15 Mystic Letters ― ヒトとアヤカシの手紙 ―
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【妖】 書店員 雉笛(キジブエ) から 【人】 女将 大祓(オオハラエ) へ、秘密のやり取りが行われました。
【妖】 書店員 雉笛(キジブエ) から 【人】 女将 大祓(オオハラエ) へ、秘密のやり取りが行われました。
【妖】 書店員 雉笛(キジブエ) から 【人】 女将 大祓(オオハラエ) へ、秘密のやり取りが行われました。
【妖】 書店員 雉笛(キジブエ)
[ところで普段この国で、人間相手には苗字として「雉笛」と名乗るのが常の雉笛の君だが――。
過去に下の名前を問われた時、咄嗟に名乗ったのが「りょうま」だった。旅先で目にした街頭広告上の、著名人と思しき名をそのまま拝借したもので、特に深い由来は無い。
それ以降、必要に応じ、時にはただの気まぐれで、この偽りのファーストネームを名乗っていた。
けれども漢字の表記に際しては、元々の字をそのまま用いるのも何故か気乗りせず、未だに平仮名のまま。書店のアルバイトに応募した際の履歴書すら、下の名の漢字を決められないままに記載していた。
……とある手紙の中で、「雉笛」でなく、この下の名前だけが記されていたのを雉笛が見た時。
その妖精の顔は、確かに、曇りなく綻んでいた。]
【妖】 書店員 雉笛(キジブエ)
[さて、こうして手紙の返信を認めたのはいいが――。
現状、雉笛ひとりでは、このアパートの部屋を出られない。
書店の店主は、雉笛に部屋の合鍵を渡していない。
故にもし、壁抜けの神通力無きこの妖精一人で外出しようものなら、玄関の鍵を開けたまま家を空けることになるのだ。
窓から飛び降りることもできなくはないが、窓とて無施錠は気に掛かるところで――何より目撃されれば普通に騒ぎになると、この妖精の頭にも考えは及んでいた。]
（ もう昼休みか。今なら、 ）
[手紙を記し続けていた内に、時計は昼過ぎを示していた。
投函を急がねば、とこの時思っていた訳ではなかったが。
固定電話のボタンを押し、店主のスマートフォンへと電話を掛ける。]
【妖】 書店員 雉笛(キジブエ)
あの、店長。今、ウチに帰ることってできる？
ちょっと外に出たい用事ができたんだ。
――…その、手紙の返事を出しに行きたくて。
「え？ それなら私が代わりに出しに行くよ。
今行くからちょっと待ってて、雉笛くん」
え……？
「だってその方が面倒がないでしょ」
[確かに自分がわざわざ外に出れば、その間、まだ勤務のある店主を家に待たせてしまう――。
それに気づいた雉笛は、はあと溜息をついて、店主の言に頷いたのだったが]
【妖】 書店員 雉笛(キジブエ)
それじゃあ、お願いします。
……、……
[少し考えてから、電話越しに店主の名を直に呼んだ。
明らかな私用を「店主」に任せる訳にはいかないという、それだけの理由だ。]
（ ……、大丈夫だ。
妖気を抑える術だって、ちゃんとアテができたんだから。 ）
[幾らかして、鍵を開けて部屋に戻ってきた店主に、雉笛は三通の手紙を託す。
黒いエプロンを羽織ったままのその人が浮かべていたのは、朗らかな笑み。]
【妖】 作家 添木(ソエギ)
― 夜 ―
はい、添木です。
[その電話が入ったのは、陽の落ちてからの事だった。
着信に気付き、携帯電話の画面を見てみれば知り合いの名前が表示されていて。
こんな時間にどうしたのだろうかと思いながら受けてみれば、懐かしい声が耳に飛び込んできた。]
「文ちゃん、ごめんね。こんな時間に。」
[彼女は古椿の精。
その美貌で人を誑かす事で知られるアヤカシだ。
人と交流するのが好きで、彼女自身が店主となり、人をもてなす事を好んでいた。
付喪神としては過去に恩を受けたので頭の下がらない相手でもある。]
【妖】 作家 添木(ソエギ)
[曰く、彼女の今の店の共同経営者が持病の腰痛をぶり返して動けなくなってしまったのだと言う。
彼女は連れ合いの世話をしなければいけないが、毎年店で行っているクリスマスのイベントはどうしても行いたいのだと言う。
連れ合いの男性は老齢となり、もう幾度イベントを行えるか分からない。
だから添木に臨時で店の手伝いをして欲しいのだと。
何故声が掛かったのかといえば、この付喪神が過去に彼女の店で働いていた事があるからだ。
気楽な独り身である事を見抜かれているのもあるが。
当時の彼女の店はカフェー。
洋食を出し、女性が給仕をしたので当時には目新しい業態だった。
椿の精は女給達を差し置いて店の一番人気だったが、面倒見がよいので従業員にも慕われていて。
付喪神は裏方仕事だったが、芸術家や文人達の話にこっそりと耳を傾けたりもしていた。
今の店は喫茶店で、添木は二度程、足を運んだ事があった。
落ち着いてゆったりと過ごせる空間を心地良く感じたのを覚えている。]
【妖】 作家 添木(ソエギ)
[付喪神はカレンダーを見てスケジュールを確認する。
単行本に関する仕事はもう終わって、データは送ってある。
パソコンをあちらに持ち込ませて貰えば、やり取りも出来るだろう。
彼女達の家に空いている部屋があるからとまで言われてしまえば、後は必要な物を纏めて出掛ければいい。
電車を乗り継いで二時間程度。
ちょっとした小旅行だ。]
……えぇ、分かりました。
椿姐さんの頼みでしたら喜んで。
いつ頃に伺えばよろしいですか。
[そう聞けば、明日にでも来て貰っても良いという。
それ程、連れ合いが心配なのだろう。
彼女は恋多きアヤカシで、いつだって全力で誰かを愛している。
きっと連れ合いの年齢に合わせて老女の姿をしているのだろう。]
【妖】 作家 添木(ソエギ)
えぇ。……えぇ。
分かりました。
詳しいお話は、着いてから。
おやすみなさい。
椿姐さんも無理はされませんよう。
[電話を切った添木は、すぐに旅支度を始めた。
必要な物は少ないが、パソコンを壊してはいけないのでトランクケースを使う事にした。
そうして添木は翌朝の電車に乗って、旅立った。]
【人】 女将 大祓(オオハラエ)
これはまた大きく育ちましたね。
いつもありがとうねぇ。
［散歩から帰るその道中、民宿に近付くと
何かしら談笑する声が微かに聞こえる。
穏やかな声音に喜色が灯ったように弾ませた様
誰と話しているのだろう、と気が付けば
民宿へと戻る足が速くなっていった。］
【人】 女将 大祓(オオハラエ)
おやおや、おかえりなさい。
［此方へと気づけば、朗らかな笑みで女将は出迎える。
その周囲には人影は、見当たらない。
腕の中には白菜や葱、大根など野菜の数々、
よいしょ、と声を上げて運ばんとするその姿を止める。］
……手伝ってくれるのかい。
ありがとうねぇ。助かりますよ。
［幾らか軽くなった腕の中に此方を見上げて会釈する様に
同じくお辞儀を返して 民宿の中へと入っていく。
今日は何にいたしましょうか、と思案する女将の傍ら
見上げれば何時もの青空に薄く雲が棚引いていた。］
【妖】 書店員 雉笛(キジブエ)
[アパートの部屋の玄関で店主を見送った後。
一先ず、受け取った手紙や栞、写真はウェストポーチに仕舞いこんでいく。一度トートバッグに手紙を放り込んだこともあったが、鞄の中の他の持ち物とごちゃごちゃになってしまったため、ポーチの方に入れるのが習慣になっていた。]
………暇だな。
[今は、何処宛てともつかぬ手紙を気まぐれに記す気は起きない。
店主が家に置いている、自分のまだ読んだことのない本をこっそり読む気も、いまいち湧かない。
なんとなく、食卓と同じ部屋にあるテレビをつけてみる。
画面に映るのは年末に関する特集。それをぼんやり眺めて――]
（ そうだ、大掃除。
今の時期にやるんだっけ。 ）
[この妖精は思い付きで、家の清掃を始めた。
この家で、また旅先で、現代の人間が行っていた掃除のやり方を思い出しながら。
はたき、雑巾、小型掃除機――家にあるものを用いて、年の瀬の仕事を始める。]
【妖】 書店員 雉笛(キジブエ)
[キッチンまで一通りきれいにしたところで、妖精の気まぐれは別の関心を呼び起こす。
といってもこれは、手紙を記していた時の雉笛の頭の中にもあったのだが。]
（ これ、作れるかな？
クリスマスとかどうでもいいけど。 ）
[食卓で手に取ったのは、『春鳥書店』でも取り扱っている料理の本。雉笛も折に触れて読み返していたものだ。
現代の料理を作った経験はあまり無かったが、皆無、という訳でもない。
以前に店主の家を頼った時に気が向いて、コンロの使い方などを教わったこともあった。]
（ ……、無いな。
まあいいや。コレ使おう。 ）
[冷蔵庫と冷凍庫の中身を確認してから、ありあわせの材料で一品を作りはじめる。]
【妖】 書店員 雉笛(キジブエ)
[料理が完成すれば、満足げな顔。
コンロの火を消してから、フライパンに蓋をする。
チャイムの音が鳴ったのは、丁度そんな時。]
誰だろう？
[宅配便か、あるいは店主を頼ろうとして駆け込んできた誰かか――その店主は今、繁忙時を迎えた書店に居る訳だが。
日中には家の施錠をひどく気にしていたこの妖精は、けれども日が暮れた今、インターホンはおろか覗き穴すら確認せずに玄関の扉を開ける。]
【妖】 書店員 雉笛(キジブエ)
「ああ、良かった。いらっしゃいましたか。
雉笛さんですね？」
[ロングコートを羽織った、見覚えのない人間がふたり。
己の名を呼ぶその人間を、雉笛は凝視する。チェーンもかけずに開いた扉を即座に閉じることも忘れて。]
どちらさま、ですか？
[相手は何かしらの所属と名をここで答えたが、その内容はここではどうでもいい。
続く言葉が、この人間たちの目的を雉笛の君に覚らせる。]
「雉笛さんにお伺いしたいことがありまして。
近頃、この辺りに出没しているという
【妖】 書店員 雉笛(キジブエ)
[真夜中よりも少し前。
『春鳥書店』の店主――秋鳥が帰宅した時には、アパートの通路も周辺も、昨日までとごく変わらぬ様子。
ただし玄関の扉の鍵は開いており、室内には誰もいない。
室内の照明やテレビの電源は点けっぱなし。
部屋の中はぴかぴかに磨かれ、モノも整頓された状態。
コンロの上のフライパンには、グリンピースとベーコンのバターソテー。
レターセットと文房具の入った帆布のトートバッグは壁際に。
けれども、黒のフーディーはどこにも見当たらない。]
【妖】 書店員 雉笛(キジブエ)
[逢魔が時にも夜の闇にも、この街の騒がしさは絶えない。
雑踏のお喋り、店頭のBGM、通り過ぎる自動車の轟音、
街頭ビジョンや広告トラックからの大音量の音楽。
そんな喧騒から少しだけ離れた、町内のアパートの一室の前で起こったことを、街を行き交う人間たちが聴き拾うことはなかった。]
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