望んだ自由な世界で幸せになってほしい。
なのに私は、貴方から貰った手紙を見て、
……神さま〝なんか〟よりも余程
幸せを感じてしまった。 ]
アルレシャ
私、もう、
……誰かの悲しみを否定する私でいたくないよ…
[今まで他の星の人と手紙を交わすたび、思っていたこと。
彼らには他者に寄り添うこころがある。
支え合い、寄り添い合って、生きている。
それじゃあ、他人の夢や自由、感情を否定する私は。
──……まるで劇に出てくる悪魔みたい。]
アルレシャ
[気付けば私の両頬は、雨が降ったように濡れていた。
笑おうとして、けれど笑えなくて、
もう無理に笑おうとしなくて良いことに気付いた。
かたん、と音を立てて、引き出しから便箋を取り出す。
殆ど衝動的だった。
何を書くべきか、どう謝るべきかさえ考えられないまま
ただただ泣きながら、文字を綴る。]
アルレシャ
[私は人もまばらな道を走り、ポストへ手紙を投函する。
まるで逃亡者のような気分だった。
夢渡りという役割を失った今の私に残っているのは、
過去に人々へ投げ続けた否定の言葉だけ。
優しい、美しい星だと、言われたくて。
──だから私は間違っていないと知りたくて。
ずるいな、って空を見上げ、息を吐いて家に帰る。
届いていた一通の手紙に気付くのは、
もう少しだけ、先の話。]
演者 シェルタン
――文学資料館――
おはよう……って、
そうだ、今日はリェッカは休みだった。
《 ちょっとバイクで遠出する、とか言ってたけど、
どの辺り行く気なんだあのフロンティアスピリット。 》
[誰もいない資料館の中は、薄明が昇ったばかりの外程ではないけれども、少し冷える。
シェルタンはひとりで館内の灯りを点け、軽く掃除をした。
それからいつものように、発着場から届けられた郵便物を整理していた。]
演者 シェルタン
これは僕宛て、こっちはリェッカ宛て。
これは…… ……またこれか……。
[手紙ならぬ、誰かの日記帳と思しき革張り装丁の冊子。
こうした物資やら、ゴミ寸前のボロボロの物資やら、はたまた本当のスクラップやらが流れ着いてくるのがまた辺境たる僻地の星――という訳ではないだろうが、ヘイヴンではしばしばこういうことがあった。そしてそれらが郵便物に紛れて流れ着いてきた場合、やはり、配送先は自動的に文学資料館にされていた。
とりあえずその冊子は脇において、別の手紙を仕分けていく。]
演者 シェルタン
これは僕宛てだな。
これも僕宛て、……――――。
[一見すればいたって普通の手紙に見える、シンプルな薄桃色の封筒。その裏の赤い封蝋もまた、ぱっと見ただけなら、ただの装飾付きの封蝋。
けれどもシェルタンの目には、その封蝋のささやかな意匠の意が一目で解った――同郷なればこそ、その意を解ける模様だ。]
………アル、
[封筒に差出人名が明記されていた訳ではない。けれども、すぐに脳裏に過ったのはその人の名前。
一昨日出したあの手紙への返事だ、とすぐに察した。
察したからこそ、職場であるここでは開かず、手提げ鞄の中に仕舞いこむ。]
演者 シェルタン
《 ……いや。もう、
[宿主の残していった両のまぶたが、重く垂れる。
一呼吸してから再び目を開け、あの小花の文様を――あの小花の思い出を、努めて意識から追いやる。
まだ今日の業務は始まったばかり。しかも今日の同僚が来るまでの午前中は、ひとりで業務をこなさないといけないのだから。]
演者 シェルタン
《 あの時、僕はどうするのが正解だったのか。
“ 僕 ”にもその答えは未だ、見つけられていない。
たった一つだけ言えるのは。
あの時の僕の心と選択が、
ここにいる“ 僕 ”に繋がっているってこと。 》
演者 シェルタン
《 その時は珍しく、公演のスケジュールに
結構な空きがあったんだ。
例の交流行事でのアッサ公演から、
また次の星での舞台、舞台、舞台……
同じ星の上をチャーター便で飛び回った時は
ちょっと目が回った。本当に回った。
とにかく、そんな怒涛の時期を越えた後の
ちょっとした休業期間、といえる時だ。 》
演者 シェルタン
《 それで僕らは、暫く星の移動は無しにして
ある街でホテル暮らしをすることになった。
ホテルって言っても、ごく普通のアパートの一室を
客室として貸し出すっていう趣向だったけれど。
パパラッチっぽい記者の姿も見えたから、
この話は現地でもニュースになってたと思う。
それでも、以前出待ち行列で警察が出動した時程の
大混乱までは起きたりしなかった。
停泊場所探しの時、座長がアッサのお偉いさんに
施設選びの相談をしたって言ってたから、
案外、現地の軍関係者辺りが
騒ぎが起きないように取り計らっていたのかも。
何せあの星、風光明媚だって評判だけれど、
治安の面で少し不安もある星だったから。 》
演者 シェルタン
《 一座がその街に留まっていることが
風聞としても、役者仲間のネットワークの中ででも
出回っていたからなのか。
僕の部屋の扉についたポストに、それは届いた。
以前客演で来てくれた役者の名前で、
少しだけ厚みのある紙の封筒が送られた。
その中身は、 》
演者 シェルタン
《 紛れもなく、その戯曲の題名を冠した
流石にそのタイトルは各劇場から知らされていたし、
演劇業界の怪談としてもよく耳にしていた。
それはあのアッサも含めて、多数の銀河系星で
発禁・上演禁止措置が執られている作品だった。
本には手紙が一枚添えられていた。
「この戯曲を、君と共に演じたい」という依頼だった。
その筆跡は、いつか楽屋裏でメモ書きをしていた
あの人の筆跡と同じに見えた。
いくら、かつて同じ舞台に立った相手とはいえ。
そもそもこんな物どこで手に入れたのか、とか。
戸惑いながらも確かにそう思った。けれど―― 》
演者 シェルタン
《
「あのロサから銀河に、宇宙に出た君であれば、
言論、芸術、事実を率直に表現する自由が
どれほど尊いか、どの舞台人よりも解るだろう？」
あの時僕が、この文面の何に憤っていたのか、
それは“ 僕 ”にも解らない。
居られないし居たくもないロサの名を、
こんな形で安易に出されたことか。
確かに求めていた「率直である自由」を人質に、
危険な役を演じることを求められたことか。
――確かに、そうだ、とどこかで頷いてしまった、
そんな自分自身に対して、だったのか。 》
演者 シェルタン
《 ……胸が痛い。
別に、あの星に残してきた人のことを、
あの星に残る役目を負わされた人のことを、
直接嘲られた訳でもないのに。 》
演者 シェルタン
《 ……相当、混乱していたんだ、僕は。
すぐさま差出人に返送してきっぱり断るとか、
とにかくすぐに座長に相談しに行くとか、
何も言わずにゴミ箱に……それはそれで危険だな……
とにかく、そうした対応を取りもせずに、
いつもの手提げ鞄の中に仕舞いこんでしまった。
読まれる前から既に読者の平静を奪うとか、
ああ、狂気を齎す書としては上々すぎる。
まあ結局、ページを開きはしなかったけれど。 》
演者 シェルタン
《 件の戯曲のことを言い出せずに日々を経れば、
当然、それ相応の事態が訪れることになる。
銀河間警察……じゃなくて、アッサの軍から一座に
件の戯曲の件での令状が出された。
そのことを僕に連絡した時の座長の声色の、
「何故」の響きの重さは、未だに忘れようがない。
……結論から言うと、僕は件の戯曲を鞄ごと提出した。
本の所持はあくまで僕一人の問題で、
一座としては一切関わりがない、と告げた。
それから、戯曲の入手先――差出人について。
同業者のよしみも、少しだけ、やはり過ってしまったけれど。
軍人の前で黙っていたら何をされるか、って恐さもまた沸いて、
僕は正直に口を割ったんだ。 》
演者 シェルタン
《 それから、やってきた軍人にも、
そして一座のみんなにも、
僕は文字通り、深く頭を下げた。
一先ず、この狂気の戯曲騒ぎについては、
秘密裏の捜査ゆえに世間に知られることもなく、
これで決着した――筈だった。 》
演者 シェルタン
《
「君は、私を裏切った。
君なら私を解ってくれると信じていた。」
あの捜査から暫く日が経った夜。
この書置きが、アパート形式のホテルの
僕の部屋のドアに挟まっていた。
あの鞄を手に提げたまま、部屋の外でメモを抓み、
文字に視線を落としていた時に―― 》
演者 シェルタン
《 銃声、一つ。
叫び。言葉にならない。
駆ける。駆ける。追い掛けられる。
後ろから複数人の足音。
客演のあの人本人なのか、共謀者なのか、
雇われたその筋の人間なのか。
そこまで把握する余裕はなかった。
駆ける。駆ける。駆ける。
人造の石の上を、痛みも忘れて駆ける。
鞄だけぎゅっと抱えて両腕に抱えて、逃げる、
足音はもう、聞こえてこない。
逃げきれる。やった。そう思った――。 》
演者 シェルタン
《 足を踏み外した。
……今だからこそ、解る。
人気のない、街灯も灯らない夜の裏通り。
目の前の下り階段に、気づけなかったんだ。 》
演者 シェルタン
《 あの狂気のホンなんかじゃない、
現実の鳥籠から夢の世界を冒険しにいく
カナリアの王子の寝物語を戯曲にした本は、
僕が階段から落ちた後も、
ちゃんとあの鞄の中で守られていた。 》
アルレシャ
ねえ、せんせい。
せんせいは、おかあさんとおとうさんじゃ、ないの？
[まだ私が小さかった頃。管理施設の廊下で、
私は白衣を着た、几帳面そうな研究員の裾を引っ張った。
せんせいは、せんせいって呼ばれてた。
実際どんなことをしていたのかは、よく知らない。
夢渡りの役割についてを研究していたんだと思うけど、
彼らは別に、痛いこともひどいこともしなかった。
神さまについて。歴史に関して。
そんなお勉強を私たちに教え、日々の能力を観察する。
少しの自由時間もあったけれど、
遊びを知らない子どもたちは、遊べなかった。]
アルレシャ
[〝せんせい〟は、膝を曲げて幼い私と目線を合わせ、
「違うよ」と微笑んで否定する。]
じゃあ、アルレシャたちは、
いったいだれから うまれたの？
[神さまだよ、とせんせいは言った。
私たちは神さまが直々に役目を与えた存在で、
だからここで育てられているんだって。
ふうん、ってつまらなそうに頷いた私に
せんせいは「ご飯の時間だよ」と促した。
はあいと返事をして、せんせいの後へ続く。
──食事を楽しむという概念も、美味しいという情緒も、
なんにも知らなかった幼い頃の噺。]
アルレシャ
[──無機質なあの日々を思い出したのは。
ポストに届いていた手紙の差出人である少年との思い出が
頭の中に咲いたから。
至って少年らしい、ともすれば可愛く見えるセーラー服と
紺色のパンツの装いでひとり、ロサへやって来た彼は
レオン・クロムウェルと名乗った。
ロサは科学的文明の発達が著しいわけではない。
情報部や最高機密へのハッキングなど勿論出来る筈もなく
少年は無事、政治的側面の懸念などは抱かぬまま
ロサへの入国を果たせたことだろう。
──案内人もまた、まさかそんな重要人物が、
年端も行かぬ少年であるなんて思いもしないのだし]
アルレシャ
[それよりも案内人が驚いたのは、少年の食欲だった。
その頃には食事や風景への感性も随分育っていたけれど、
食事はあくまで、役割を果たすための必要経費──
……なんて認識から今一つ脱却出来ていなかった案内人は、
何度もおかわりをする少年を
ぽかん、と見つめ、ついで穏やかに見守った。
少年が演奏の許可を求めれば、許可を出した。
周囲の音楽に造詣が深い者たちもメロディーを重ね、
気付けば讃美歌よりも賑やかで、自由で、
枠に囚われない音が響いていて。
ああ、……まずいな、と思ったけれど
少年の笑みに、制止の言葉は、止む。]
アルレシャ
[少年が地元の子どもたちと会話を交わす時だけは、
案内人も慎重に様子を伺った。
ロサの価値観から外れてしまいそうな話題になれば
そ、と違和感を与えないように話をすり替えた。
……途中、親類が神に召されたという話に対し
哀悼を示そうとしたのにも、案内人は気付いていたが。]
（それは、────だめ、）
[案内人の内なる考えが通じたのか、少年が引いたのか？
兎に角この横入りは無事に功を為し
子どもたちはきゃあきゃあと声を上げて遊び始める。
……遊びなんてろくに知らない案内人は、
「何して遊ぼうか？」と、優しいお姉さんの顔を浮かべ、
少年に問いかけて。]
アルレシャ
[ 今でも思い出せる。
鬼ごっこや大縄跳びに、曲当てゲーム
夢渡りたちがきっと知らない、
子どもの遊びは新鮮だった。
砂糖菓子のお返しにと少年から貰った
見慣れないオルゴールは純粋に嬉しいものだった。
礼を言い、許されたなら頭を撫で
それから立ち去る背中を見送る。
──そんな過去を、今
手紙を読みながら心を寄せて。
私はゆるやかにペンを取った。]
新米修復家 キュー
｢おい、キュー！いるんだろ！ちょっと出てこい！｣
[通話口から叫ばれる声。
それにびっくりして、僕は部屋を飛び出す。
それは見習い時代の知り合いで、修復家仲間のニルだった。]
なに？どうしたの？
｢手紙だよ、ほら、たぶん、これお前のだろ？｣
[ニルは僕が宛先のない手紙を宇宙に送り続けているのを知っている。手紙科所属のニルから、そのために必要なものを融通してもらっているからだ。
なんでも、異星人とやりとりしている手紙科の知り合いに聞いてみたが、みんなその惑星に覚えがないらしく。
もしかしたら。僕の手紙を偶然受け取った人が、それに手紙を返してくれたんじゃないか。そう思ったらしい。]
ありがとう
[最近、手紙を受け取り、送り返した星からだろうか。
僕はそれを受けとった。]
新米修復家 キュー
[夢渡り人。
それはなんとも心踊る文字。
夢とは、眠っているときにしか訪れない世界。
もちろん、それはお伽噺的意味合いが強く、実際は人にとって大切な意味を持つ、メカニズムのひとつであることは知っている。
それでも、夢の世界で自分のままに生きる、そんな寝物語のカナリアの王子さまをどうしても思い出して。僕は微笑んだ。
しかし]
新米修復家 キュー
[懺悔。
その書き出しからはじまる、差出人のいままでの吐露。
そこには、ひとりの悩み、それによる悲しみ、ずっと抱え続けただろう後悔が綴られていて。
最後は受け取った誰かへの感謝で締め括られていた。
いろいろな感情がぐちゃぐちゃになりながら、忙しなく心を動かしていた。]
新米修復家 キュー
[それから。どれくらいの時間が経ったか、僕は筆を執る。
そうして文字を綴っていく。
なにを伝えたいのか、それすらも定まらないまま、めちゃくちゃな文章をただ書き綴っていく。
ただ、書くことしか出来なかった。
心に支配されるまま、僕は想いをしたためる。]
演者 シェルタン
―― 午後の文学資料館 ――
「よーーーーーーーうシェルターン！
ヘイヴングレートドラゴン狩り帰りの
オレっち参上！ 今日も宜しくな！」
はい、よろしく。
あとこっち、昨日来てた君宛ての手紙だから。
[非常にテンション差のあるふたりの職員が、受付での対応や各種手紙の対応等の事務に就く。
「今日はこのメンツかー」という利用客の眼差しがちらっと刺さる程度で、とりわけ大事が起こる訳でもなく、この日の業務は過ぎていく。]
演者 シェルタン
「ん？ 何だこれ。また例のスクラップかー？
なんかまだそこそこ綺麗？って感じだけどよー、
シェルタン使う？ コレ」
使いません。勝手に開くのも気が引けるし。
第一、僕は日記帳は間に合ってるし……。
「そうかー。オレっちも要らないしなー。
でも捨てんのももったいねぇし……
……あ、そうだ！ 学校の教材に」
他人のプライバシーを勝手に教材に
するもんじゃないだろジリアン！
歴史上の人物ならまだしも……
とりあえずこれは僕が預かっとく。
演者 シェルタン
[この日の同僚の勢いに、シェルタンは少しだけ救われていたのかもしれない。
ふっと湧きだす思念に手を妨げられるようなこともなく、穏やかな……とまではいかないものの、明るいとはいえる心地で業務を終えられた。
帰宅するまでは、確かに、そうだった。]
演者 シェルタン
―― 終業後の自宅 ――
[砕けた封蝋の花のかけらが、ランタンの光を弾く。
便箋の薄い白色が、綴られた文字を読み手の目に読みやすくする。
シェルタンはその文面を、一つ一つの文字を辿るように読み進める。]
《 本当、そういうこともあったな。
まさかそっちにまで伝わってたとか。 》
[浮かぶ苦笑は懐かしさを滲ませて]
《 ……うん。
あなたは、そうだった。 》
[苦笑の緩みは、もっと遠くの昔を見る面持ちで。]
演者 シェルタン
[そんな昔から、今へと、話題を引き戻す一文。
良かった、と小さく呟けたのも一瞬のこと。]
………………は？
[まるで、無かったことにされているかのような一文。
読み取ることを拒むかのような黒塗り。
そうであればこそ、暫く、その箇所から目を離せずにいた。]
なんでもなく、ないだろ。
[喉奥から思わず、そんな言葉が低く零れて――。
けれども視界の下端に映る続きの文面に、結局は意識を向けることになる。]
演者 シェルタン
[その手紙の最後に綴られた祈り――さらに続けられた仮定と願い。
シェルタンは半ば手探りで書くものを引き寄せ、何かを綴ろうとした、けれど。]
《 ダメだ。こんなんじゃ、
言いたいこと書き散らすだけだ――。 》
[はあ、と荒く溜息を零した時に、開封済みの薄桃色の封筒へと再び視線は寄せられる。
祈りの言葉に違わない差出人名が記されたそれを、意味もなく手に取って――空の筈の封筒に微かな違和感を覚え、ふと、その中を探っていた。]
演者 シェルタン
……………、なんで。
[封筒の底に眠っていた花ひとつ、指先でそっと抓み上げる。]
最後の最後に、あんなこと、書いといて。
なんで、あなたは。 こんなものを。
[ランタンの光に透ける二色のグラデーションを見つめる眼が、滲む。]
アルレシャ。 ……アルレシャ。アルレシャ。
僕は。僕は、ぼく、は、
演者 シェルタン
《 ――――“ 僕 ”は、…… 》
[少しだけ遠くの森が、微かにざわめく夜。
幾らか落ち着いたところで、シェルタンは筆を執る。]
アルレシャ
[手紙に同封されていたパンチカードを手に取ると、
私は以前旅の子から貰った、小さな箱型のオルゴールの
ローラーの下へ、そ、と引いた。
取っ手を回せば、小さな箱だったものは
瞬きの間に音楽を奏でる不思議な匣へと変化する。
ロサでは耳にしないような音調とリズム。
以前の自分なら、きっと、途中で聞くのをやめてしまって
誰の耳にも届かないようにしていただろうけど。]
…………きれいな、音……。
[不意に、あの日の演奏を思い出した。
私が止めるべきだった、少年と人々の演奏会。
讃美歌と呼ぶのを躊躇うような、自由な音色たち。
……少年の笑顔が脳裏に過る。]
アルレシャ
[次に、同封されていたもうひとつを取り出した。
白色で作られたそれを同じ手順で箱のローラーへ引いて、
私は同じように、手を動かす。
表は確か────]
──………… ぁ …
[ゆるやかで、穏やかな音が空気に溶ける。
ゆりかごの中の赤ん坊へ、母親が歌う子守歌のように
怖いことなんてない、優しい微睡みの中みたいに。
子守歌なんて、実際、私は歌われたことはない。
だって私は夢渡りだったから。
母親が子供に対して歌うものだってことは知っていても
私の為に、聞かされたことは、一度も。]
アルレシャ
…… そっか
[私はオルゴールを奏でる手を止めて、呟いた。
止まっていたはずの涙がまたぽろぽろと溢れて、
空虚な家の中、私の泣き声だけが響いている。
街行く人が歓びにあふれていて、皆が笑顔で、
穏やかで幸せな星。
届いた手紙に書かれた、ロサを例える言葉たち。
どれだけ受け取っても、私の心は晴れなかった。
皆笑顔で、幸せで、平穏で、神さまに守られていて、
辛いことを辛いと知らなければ、いいのに。]
アルレシャ
（ 私、……わたしは、ただ…… ）
[〝与えられた〟役割を果たしていただけ。]
（ 楽しくないのに、笑いたく、なかった ）
[〝与えられた〟知識と規範に従っていただけ。]
アルレシャ
[ロサに届く活躍の報せ以外、
愛した人の行方も追えないくせに。
ロサに来てくれる旅人以外、
誰とも関わりを持てなかったのに。
私は与えられたもので生きていただけ。
だからひたむきに何かを得ようとした、
彼のことが 好きだった。 ]
アルレシャ
[与えられるばかりの人生だったから。
私は、与え方をなにひとつも知らなかった。
否定する方法と、誰かを傷付けることばかり重ねて
ただ唯一知っているのは、
しあわせを祈るこころだけ。
〝貴方〟が死んでしまったことも。
星を出て行った後の苦しみも。
知らなかった。知ろうとしなかった。
あの時の涙に寄り添うことさえ、…わたしは。]
アルレシャ
[──どん、と家の扉が叩かれた。
思考を止めて、咄嗟に今までの手紙たちを入れた箱と、
手元のオルゴールたちを鞄に入れて立ち上がる。
扉を開ければ、そこにいたのは白衣を着た壮年の男だった。
思わず眉根を下げては鞄の持ち手を握り締め、
私はちいさく口を開く。 ]
……お久しぶりです、せんせい
[記憶の中よりも随分と年老いたその姿に、
管理施設を出てから流れた時間の長さを思い知る。
せんせいは困ったように笑って、私を見つめた。]
アルレシャ
「 どうして、神さまを否定したんだい 」
…………夢から、目が醒めました
なんて、だめですか？
[せんせいは、納得していない様子で顔をしかめた。
だから私も肩を竦め、家の鍵をしっかりと閉めた後、
笑顔を消して言葉を足した。]
好きな人が、いるんです
アルレシャ
私なんかよりもずっとずっと、
その人に相応しい人がいるはずだって、思います
──でも、私はそんな未来を想像したときに
それを幸せだって 思えないから……。
[この星を案内した時に見せてくれた、人々の笑顔だって
〝なんの裏もなく受け取っていたかった〟。
私の欲を満たすために、彼らの笑顔を利用するのは
もうしたくなかった。
告げれば、せんせいへ手紙をひとつ、押し付ける。
ポストへ出せず仕舞いの、少年への返事だった。]
アルレシャ
[せんせいは言う。
今から施設へ帰って、夢渡りの能力の検査をするのだと。
私は頷き、せんせいに手紙の郵送を依頼して、
一緒に夕暮れの道を歩いていく。
物心ついたころから見て来たせんせいの背中は、
なんだか随分と小さくなったように見えたけれど。
あくまで私たちは、せんせいと〝夢渡りだったもの〟
いつかの親子のように、繋ぐ手の温もりは、無い。]
青年 シャト
[夜を徹して手紙を書いたのに、疲労感や眠気はなかった。
昨日届いたもう一枚の手紙の表面をそっと撫でる。届くはずのない手紙。その差出人をもう一度確認して、少し泣いた。
まるで夢でも見てるみたいだ。6年も経って、しかも消息不明になって2年も経つと聞いたのに。
有名な人だ。成りすましの可能性を少し疑いもしたけれど、僕がファンレターを送ったのは人生でたった一回。それを知ってるのは、僕とファンレターを受け取った人だけ。
だからこの手紙は、本物。]
青年 シャト
[震える手でベージュの封筒にペーパーナイフを滑らせる。
中身を取り出して、一行一行読み進めるうちに、僕は複雑な感情が溢れてくるのを感じた。
それは安堵と喜びがない交ぜになったような。無くしていた大切なものが、再び見つかったような。そんな気持ち。
再び舞台に立てるかは分からない。そんな言葉に寂しさを覚えたものの、続く言葉には希望が見えて。
そう、貴方は希望だ。生きていると知れただけでも、どんなに心が救われたか。
貴方のお陰で世界が変わった。やりたいことができて、打ち込むうちに数少ない理解者を得た。貴方や彼女の生きる世界、果ては見たこともない誰かが必死に生きる世界に想いを巡らせることができるようになった。
僕の想像に存在する世界が、必ずしも紛い物ではない可能性をくれたんだ。]
青年 シャト
[僕の物語は現実味がないと、夢物語だとアルカディアの人は云う。
でも宇宙は広い、どこかには僕の物語に綴ったような世界で生きる人もいるかもしれない。
人間が空を飛べたり、全く違う特徴を持つ生き物と共存したり、そういう世界もあるかもしれない。
それを夢見て、信じる心。それが希望。
それを僕に教えてくれた貴方が生きていてくれた。本当に、よかった。]
青年 シャト
[僕は手紙が濡れないように気をつけながら、ひとしきり泣いた。
泣いて、泣いて、もう一度手紙を読んで、やっぱり泣きそうになって。
手紙を何度も読み返す。夢じゃない。
深呼吸して、自分を落ち着かせる。
特別、何かがあるわけではないけど、ちゃんと手紙が届いたことを伝えたくて、僕はペンを執った。
郵便事故を恐れて色々なところを曖昧にした手紙になったけど、伝えたいことは伝わるかな。伝わったら、いいな。]
アルレシャ
[ 本当は、もっと良い手紙の書き方があること
内心で理解はしていたの。
でも私はやっぱりずるい人間で、
貴方が手紙越しに私を忘れられないように
手紙が、貴方を、繋ぎとめられるようにって
……なんて、本当に。
救えないわね、こんなの。 ]
アルレシャ
[ せんせいと歩く道の途中、
薄桃と水色のグラデーションで色づく花を見た。
仄かに過去のにおいがする。
二人笑い合った過去の、甘い花の香りだけが、
いつまでも私の中に残り続けた。 ]
星の停滞 ステラ
星空に眠る王の証
ぐるり、
ぐるり、
音が響き、溶けて眠る
刻と共に、飲まれゆく
最後の一音と共に
今日は眠りにつこう
手元には小さな手回しオルゴール
そしてオレンジ色のストールが眠っている
星の停滞 ステラ
[
『星空が眠りにつく刻、目を覚ました。
空は紅く染まり、人々は朝の訪れを知る。 』
そんな表現をすれば詩的なのだろうか。
思考の浮遊感と共に、意味のわからないことを考えている。
それは思考の逃避行で、空想上の希望。 ]
……、……ああ、……。
[ 筆を持つ手は動きを止めている。
隣には二通の手紙が開かれたまま、そこに居る。
わかっている。
どうしてこんなに手が動かないのかなんて。 ]
星の停滞 ステラ
『 、 』
……、うん、そうだよね
『 。』
死ぬのって
[ きっと、そんな簡単なことすら気が付かなかった。
気が付く気なんてなかったのかもしれない。
息を吐く、吐き続ける。
苦しさと、心臓の音が嫌に聞こえる。
でも恐れはなかった。 ]
星の停滞 ステラ
旅の終着点。
想像なんてしていなかった。
だって、私の存在価値なんて、
何かすらわかっていないんだから。
どうしたって、他に生きられない。
星の停滞 ステラ
[ 気が付かないことなんてきっとない。
知っているから。
……そもそもの話、送り主が同じ名であるこそ気が付かない訳もないが。
きっと、何もかもが違ったとしても気が付ける。
文字には想いが眠る。 ]
星の停滞 ステラ
[ 届いた手紙と、ファンレターへの返信をそれぞれ別の封筒に入れた。
それをノッテに渡せば送り届けられるだろう。
ふと、一息をついた。
書く内容に迷い、病室のゴミ箱は紙がいくらか。
それでも書ききった内容に納得はしていなかった。 ]
……嘘をついてしまいました
[ 会いに行くなんて、気軽に口にできないのに。
そう書きたいと思ってしまった。 ]
星の停滞 ステラ
あとは、うん
[ 書き終わった後に気が付いたこと。
正直布教すること自体は別にいいけど……。 ]
(自分に自分の本を布教されるって……、)
[ 顔が真っ赤に染まる自信があった。 ]
青年 シャト
[恩人への手紙を書いて郵便物管理局へと持っていくと、一通の手紙を差し出された。
宛名はなかったけど差出人の名前はどこかで聞いたような響きで、記載された住所も確かに僕のものだったし、危険物ではないことも確認済みだというので、とりあえず持って帰って中を改めることにした。
封を切って中身に目を通せば、そこには差出人の現在の近況から始まる手紙が入っていた。
旅をしていること、入院していること。アルカディアでの思い出。今、アルカディアはどうなっているのか知りたいという質問。
目が留まったのは、思い出話のところだった。雪の降る寒い日、彼に発熱する実を渡したという青年の話。
似たようなことを旅人にしたことがあるのを思い出した。それで、どこかで聞いたような差出人の名前をどこで聞いたのかも思い出した。]
こんなことって、あるのかな。
[自分と同じような行動をした人物がいたのかもしれないが、関わった相手の名前まで同じというケースは中々ないだろう。
だから、もしかしたら、手紙をくれたのはあのときの男性なのかもしれない。
そうだとしたら、ささやかなお節介を覚えていてもらえたことに、わずかに嬉しさを覚えながら。]
青年 シャト
[僕は返事を書くためにペンを執った。何を書くべきなのか迷いながら、少しずつ文字を連ねていく。
封筒に便箋を入れるとき、ふと思い立って、封筒を大きなものにする。その中に便箋と手袋を入れて郵便物管理局へと持っていく。]
青年 シャト
[もう一枚、手紙を出したいところを思いついたけど、夜を徹した疲れが今更出たのか。とても眠くて。]
起きたら、書こう。
[ずっと密かに憧れを抱いていた場所へ、送る手紙を。]
旅行者 パウゼ
［手紙を２つ、書き終えた。
そんな時、いつものように、医師が扉をノックして病室に入ってくる。
しかし今日はいつもと違ってこちらから、少し勢い込んで彼に話かける。］
先生、凄いですよ。
手紙が返ってきたんです。
しかも２通のうち１通は知っている方からでした。
こういうことってあるんですね。
適当に送ったのに…
いや、迷惑行為ですみません。
でも、ええ、嬉しいですね。
今度は返事を送ろうと思うんです。
［笑って医師に書き上げた２通の手紙の入った封筒を見せた。
しかし、医師は、手紙のことには触れなかった。
今日は、君にお客さんが来ている、と言うと、黒いスーツ姿の女性を病室内に呼び、医師は一礼して先に病室を出て行った。
ああ、と思った。
何を言われるか、薄々分かっていた。］
払暁 アカツキ
[以前に起こってしまった郵送事故。
最初に手紙を受け取った時は驚いていたものの、偶然から繋がる縁を少女は嫌がらなかった。
むしろ喜んでいた。他の星のことを知ることが出来るから…だけではない。
文章から滲む、穏やかさや優しさに心地よさを覚えていたから。
だから、時折来る返事を楽しみにして、
楽しみにした分だけ、綴る文字も増えていった。]
払暁 アカツキ
[繋がる縁は一つだけではなかった。
私が出した手紙に返してくれた人たち。
お返事が返ってきたときの喜びは
知りたいことを知ることが出来る、
その喜びだけじゃなくて。]
（私を、ただのアカツキとして見てくれる。
利用されるだけで終わらない。
私がしたかったお喋りはきっとこうだったんだ。）
払暁 アカツキ
[それに。
ハーツから届く手紙。
その手紙に少なからず警戒心を持つ可能性だってある。
何せ、心が分かる星、なんて言われているのだから。
顔も声も分からない人々。
そんな人たちに、信じてもらえたって。
そう感じるのだから、返事が返ってくることに
喜びを感じずにはいられない。]
払暁 アカツキ
[この星を出たことのない少女は伝聞でしか物を知らず。
そして、何より相手を疑うことがないために
相手が”演者”だと気づくこともなかった。
知っていること、思ったことをそのままに書いた
正直な手紙を綴り終わり。
一度ペンを置いた。
まだ書くことが決まっていない手紙があったから。]
……ファンレターにお返事貰えるなんて！
どうしよう、お返事したいな。
なんて書こうかな……。
[迷いながらも、書きあがった三通はすぐにでも投函しようと。
少女が手紙を手に与えられている部屋から出ると
部屋の前には険しい顔をした大人が数人。
少女は知っていた。
その中の一人は、この星で一番力を持つ偉い人。]
払暁 アカツキ
[アカツキは心を読めない。
なら、アカツキの心は読めるのか？
その答えを、少女はこの言葉で思い知ることになった。
星の外に出たい、そんな思いは見抜かれてしまっていた。
それでも少女への温情から今までは見ないふりをされて。
……ついにそれすらできなくなった、ということ。]
次期当主 レグルス
[微妙な空気が流れる中、ドアノックがそれを破る。
主は一等兵。自分宛に届いたものがあると言う。
将は「入れ」と入室を許可した。]
御苦労、確かに私宛のようだな。
「はっ！」
[“将”に宛てられた手紙はこうして
配達役の一等兵が自分の元まで運ばれるのが常。
送り主の名を見るが、心当たりはまるで無い。]
次期当主 レグルス
見知らぬ名だな、民間人か？
大方報道を見た他星の者か記者か、
将又悪戯の類か……後者なら煩わしいな。
[報道等で他銀河系星にも多少知名度はある身。
しかも式典等公式な場に行けば関係者とも接する。
その為場にいる報道関係者からの連絡も多い。
将宛にアッサ防衛軍もしくはウル銀河同盟軍まで
わざわざ手紙を出す個人も何故か居る。
悪戯の類は大体無視するが、
真摯な疑問や質問等には欠かさず返事を返す。
軍務からの帰還時や現在のような基地待機時、
直ぐに返答があるとは限らぬが。]
次期当主 レグルス
[一等兵曰く危険物や毒物の痕跡は無いとのこと。
封を開け、中の手紙に目を通す。
手元が震えたが多少時がガタついてはいるものの
本人なりの礼節を感じる文章。
挨拶と突如手紙を出した非礼を詫びる言葉。
宇宙海賊撃破の報道で“赤獅子”を知ったこと。
写真が想像以上に若々しい人物で驚いた等々……。
だが、同時に気になるらしい。
アッサでは私のような若さでも軍に所属出来るのか。
年は幾つか、どのような経緯で将となったか。
何故将になったのか─────
他にも疑問を率直にぶつけたかのような問いが
幾つも幾つも書き連ねられていた。]
次期当主 レグルス
ふっ…くくっ……フハハハハハッ！！
恐れてるんだか無遠慮なんだか分からんな！
一体幾つだ？ひいふうみい……４７か。
よく其処まで書けたな？差出人が此処まで
時間と手間、労力を割いたことに
一周回って感心するぞ。
今時此処まで遣り遂げる輩なぞそうおらんだろう？
あっ、まだ続きあるのか……
いやおかしいおかしい何故この便箋群が
封筒に収まりきってるのだ、物量的におかし過ぎる。
布団圧縮袋では無いのだぞ、封筒最強か？不死身か？
むしろこの封筒どこに売ってるのだ私が欲しいぞ。
次期当主 レグルス
ああああまだ続きがある！！
こんな昔のことよく調べ上げたな？
何処情報だ此れ何時の取材かもう覚えとらんぞ！？
此れは、まあ分かるな。
普通であれば妥当であろうし。
……って、おい。
アイドル誌の定番みたいな質問紛れ込んでるぞ。
私に此れ聞いて何が楽しい？需要あるのか？
需要ピンポイント過ぎるだろう。
幾つだ？追加に追加を重ねて……
最後、私に聞くな其の星の人間に聞け。
確かに訪れたが。で、幾つだ、質問。
150か？150だな、150か。
は ーー ……………………………… 疲れた。
次期当主 レグルス
[謎の疲労感に襲われ、
どっと机に突っ伏したい衝動に駆られたものの
それを何とか抑え、ペンを握り
支給品の便箋と封筒を取り出し１つ１つ返答する。
機密事項で答えられぬ問いも混ざっていた為、
其方には答えは返らない。]
（こうも開けっ広げに尋ねられると
却って清々しいものだな……）
[将は１つ、新しい教訓を得た。
何とか手紙を書き上げ二等兵に託し、
届け出を依頼したのが事の顛末。]
次期当主 レグルス
─回想・“将”となる前、士官学校にて─
[将はヴィルヘルム家の嫡子として生まれた時より
既に将として地位を送られていた。>>0:46
だが、実際には飾り同然の将を。
慣例に従い然るべき年齢で士官学校入学の後、
将としての何たるやを学ぶはずであったのだが……
子は見せた。片鱗を、見せてしまった。
物心ついた頃、戯れに父が地図を広げ
膝に乗せた将へ軍略の話を始めると、
子は指揮を示した。最適解と言われた解を。
其の次も、また其の次も。父は驚愕した。
それと同時、喜んだ。
アッサは優れた才覚を示した者は生まれ育ち問わず
幾つであろうと入学・飛び級が許されるから。
父は手続きを経て、子を士官学校に入れた。]
次期当主 レグルス
[士官学校側は困惑した、当然だ。
史上最年少過ぎる候補生誕生に試験を行うも
合格基準は満たしている。
同時、士官学校候補生も困惑した。
自分達より遥かに若い者の入学、
しかもきちんと試験を受け合格基準を満たしたとのこと。
親の七光りと思うも、小さ過ぎる相手に対し
面と向かって言い放つ根性は流石に無かったらしい。
そもそもどう接したらいいか分からない。
将を輩出するヴィルヘルム家の出自、
中には子供と接する機会が今まで無い者も居た。
実力も実際目にすれば納得はされるのだが、
それを知る者は距離感を掴みあぐね、
知らぬ者は侮りから近づかぬ為、
子に絡む者はいなかった。]
次期当主 レグルス
[一方、子も周囲の視線を悟っては居た。
子にとって居心地の良い環境では無かった。
自ら動かねば居場所は皆無と思い知っていた。
子は根を上げなかった。
教官の指導で周囲がへばり込んだ鍛錬も
子は最後まで立ち上がろうとした。
素振りも「止め」と言われるまで手を止めなかった。
子は勉強した、他の候補生であれば
其処まで熱意持って学ばぬことまで勉強した。
模擬戦では鬼気迫る勢いでの突撃か
思わぬ策略で不意を突くことが多かった。]
次期当主 レグルス
[士官学校の生活で子は、
“子”が磨り減り死にゆく心地を覚えていた。
息が詰まった、楽しく無かった。
子は、このままでは耐えられないと思った。]
次期当主 レグルス
[だから外出許可を取れた或る日、
子は付近に住む子供の振りをしてアッサ周辺を散策した。
誰も子を士官学校候補生として見なかった。
ヴィルヘルム家の嫡子としてでもなく、
只の子として見てくれた。
息が詰まる生活は嘘のように激変した。
普段は士官学校の候補生として、
外出許可を取得したら子として街へ。
街は子へ色んなものを教えてくれた。]
次期当主 レグルス
[オカリナとハーモニカに出会った。
自分でも音を作れるオルゴールに出会った。
子は音を耳で覚え、即座に演奏する才を知った。
旅の作曲家に作曲を教わった。
今でもオカリナとハーモニカは子のお供、
作曲編曲は趣味として今でも続いている。]
次期当主 レグルス
─現在─
（懐かしい、な。
別に楽しくも無かったが。）
[再び１人となった執務室で長い、長い息を吐く。
まさかこんな思い出噺を
赤の他人に懇懇と語る時が来るとは……
１４７の問いに答え上げ、脳の疲れは著しい。
後で主計に甘い物でも頼もうか、そう思案しながら
遠い目でぼう、と虚ろな目を虚空に向け
執務机に突っ伏した。]
星の停滞 ステラ
[ 入院中、ノッテから手渡された手紙の返答を書いていた。
彼女宛に送られた手紙に、彼女は書けないからあんたが書いた方がいいと言っていた。
確かに相手を断定していなから、書けるは書けるけど、断ろうとしたところで、その手紙の名に気がついた。
懐かしい人物だ。
そう思うと気がつけば筆を取り返答の手紙を書いていた。
少し長い物語も書いてしまったし、最期は名前を書かなかったけれど、
少しでも彼が楽しんでくれれば良いと。
そう思い手紙を書いた。]
青年 シャト
[目を覚ます。顔を洗って、お茶を淹れる。一口、口をつけて。]
うん、美味しい。
[それからペンを執って憧れの場所への言葉を連ねる。
ウル銀河星系、惑星アッサ。星の駅。様々な文化や人々が入り交じり共存する、星々の交流地。
皆と違うことが許される土地。夢見ることが許される星。そんな場所なら、実らない努力も無駄と切り捨てられることはないのかもしれない。
勿論、楽園のような場所でないのは知っている。
銀河に渡り、星に渡り、様々な場所から人や荷が集まるアッサは、それを目的とした人たちから狙われるということも。
だけどその場所で、人々を守るべく奮闘している人がいるということも。
その人たちのお陰で、恐らくアルカディアもその恩恵を受けていることも。
だから手紙を書く。アッサに知り合いはいないから、惑星の座標だけ書いた、宛先のない手紙になってしまうけど。
どこにも届かなくても、手紙を認めて。僕はそれを郵便物管理局へと持っていく。]
新米修復家 キュー
[今日、また知らない惑星から手紙が届いた。
ベージュ色の封筒に黒いインクの記名。そんな、一見なんの変哲もない手紙。
差出人を確認すると"夢と現を行き来する、鳥籠の王子"と書かれていた。]
新米修復家 キュー
[僕は驚く。
もしかして、この手紙は、僕が待ち続けていたもの？
いそいそと封を切る。
でも、もし違ったら。
ふいに、そんなことを思って手が止まる。
こんなにも待ち望んでいたことなのに。
手紙を開く手が、ぎゅっとそれを強く握った。]
新米修復家 キュー
[最初の書き出し、久しぶりと書かれた手紙は、紛れもなく彼からのもの。
それを嬉しく思う。
僕の想いが届いた瞬間だった。
宛先を書いていないことを指摘されれば、ちょっと恥ずかしいけど、仕方ないことなんだと心のなかで言い訳をする。
いろいろあったことを知れば、いったいどんなめにあったのかと、それを案じながら。]
新米修復家 キュー
[そして、決して心折れず夢を追い続けた王子の話。
その寝物語が話題にあがっていれば、僕ははじめてそれを聞いたときの気持ちを思い出す。
その冒険は悲劇にも、喜劇にも満ちているけど。
王子さまはいつも、それに捕らわれず、まだ見ぬ世界を求めて、旅立つ。
そこでの思い出を、かけがえのない宝物にしながら。
そんな王子さまにとても心惹かれて、夜が来るたびに時々、思い返すのだった。]
新米修復家 キュー
[僕は筆を走らせる。
どうやら、あちらはなにかあったようで。
だからこそ、というべきか。
ちょっと悩んだりはしたものの。
結局、全部書いてしまった。]
新米修復家 キュー
[最後に彼がいるという星、FO7402-1938というところへ宛先を書いて。
彼がいうには、ヘイヴンという星らしいけど。
出星管理局へ手紙を出す。
そのときに申請の結果を聞いてみたけど、それはまだ、わからないらしかった。]
演者 シェルタン
[落ち着きを取り戻してから綴った心算の手紙は、けれども筆が進むにつれて、次第に思考の混乱が混ざるようになっていた。
気づいては打ち消して、また気づいて……。
そんなことを繰り返した手紙はまともに書き直されることもないまま、夜明け近くの暗いポストに入れられることになる。]
払暁 アカツキ
[今日で最後にしなさい、と言われたとき、
少女の顔はくしゃりと歪んでしまって。
今にも泣きそうだった。
それでも泣かずに部屋に戻ったのは
どうしても、手紙を届けたかったから。
好きな星についてつづられた手紙へのお返事も含めて。
少女が最後に出したのはその四通だった。]
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