46 ― Blood on Letters ―
情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 エピローグ 終了 / 最新
[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [メモ/メモ履歴] / 発言欄へ
C＃m：宵月 ヴィブラト
だからお前も、一人で張り切り過ぎるなよ。
世界と地球をよりよい未来につなげるのも、
次の美術展企画を盛況に導くのも。
「うん。ありがと、パパ。
そっちでの企画展、最高の
今から楽しみにしててね。
またつらくなった時には、パパに手紙書くから」
ああ、もちろん。電話でも――
C＃m：宵月 ヴィブラト
「あ、パパごめん、
ヴィーオちゃんのチャンネルに新着来てる。
ちょっと見てくる。またね」
[通話はここで唐突に切られた。]
……………………。
C＃m：宵月 ヴィブラト
― 数分後 ―
[そこには、屋台のカウンター席に着いて
甘辛チキンをつまみに麦酒のグラスを傾ける
ヴィブラトの姿があった。]
はあ。まさか、娘がいつの間にか
ギャル系アイドルのファンになっていたとは……。
「なんだい、推しがいるってのはいいモンじゃないか」
いや、別に悪く思ってる訳じゃない。
ギャルの良さだって理解している。いかがわしい意味じゃなく。
ただ……ただ少し、寂しくなったってだけだ。
[からからと笑う大将を前に、苦い麦酒を小さく啜る。]
C＃m：宵月 ヴィブラト
（……この
この先の苦みに比べれば、まだ甘いのかもな）
[父の年を追い越してしまった娘のこと。
今はまだ若き、血と日常を捧げる同居人のこと。
目前の屋台主は、吸血鬼ではないらしいとはいえ
人間であるという保証も全くなかったのだが……。
その人たちより、さらに残された時間の少ない人がいる。
ビルの向こう側の月灯りに、吸血鬼はその人を想う。]
C♯m：宵月 ヴィブラト
― C♯m ―
[この日、その街には秋風が吹いていた。
数十年前に比べて気温は上がっているものの、
それでも日没後には肌寒さを感じられる季節だ。
スクランブルや繁華街に仮装者がどっと集まるような
お祭りめいた騒がしさこそなかったものの、
街は不気味な装飾やイルミネーションで彩られ、
個人の住宅の中にも飾り付けがみられる。
「この世ならぬもの」の姿を装った子供たちが
近所の家々を訪ね歩く、そんな賑わいも。
……とはいえ全ての家々が、幽霊や骸骨や魔女、
吸血鬼に人狼に蜘蛛の巣、カボチャのランタン等で
この祭日を祝い楽しんでいた訳では無かった。]
C♯m：宵月 ヴィブラト
[郊外に建つその家は決して大きな邸宅では無かったが、
ひとり暮らしをするにはやや広い。
時折、子供か親族友人かといった人々が
出入りしていると思しき形跡はあるものの、
落ち着いた、というより寂れた趣の家屋だ。
その二階部分、ある寝室は暗室と化し、
別の寝室はやや散らかっている。
他の部屋より一回り大きな寝室には、
一人で眠るには大きすぎるベッドがひとつ。
そして裏庭に面した窓のある書斎。
その棚には、まるで時が止まっているかのように
三、四十年以上前の本ばかりが収蔵されている。]
C♯m：宵月 ヴィブラト
[猫も寝静まった静寂に、階段を上がる音だけが響く。
二階に着いてからは、階段照明から離れる形で
未だ灯りもなく暗いままの、突き当りの書斎へと。
その足音の主は、初老か、もう少しだけ歳を経た女性。
黒い服は喪服のようでもあり、
或いは被写体への光の反射を気に掛ける
写真家の服装のようでもある。
ただ少なくとも、この時の出で立ちは、
あくまで穏やかな日々を過ごすためのもの。]
「…………あら？」
[老婦人の瞳は、その書斎の窓の向こう側に、
淡くおぼろげな光を見て取った。
まるで月の冷たい光のようでもあったが、
裏庭に面したこの窓の方角に月は昇らない。]
C♯m：宵月 ヴィブラト
[これは老いた目の見間違いか、或いは不審者か。
それでも黒衣の老婦人は、この光を避けることなく
灯りのない書斎の窓に、一歩、一歩と近づく。]
「 ――――――、 」
C♯m：宵月 ヴィブラト
[未だ閉ざされたままの窓枠に両手を突き、
屋内を覗き込む形でガラスに鼻先を近づけた、
そんな “亡霊” の姿が、そこにはあった。
この時、この家屋や “亡霊” の真上に
鴉やコウモリなどの生物が集っていた……
という近隣からの目撃証言は、今のところ存在しない。
あくまで「目撃証言は存在しない」というだけである。
“生前” とは異なる銀色の前髪が秋風に靡き、
その顔の、元に戻らないままの左側を覗かせる。
理不尽な死を強いられた幽霊の出没譚めいた、
そんな姿形がこの “亡霊” にはみられたのだが……。]
C♯m：宵月 ヴィブラト
「あなた、なの？
……本当に、あなただったの？」
[ガラス越しに鈍く伝う「だったの」の問いに、
“亡霊” は少しだけ、困ったように小さく笑った。
ここで「俺だ」「俺だった」と認めてしまっても
良かったのかもしれない。
それでも、もはや元通りの人間では
在れないことを、この “亡霊” は解っていた。]
いいや。俺はブレンダン・クレセンツじゃない。
あの時は、あいつのフリをして君に近づいて、
……君を傷つけて、すまなかった。
[低く零した謝罪を老婦人は咎めるでもなく、首を横に振るでもなく。
ただ正面を見据え、小さく息を呑む音を響かせる。]
「じゃあ、誰なの」
C♯m：宵月 ヴィブラト
俺は、家族を愛したブレンダンの亡霊、
君を愛した男が遺した
[柔らかな声音でそう告げる “亡霊” は、
自分から窓ガラスに手をかけることはしない。
家主から招待を受けないとその家に入れない、という
特性があった訳では別になかったが……。]
「あの人の遺した、亡霊？」
ああ。
ここにいるのは、君に逢いたいと願い、
君に逢えると信じた、ただの男だよ。
C♯m：宵月 ヴィブラト
[ “亡霊” がくちびるを寄せて語り掛けても、
その吐息はガラス窓を曇らせない。
月が照らし出すように淡く浮かぶその姿を前に、
皺と節が目立ってきた老婦人の手が、ガラスに触れる。]
「わたしは、あの人に逢えるなんて信じてなかった。
信じることなんて、できなかった。
ただ、あの人のことを穏やかに
思い出せるようになれれば、十分だった」
C♯m：宵月 ヴィブラト
「……それでも」
[老婦人の手は窓の鍵を開け、そのガラス窓を上に滑らせる。]
「あなたに触れたいの、
[開け放たれた窓から、冷たい秋の夜風が吹き込む。
その風が、歳の変わらない亡霊の背を押し、
歳を重ねた両手が、その身体を書斎に引き入れる。]
C♯m：宵月 ヴィブラト
ジェニー、
[ヴィブラトは己に掛かる力に身を任せ、
あの最期の日と同じジャケットを纏った腕を
ジェニーの少し痩せた身体に回し、抱き返す。]
逢いたかった。君に、逢いたかった。
「ばかね、あなた。
最初から亡霊だって言えば良かったのに」
[その言葉がジェニーの少し掠れた声で紡がれた時、
ヴィブラトの右眼からひとすじの雫が落ち、
透明なその雫が、痩せた肩の黒衣に落ちて沁みていった。]
愛してる。
[そのひとに触れるのはかたい牙ではなく、やわらかなくちびるで。]
C♯m：宵月 ヴィブラト
[――それから数か月後。
ある都市で開かれた写真展に、
そのフォトグラファーの作品は展示されていた。
ジェニファー・ムーンリット。
数十年前に某国にて若手写真家として注目を浴びるも
自身の出産を機に写真家としての活動を停止。
かの地下鉄の事故でパートナーを失ったこともあってか
長らく表舞台に出てくることはなかった。
そして近年になってから、再び活動を再開。
当時を知らない、もしくは忘れてしまった人々からは
「おばあちゃん写真家」として話題になる一方、
彼女の若かりし頃を知るファンの中からは、
「まさかこんな未来があるとは」から、
「私はずっとこの日を信じていた！」まで、
様々な反応がみられたものだった。]
C♯m：宵月 ヴィブラト
[新作として発表されたそのモノクローム写真は、
とある邸宅の寝室を思わせる風景を映したもの。
窓に掛かった薄手のカーテン越しに、
月灯りを思わせる淡い光がぼんやりと浮かぶ。
その窓際にあるベッドには
タイトルは、『C♯m』。
夜想曲のキーとしてしばしば用いられ、
叙情的だとも語られる、そんな短調だ。]
[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [メモ/メモ履歴] / 発言欄へ
情報 プロローグ 1日目 2日目 3日目 エピローグ 終了 / 最新
フィルタSWBBS V2.00 Beta 8 あず/asbntby
※当サイトは日本国内専用です。
海外からの操作・閲覧は保証しかねます。
管理人 by milk_sugar/Yuchica
副管理人 by マオ
星狩りの国告知用Twitterアカウントはこちら
副管理人連絡用Twitterアカウントはこちら