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[歓声を浴びて面映ゆそうにしている弟子達の隣を抜けて男もまた悠然とランウェイを歩く。
前回よりはずっと歩きやすいので微笑みを浮かべる余裕もあった。
黒いコートの裾が男の歩調に合わせ、広がる。
突き当たりまで行けば、男はくるりと回ってみせた。
踵を返してランウェイを歩き終えた男が舞台に戻ると、皆で揃って一礼する。
演出を付けられた通り、男は左手を胸に添えて。
男達が舞台袖にはければ、今度は冒頭のモデル達が違うドレスに着替えて順番にランウェイを歩いていく。
先程までが少女のようであったなら、今は貴婦人然としている。
歩調や仕草まで変えてみせるところなどは流石プロである。
最後に、男達も併せて出演した全員で舞台に出て会場に向かって一礼する。
拍手が送られる中、モデル達に先導されて舞台からはけていった。
こうして第一部は特に大きなトラブルもなく、終了した。]
「いやー、本当に最高だったよ!
やっぱり私の目に狂いはなかったな。
皆、協力してくれてありがとう!」
[二部までの間は昼食休憩を挟む。
化粧を取り、衣裳を脱いで人心地ついた男達は、興奮した様子の友人に出迎えられた。
一部の評判は上々だったらしい。
関係者用の部屋で一行は、油淋鶏、回鍋肉、煎餅果子、焼売、小籠包といった料理に舌鼓を打つ。
マンゴージュースに弟子達は感激していた。]
この後は、私達はあちら側で見ていいのだろう。
[前髪を直そうと苦戦しながら男は聞いた。]
「……あ、その事なんだけど。
儡兄にお願いがあって。」
[緩く機微を傾げる男に、友人はにんまりと笑うと手招きした。]
[ゲッカは、混沌の中で男神の体から生まれたと言われている。
人程の大きさだった男神は日ごとに大きさを増し、その成長と共に天地が分かたれた。
大きくなり続けた男神は死に、その遺体はばらばらになり、山海や川や太陽となった。
神の一柱の女神は、始めは黄土から自身を真似て妖魔を作った。
その後に縄と泥から人間を作り、ゲッカの中には黄土でできた妖魔と泥でできた人間が混在した。
妖魔と人間とで能力に優劣があるのはその為である。
その兄であり夫でもある男神が、様々な文化をつくった。
家畜の飼育や調理法。漁法や狩り。
鉄製を含む武器の製造を開発し、人間は住む場所を増やしていった。]
[けれどそれは順風満帆とは言えなかった。
ゲッカの人の手の及んでいない場所には、陰気から生じた魔物が跋扈していたのである。
術を駆使し、それに立ち向かう事のできる妖魔達が魔物を倒し、山海を制した。
人間はそれを喜んでその後に付き従った。
やがてゲッカの山々には優れた妖魔が山主として君臨し、近隣に住む人間は山の麓で妖魔の庇護を受けて暮らす事となった。
──それが、ゲッカに伝わる伝承の一つである。
恐らくは妖魔の広めたものだろう。
自らの正当性を謳うために。
もしも妖魔より人間の方が強ければ、黄土から出来たとされるのは人間の方だ。]
[ショーの二部の始まりだというのに、男は舞台裏に控えていた。
顔の上半分が隠れる仮面をつけ、手には部隊用の大剣を持っている。
纏っているのは金の刺繍の入った派手な赤の長袍。
更に黒い毛皮を羽織っている。
あの後、嫌な予感がしつつも顔を寄せれば、囁かれたのが二部の構成。
一部とはいえ、ネタバレを食らってしまった上に、演者の中に加われという無茶ぶり。
男は魔物と戦う妖魔の役を指名された。
それが終わってやっと一人の観客としてショーを楽しむ事が出来る。]
……全く、人使いの荒い事だ。
[男は芝居用の大刀を担いでそう独りごちる。
けれど楽しげに口の端を上げられていた。]
[二部では、ゲッカ独自の楽器が多く並べられている。
長大な川の流れを示すような古き曲に、外来の楽器が加わる事で音の響きも異なって聞こえた。
神話になぞらえて男神の遺体からゲッカが生まれ、女神によって妖魔と人間が生まれ、男神によって様々な文化が生まれた。
やがて曲調はがらりと変わって不穏なものとなり、銅鑼や鈸、太鼓が打ち鳴らされる。
おどろおどろしい音楽に合わせて魔物に扮したモデル達が舞台の上を縦横無尽に動き回る。
怯える人間達の前に、大刀を持った妖魔が姿を現す。
一振り、二振り。
妖魔の振るう大剣によって、魔物は打ち倒された。
客席から歓声が上がる。
領巾を振るモデル達が舞台袖から現れ、喜ぶ人間の姿を現した。
彼らは妖魔を称え、劇は終わる。]
[舞台袖に引っ込むと、男は仮面を外して毛皮を脱いだ。
そうして裏口を通って速やかに身内の許に戻る。
男に気付いて何か言おうとした弟子に、自分の口の前に人差し指を当ててみせた。
気付いて口をしっかりと噤んだところはやはり偉い。
男が身内の用意してくれていた席についた頃、様々な形の衣装に包んだモデル達がランウェイを歩いていた。
まるでゲッカの長い歴史を表すように、順を追って時代は下ってゆく。
古い形を元にしながら、今風のアレンジが施された衣装達は圧巻だった。
舞台の上を入れ替わり立ち代わるモデルの中に、齊芸鵬の姿はあった。
先の女神を演じていたのも彼である。
時に男性、時には女性。
どちらの装いも見事に着こなし、演じ分けていた。]
[そうしてショーのトリを務めるのは齊芸鵬。
彼が着ていたのは、一見して、夜空を溶かし込んだような色をした普通のコートだった。
その下はハイネックと幅広のパンツにハイヒール。
それらはいずれも同じ色で、彼の美しい水色の髪も、黒い鬘で覆う徹底ぶり。
観客達は皆、不思議そうな顔をする。
最後を飾る衣装がこれである意味を懸命に読み取ろうとした。
ランウェイの突き当たりまでやってきた齊芸鵬は嫣然と微笑み、両手でコートのベルトを外し、くるりと回る。
すると、そこに変化が起きた。
コートの後ろ身頃はぱっくりと分かれていたようで、ベルトが外れた事でその奥に隠れていた極彩色の光沢のある布地が広がった。
最初の印象では色味が抑えられていた分、現れた極彩色は人の目を引く。
それは明け方の空にも、夕暮れ空にも見えた。
あるいは、電気の通う歓楽街にひしめくネオンライトにも。
懐かしさと新しさが同居しているような。
今のゲッカの姿でもあるようにも思えた。]
[上がる喝采の中、彼は二度、三度と優雅に回ってみせる。
まるで蝶が舞うように。
やがて、彼は観客の視線を一身に浴びながら、ランウェイから舞台上に戻った。
他のモデル達も舞台袖から舞台上に出てきて並ぶ。]
ん?
私もか?
[男は観客に戻った心算で拍手を送っていたのだが、齊芸鵬に舞台上から呼び寄せられて、舞台上に危うげなく飛び乗る。
二部に参加していたモデル達が出揃い、揃って頭を下げた。
拍手は暫く鳴りやまず、齊芸鵬の終わりを告げる声も暫くは届かなかった程。
こうして、望崋山 山主主催のファッションショーは大盛況で幕を下ろした。]
何もかもが終わると思っても
案外なんて事のない顔をして続く。
それを知らなかった。故に、
終わりがこうも長いと思わなかった。
今の私はどっちつかず。
終わると思っている。そのつもりでいる。
けれどもそれはおそろしいこと。怖いこと。
でも終わらなければずっと苦しい日々が続く。
──誰かがいれば 違ったのだろうか。
失うものがなくなった私はその分、
なにを失くすことを恐れる必要はなくなった。
けれどもそれに乞い焦がれるようになった。
無いものを求めるように過去を悔いるか、
興味を絶って自身の周りに目を向けるか、
思い出さないでいるのも難しい。
あの日々の延長の先が今なのだから。
だから今もまだ、時折、夢に見る。
愚かしい行いに嘘を重ねて後悔の味がする。
良い夢は現実をより悲惨なものに思わせる。
苦しみで思考を塗り潰せば考えなくて済む。
手紙での回顧は、それらの固まった感情を
幾許か解し、── 琴線を暴露させもした。
まったく穏やかな訳ではないけれど。
それでも自然と、新しい便箋へと向かいつつ。
「 ……あの子が居たなら、
よろこんで描いてそう、……ね 」
聞き及んだゲッカの風景から想像をして。
咳の合間、そんなことをぽつり漏らす位は
出来るようになれた、ようだ。
ペンに籠る力が段々となくなっていく。
取り落とすのも何度目のことか。
そっと封をして、閉じる。
またひとつを手放して。
――……。
返信を綴っていた俺はこの時、終焉の星から手紙を送ってきたその人に対し、“沈黙の嘘”を吐くのをやめた。
別に、説得のためだとか考えた訳じゃない。ただ、俺「も」打ち明けるべきだと考えたからだ。……向こうにその心算は無かったんだろうが、さ。
――………………。
あの人への返事をここでしたため、封をした今。
残りの便箋も封筒も、1枚ずつが残るのみ。
――あの
多分、俺からは、今は送っちゃいけない。
あの日のヘロンからの最後の忠告は、部外者である俺に
あの国のことを記憶させながらも、
それでも「革命」の巻き添えにさせないためだったんだろうから。
――………………。
これは少し、気が早いかね。
例のステアが治まったってニュースも、
あれから特に見かけてはいないし。
それでも手元に在る最後の1枚を、
アイツに送ろうと考えたのは――
ああ、「帰れたらいい」なんかじゃなく、
はっきりと「帰ってくる」って、伝えたくなったからさ。
……ああ、これは、ずっと抱え込んでいたものを、
ここで吐き出せたお陰、だったのかもしれない。
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