46 ― Blood on Letters ― (2025/07/06(Sun) 21:00:00 に更新) RSS
C＃m：宵月 ヴィブラト
「おーいヴィブラト、大丈夫かい」
……ああ、すまない、大将。
今宵も良い月が出ているものだったからな。
[高層ビルの隙間から確かに淡い月は覗いていたものの。
全くもって宵の空には目も顔も向けていなかった、
そんな“ヴィブラト”と名乗る吸血鬼の、見え透いた嘘。]
「ンなこと言いやがって、どうせまたいつもの貧血だろうが」
いや、そういう訳でもなかったんだが。……まあ、いい。
[屋台主とのこんな妙な遣り取りの現場に居合わせられた若者は、
その様を受けてか否か、妙に間の抜けた声を漏らしていた。
ここに来てから漸く耳に届いたその人間の声の響きに、
ヴィブラトはまた幾許かの安堵を載せて、小さく笑った。
この若者が結局この後何処に向かったかは、さて――。]
C＃m：宵月 ヴィブラト
― 現代/現在 ―
[ヴィブラトは単身で、裏口からその家屋に入った。
屋内の同居人は、その吸血鬼の帰宅を知るなり
あからさまな安堵から顔を緩めていた。]
……解った。解ったから離れろ。腕を解け。
あの人間なら大将に任せることにした。
[ “今夜、一人匿わせるかもしれない。”
帰宅前に屋台から携帯端末で送っていた、
この同居人宛てのショートメッセージ。
このような面倒を起こさせるくらいなら
逐一報せなくていい……という発想は頭に無かった。]
C＃m：宵月 ヴィブラト
[さて、この同居人がここまで
「ヴィブラトが他の人間を家に連れ込まなかった」
ことに安堵したのには、幾つかの背景がある。
ちなみに「匿う」相手は人間に限らないのだが、
その事実については、後程。]
C＃m：宵月 ヴィブラト
[一つ。
この同居人たる人間は、ヴィブラトと初めて出会った時点で、
既に “永遠を生きる夜の魔物” の信奉者だった。]
「自分、何時だって心配しているんすよ！？
ヴィブラト様……げふん、ヴィブラトさんに
悪い虫がついたりしないように～って！！」
よりにもよって「娘を守るパパ」気取りか？
それとも「よく保存された屍」の保護に勤しむ
博物館員の心算で言っているのか？
……どちらにしても笑えない冗談だぞ。
「は、ハイ……すみませんでした……」
[そしてこの男の吸血鬼としての素性も知る今、
「一般の人間に吸血鬼の素性を暴かせない」
という建前で、見ず知らずの人間を安易に
泊まらせることに、逐一難色を示していた。
あくまで、建前だ。]
C＃m：宵月 ヴィブラト
[そして、もう一つ。
この家屋、正確に言えばこの「自宅兼店舗」には、
高額な、また希少なアンティークの家具や小物が、
展示品・在庫品として数多収められている。
つまり、そういうことだ。]
あんたの本分はあくまで古物商、
保護するならそっちを優先しろ。
俺はあくまで住み込みのアシスタントだ。
「そーれーはー、分かってますけどーぉ……」
ったく。今年に入ってから五度目だな、この遣り取り。
「流石ヴィブラト様、ちゃんと数えてるっすね！」
…… “様” 。
「あ、ハイ」
C＃m：宵月 ヴィブラト
[その後ヴィブラトは、この日の残りの事務作業を
「古美術商のアシスタント」として片づけてから、
居住スペースのダイニングルームに立った。
地下鉄ホームからの救助者こそ
屋台主に任せる形で置いてきたが、
その屋台では追加で、ガパオライスを
テイクアウトで購入してきていた。
この手土産は、同居の古美術商の夕飯として。]
ああ、そうそう。
今日見てきた美術展は素晴らしかった。
今時の若手の画家の中にも、
よく世相に向き合っている者がいるんだな。
[電子レンジに放り込む必要もない程に
熱を帯びたままのパッケージを机上に
日中の出来事を他愛なく、同居人と交わしていく。]
C＃m：宵月 ヴィブラト
[……つい先ほど、屋台でカニ炒飯を
平らげたばかりでさえなければ、
このテーブルで同居人と穏やかな夕飯を、
文字通り「共に」することも叶っただろう。]
「ってか、ヴィブラトさんの分は
買ってこなかったんすね、今日は」
ああ。あの人間の為に
先に屋台で食ってきてしまったからな。
「……。まあ、いいですけど」
[けれども、そんな「人間らしい」夕べの共食を
「人でなし」を信奉する者としてのこの人間は
特に望んでいないらしいということも、
この吸血鬼は、とうに解ってしまっていた。]
C＃m：宵月 ヴィブラト
[そしてこの晩も、この吸血鬼の信奉者たる人間は、
フードパックを空にしてスプーンを置いてから、
テーブル向かいの椅子に座した吸血鬼の元に
自ずからその身を運び、その身を寄せて、囁く。]
「ええ、いいんですよ。
あなたには、僕がいるんですから」
…………はあ。
[文字通りの熱と湿り気を帯びた人間の吐息に対し、
ヴィブラトが零す溜息には大して色気も何もない。
この吸血鬼ももはや慣れた調子で、差し出された首筋――]
C＃m：宵月 ヴィブラト
[――ではなく、左腕のほうに手を伸ばし。
その長い袖を捲り上げ、肘の内側に嚙みついた。
こんなコントめいた晩餐も、それこそもう何度目か。
実に色気も艶もない捕食を許す
こんな人間に巡り合えたことは、
この “呪われた” 二度目の生にあって
幸運なことだったのかもしれない。]
C＃m：宵月 ヴィブラト
― 過去 ―
《………おおおおおお俺は見たんだ！
あの墓石の陰から影みたいなのが出てきて
それが墓守の旦那に飛び掛かってきたんだよ！》
《影？ 私が見たのは何かぶよぶよした――
気色悪い。やだ。今思い出しても吐き気がする》
《なんか前、妙に薄気味悪い野郎が
例の墓場の周りをうろついてたのを見たが……
まさかそいつが……いやあまさかなあ……？》
C＃m：宵月 ヴィブラト
「塵と化し土に還る定めの人間たちは
各々に好き勝手なことを口にしますが。
私は心より、新たなる同胞の誕生を祝福します」
………………………。
「貴方は我らが牙と血に依らず、
自然と “血の定めの者” になったそうですね。
今の時代にもそのような幸運が起こるとは、
ええ、戦乱止まず汚染も進みゆく
この時代も、未だ捨てたものではない！」
…………、貴様らが、何を、俺に
望んでいるのかは知らない。
ただ、俺は、………――――――。
「そうですか。
貴方がそう望むなら、私からは止めませんが」
C＃m：宵月 ヴィブラト
「……あなたは一体、わたしたちに何をしたいのですか？
あの人の名前を騙って、あの人の顔を装って、
あの人みたいな話し方まで繕って」
ジェニー、違う、違うんだ、本当に俺だ！
信じて貰えないとは思う、思うが、実は――
「あなたがあの人である訳がない。
わたしはこの目で見た。あの人だったものを。
目を背けなかった。誰に何と言われても。
だから、わたしには、言える」
C＃m：宵月 ヴィブラト
― 現在 ―
[食後の身体で睡眠も（おそらく）足りているとはいえ
血を失って足取り覚束なくなった同居人を、
捕食後の吸血鬼は、その人の寝室まで支えて運んでいく。
その人間が貧血ながらも恍惚の面持ちでいたのは、
左腕からとはいえ吸血されたことで生じた感覚故か、
或いは崇拝対象に堂々としな垂れかかれる状況故か。
ここでヴィブラトがその訳を問うことは、特になかった。]
おやすみ、――――。
[同居人をベッドに横たえ、牙痕を消毒綿で拭った後、
ヴィブラトがその人に掛けた言葉はこの挨拶のみ。
「家事の残りや明日の開店準備は俺がやっておく」とか、
そんなことはもう当たり前になり過ぎていた。]
C＃m：宵月 ヴィブラト
[その後、ヴィブラトはダイニングルームを軽く掃除し、
戸締りも確認してから、書斎へと。
書き物机に、とある手紙と、真新しい便箋を広げていく。
この行動は同居人に見られても構わないものだったが、
それでも、あの吸血鬼の信奉者が
寝静まっていた方が、心穏やかではあった。
何せこの時ばかりは、 “同胞たち” はおろか
身近になり過ぎた同居人にすら見せない表情が
自然と浮かんでしまうものだったから。]
C＃m：宵月 ヴィブラト
[初めは、自らの手でそのポストに託していた。
返事など一つも求めていなかった、
ただの未練で、我儘だった。
それが何の不思議な巡り合わせあってか、
或いは陰で誰かの働きでもあったのか、
常識からいえば受け取れるはずのない、
宛先の住所記載のない返信が届いてきた。
まるで “天国の神様の御業” を思わせる
この不思議な手紙の遣り取りを重ねていくうちに、
この「不思議」は、いつしかごく当たり前の日常の
「すこしの不思議」のように感じられていった。
だから今宵書き記すこの手紙も、
ヴィブラトは――いや、ブレンダンは、
当たり前のように、その人に届くと思っていたのだ。]
C＃m：宵月 ヴィブラト から E：旋風 カペーシア へ、秘密のやり取りが行われました。
C＃m：宵月 ヴィブラト から E：旋風 カペーシア へ、秘密のやり取りが行われました。
C＃m：宵月 ヴィブラト から E：旋風 カペーシア へ、秘密のやり取りが行われました。
C＃m：宵月 ヴィブラト
[……虚実入り混じったこの手紙は、
何の天運あってか、この男が願った通りの
“
果たしてそれは不運だったか、それとも、幸運だったか。]
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