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[出立の日にも、夜明けは何事もなく訪れる。
そのことへの感謝をタムタイア語で捧ぐのは、急ぎの出立の中でも変わらない。
……郵便受けに届いていた手紙は、危うく取り損ねるところだったけれども。
家を空けている間に届いた手紙はお隣さんに代わりに取り込んで貰うことになっていたから、郵便受けの中がパンクしたり防犯上の問題が起こったり、といった心配はなかったけれども。]
あ、うん。後で読むから大丈夫!
[星の形のシールで閉じられた封筒をこの場で開いてしまうことはなく、リュックサックに入れた他の手紙のところに仕舞いこむ。
慌てた挙句に道中で手紙を落としてしまう、なんてことにもならないように。
公共の交通機関を乗り継ぐ間、叔父に大人しくついていくヌンキは鞄を開かなかった。]
[郊外のターミナルに辿り着いてからは、荒れ地を走行できる四輪駆動車をレンタルし、目的の地に向かう。
叔父が運転する車内から、ヌンキは外の景色を眺めていた。
この車内まで来ればリュックサックから手紙を取り出しても問題はなかったのだけれど、車が揺れるものだから、落ち着いて読めそうにはない。
都市部とは異なり自然が広がる――といっても緑豊かな訳ではなく、荒涼とした岩だらけの砂漠。
疎らに草が生え、時折はるか遠くに何かの建物らしき影が浮かぶ荒野に、辛うじて道の形に整えられた一本道。
依頼主の研究者との合流地である現地の集落に着く頃には、主星も地平線の下に沈んでしまっている。]
……そのクライアントって人、大丈夫なの?
村に着くまではおじさんいなくても。
[それに対しては、「問題ないらしい」と短く返された。
どうして?と食い下がるほどの関心を、ヌンキはここでは特に抱かなかった。]
[それよりも気になっているのは、その集落に留まっている家族のことであり。
ここからは見えない海の、その「神様」とゆっくり話せていない話のことであり。
そして、リュックサックに詰め込んだ手紙のことであり、あのエウクィにいる人に助力を請うたことの、その後の顛末のことだった。]
[からだのメンテナンス。
受けている間、シトゥラは外のことを知覚しない。
だって、痛いのとかはやだ。
意識はふわふわして、ちょっと夢を見たり。
頭の中のデータを整理したり。
言葉のことを考えたり。
くるり、回転する。渦を巻く星雲の腕を真似て。
たくさんの水にただようみたい。
海ってこんな感じかな? 海の匂いの言葉を思い出す]
[ピリピリって触れる感覚。
こめかみで何かが揺らいでる。シトゥラと、外の世界の境界。
通信、これはお手紙だ。
掬い上げて手紙を開いたら、
水が
ぴちょん
と跳ねるイメージ]
[目的の村までの通り道の集落で、一度車を停めて食事を取ったり。
さらに進む道の最中、風雨にさらされた遺構めいた金属の塊を遠目に見つけたり。
主星がまさに地平線に触れたその時には、荒野の只中であっても車を停め、外で神への祈りを捧げたり。
こうした道のりを経て、漸くその僻地の集落へと辿り着いた頃には、ヌンキの目は長旅の疲弊でうとうとと閉じかけていた。
叔父は研究者らと合流する前に、ヌンキの両親ときょうだいが暮らす家に立ち寄り、ぼーっとしたその子供を家族のもとに託したのだった。]
[ヌンキにはなんとなく、眠る前にぼーっとした状態ながらも、本当に久しぶりに母と父の顔を見て挨拶したような記憶はあった。自分が着いた頃には、きょうだいたちはもう既に寝てしまっていたのかもしれない。
そのまま次の日の朝までぐっすりと眠りこける……ということにはならず、夜中に目を覚ました。
目が覚めてしまったものは仕方ないので、とりあえず窓の外の景色に目を遣って――]
あ、そうだ。
[窓から差すやわらかな光を頼りに、枕元に置かれていたリュックサックから、手紙のひとつを取り出す。
それは、金色の――けれど一瞬だけ黒色に見えたインクで綴られた手紙。
学校の図書室で読んだその便箋を、星明りの下に翳してみた。]
…―――星空だ!
[夜中だというのに、思わずそんな感嘆を零した。
金色に見えていたインクの色合いは、今度は満天の星の数多の色彩を帯びるよう。
蒼や朱、黄、白銀、星雲の紅や緑までもが、金色の中にきらきらと輝いて見える。]
封筒のほうも、変わるかな。
[箔押しのようなリボンの印の色の変化は、昼間の図書室でも目にしたけれども。
こちらもまた星明りに翳してみれば、あの時とはまた違った色合いに見えてくる。
こうして暫くの間、すごい、きれい、と声を上げていた。]
そうだ、返事。
[今書いたところですぐに投函できるわけでもないその手紙を、ここで綴ろうと思い立つ。
元々の故郷の下で目にした手紙の神秘に、目が冴えて眠れなくなった、というのもあってのことだった。
満点の星の灯りといえど、それだけでは、文字を綴るには明るさが些か足りない。
手元に置けるランタンを探し出して、小さな簡素な机の上に灯りをともし、そこに真新しい便箋を広げていく。]
[夜中に目覚めてからの勢いで、それこそ夜が明けるまで起きてしまうのでは……という調子で。
少しだけ相手の言葉遣いを真似ながら銀河語の手紙を書き綴るうちに、今までの思いとは異なる想いが、自然と湧いていたことに気づく。]
……、ちゃんと頑張ろうかな、銀河語。
星の外に出るんだったら、絶対、必要だし。
[翌日僕はとても忙しくなりました。
学校だけではなく移住の為にも沢山手続きがいる、
他にも生活に必要な物を買いに行ったり。
部屋に籠もっていられたのは初日だけでした。
親しんだものとはあまりに違う世界に、
否が応でも出て行かねばならず。
帰宅した時、精神的疲労があったのは否めません。
男性は想像していたより優しい人なので
父はきっと僕がこうなるのを見越して、
手紙を最後にするように言ったのかも。
それと、恐らくは──
ジェイロを想い閉じ籠もらず、手紙で現実逃避せず
ポールに馴染む努力をするように。]
ぴゃっ……
[物思いに耽りながらベッドに横たわっていたら
無音の部屋に不意に響く水音。
見えたものに驚き跳ね上がり、
危険そうには見えないのに後退る。
何しろ半透明な魚が部屋に飛び出してきたもので。
ジェイロを出る前に届いたものを思わせる手紙を
どうやらこの魚が届けてくれたらしい。
再び展開されたやはり美しい文字、自由に綴られる。
踊るような、魚の遊泳のような。
最後の発想は多分、見たものに影響されていた。]
[ホログラム投影されていても、
それは電子的で本来は無機質な筈なのだけれど。
相手の無邪気さは伝わってくるようで、
気持ちが明るくなるような手紙でした。
名前を連呼されるのは、
まるで本当に声にして呼ばれたように
ちょっと恥ずかしくなりましたが。
それにしても驚かされました。
あんな機能も付いているのでしょうか?
──僕は無知な人間で、子供の視野しか持ってなくて
端末を弄って見たけれど、分かりませんでした。
結局諦めて返事をすることにします。]
[すぐに投函できる訳ではない手紙の便箋を、畳んで封筒に収めてから。
ずっとヌンキの頭の中にあった、ジェイロからの手紙をいまいちど読み返そうとして――]
あ、
[リュックサックの中を探り直した時に目に留まった、見覚えのある星の形のシールで閉じられたままの封筒。
それはちょうど今日届いていた、まだ読んでいない手紙だった。]
サダルからだ!
[差出人名をちゃんと見返す前からそう思いながら、ランタンの灯りの下でシールをはがし、中の便箋を広げていく。]
[自分から伝えた、バハラルダの海とタムタイアの民のこと。
ぎこちなく綴られたその文章の文字を、ゆっくりと、時に後ろの文章に戻ったりしながら、読み進める。]
惑星タム…タイア?
[そう読み取った箇所にぱちぱちと瞬き、ふっと、昔タムタイアの大人たちから聞かされた話を思い返す。
けれどもその後に続けられた相手の言葉は、率直に嬉しさを胸の内にくれるもので――。
そして、相手が教えてくれた、惑星マリクのこと。
砂の海、特別な石。マリクで生まれた人のこと。
今まで知らなかったその星の話を、またゆっくりと読み進めていく。
どことなく拙い文章で綴られたその言葉は、けれども脳裏に確かな物語と光景を浮かばせるものだった。]
不思議。
[この手紙の主自身が「星集めの人」である――もしくは、かつてそうだった――とまで、この時のヌンキは考えなかったけれど。]
[再び、真新しい便箋を広げてペンを執ろうとして――。
かくり、と不意に眠気が過る。
目が冴えてしまっていたとはいえ、流石に夜更かしが過ぎたということか。]
……今、寝たら、夜明けに、起きれない、
[結局この後、手紙の返信を綴ることは控えながらも。
夜明けの時まで、時々目を閉じながらも、眠りこけてしまわないように努めて意識を保っていた。
夜明けの感謝と日没の祈り以外、この里帰りの日々の中でヌンキに特にやらなければならないことがなかったのは幸いだった。]
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