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ステアが発生すると池にゴミが溜まる。
だから研究員たちは頻繁に池の掃除をしているのだが、今日は何やら勝手が違うようだ。
『この瓶、ベアー宛の物じゃないかな?』
そう、招待状に返事が来たのだ。
「へんじだ!おれの!おれのだよ!」
ピョンピョンと飛び跳ねながら瓶を受け取ろうとするベアーを見て、研究員の頬は緩んだ。
『落ち着きなさい、中に何か入っているようだし、落としたら危ないから机に置くよ』
「お……おう!」
ただ瓶を机に置くだけの動作をベアーは頬を上気させながらまじまじと見つめる。
そんなにか、とベアーの様子に苦笑しながら瓶を置くと、研究員は
『早く返事出せるといいな』
と言い残して立ち去ったのである。
机に置かれた瓶は二本。
研究員がいなくなるやいなや、ベアーは瓶を開封する。
一本目、中に入っていたのは手紙と小さな包み。
包みは後回しにして、先に手紙を読む。
「べ、あ、あ、さ、ん、へ……」
じっくりと声を出しながら読む。
どうやらこの手紙を送ってくれたのはエンデというところに住むコルデリアという人物のようだ。その人はエンデから出ることができないらしく、リジェットXに行く代わりに花の種を送った、と。
「えでん……あいにいかなきゃな……」
包みには花の種が入っていて、その育て方を書いた手紙も入っている。
読めない字があったが、ベアーは賢いので他の文章から意味を推理して読んだのだ。天才かな?
「なるほどなー」
ベアーは完全に理解した。
やはり天才。
とは言ったものの、おりこうさんのベアーは種を扱ってはいけないという研究員との約束をちゃんと守るつもりだ。
だから手紙と包みを瓶に戻し、研究員に手紙と種を見せようと心に誓ったのだ。
ちゃんと瓶に戻した後、もう一本の瓶を開封する。
[陽が落ちてゆく空は、青に紫、橙に桃色と、多彩な色彩を映していた。
望崋山に初めて訪れた者は、圧巻の光景に言葉を失ってしまう。
大きな池の前にある山は、それ程高いわけではないのだが、山の上半分程を白壁の建物が覆っているように見える。
赤い瓦葺屋根の大棟の両端には鴟尾があり、軒瓦には花を意匠とする美しい装飾が施されていた。
中腹にある大門の前で騎獣から降り、門番達に訪いを告げる。
彼らに荷物や騎獣を預け、男たちは大門を潜った。
外壁の脇に山の起伏に合わせて造られたなだらかな石段を上れば、折り返した先に更に門が待ち構えていた。
そこを潜れば、彫像や噴水などが配置された前庭の奥に、太い柱が等間隔に何本も並べられた朱い建物が見える。
赤い建物──迎賓館の石畳の前には、出迎えの者達が並んでいた。
ふと、思い出して男は弟子達の方を振り返る。]
大きく息を吸いなさい。
[すべて言い終えるか、言い終えないかといった時、突如、男達に水が被せられる。
まるで空から降ってきたように。
唖然としている弟子達に対して、護衛達は水の勢いを殺す程度の余裕はあったらしい。
下手に止めてもいけない。]
これはまた熱烈な歓迎だな、芸鵬。
[男は進み出た友人に向かって笑みを向ける。
これは一種の通過儀礼だ。
彼は紫の長袍に黒の上着を羽織っていた。
色とりどりの意図で施された刺繍はまるで着る絵画のよう。]
「だって、そんなに土埃を浴びてくるんだもの。
近くに一泊して汚れを落としてきてくれたら良かったのに。」
[つんと胸を逸らす齊芸鵬は大変な綺麗好きでもある。
汚れる事を憎んでいるのかという程に。
恐らく、裏道から男達の様子について報告がいったのだろう。
これでも多少は払ったのだが。]
早く再会したくてな。
「どうせ修練だからとか言って無茶苦茶な日程で此処に来たんでしょう。
さ、まずは湯浴みしてきて。
着替えはこちらで用意してあるから。」
あぁ、感謝する。
[あれよあれよという内に、一行は迎賓館の脇にある湯殿に案内される。
騎獣や荷物が大門で受け取られたのは、濡らさぬ為でもあった。
薫りが気に入らなければ容赦なく風を浴びせられ、汚れていれば水を浴びせられ、湯殿に直行させられる。
齊芸鵬の眼鏡に敵う程の身なりに整える事は難しい。
美貌を至高とする者であれば叶うかもしれないが、大抵の者はこの洗礼を浴びていた。]
言い忘れてすまなかった。
避ければ機嫌を損ね、あの整った顔を般若のようにして怒るのだ。
どうせあれの満足いくようにはできないから、好きにやらせた方が良い。
郷に入っては郷に従えという奴だな。
[弟子達はまだ理解が追い付いていない様子だが、そっとその背中を押してやりながら囁いた。
例え無礼と思われようと、己の領内に入れるのならば、己の定めた掟に問答無用で従わせるのは、妖魔の山主らしかった。
湯殿は貴人とその伴に分けられている。
湯殿に詰めていた者達は、煙霞山 山主は最低限の世話でいいと何度目かの訪いで心得ていた。
濡れた衣装を脱ぎ、中に入って旅の汗を流す。
疲労回復の効果のある薬湯であるところは友人の気遣いだろうか。]
[迎賓館に通される頃、一行はすっかり身綺麗になっていた。
肌触りの優しい衣は間違いなく上質なもので、上着には美しい刺繍が施されている。
煙霞山では袖を通す事のない衣装に弟子達は緊張しているようだ。]
改めて、久しぶり。
変わらないようで何よりだ。
「そちらは相変わらずなようで。
何処のお上りさんかと思った。」
[齊芸鵬は笑いながら顔の前で扇子を開いた。
そうして一行を一通り見やると満足げに頷く。]
「うん、私の見立て通り。
お弟子さん達もサイズが合ったようだね。」
[上機嫌の友人に促されて、勧められた席に着いた皆が盃を掲げる。
上座の卓には男と友人。
下座の卓には護衛や弟子達が並んで座っている。]
「──乾杯。」
[一息に飲めば、僅かに喉が熱くなる。
やがて、山海の珍味が卓に運ばれてきた。]
皆が贅沢に慣れてしまうと困るんだが。
[並ぶ皿の多さにいつもながら驚かされつつ、形ばかりは恐縮しておく。]
「此処にいる貴方達は私の客人だ。
持て成されるのが仕事だよ。
さ、食べて食べて。
お肌にも健康にもとっても良いのだから。」
[そうして歓迎の宴は始まった。
干した盃にはすぐに酒が満たされる。]
これは、土産の酒は明日にした方がよさそうだな。
[男が肩を竦めるのに対し、友人はにやりと笑ってみせた。
稀なる美貌であれば、多少行儀がよくない表情でも許されてしまうらしい。]
「儡兄ってば耄碌したの。」
年寄り扱いするなよ。
そう年が違うわけでもない癖に。
[そう軽口を叩き合い、笑い合う。
うまく乗せられた気がするが、煙霞山から持ってきた酒も空ける事となった。]
もう一つの瓶の手紙は読めない文字がいっぱい書いてあったので、ベアーはマチェットのところに向かった。
「まちぇっと!てがみかいたのすげーあたまいいやつだ!」
マチェットが何事かと思うよりも早く、手紙を判決等速報用手持幡(通称びろーん)のように掲げながら走ってくるベアーの姿が目に入った。
一瞬、手紙に 勝訴 という文字が見えた気がしたが、それは全くの気のせいであった。
「おれぜんぜんよめないから、おれのかわりによんで!」
勝訴どころではなく敗訴した後だった。
仕方ない、とマチェットは膝にベアーを乗せながら手紙を読んだ。
ゲッカというところに住む蓬儡という人物が書いたということ。
招待してくれたのでここに来たいということ。
ゲッカではベアーという名前は熊という生き物の名前だということ。
熊という生き物のおもちゃを持って行きたいということ。
欲しいものがあったら教えてほしいということ。
要約しながら説明すると、ベアーはほわーとした顔でマチェットの顔を見上げた。
「おれ、くまなんだ?」
『どうやらそのようだね』
マチェットの知る範囲ではベアーはウノレヌという生き物のキメラだったはずだ。もしかするとウノレヌはゲッカでは熊と呼ばれているのかもしれない。
新たな学びを得てマチェットは唸った。
『もしかするとこの封筒に貼られた切手の生き物が熊なのかもしれない』
マチェットの指差した先にはウオを咥える毛むくじゃらの黒い生き物の絵が描いてあった。
「おれとぜんぜんにてない!へんなの」
ケラケラと笑って切手とマチェットを見比べる。
「おれよりまちぇっとににてるな、くま」
マチェットの腕に生えるビロードのような黒い毛のほうが、この熊という生き物に似ているとベアーは思ったのだ。
『そうかもしれないね』
本当は違うことを知っているが、マチェットは真相をベアー自身が探り当てるまで黙っていようと思った。
『ところで、ベアーは何が欲しいんだい?』
お土産に熊のおもちゃを持って行きたいという一文を指さしながらマチェットは聞いた。
「ほしいものか……うーん……」
ベアーはおもちゃが好きだ、とは言ってもベアーが遊ぶおもちゃは育成施設の子供たちが使っていたものだとか、研究員が作る回る!光る!音が鳴る!DX玩具くらいしかないのだが……。
「うーんとな……ほんがいい!ものがたりの!ものがたりのさんこーになるの!
あとはー、ふわふわのにんぎょう!おれのもってたの、いぬぬぬーぬとぬーぬいにあげたから……おれもふわふわのにんぎょうほしい!
あとねー……」
フンスフンスと鼻息荒く欲しいものを次々とあげていくベアー。
よっぽど外からのお土産に夢が膨らんでいるのだろう。
『あんまりいっぱいほしがると困らせてしまうよ』
このままでは延々とほしいものを挙げていきそうだ。
マチェットはやんわりとベアーを止めた。
『二つくらいにしておこう?』
そう言うとベアーはきょとんとした後に頷いた。
「じゃあ、じゃあ、ものがたりのほんとふわふわのにんぎょうにする!
へへへ、すてあおわってぶんつーできるようになったらほうがいにてがみかくんだ!」
ステアが終わった時の楽しみがまた増えてしまった。
「そうだ!おれのものがたり、ほうがいにもみせてやるんだ!」
わくわくが止まらないのか、マチェットの膝から勢いよく飛び降りるベアー。
「もっかいものがりのほんよんで、ものがたりかんがえなきゃ!」
じゃーなーと手を振ってせわしなく走り去るベアーの背中を、マチェットは手紙と交互に見た。
大事なものを忘れていってしまったがいいのだろうか?
そう思いながらマチェットはもう一度手紙に目を通す。
……そう、幸いなことに通信障害は起きていない。
ならばダメもと、とマチェットは端末に向かった。
今着ているそれは見せたかった服ではないんだろう?
[楽に合わせて舞う踊り子達を眺めながら友人に問う。
弟子達はうつらうつらとして、その度に気付いて目を擦ったり口元を抑えたりしている。
行儀はよくないが、強行軍で疲れた上に入浴を済ませ、腹も適度に膨れてきたなら致し方ない部分はある。]
「あ、分かる?」
あぁ、勿論それも美しいが。
わざわざ足を運ばせる程ではない。
それに気に入った服を汚れると分かっていて着るとは思えない。
「言うじゃないか。」
[齊芸鵬は口の端を上げる。
彼の纏う衣類は、全てお抱えの職人に作らせた特注品だ。
来客への応対時は大抵、風や水が飛び交う。
勿論、彼程の格の高い妖魔であれば、汚れぬようにする術はあるだろうが。]
「お楽しみは明日にね。
あ、儡兄達にも着せるからその心算で。」
……は?
[いつぞやの悪夢を思い出して男は硬直し、すぐに確認する。]
それは、男物だろうな?
「美は性別を超えるものなんだよ。
なーんて、嘘、嘘。
ちゃんと着られるものにするってば。」
[酒の入った友人はけらけらと笑う。
化粧を施され、髪を弄られ、引っかけたら破れてしまいそうな繊細なレースのふんだんにあしらわれたコルセット付きドレスに身を包み、ハイヒールを履いてランウェイを歩かされた記憶が蘇る。
鍛え上げられた体幹で何とかねじ伏せたが、あれは二度と味わいたくない。]
あれは、何かの拷問かと思ったぞ……。
「そんなまさか。
私なんて日常使いしているのに。
まぁ、慣れていないなら仕方ないかもね。」
[確かに、彼はいつも踵の高い靴を履いている気がする。
けれど日常使いなど正気か、と男は心身ともに引いてしまった。
椅子ごと引く様子に、齊芸鵬は失礼な、と頬を膨らませる。
同じ
心の指標となるものが異なるのだから、致し方ない事ではあるのだが。]
……お手柔らかに頼む。
[やがて弟子が寝落ちる頃、宴はお開きとなった。
護衛の者達が彼らを担ぎ、宛がわれた部屋の寝台に寝かせる。
何も知らないですやすやと寝息を立てている彼らは明日にはどうなる事か。]
さて、私達も休もう。
[護衛に左右を挟まれた男の部屋は、景色の良い特等の部屋だ。
男も眠気を覚えており、その日はすぐに床に就く事となった。]
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