46 ― Blood on Letters ― (2025/07/06(Sun) 21:00:00 に更新) RSS
Am：朋義 グリッサ
―夜：下水道―
「やぁ、グリッサ。おはよう。」
[眠るようにその場に横たわっていた美しいおとこがゆっくりと紅い瞼を開く。
彼は柔和な笑顔を浮かべると、目覚めの挨拶を口にした。
まるで物語の一幕のようだが、そこは男が手にしたライト以外には明かりもろくにない下水道。
とてもではないが、美しい光景とは言えなかった。]
……今は夜ですよ、王子。
もっとも、此処じゃ時間は分からないでしょうけど。
[グリッサと呼ばれた赤毛の男は主に向かって手を差し伸べる。
王子はすんなりとその手を取って立ち上がった。]
Am：朋義 グリッサ
全くもう！
どうして下水道に倒れてんですか、あんたは…。
[赤毛の男は肩を落として嘆息した。
そこには疲労や安堵の色もある。
何故なら、男の主は少し目を離しただけでも迷子になってしまう性質だからだ。]
「だって、運命のひとがこっちにいるような気がしたんだ。」
[王子は夢見るように目を細めた。
“お姫様”は人間で、“王子様”は吸血鬼だった。
王子は運命の片割れを同族にする事はなく、死に別れた。
それから王子は亡くしてしまった“運命の相手”を求めてかれこれ数百年、彼方此方を旅している。]
Am：朋義 グリッサ
[従者である男は、それに伴としてついて回っていた。
時々、主を見失いながら。]
俺は嫌ですけどね。
こんなところで運命の再会だなんて。
[言いながら、鼻の辺りを袖で擦る。
最初こそ従者らしい態度を取っていたものの、数百年の付き合いともなれば遠慮はない。
王子の方も従者のそうした態度に目くじらを立てるような性質ではなかった。]
さぁ、早く帰りましょう。
鼻がひん曲がりそうだ。
[男は主の手を引いて下水道の出口を目指して歩き始めた。
旅をしている間に、この世界は大きく変わってしまった。
人間の生き血を啜る事は段々と難しくなってきて、吸血鬼のコミュニティを通じて、金と引き換えに血液を得ている。]
Am：朋義 グリッサ
「確かに、この臭いは凄いね。
だけどお陰で紅茶が美味しく頂けそうだ。」
[主の美点は、どんな状況下にあっても良いところを探すのが上手いところだ。]
お茶菓子はビスコッティとパネットーネ、アマレッティがありますよ。
「あぁ、あのビスコッティはオレンジの香りが素晴らしかったね。
今から楽しみだ。」
[主は嬉しそうに顔を綻ばせる。
紅茶や菓子はあくまで嗜好品でしかないが、男はいつも王子の好むものを幾つか用意していた。]
それじゃあ、迷わず帰りましょうね。
[男は主の手を引く手を握り直す。
そうして二人は今の住処に向かって連れ立って歩いていった。]
Am：朋義 グリッサ
―セーフハウス―
[主の就寝を見届けると、男は隣室に戻る。
主の部屋には主の好む物が並んでいてそれなりに生活感があるが、男の部屋は必要最低限のものがあるのみだった。
日光を浴びても皮膚が焼け爛れるわけではないが、主は色素の薄い為に陽光が苦手だった。
故に活動時間は昼夜逆転気味となる。
男はベッドに腰かけて携帯端末を弄ると、この地の吸血鬼から請け負った依頼を眺める。
たまに危険な橋を渡る事もあるが、大抵は雑用仕事のようなものだ。]
Am：朋義 グリッサ
[男達がこの街に着いてから、一週間程になる。
旅暮らしは不安定ではあるが、見た目の変わらない吸血鬼の身は元々、定住する事は難しい。
男達の国は既にないので、厳密には彼はもう王子ではない。
主の財産で養われているわけでもない―どころか、現在は半ば、男が生活費を稼いでいる状態である―が、それはもう習い性のようなものだった。
王子は男が仕える前から吸血鬼で、男は主に仕えていく為に吸血鬼となった。
上手くいく保証はどこにもなかったが、男は見事に成り果せたのだ。]
Am：朋義 グリッサ
[主が愛する人を得た時は嬉しかった。
人間と吸血鬼という種の違いから、その幸せが有限のものである事は分かっていたが、主に仕えていたもの達―当時は男も人間だった―は少しでもそれが長くある事を願っていた。
けれど“運命の相手”は若くしてこの世を去ってしまう。
主は悲嘆に暮れ、憔悴した。
いっそ忘れてしまった方が幸せなのではないかと思う程に。
けれど自らを滅ぼす事は出来ず、消滅する方法を見つけようとするでもなく。
そんなある日、主は“運命の相手”を探しに行くと言い出した。
彼女はまた別の場所で生を享けている筈だからと。
それは遠い外国の思想だったが、主がまた微笑んでくれるのであれば何でも良かった。]
Am：朋義 グリッサ
[国中から似た容貌の者を集めてきても、主の“運命の相手”はいなかった。
唯一無二の存在は、主にしか分からない。
彼は自ら“運命の相手”を探し歩くようになった。
“運命の相手”を探す旅は、最初は母国の付近だったが、だんだんと離れた場所に赴くようになった。
そうなると多くの伴を連れ歩くわけにもいかない。
──出会えても、また失ってしまうかもしれない。
人間の身では終わりを見届ける事が出来ないかもしれない。
そんないつ終わるかも分からない旅路。
それについていく為に、男は人間である事を捨てたのだ。]
Am：朋義 グリッサ
[鎖された国に、密航紛いの真似をして入り込んだ事もある。
吸血鬼である事がばれ、命を狙われた事も。
旅先で戦争に巻き込まれ、被害を避ける為に地下に潜んでいた事も。
どんな事があったとしても、人間は数十年もすればその命を終える。
そうすれば、少しの間その土地に留まった程度の旅人の記憶は薄れていく。
故に、この旅は今も続いている。]
Am：朋義 グリッサ
[今の時代は便利になったものだと、手にした携帯端末を眺めながら男は思う。
物事を調べたり、物品を調達したり、会話をする事も出来るのだから。
男が人間だった頃は、手軽に誰かと連絡する事など出来なかった。
──とはいえ、人間のように始終張り付くような事はないが。
ちなみに主も持っているが、彼の場合はどちらかというとGPS機能が目的だ。]
Am：朋義 グリッサ
[この機械が広まってからは手元に視線が向かって注意が疎かになる人間が多くなり、無防備な首筋を見せられるのは少しばかり悩ましい。
ひと昔前であったなら、路地裏にでも引きずり込んで“つまみ食い”でもしてしまいたいところだが、今の時代は大抵の人間がこの端末でいつでも記録を残す事が出来るので、そういった間食はしづらかった。
少なくとも、主には合法的に食事をして欲しいという従者心。
時折、“つまみ食い”している気配はあるのだが、彼は魅了の術が得意なので事件にはなっていないようだ。]
Am：朋義 グリッサ
[作り付けの机の上にはいくつかの封筒があった。
以前の宿から転送して貰ったものもあるだろう。
同族のネットワークを利用すると、こういうところが便利である。
その中には同胞からの連絡もあって、男は黄昏色の瞳を細めた。]
手紙。
手紙なぁ……。
[手紙を読み終わった後、封筒を弄びながら、一人ごちる。
電子の文字にも今は慣れたが、こういった手書きの文字も好ましいものだ。]
Am：朋義 グリッサ
よし、たまには書いてみるか。
[そう思い立って、男は荷物を探る。
取り出したのは使いかけの封筒と便箋のセットが一つ。
花弁染めではないが、うっすらと灰色を帯びている。
今宵のようにふと思い立って旅先で購入したものだが、本能的に馴染み深い色を選んだのだろう。
男は椅子を引いて腰かけると机に向かう。
筆記用具は、私物の古びた万年筆。
少し試し書きをした後は、灰色の便箋の上に濡羽色を走らせていく。]
Am：朋義 グリッサ から ギタリスト モーラ へ、秘密のやり取りが行われました。
Am：朋義 グリッサ から ギタリスト モーラ へ、秘密のやり取りが行われました。
Am：朋義 グリッサ から ギタリスト モーラ へ、秘密のやり取りが行われました。
Am：朋義 グリッサ から C＃m：宵月 ヴィブラト へ、秘密のやり取りが行われました。
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Am：朋義 グリッサ
[男は書き終えた二通の手紙をセーフハウスの管理人に預けると、就寝する。
誤った宛先に向かってしまった手紙に気付くのはいつになる事か。]
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