51 ― ハロウィンの手紙 ― (2025/10/26(Sun) 10:00:00 に更新) RSS
幽玄卿 テヌート
―10/29 未明―
それでは、今晩はこれで終わりだ。
ハロウィンに会おう。
[Webカメラの捉える男の動きに合わせて、2Dのアバターが上半身をゆっくりと左右に揺らす。
ブルネットの髪にガーネットの瞳とプラム色のルージュ。
右目の下からは氷に走ったひび割れにも、樹木にも見えるメイク。
月明かりしかない闇夜で相見えれば吸血鬼と錯覚しそうな姿形は、友人に頼んで作成して貰ったもの。]
幽玄卿 テヌート
あ゛あーーー。
[配信を終了させ、機材の電源を落とすと、プラチナブロンドの男はリクライニングチェアの上で伸びをした。
男はOnetubeと呼ばれる動画サイトで活動しているVチューバー『幽玄卿』である。]
幽玄卿 テヌート
[職業はエクソシストで、吸血鬼の血を引くダンピール。
仕事の後にナイトティーを嗜むストイックな紳士。
……という設定ではあるが、ゲーム配信中に素が出てしまってその設定は有名無実化しており、設定に沿った発言をすると古参リスナーからコメントで「エクソシストしてる」「おかえり、初期設定」などと書かれる。
演じ続けるというのも難しいので、そこは助かっている。
三年ほど前から週三、四回ほどのペースで活動しているが、残念ながらそれだけで生計を立てるには至らず、コンビニ店員を兼業している。
収入的にはどちらが副業か分からないのが悲しい話だ。
企業に所属しておらず、個人で活動しているのもあって、派手な企画も難しい。
歌やアクションゲームはそこまで得意ではないので、雑談やノベルゲーム、朗読が主な配信内容となっていた。
ジャンルはホラーやオカルト、超常現象を好んで取り上げるので、そういったものを好むファンが多い。
この手のジャンルは苦手な者からは特に敬遠されるので、知る人ぞ知る、といった程度の知名度だろう。]
幽玄卿 テヌート
[配信を終えていそいそと向かうのは、配信用のデスクトップとは別のノートPCの画面である。
配信とネットサーフィンは別物なのだ。
男の日参するのは、SNSとオカルト現象や都市伝説などを扱う掲示板。
日々、同好の士とやりとりを交わしていた。
掲示板には最近賑わっているスレッドがあった。
──それは、“ハロウィンの時期に、死者から手紙が届く”というもの。]
幽玄卿 テヌート
[スレッドが立ったのは数年前の事。
スレッド主は、ハロウィンの夜に手元に届いた妙に古めかしい手紙の送り主を調べたところ、それは百数十年前に実在していた人物である事が分かったらしい。
便箋や封筒はエイジング処理したようには見えず、知り合いに見せてみたところ、真っ当に経年劣化したものではないかと言われたという事だ。
故に、死者から手紙が届いたのではないか、という解釈だ。]
『ハロウィンは死者の魂や化け物がこの世を彷徨うっていうもんな。』
『それって霊界から届いたんじゃない？ひいばあちゃんからそんな話を聞いた事がある。』
『自分も送ってみたけど、返送されてきた。残念。』
[──などなど。
スレッドには、いくつもの書き込みが連なっている。]
幽玄卿 テヌート
[今年も季節が近づいてから、スレッドに書き込みが追加されていた。
中でも目を引くのは、今年こそ手紙のやり取りが叶うのではないかというもの。]
『今年は特にこの世が霊界と繋がりやすくなるんだって。
霊界からの手紙がこの世に届いたり、霊界に手紙を送ったりできるようになるらしいよ！』
[そんな書き込みに、スレッドは沸いていた。]
幽玄卿 テヌート
[嘘か誠かは分からないが、男にとっても興味深い内容だ。
同好の士が集まっているだけあって、否定的な意見は少数派である。
男もまた、その掲示板では多数派だった。]
ハロウィンに届く霊界からの手紙、かぁ……。
もし叶ったら、めちゃくちゃ面白いよなー。
[男はブラウンの目を輝かせる。
好奇心半分、もしも撮れ高があったら嬉しいというのが半分。]
幽玄卿 テヌート
[今はメールやアプリでほぼリアルタイムでやり取りが交わせる時代。
手書きの手紙など、もう何年書いていないだろうか。
思い出す限り、プライマリースクールで母親に出したくらいだ。
そんな風に思案していれば、メールの通知が表示された。
ハロウィン当日に予定しているコラボレーション相手―TRPGを切欠に仲良くなった―からの連絡だ。
男はそれに目を通し始める。]
幽玄卿 テヌート
[男は手早くメールに返信を終える。
内容は、二日後に控えたハロウィンの企画のリマインドの謝礼や、相手が送ってきたアイデアへの返事。
頑張ろうという鼓舞の言葉で締めくくった。
夏頃に声を掛けて貰った事から始まった今回の企画は、こつこつ打ち合わせと準備を進めて行って、二日後にようやく日の目を見る事になる。
このままお互いに体調を崩す事もなく、ハロウィンの夜を迎えたいものだ。]
幽玄卿 テヌート
[季節のイベントにする企画を何にするかは、配信者によってカラーが出るものだ。
衣裳を変えたり、イベントに因んだゲームをしたり。
歌やダンスを得意とする者であればそういった手段もあるだろう。
普段と変わらない配信をする、という選択も含めて。
個人勢の2Dアバターは軽率に衣装を変えたり、小物を増やしたりする事は難しい。
2Dモデル制作用のソフトを購入して試行錯誤している最中なので、いつか形にする事が出来ればいい。
イラストを提供してくれた友人の為にも。
有難い事にアバターの制作者の友人が時々『幽玄卿』のイラストを描いてくれるので、許可を得て配信で使わせてもらう事はあった。
リスナーが投稿してくれる事もあるので、SNSでエゴサをするのも忘れない。]
幽玄卿 テヌート
[そして、意識は再び死者からの手紙に向かう。
デスクの抽斗を探してみるが、久しく手紙を書いていない男の手元には便箋がなかった。
そうしている間に空は白み始めており。]
やばい、一旦寝よう。
[男はタオルや着替えを手にバスへと向かう。
そうして手早くシャワーを浴びると、床に就いた。]
幽玄卿 テヌート
―29日午後―
[陽が高い時間に男は起きる。
スウェットにジーンズに着替えると、シリアルとヨーグルト、カフェオレで簡単に朝食を済ませ、文房具屋に赴いた。
少し足を延ばして大型店舗に来た甲斐があって、一角にはレターブックにライティングセットがずらりと並び、圧巻の品揃えだ。
そうして見つけたのは、裏面にパープルにブラックのインクでよく見ると蝙蝠と南瓜の意匠が隠れている壁紙風のイラストが印刷された便箋である。
表面にはブラックのインクで横向きに罫線が入っており、揃いの封筒もセットになっていた。
どうせならハロウィンらしくしたいと思ったところ、さりげなく印象付けるデザインが気に入った。
男は気に入りのカフェでティーラテをテイクアウトすると、ほくほくしながら自宅へと帰る。]
幽玄卿 テヌート
[そうして男はデスクに向かう。
さて、誰に宛てて手紙を書こうかと。
幸いにも男は直近で身内の不幸に遭っておらず、誰かに宛てて書く事は難しそうだ。
というわけで誰でもない誰かに。
霊界にいる誰かを想定して、買ったばかりの便箋にペンで文字を綴り始めた。]
幽玄卿 テヌート から 死者の日 イリハモニ へ、秘密のやり取りが行われました。
幽玄卿 テヌート から 死者の日 イリハモニ へ、秘密のやり取りが行われました。
幽玄卿 テヌート から 死者の日 イリハモニ へ、秘密のやり取りが行われました。
幽玄卿 テヌート から 追想 オクターヴ へ、秘密のやり取りが行われました。
幽玄卿 テヌート から 追想 オクターヴ へ、秘密のやり取りが行われました。
幽玄卿 テヌート から 追想 オクターヴ へ、秘密のやり取りが行われました。
幽玄卿 テヌート
久々に書くと勝手が分からないな。
手紙って、こんなんで良かったんだっけ？
[どうにか形にすると、男は便箋を封筒に収めてから、そっと息をついた。
今日はコンビニでの夜勤である。
勤務先に向かう道すがら、ポストに投函しよう。]
フィルタSWBBS V2.00 Beta 8 あず/asbntby
※当サイトは日本国内専用です。
海外からの操作・閲覧は保証しかねます。
管理人 by milk_sugar/Yuchica
副管理人 by マオ
星狩りの国告知用Twitterアカウントはこちら
副管理人連絡用Twitterアカウントはこちら