25 【R18】異世界の門と恋の彼方
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【念】 桐木虹介
亡くなった、奥さん…
[告げられた声に切なさが滲み出ているような気がした。
大変迂闊なことに、家族のことをリオさんに聞いていないことに、言われるまで気づかなかった。
1か月もこの部屋に泊まり込む予定だったのだ。勝手に、一人で暮らしていると思い込んでいた。
仏頂面をしているけれど、こんなに優しくて面倒見のいいひとだ。それに、年齢だって…、ずっと大人だ。
そんな人がいたって、ちっともおかしくはない。
亡くなった奥さんの名前のお店。きっと奥さんをとても大事にしていたんだろう。]
【念】 桐木虹介
[聞いてもいいか、わずかばかり逡巡したうえで]
お子さん、とか、おうちで待っている方がいらしたりはしないですか？
[こんな風に10日も、リオさんを独占してしまって、大丈夫だっただろうか。離れていく体温を惜しく思いながら、体を起こす。
眼鏡がなくて見えないだろうリオさんのかわりに簡易ベッドの下を覗き込めば、眼鏡はすぐに見つかった。]
【念】 桐木虹介
[もぐりこんで拾い上げて手渡して。
そのあと食事になったけれど、なんだか どれも味がしなかったのはなんでだろう。今日はかほちゃんおすすめの、ウタさんと食べたいねと言っていたトルティーヤのようなご飯だったのに。
バイト先でも食品を扱っているから、できる限り食品ロスは避けたいし、全部食べてからでなければお店にはお邪魔できない。
風邪でもひいて、味覚がマヒしたのだろうか、と、原因には無自覚で。
首を傾げながらも、もそもそと最後のひとかけらを飲み込んだ。]*
【念】 彫金師 スカリオーネ
じだいげき？
舞台演劇のようなものか。
[時折やはり聞いたことのない単語が出てくるのは否めないが
会話の前後で何であるかは察することができる。
確かに演劇であるなら多少の誇張もあるだろう。]
そうだな、その方がより実践的だ。
そうそう勝ち鬨を上げる奴なんて見たことはないが。
[魔物討伐にしろなんにしろ、余程の高難易度でもなければ
勝ち鬨などあまり耳にしたことはない。
そんなことを話しながらもひとつ察することがある。
幾分と、コウは楽しそうだということと
触れる部分を通して伝わる鼓動のリズムだ。]
【念】 彫金師 スカリオーネ
[早すぎるわけでもない。
だからといって遅いというわけでもない。
ただ命を刻むための駆動というよりは
そこに何か意味を持つような。
言い表すことは難しいが、ただ
心地良いな と思う。]
……誰が布団だ。
[返ってくる言葉は全く呑気なものだ。
思わずちょっと笑ってしまった。]
【念】 彫金師 スカリオーネ
[しかしそのわずかな温もりも、男の言葉がきっかけで冷えていく。
それはそうだ、死別した者の話など聞いて
朗らかでいる方がおかしいのだから。
コウの逡巡が見て取れる。
その姿だけでこの異邦人は、良識的で心優しいことがわかった。]
子供はいないな。
ペットでも飼えと勧められたことはあるが飼っていない。
誰も待っちゃいない、独りだ。
だから安心しろ。
ここに居ることに何の問題もない。
[帰りを待つような家族はいない。
きっとコウのことだ、一月拘束することを懸念しているのだろう。
たった十日ほどの仲だが、毎日時を過ごしていれば
そんな考えに至ることくらいは明白だった。]
【念】 彫金師 スカリオーネ
[ベッドの下に落ちていたらしい眼鏡を渡され、受け取る。
それからはいつも通り食事を提供した──が。
どうにもコウの表情は曇っているようで。]
どうした、これは口に合わなかったか？
[楽しくもない軟禁生活だと口では告げるものの
なるべく元の世界の食事に近いものを、と
コウが食べていたのがどんなものだったのかなど話を何度か聞き、いつも食事を用意していた。
別の異邦人が食べて反応の良かったものを聞き用意させたのだが
コウの味覚には合わなかっただろうか。
それでも残さず食べようという心掛けは殊勝なものだ。]
【念】 彫金師 スカリオーネ
やはり食の違いはよくわからんな。
店に行くなら、帰りに市場にでも寄るか。
[そうすれば多少の好みや傾向も知れるだろう。
十日立ったとはいえ経過時間でいえば三分の一。
この先もまだまだこの世界に留められるのならば、生活水準は保証してやらなければならない。]
まさか、体調が悪いわけじゃないだろうな？
[ふと、もしや調子を崩しているのだろうかと。
徐に手を伸ばすと、その長い髪をかき分けて無遠慮に額に触れた。]*
【念】 桐木虹介
そうそう、演劇です。
昔の時代を舞台にした演劇なんです。
うち、祖父が好きでよく見てたんで、なんとなく。
そうかぁ、でも、あまりあげないんですね。勝ち鬨…
[百戦錬磨の冒険者が言うと説得力がある。
テレビやタブレットなんかで今まで見ていたものがフィクションなのはわかっていたつもりではあるけれど、それこそ見栄えが良いように、わかりやすくするような演出込みだったんだなぁ、なんてあらためて思ったりする。]
【念】 桐木虹介
[自分の知っていることと、この世界のことにズレがある。
少しずつ擦り合わせていくのはとても面白い。
－－それを一緒にできるのが、リオさんとでよかったと思う。
誰が布団だ、といって少しだけ笑った時には、ついついリオさんの顔に見惚れてしまった。
…この人はこんな風に笑うんだ。
もっと笑った顔を見たい、なんて、
思ってしまったけど、別にそれって普通のことだよねぇ。]
【念】 桐木虹介
そう、ですか…
[”誰も待ってはいない”
それを単純に”よかった”、とは応えられなかった。
ここにいてもらうことで、誰かからリオさんを取り上げてしまってはいなかったけれど、その分 彼の孤独を感じてしまった。]
飼わないんですか？
--- ペット、この世界だと どんな生き物がペットになるんだろう。
[”飼うとしたらどんな子がいいとかあります？”と続けて
つい笑わせようと思って、つい、「たとえば、俺とか？」と口走りそうになり、面白くもない冗談だと口ごもった。
この世界の人権とか階級とかわからないけど、そもそも人間を飼うってことが冗談としても面白くはない。
そのうえ、あと20日もしたら ”帰らなくちゃいけない”。そんなのを飼ったって、すぐに確実に来る別れを保証されているペットなんて悲しいだけだ。]
【念】 桐木虹介
いえ、おいしい、です。
[楽しい宿泊は約束しないとか、いいつつも、
不自由なく生活させてもらっている。
そんなに多くのものは必要ないが それでも欲しいといったものはすべてすぐに用意してもらったし、
好き嫌いはないとはいえ、食事もいつも美味しく食べさせてもらっている。
そういうところに、細やかな心遣いを感じているし、これも皆に美味しいと評判だったものだ。
－－－ じゃあ、なんで？]
【念】 桐木虹介
[風邪でもひいたかと思ったけれど、
病気なんてなったら、リオさんの管理責任を問われてしまう。
その前に話していたのは何だっけ。ええと、と考えを巡らせて
”もう少し我慢していれば還れる”と
”亡くなった奥様の話”だ。
ああ、ひょっとして俺は帰りたくないのかな。
そもそもそんなことが許されるのかもわからないけれど。]
【念】 桐木虹介
[あれ、なんで、帰りたくないのかな－－－
いや、数えあげればキリもない。
結婚するからと別れてしまった恋人。
そもそも本気でもなかったんだろう。物珍しくて、からかわれただけだ。
無神経なことを聞いてくる同級生
修学旅行の部屋割りとか、いろいろあったよな…
ーーー それに。]
【念】 桐木虹介
[遠慮なく伸びてきたリオさんの手が、熱を測るために髪をかき上げて額に触れる。
ぱちり、正面から目があえば
意図せず カっと顔に血が上った。]*
【念】 彫金師 スカリオーネ
余程苦労して倒した相手なら、或いはあるかもしれん。
俺の寝首をかけたら上げればいい。
[演劇のそれはある程度誇張した表現なのだろう。
余程の強敵とあらば思わず声を上げることもあろうが…
まあその辺りは、男よりも戦士の方が教えるに適任かもしれない。]
………なんだ？
[人のことを布団と言っておきながら
こちらを見て黙る顔へ視線を投げる。
決して普段笑わないわけではないが、仏頂面が常だ。
それがほどければ気にもなるんだろう、面白い顔はしてないと思うが。]
【念】 彫金師 スカリオーネ
[‟誰も待ってはいない。”
自分自身が感じていないものを汲み取るように
或いは掬い上げるように、コウの言葉が少し淀む。
ペットについては首を軽く振った。
命を預かるのは御免だ。
手間をかけ、時間をかけ、寄り添った何かが
己より早く逝ってしまうのは、もう──]
犬か猫か、鳥も飼えるだろう。
魔物を飼いならすのは、そういう職業でもないと難しい。
精霊はペットなんて言おうもんならえらい目にあうぞ。
[その口の奥に飲みこまれた言葉を聞くこともないまま
飼う事の出来るものについて律儀に答え。]
【念】 彫金師 スカリオーネ
[もし仮に、「たとえば、俺とか？」と言葉が漏れていたならば
「異邦人なんて飼えるわけないだろう。
それはもう奴隷じゃないか。」
と、答えただろう。
そこには人を“飼う”わけにはいかないという
相手の自尊心を尊重したものだったが──
それもこれも例えばの話だ。]
【念】 彫金師 スカリオーネ
そうか。
[そんなふうには思えなかったが、
おいしい、と言うのならそれを信じる他にない。
なにやら深く考えているらしき顔を観察する。
咳はない、鼻を啜っている様子もない。
食欲は食事をとっているのだからありそうだ。
ホームシックでもない、と先程言っていたし。
ではいったい何を考えているのやら。
熱を測るために伸ばした手が額に触れた瞬間
──否、思考から戻ったコウと視線が合った瞬間。
頬が赤く染まったのを視界が捉えた。]
【念】 彫金師 スカリオーネ
なんだ、恥ずかしがらせたか？
っくく。
[これは単純に照れているのだろう。
笑ったり考えに耽ったり驚いたり照れたり。
自身よりもコロコロくるくると変わる表情に思わず声を出して
‟こんな風に”、笑う。]
全く、いいからちゃんと味わえ。
そんなに不味いものは出してない筈だ。
[食い終わったら店に行くぞ、と
手を離し、男も食事に戻った。
時折視線を寄越し、喉奥を数度鳴らしながら。]*
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