情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 エピローグ 終了 / 最新
コルデリアへ
はじめまして。
返事を貰えて、話し相手になって貰えて、とても嬉しく思う。
エンデに足を運んだ事はないが、移民を領内に受け入れた縁がある。
残念ながら、移民とまだ深く言葉を交わせていないのだ。
慣れぬ土地の生活で大変だろうとそっとしておいたが、そろそろ話をしてみてもよいかもしれないな。
長くやり取りが続かなくなったら、というのは、何処か具合が悪いのだろうか。
貴女と話したいが、どうか、無理をしないでくれると有難い。
ゲッカは大地の起伏が激しいリージョンで、壁のように岩山が聳えている。
私の屋敷のある山頂は見晴らしがとてもいいぞ。
自然が豊かなので、空気も澄んでいると思う。
秋には木々が赤く色づいて、春には桃の花が咲く。
どちらも、白い岩肌と相まって美しい。
煙霞山の名所と言えば、まるで両手を合わせるような形をした合掌峰と呼ばれる場所や、三日月の形をした湖がある。
貴女の住むエンデは、どのようなところなのだろうか。
木々に覆われ、空が遠いその場所の事を、貴女の言葉で教えてくれると嬉しい。
蓬儡
[送られてきた瓶の中に、白い縦型封筒が一つ。
そこには、ガァドへ、とのみ記されている。
送料にと海に浮かぶ帆船の絵柄の印紙が一つ。
白地に蓮の花の版画が淡紅色で薄く刷られた便箋には、罫線の代わりに薄っすらと縦に線上の凹みが何本か並んでいる。
海の向こう側にいるというこの瓶の持ち主と、蓮は泥の中でも美しい花を咲かせる事から選んだ。
線に沿って緑釉色のインクで書かれた文字は一言で言えば闊達だ。
時折、はみ出しているところもあるのはご愛嬌。
ガァドに合わせて、なるべく平易な表現を目指した。
差出人の住所は、ゲッカの煙霞山と書かれている。]
ガァドへ
こんばんは。
そしてはじめまして。
私はゲッカの煙霞山の山主である蓬儡という。
貴方からの手紙が届いたので、手紙をしたためている。
ちゃんと貴方の許へ届くと良いのだが。
貴方は元人間で、生きた泥……魔物のような存在となったのだろうか。
ゲッカでは、強い思いを持って死んだ人間が妖魔へと変じる事もある。
折角、海を越えて、結ばれた縁だ。
私は貴方達の事をもっと知りたい。
私は妖魔だ。
貴方達が何であったとしても、気にはしない。
裏側に書かれていた物語だが、非常に楽しく読ませてもらった。
書かれていなかった部分が読みたいと思ったよ。
もっとも、物語を全て収めていたら瓶がいっぱいになってしまっただろうが。
貴方が人間だった頃は、物書きをしていたのだろうか。
何処かで読んだ事がある文のように思った。
もしかしたら、私の蔵書にあるかもしれないな。
ゲッカでは、こうした種類の物語は珍しい。
叶う事ならもっと読んでみたいと思う。
さて、端に書かれていた言葉についてだが、正しいか、間違っているかは、ひとによって異なるだろうな。
今は正しくても、数百年後には悪となっているかもしれない。
正しい事をしようと思っていたという事は、きっと貴方なりの信念があったのだろう。
結果として悪になったのか、している間に悪になっていたのか。
もしも貴方自身の心を裏切る事になったのなら、痛苦を伴ったかもしれない。
考えてみたのだが、私もそういう選択をするかもしれないと思った。
自分の心には逆らえない。
妖魔とは本質的にそういうものだ。
許すか許せないかではなくて申し訳ないな。
貴方達は誰かに許されたいのだろうか?
蓬儡
[彼の所在は判明したが、念の為、今回の宛先の住所は「トーチバード」と、船体識別番号になっている。
印紙の絵柄はゲッカ原産の半八重咲きの淡いオレンジ色の薔薇。通称、長春花。
封筒は前回と同じ白地。
白地に菊花の版画が薄い黄色で薄く刷られた便箋には、罫線の代わりに薄っすらと縦に線上の凹みが何本か並んでいる。
緑釉色のインクで書かれた文字は先のやり取りと同じ調子で書かれている。]
マーチェンドへ
返事をありがとう。
元気と聞いて安心したぞ。
もう三年になるか。
全く、時というのはあっという間に過ぎてしまう。
妖魔とは、己の心に正直なのだ。
長寿の者にとって数年は瞬きの間。
そうそう変わるものではないよ。
貴方は、私の求めるままに品物を売ったまで。
機械を持ち込んだ事でゲッカに何か遭ったとしても、それは私の責任だ。
あまり気負わないでくれ。
私達と相性が悪いのもあって、機械化の速度は遅い。
かつての文化が機械の流入によって消えてしまった例は、私も調べている。
その事実を知らないのと知っているのとでは、辿る道も異なるだろう。
けれどいくつものリージョンを渡っている貴方からそう聞いて、少し安堵した。
術の神秘そのものが失われるわけではないものな。先の事は分からないが。
土地により、機械が動かなくなる事例は、最初の頃に少し調べていた。
人間が触っている限りは問題なく動くようなので、ゲッカの場合はそれには当てはまらなそうだが。
しかし、命を落としそうになる程とは、決して笑い事ではないな。
生来の性質であれば致し方なしか。
それでも私のように興味を示す者はこの世界の何処かにはいるのだろう。
もし出会えたなら、酒でも飲み交わしながら失敗談を話してみたい。
貴方の言うように私達には術があり、己の至高とするものを守る。
きっとこれからもそうなのだろう。
ゲッカの人間は私達程巧みに術を扱えないが、機械が彼らの暮らしを豊かにする事が出来ればいいと、願っている。
上手く共生する事が出来ればいいが、それは私達の努力次第だな。
パンパス・コートは、私よりも友人の方が良く知っているだろうな。
しかし「美貌」を至高とする妖魔と並ぶ程か。
私も美しいものは好きだが、至高とする程ではないな。
けれど一度くらいは足を運んでみたいものだ。
彼らの作り上げる美を、直に目に収めてみたい。
あまり無理のないように。連絡は気長に待っている。
それでは丈夫な電子レンジを幾つか、と言いたいところだが、壊したばかりだからな。
自動掃除機の新機種を数点頼もうか。
あれはあまり触らないで済む。
ありがとう、私の方は変わらずだ。
貴方の訪いと、姿の変わったトーチバードに見える事を楽しみにしていよう。
それでは、また。
蓬儡
小瓶には桜色のリボンがつけられていた。
それから、植物や薬の香りも。
便箋には前回と同じ桜の押し花があしらわれている。
前より筆跡は弱く、時折崩れてすこし読みにくいやもしれない。
けれども、時間をかけて丁寧に書こうとしたのは見て取れるだろう。
ガァドさんへ
わたしの手紙がとどいたのですね。
おへんじをありがとうございます。
それから、あなたのいる世界のことも、
教えてくれてありがとうございます。
わたしは海に行ったことがありません。
まわりは木ばかりで、風がそよぐと葉のこすれる音や、
遠くの鳥の声が聞こえることはありますが、
にゃあにゃあ鳴く鳥や、おおきなヤシの木は
はじめてお話に聞くものでした。
きっとしずかで涼やかで、おだやかな所なのでしょうね。
前に貝から海の音が聞こえると聞いたことがあり、
なにか聞こえるかとためしてみましたが、わかりませんでした。
あなたもおしまいについてよく知っているのですか。
あなたの住むところにも、大きな災害や事件が
起きるような事があったのですか。
あまり思いだしたくないようなことなら、すみません。
あなたも、ひとりなのですか。
さびしくはないですか。苦しくはないですか。わたしは
わたしは、無事にたびだったふねを見おくり、
おしまいにのこった、ひとり です。のれませんのりませんでした。
わたしはわたしの星がすきでした。
好きな人たちが居て、私とたくさんの話をしました。
けれどもけんかをして、もう二度と会えなくなりました。
好きな場所もありました。陽当たりのいい小さな岡。
あまり人が来ず、広く花々がよく咲き誇っていました。
もう跡形もありません。
たくさんの好きだった思い出はここにあります。
見捨てることが難しいくらいに、たくさん、たくさん。
元どおりにはもう二度とならないと知っていますが。
それでも愛着のあるふるさとです。
好きな場所であって、大切な思い出があって
望んだようにここにいるのに
ずっと息が苦しいのはどうしてなのでしょう。
どんな薬をのんでもきかなくて。
しあわせは、── わかりません。
旅に出ることは、あきらめていました。
わたしの身体はたえられません、から。
考えられません。
変なことを書いてごめんなさい。
しあわせをいのってくれて、ありがとうございます。
でも、おしまいのお話、そうたのしいものではないんです。
おわる定めのものが正しくおわり、わたしがまだいる、
それだけのことですから。
やさしいあなたにも、どうかしあわせがありますように。
コルデリア
ついしん
紅茶やサンドイッチを手に誰かとどこかへ、
あなたは行ったことがあるのですか。そうならば素敵ですね。
[これは、ガラス瓶を封筒の代わりに用いる形で送られる手紙。
コルクで栓をされた瓶の中には、便箋が収められているのみ。
便箋上の文字は活字体に酷似しているが、よく確かめれば、手書きで綴られたものだと分かるだろう。]
海の向こう側のきみへ
こんばんは、夜のもとに在るきみ。
わたしからのこの便りが、無事に浜辺へと流れ着くといい。
物語のひとひらを送ってくれて、ありがとう。
わたしは、わたしの元となった妖しと同様に、
物語というものを好ましく思っている。
この物語は、根源倫敦の街の作家が著した
『ウィラード・ヴァンダインの探偵事件簿』
の一ページであると推測する。
とはいえこの作品内容の具体的なデータは
わたしのメモリには保存されていないが。
わたしの元となった妖しは、このシリーズを
読了している可能性があるが、仮にそうであっても
その記憶は、わたしの記録には移されていない
――という説明的な情報は、きみにとって、
さして面白くもないかもしれないがね。
心がないやつだとは、わたしもよく言われるものだ。
わたしはあくまで、有機体ではない機械だから
なおのこと、有機生命体にとっては「心無い」と
認識されてしまう傾向があるらしい。
わたしにせよ、わたしの元になった妖しにせよ、
「人情」というものを表現しようとは
常に試みている心算なのだがね。
ウィル君は、わたしとは異なり、
心から「人情家」であると自認しているようだが、
その自認がノックス君からの評価とズレてしまうのは、
当人にとっても助手にとっても
悩ましいこと、なのかもしれないね。
ともあれ、きみからの面白い便りのお陰で、
有意義な時間を少しばかり過ごすことができた。
わたしは暇をしているようで暇でもない機械だが、
それでもきみからの便りは、いつでも歓迎する。
わたし自身に夢と呼べるものがあったかは
わたしにとっても定かではないが――
わたしの元となったモノが捨てた夢については、
後日、当の妖しが目覚めた際に問い正してみるとしよう。
コルンバ
バラ・トルーパーズより
情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 4日目 エピローグ 終了 / 最新
[抽出解除]