C：伝説 ラムロルズ

人狼、か。
近頃の都市伝説ではそんな未確認生物が人気なのかい？

庭園の主 プラルトリラ

その庭園の夜

庭園の主 プラルトリラ

　あれはね、花弁染めのための薔薇よ。
　わたくしたちが手紙の遣り取りをする際に、
　“おなじもの”（吸血鬼）であることを示す証として
　あの薔薇の花弁の灰色で染めた便箋を用いていたの。


[きょとりと瞬く「お嬢さん」を前に、庭園の主――プラルトリラ・マツバは、細い灰白の眉尻を下げながらも、小さく笑い声を零していた。]


　今ではそんな面倒なことをする者も、
　あまり多くはなくなってしまったわ。
　最近の子たちはそもそも、手紙自体を
　書かなくなってしまったみたいだし。


[「お嬢さん」のジーンズのポケットには、スマートフォンが無造作に突っ込まれている。
　プラルトリラの淡緑の双眸は確かにその硬質な四角形を捉えていたが、それについて特に「お嬢さん」に何かを話すでも零すでもなく、苦笑の形を続けるのみ。]

庭園の主 プラルトリラ

　それでもね、あの灰色はわたくしに、
　とても、とても懐かしい記憶を呼び起こさせるのよ。

　

庭園の主 プラルトリラ

　ええ、お嬢さんも気が向いたら、あの灰色の薔薇で
　染めた手紙をお書きなさったらいかが？
　わたくしのガーデンに今咲いている薔薇であれば、
　好きなだけ摘んでいって構わないわ。


[プラルトリラは「お嬢さん」にそう告げてから、再び占星術の冊子を開いた。天の星灯りの他には灯りのひとつも届かない夜闇にあって、庭園の主は難なく紙面を読み進める。
　はあと溜息を吐いた「お嬢さん」の目もまた、闇の奥に密かに佇む薔薇の樹に、はっきりと焦点を合わせていた。]

E：旋風 カペーシア

ーどこかの大都会:人混みの中　男性とー

ねえ〜、カペちゃんパンケーキ屋さんいきた〜い。
ねえいいでしょパパ〜？
カペちゃん、三段パンケーキ、一度でいいから食べてみた〜い！

[人混みの中、10代くらいに見える少女が、それに釣り合わないほど年上の男性と腕を組んで歩いている。パパとは呼ぶが、顔立ちはあまり似ていないことから直接の血のつながりがないというのはわかるだろう。

…血を入手しにくいこの時代。
一番楽なほうほうといえば、やっぱりこれ**]

Am：朋義 グリッサ

[昔々あるところに、王子様とお姫様がいました。
死がふたりを分かつまで。
そうふたりが愛を誓い合ったのは、もう数百年も前の事。

ひとの一生とは短いものですので、当時を覚えているひとはもういません。
長く生きる“ひとでない者”は聞いた事がある話かもしれませんが、ひとにとってはシンデレラや赤ずきんと同じようにお伽話のようなもの。



お姫様を愛し、愛されたかつての王子様は──]

Am：朋義 グリッサ

―夜：下水道―

「やぁ、グリッサ。おはよう。」

[眠るようにその場に横たわっていた美しいおとこがゆっくりと紅い瞼を開く。
彼は柔和な笑顔を浮かべると、目覚めの挨拶を口にした。
まるで物語の一幕のようだが、そこは男が手にしたライト以外には明かりもろくにない下水道。

とてもではないが、美しい光景とは言えなかった。]

……今は夜ですよ、王子。
もっとも、此処じゃ時間は分からないでしょうけど。

[グリッサと呼ばれた赤毛の男は主に向かって手を差し伸べる。
王子はすんなりとその手を取って立ち上がった。]

Am：朋義 グリッサ

全くもう！
どうして下水道に倒れてんですか、あんたは…。

[赤毛の男は肩を落として嘆息した。
そこには疲労や安堵の色もある。
何故なら、男の主は少し目を離しただけでも迷子になってしまう性質だからだ。]

「だって、運命のひとがこっちにいるような気がしたんだ。」

[王子は夢見るように目を細めた。

“お姫様”は人間で、“王子様”は吸血鬼だった。
王子は運命の片割れを同族にする事はなく、死に別れた。
それから王子は亡くしてしまった“運命の相手”を求めてかれこれ数百年、彼方此方を旅している。]

Am：朋義 グリッサ

[従者である男は、それに伴としてついて回っていた。
時々、主を見失いながら。]

俺は嫌ですけどね。
こんなところで運命の再会だなんて。

[言いながら、鼻の辺りを袖で擦る。
最初こそ従者らしい態度を取っていたものの、数百年の付き合いともなれば遠慮はない。
王子の方も従者のそうした態度に目くじらを立てるような性質ではなかった。]

さぁ、早く帰りましょう。
鼻がひん曲がりそうだ。

[男は主の手を引いて下水道の出口を目指して歩き始めた。

旅をしている間に、この世界は大きく変わってしまった。
人間の生き血を啜る事は段々と難しくなってきて、吸血鬼のコミュニティを通じて、金と引き換えに血液を得ている。]

Am：朋義 グリッサ

「確かに、この臭いは凄いね。
だけどお陰で紅茶が美味しく頂けそうだ。」

[主の美点は、どんな状況下にあっても良いところを探すのが上手いところだ。]

お茶菓子はビスコッティとパネットーネ、アマレッティがありますよ。

「あぁ、あのビスコッティはオレンジの香りが素晴らしかったね。
今から楽しみだ。」

[主は嬉しそうに顔を綻ばせる。
紅茶や菓子はあくまで嗜好品でしかないが、男はいつも王子の好むものを幾つか用意していた。]

それじゃあ、迷わず帰りましょうね。

[男は主の手を引く手を握り直す。
そうして二人は今の住処に向かって連れ立って歩いていった。]

E：旋風 カペーシア

ー　大都会:どこかのパンケーキ屋　ー

ん〜〜〜♪おいひい〜〜〜♪
パパ、美味しいお店教えてくれてありがとっ♡

[街の雑踏の中の、かなり新しいインテリアを取り揃えたカジュアルなカフェにて、少女と『パパ』と呼ばれた中年のおじさまは食事を楽しむ。
カペちゃんは、最初はおどおどと遠慮がちに、しかし遠慮しないで！と大きな笑顔を見せた『パパ』の笑顔にそれじゃ遠慮なく♡と、フルーツたっぷりクリームたっぷりの3段重ねパンケーキをいただいてしまう。
こーいうのは駆け引きなんだよねー、遠慮しなさすぎも、遠慮しすぎもおぢの心を釣るにはたりないというか]


んん〜〜…♪ふっかふかぁ…♪カペちゃんねえ…
子供の頃からままが厳しくってさあ、
家が厳しいんだから、働いて稼いで来いだの…
食べ物はないんだからって、かたーいパンとかしかたべさせてもらえなかったんだよねえ…今は大学に行くようになって親離れしたけどぉ…やっぱり、厳しいママより、優しいパパのが安心するね…？信頼できるのは、やっぱパパだけだよぉ

[と、食べ物を頬張りながら上目遣いも忘れずに。
いろんな援助をしてもらっているのだ、このくらいはサービスしてあげないと]

E：旋風 カペーシア

[…ちなみにだが、親が異常に厳しかったのは本当だ。今から150年以上前、まだこの身体が人間であった頃のこと。…吸血鬼に襲われて自分も吸血鬼として蘇生するまでのほんの僅かな時間のこと。

その頃は、産業革命がどうとか、どこかの皇太子が撃たれたことで戦争になったのがどうとかで、女子供であろうとも容赦なく働かされてたし、まともに食べられるもののほうが少なかった。

化学物質のせいで汚染されまくった水、
新大陸にたどり着いたあとの急発展。あの頃はまだガキだったアタシらそれに右往左往して、親のご機嫌取りしかできてなかったよ。馬鹿馬鹿しい。

あのとき、吸血鬼に襲われて1家全滅した中で、自分だけ吸血鬼として蘇生できたのはラッキーだと思った。

だって、食糧ならちょうど、移民も市民もそれ以外も、たくさんたくさん湧いて出てきた時期でもあったから。食に困らず、まだ警察などもザルな時代。好きな人間襲い放題だったあの吸血鬼なりたてが懐かしい。親から自由になったあの開放感といったらない！]
　

E：旋風 カペーシア

[…ともあれ今は目の前のパンケーキ！
永遠の十八歳になったのだから、食べたいものは何でも食べれる飽食の時代になったのだから！今は思いっきり食べて楽しまないと！]

んふふ…〜…？パパ、ありがと…もぐぐ
あとで、やくそくどぉり…人気のないところで、ね？
約束は守るいい子だもんカペちゃんは、ね？

[ああそうだ。メインディッシュの準備も忘れずに。
このあとが楽しみだ。ダイエットしたと言っていたし、前よりサラサラな血液になってるといいけど！]

歌舞伎男 モーラ

[──東の国にはかつて伝説の歌舞伎役者がいた。
　　名を網羅。
　　演じれば舞台上で見事な演舞を見せ。
　　また、三味線や太鼓の腕も右に出る者はいないほど！

　　出生も不明ならば没年も不明。
　　伝説によればある日、舞台上で演舞中に「雲隠れには良い月夜でぃ」と煙のように空に舞い上がり鴉に姿を変えて消えたとされる。
　　今も東の国で語られる嘘か真か、伝説の歌舞伎男。

　　粋に生き、誰よりも自由に死んだ（消えた）その男]

ギタリスト モーラ

──　現代・ライブハウス　──
[闇夜に煌びやかなライブハウス、熱狂する観客たち。
　その熱狂に応じるようにギターをかき鳴らすギタリストがいた。
　彼は自身を「モーラ」と呼び、伝説の歌舞伎男の再来を自称する。
　和楽器を用いたバンド構成が特徴の「月夜の鴉」のリーダーだ]


　今夜も粋に騒ぐぜお前たちー！！


[奔放なギターの音色には同年代の人間には出せない艶がある。
　歌を歌わせればその声が聴く者の心を掴む。
　モーラはまさに伝説の歌舞伎男の再来と称えられた。

　──まあ、本人なんだけどな。

　不敵に笑いながらモーラはいつの夜も自由に生きる。
　粋に生きて、自由に消えよう。
　──ああ、今日も月が綺麗だ]

E：旋風 カペーシア

ー　大都会　人気のない公園で　ー

ふぁ〜、おいしかったぁ〜♪
パパ、ありがと♪ほんとに大好き♡
あんなにおいしいパンケーキ食べたの、
生まれて初めてだよぉ♪♪♪

やっぱり、パパは頼りになるね♡

[人気のないベンチで二人寄り添い、無邪気に笑い手を絡ませて男に甘える。『パパ』が与えてくれたものがどれだけ素晴らしいものだったのかを伝えて体を擦り寄らせる。嗚呼けど、腕につけた時計を見て少女は残念そうに肩を落とす]

E：旋風 カペーシア

あ…でも…そろそろ時間だ…
早く帰らなきゃままに怒られちゃう…

ぐす…パパとバイバイするの寂しいよぉ…
また会ってくれるよね？
こんどはパパの行きたいお店で一緒にご飯、食べよ？
ね？約束…

[と、悲しげにしなだれかかれば、
男はもちろんだよ！カペちゃんが気に入るお店を
探しておくからね！！！と息を荒くして興奮したように告げる]

ほんと…？ぱぱ、ありがと…
また会えるの、楽しみ…

ね、おねがい…ままには内緒にするから…
最後に…いつもの…ばいばいのちゅーを…

[と、その体を、唇を近づけて…]

E：旋風 カペーシア

　



　　　　"がぷりっ"



　　　　　[その首筋から

　　　　　　メインディッシュを

　　　　　　　　　　　いただきます　]

　

E：旋風 カペーシア

[曰く、吸血鬼の吸血行為は、人間にとってどうしょうもないほどの快楽を与えることがあるらしい。もとより下心や異性への屈折した想いを持っているような『色欲』の塊であればなおのこと。

その快楽が、今男はカペちゃんとキスをしているかのような錯覚を生んでくれているのだろう。抵抗する様子は微塵もない]

"ぐびり、ぐびり。"
うん、ダイエットしただけあって、前より喉越しが良くなってるね。
ありがと、パパ。ばいばいのちゅーも
サイッコーに美味しかったよ

あ、そうそう。今回分のお小遣いね。
多めに飲んじゃったから今回は少なめでもダイジョブだよ♡
えーと、ひーふーみー…ふふふっ♪
ありがとう、優しい優しいカペちゃんのパパ♡

[少女は、男の財布から札を何枚か抜き取れば、最後に頬にキスをしてやって、バイバーイ！と手を降ってその場を去っていく。
なに、相手を吸血鬼化するわけでもない、ただの餌相手にこれは実に優しい対応なのではないかしら？こんなに優しく接してあげてるカペちゃんは、なんて優しい吸血鬼なんでしょう！と快楽に脳をやられ意識朦朧としている『パパ』をおいて、カペちゃんは雑踏へと消えるのであった]

――――― ヴィブラト

― 三、四十年ほど前 ―

[悠久の時の長さを思えばごく最近のようで、
　けれども今や人間社会も環境も、この時と比べて
　大きく変わったようにも思える、そんな時代のこと。

　特別でもなんでもないその街の一角。
　その人間の男は、少々苦みを帯びた面持ちで、
　仕事帰りに立ち寄った菓子店の店主から
　それなりの大きさの包みを受け取っていた。]

　言うのも恥ずかしい話なんですが、
　昨日、うちの娘の機嫌をひどく損ねまして……。
　妻にも「あなたが悪い」と言われる始末で。

[その詫びで……と白状したその父親に対し、
　菓子店の店主は至って明るくからからと笑い、
　「まあがんばれよ」のエールを送っていたものだった。]

――――― ヴィブラト

[革のビジネスバッグ、小粋な装飾の印字された紙袋。
　少々かさばる手荷物を抱えながらも、
　その男は、通勤のための定期券を携えながら
　地下鉄のプラットホームへと続く通路を歩いていた。]

（これで機嫌を直してくれれば
　良いんだがなあ……）

[昨日と同じく、通勤客や他の乗客らで込み合う構内。
　忙しない足音と親し気なお喋り、多忙な駅員の案内。
　開閉繰り返す改札に、エスカレーターの微かな駆動音、
　楽器を持ち込んできた客の気ままな演奏も。
　微かに漂う異臭が人間の身に不快を齎すも、
　この地下鉄構内の空気の淀みもまた常のこと。]

――――― ヴィブラト

[そんな淀んだ空気の中で、この一人の父親は、
　紙袋の中の大きな箱、その中に収められ詰め込まれた
　可愛らしいチョコレートカップケーキの数々の、
　苦くも甘い香りを思う。]

（まあ、このクマたちを見れば、
　喜んではくれるだろ――――）

　

――――― ヴィブラト

[■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■]

――――― ヴィブラト

《……………日午後X時ごろに地下鉄XXXXX線XXXXXXXX駅構内で発生した爆発事故………警察は行方不明になっていた1人の死亡を新たに確認したと発表…………この事故による死者はXX人、負傷者は…………残る行方不明者の捜索を続けると共に、事故原因の究明を…………》


　

C＃m：宵月 ヴィブラト

― 現代 ―

[とある街。
　その男は、地下鉄のプラットホームから
　ひとりの若者を地上に引っ張り上げてきた。

　わりと強引な勢いで連れていく形だが、、
　手を引かれている側の若者は特に叫びもせず、
　生気のない面持ちで、されるがままに。

　こうしてその男が若者を連れて行った先は
　とある小さな料理店。正確には、屋台。
　路上に並ぶ簡素な椅子のひとつに
　その若者を無理にでも座らせる。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

　まずは何か食え。
　なんでもいい。代金は俺が出す。

[カウンターに掲示されたメニューの一覧に、
　人間の若者のうつろなひとみは揺蕩う。
　一応はその文字列を見てはいる様子ながら、
　すぐさまにオーダーを発することもなく。]

　決められないなら俺が決める。
　大将、コイツにカニ炒飯大盛りを。
　俺も今日は同じものでいい。

[この男自身は特別好きという訳でなく、
　いまや摂る必要すらなくなったそれを注文してから
　うつろな若者の隣の席に腰を下ろす。
　二つ返事の屋台主は、炒飯の皿を二人前、
　手早く盛り付けて安っぽい机の上に載せていく。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[まずは自分から一口頬張り、「美味いな」と屋台主に笑う。
　そのうちに若者も、無言のままスプーンを手に取り、
　一さじの炒飯を口に含んでいた。
　男はその横顔を静かに見遣りながら、
　溜息の形で安堵を示す。]

　……どこにも帰る宛てがないなら、
　今日は俺のところに泊まっていっていい。
　小煩い同居人は黙らせておく。

[若者の目の前のカニ炒飯が幾らか減った辺りで、
　その男は小さくこう言い添え、
　意識して、若者のひとみのほうに視線を向ける。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[その人間の目に浮かぶのは、怪訝か警戒か不信か、
　或いはそもそもの、この状況への実感の無さか。
　そのひとみの色を見て、男は表情を緩めてみせた。]

　別に俺は、あんたを取って食いやしない。
　この街のロクでもない連中とは違うからな。

　まあ、ウチに来るのは気が向いたらでいい。
　俺に気安く着いていくのがイヤなら、
　大将のところでもいい。な？

[ここで急に同意を求められた「大将」こと屋台主は、
　苦笑しながらも「おうよ」と親指を立ててみせる。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[その男はカニ炒飯の皿を空にしてから、
　二人分の代金を文字通りのポケットマネーで支払った。
　それから席を立ち、右眼だけで、
　幾らか顔に血色の戻ってきた若者を見遣る。]

（もう、あんなことはしなくていい。
　……してくれるなよ）

[地下鉄のホームから落ちようとしていた若者の、
　その行為を無神経に否定する言葉は発さなかったが。
　同じようなことが繰り返されぬようにという、
　その願いを、男はここでひとみに載せていた。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[若者のそのか細い首筋からは、努めて視線を外して。
　あたかも冗談めかした「取って食いやしない」が
　本当に文字通りの意味だった、なんてネタバラシもせず。]

　

C＃m：宵月 ヴィブラト

「おーいヴィブラト、大丈夫かい」

　……ああ、すまない、大将。
　今宵も良い月が出ているものだったからな。

[高層ビルの隙間から確かに淡い月は覗いていたものの。
　全くもって宵の空には目も顔も向けていなかった、
　そんな“ヴィブラト”と名乗る吸血鬼の、見え透いた嘘。]

「ンなこと言いやがって、どうせまたいつもの貧血だろうが」

　いや、そういう訳でもなかったんだが。……まあ、いい。

[屋台主とのこんな妙な遣り取りの現場に居合わせられた若者は、
　その様を受けてか否か、妙に間の抜けた声を漏らしていた。
　ここに来てから漸く耳に届いたその人間の声の響きに、　
　ヴィブラトはまた幾許かの安堵を載せて、小さく笑った。

　この若者が結局この後何処に向かったかは、さて――。]

E：旋風 カペーシア

ー　自宅という名のボロアパートにて　ー

[人間の新鮮な血をいただき、ようやく本当の意味で満腹になったカペちゃん。満足そうに帰ってきたのは築何十年ともわからないオンボロアパートだった。

周辺地域の治安も最悪な都会のスラムとはまさにこのこと。

ただ幸いにも、カペちゃんちはそれ以上に荒れてたというか、正直ゴミ屋敷にも近かった。
ふるーくから取ってあるものが多いせいで、経年劣化で朽ち果てているものも多く、旗から見ればゴミにしか見えないものも、サイアクサイテーな戦争時代を経験したことのあるカペちゃん的にはどんなものも愛着湧いちゃって捨てられず、結局次第にゴミ屋敷のようになっていってしまうのだ

だから、引っ越しのときはいっつも大変！荷物はこっそり少しずつ夜中に運び出してるし、最終的なクリーニング代はパパに出してもらう金だけでも足りないし！

ともあれ、ゴミのようにうず高く積まれたきらきらな宝物たちの中で、唯一生き生きとした命を見せるのは、庭の鉢植えに入れている灰色の薔薇の低木だ>>1>>2>>3>>4]

E：旋風 カペーシア

[それはいつの頃だったか、昔知り合った吸血鬼仲間の一人が分けてくれた薔薇の一刺しだった。曰く、この灰色の薔薇で花弁染めをした便箋で手紙を送ることで、自分は吸血鬼で〜すということを伝えるらしい>>2

誰に教わったかはもう忘れたんだけど、カペちゃんより年上だった気がする。そんな人がやってる習慣なら、まあ、カペちゃんより長生きの人には通じるでしょ、と思い、薔薇の花がきちんときれいに咲いた年は気まぐれなように手紙を送ることにしてるのだ。宛先は不明。誰に届くのかも不明。けど誰かには届くように軽い妖力のお呪いをかけて]

E：旋風 カペーシア

さてさて、届いてくれますかにゃ〜？

[激悪治安の郵便ポスト。
深夜にコトンと手紙が二通。
はてはて届いてくれるのやら]

Am：朋義 グリッサ

―セーフハウス―

[主の就寝を見届けると、男は隣室に戻る。
主の部屋には主の好む物が並んでいてそれなりに生活感があるが、男の部屋は必要最低限のものがあるのみだった。

日光を浴びても皮膚が焼け爛れるわけではないが、主は色素の薄い為に陽光が苦手だった。
故に活動時間は昼夜逆転気味となる。

男はベッドに腰かけて携帯端末を弄ると、この地の吸血鬼から請け負った依頼を眺める。
たまに危険な橋を渡る事もあるが、大抵は雑用仕事のようなものだ。]

Am：朋義 グリッサ

[男達がこの街に着いてから、一週間程になる。
旅暮らしは不安定ではあるが、見た目の変わらない吸血鬼の身は元々、定住する事は難しい。

男達の国は既にないので、厳密には彼はもう王子ではない。
主の財産で養われているわけでもない―どころか、現在は半ば、男が生活費を稼いでいる状態である―が、それはもう習い性のようなものだった。

王子は男が仕える前から吸血鬼で、男は主に仕えていく為に吸血鬼となった。
上手くいく保証はどこにもなかったが、男は見事に成り果せたのだ。]

Am：朋義 グリッサ

[主が愛する人を得た時は嬉しかった。
人間と吸血鬼という種の違いから、その幸せが有限のものである事は分かっていたが、主に仕えていたもの達―当時は男も人間だった―は少しでもそれが長くある事を願っていた。

けれど“運命の相手”は若くしてこの世を去ってしまう。
主は悲嘆に暮れ、憔悴した。
いっそ忘れてしまった方が幸せなのではないかと思う程に。
けれど自らを滅ぼす事は出来ず、消滅する方法を見つけようとするでもなく。

そんなある日、主は“運命の相手”を探しに行くと言い出した。
彼女はまた別の場所で生を享けている筈だからと。
それは遠い外国の思想だったが、主がまた微笑んでくれるのであれば何でも良かった。]

Am：朋義 グリッサ

[国中から似た容貌の者を集めてきても、主の“運命の相手”はいなかった。
唯一無二の存在は、主にしか分からない。
彼は自ら“運命の相手”を探し歩くようになった。

“運命の相手”を探す旅は、最初は母国の付近だったが、だんだんと離れた場所に赴くようになった。
そうなると多くの伴を連れ歩くわけにもいかない。

──出会えても、また失ってしまうかもしれない。
人間の身では終わりを見届ける事が出来ないかもしれない。
そんないつ終わるかも分からない旅路。
それについていく為に、男は人間である事を捨てたのだ。]

Am：朋義 グリッサ

[鎖された国に、密航紛いの真似をして入り込んだ事もある。
吸血鬼である事がばれ、命を狙われた事も。
旅先で戦争に巻き込まれ、被害を避ける為に地下に潜んでいた事も。

どんな事があったとしても、人間は数十年もすればその命を終える。
そうすれば、少しの間その土地に留まった程度の旅人の記憶は薄れていく。


故に、この旅は今も続いている。]

ギタリスト モーラ

[熱狂冷めやらぬライブの後は打ち上げが始まる。
　メンバーと酒を酌み交わし、スタッフを労い、
　飲めや歌えの楽しい時間だ]


　ああ、懐かしいなぁ。
　こうやって盛り上がってると生前の幇間時代を思い出すぜ。
　あの伝説の太夫の宴にも呼ばれたりしてなぁ……。

　「おっ、また始まった！モーラさんの吸血鬼ジョーク！」


[わっはっはと笑えば俺以外の人間は全部バンドでの設定で作られたネタだと信じて俺の昔話を聞く。
　現代に蘇った網羅は実は吸血鬼だった！
　そうして増やしたファン（信者）の血を糧に歌う、と]

ギタリスト モーラ

[最初は正直に話していたが、周りはそういう設定なのかと流す。
　そうこうしてる間にファンの間でも吸血鬼キャラが定着していきライブでも「私の血を吸って♡」という団扇を振るファンまでいたりする。

　うん、まあ──、細けえこたぁいいんだよ！

　みんな楽しそうだしこの時代はこのスタイルで行くかと気ままに思う。
　まあ何かあればまた雲隠れすればいい話だ。
　そう思っていると、メンバーの一人が酒の肴に生前の話をねだる]


　「そーいやモーラさんってなんで吸血鬼になったんですか？」

　おおっ！それを聞くか！聞くも涙、語るも涙のいい話だぜぇー。
　

[わいわいと賑やかな中で生前の頃の話をする。
　そう、あれは俺がまだ世界の広さを知らなかった頃だ──]

ギタリスト モーラ

[俺は遊郭の最下層に産み落とされた孤児だった。
　父も知らなければ母も病で物心つく頃には死に別れ、俺は日々の食い扶持を稼ぐために幇間の真似事なんかをして色んな店の宴を盛り上げた。
　芸に歌に楽器に話術、生きる為なら何でもやった。
　幸いにも俺は器用で見た目も悪くなく、それなりの年になり幇間として引く手数多の存在になった。

　このまま俺もなんとか生きていける。
　そう、思ってたんだけどなぁ……。

　ある日、太夫に入れ込んだ客が起こした刃傷沙汰に巻き込まれ、俺はあっさり刺されて死んだ。
　おいおいおいおい！俺無関係だぞー！！

　そう死ぬ間際に思っていたら耳元で囁く声がした。
　『吸血鬼になっても生きていたいか？』

　俺は囁く声に必死に頷いたね！！
　こんな所で死んでたまるか！
　俺はもっと粋で自由に生きたかったんでぃってな！]

ギタリスト モーラ

[気付けば俺の体は不老不死の吸血鬼になっていた。
　囁きの声の主は異国から来た異人だった。
　異人から遊郭の外の世界──、
　この国だけじゃない海の向こうの世界の広さも知ってな。

　確かに俺は死んだけど、また蘇れたんだ。
　ならもっと色んな世界を知りたい！
　楽しいことをやってみたいって思うようになったんだ。

　そうやって俺は伝説の歌舞伎男になったり色んな土地を渡り歩いちゃ風来坊みたいな真似事もしたな！
　そうして今夢中なのはギター！！
　新しい楽器ってのはいいな！それにバンドでセッションすると脳汁ドバドバで気持ちいいよなー！！]

ギタリスト モーラ

　
　……って、お前ら聞いてるかー？
　ありゃりゃ、ぐっすり寝てらぁ。


[話が長すぎたのか、メンバーの数名が眠ってしまった。
　無防備にうなじを晒すものだから、つい……。
　がぶり。
　その首筋に噛みついて話の駄賃として血を少々頂く。
　首筋から顔を上げるとスタッフの一人と目が合った。
　ニヤリと笑ってウィンク一つ]


　まっ、これもファンサの一つってことで！


[そう洗脳の眼差しと声を向ければ従順に頷くスタッフ。
　こうして、吸血鬼の夜は更けていく]

E：旋風 カペーシア

[カペちゃん思うわけ。

　『人間ってマヂおろかー、
　　　　おろかすぎのまじ卍ぃ』

　　　　　　　　　　　　　　　って]
　　

E：旋風 カペーシア

[カペちゃんが生まれたとき、
吸血鬼になったとき、
吸血鬼として身を隠す生活を始めたとき、

いつの時代も人間達は、やめないもんがあったわけ。

何かって？決まってんじゃない
せんそーよ、せんそー。

何がなんでも侵略はやめないし、
ほしいものはぶんどって、博物館に飾ってるし
きらびやかな功績やら誇らしい戦果の下に
広がってんのはいつだって、
貧困弱者の死体なわけ。

カペちゃんね、ずーっとそれをみてきたの。
せめてもう少し遅く、あるいは早く生まれてたら戦争のあれこれに直面することなく印象にのこることも無かったのでしょうよ。けど残念なことに、カペちゃんちょうど帝国主義だの植民地の独立がどうだのそんな時期にうまれて、それはそれはひどい目にあってきたから、余計に思うの。人間マヂ愚かってさぁ

でかいキノコと多くの犠牲を払ってようやく止まった大戦も、結局今また起こそうとしてるバカがいるってんだから、これ以上の愚かさには見るに耐えない。それについて深く考えないバカのほうが増えてることも笑えない]

E：旋風 カペーシア

[そんな中で、カペちゃんのことわかってくれて
吸血鬼でも友達だよって言ってくれたやつもいて
人間悪くねーじゃん、って思うこともあったよ？

けど考えてみ？
そいつらみーんな、せんそーとかいうやつで
めっちゃくちゃにされて死に目にも会えてないの。

カペちゃん、だから人間には基本、
ホントの顔は見せないようにしてるわけ。

いつ死んじゃうか分かんない奴らに情を向けたって意味ないもん。寂しいだけだもん。悲しいだけだもん。お前らマヂ馬鹿カヨ！！！！ってツッコミ入れてやんなきゃなんないカペちゃんの身にもなってほしいカナ？？？

だから、人間はカペちゃんにとって、
生きるための餌なわけ。
それ以上の価値は欲しくないわけ、いらないわけ。
もうこれ以上、友達無くしたショックなんて味わいたくないわけ]

E：旋風 カペーシア

[…カペちゃん、たまに思うわけ。

　このことについて、たいとーにお喋りできるお友達

　　一人が二人くらいできないかなってさあ。

　　　けど無理だよね、知ってるし。わかってるし。

　　　　だって、今時の人間は『戦争』のつらさなんて

　　　　　　　微塵も、欠片も、覚えていないんだから]

　

E：旋風 カペーシア

[　カペちゃんは　ひとりぼっちで笑うのがお似合いね　]



　

C＃m：宵月 ヴィブラト

― 現代/現在 ―

[ヴィブラトは単身で、裏口からその家屋に入った。
　屋内の同居人は、その吸血鬼の帰宅を知るなり
　あからさまな安堵から顔を緩めていた。]

　……解った。解ったから離れろ。腕を解け。
　あの人間なら大将に任せることにした。

[　“今夜、一人匿わせるかもしれない。”　
　帰宅前に屋台から携帯端末で送っていた、
　この同居人宛てのショートメッセージ。
　このような面倒を起こさせるくらいなら
　逐一報せなくていい……という発想は頭に無かった。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[さて、この同居人がここまで
「ヴィブラトが他の人間を家に連れ込まなかった」
　ことに安堵したのには、幾つかの背景がある。

　ちなみに「匿う」相手は人間に限らないのだが、
　その事実については、後程。]
　

C＃m：宵月 ヴィブラト

[一つ。
　この同居人たる人間は、ヴィブラトと初めて出会った時点で、
　既に　“永遠を生きる夜の魔物”　の信奉者だった。]

「自分、何時だって心配しているんすよ！？
　ヴィブラト様……げふん、ヴィブラトさんに
　悪い虫がついたりしないように〜って！！」

　よりにもよって「娘を守るパパ」気取りか？
　それとも「よく保存された屍」の保護に勤しむ
　博物館員の心算で言っているのか？
　……どちらにしても笑えない冗談だぞ。

「は、ハイ……すみませんでした……」

[そしてこの男の吸血鬼としての素性も知る今、
「一般の人間に吸血鬼の素性を暴かせない」
　という建前で、見ず知らずの人間を安易に
　泊まらせることに、逐一難色を示していた。
　　　　　　　　　　　　あくまで、建前だ。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[そして、もう一つ。
　この家屋、正確に言えばこの「自宅兼店舗」には、
　高額な、また希少なアンティークの家具や小物が、
　展示品・在庫品として数多収められている。
　　　　　　　　　　　　　　　　つまり、そういうことだ。]

　あんたの本分はあくまで古物商、
　保護するならそっちを優先しろ。
　俺はあくまで住み込みのアシスタントだ。

「そーれーはー、分かってますけどーぉ……」

　ったく。今年に入ってから五度目だな、この遣り取り。

「流石ヴィブラト様、ちゃんと数えてるっすね！」

　……　“様”　。

「あ、ハイ」
　

C＃m：宵月 ヴィブラト

[その後ヴィブラトは、この日の残りの事務作業を
　「古美術商のアシスタント」として片づけてから、
　居住スペースのダイニングルームに立った。

　地下鉄ホームからの救助者こそ
　屋台主に任せる形で置いてきたが、
　その屋台では追加で、ガパオライスを
　テイクアウトで購入してきていた。
　この手土産は、同居の古美術商の夕飯として。]

　ああ、そうそう。
　今日見てきた美術展は素晴らしかった。
　今時の若手の画家の中にも、
　よく世相に向き合っている者がいるんだな。

[電子レンジに放り込む必要もない程に
　熱を帯びたままのパッケージを机上に
　日中の出来事を他愛なく、同居人と交わしていく。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[……つい先ほど、屋台でカニ炒飯を
　平らげたばかりでさえなければ、
　このテーブルで同居人と穏やかな夕飯を、
　文字通り「共に」することも叶っただろう。]

「ってか、ヴィブラトさんの分は
　買ってこなかったんすね、今日は」

　ああ。あの人間の為に
　先に屋台で食ってきてしまったからな。

「……。まあ、いいですけど」

[けれども、そんな「人間らしい」夕べの共食を
　「人でなし」を信奉する者としてのこの人間は
　特に望んでいないらしいということも、
　この吸血鬼は、とうに解ってしまっていた。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[そしてこの晩も、この吸血鬼の信奉者たる人間は、
　フードパックを空にしてスプーンを置いてから、
　テーブル向かいの椅子に座した吸血鬼の元に
　自ずからその身を運び、その身を寄せて、囁く。]

「ええ、いいんですよ。
　あなたには、僕がいるんですから」

　　　　　　　…………はあ。

[文字通りの熱と湿り気を帯びた人間の吐息に対し、
　ヴィブラトが零す溜息には大して色気も何もない。
　この吸血鬼ももはや慣れた調子で、差し出された首筋――]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[――ではなく、左腕のほうに手を伸ばし。
　その長い袖を捲り上げ、肘の内側に嚙みついた。

　こんなコントめいた晩餐も、それこそもう何度目か。
　実に色気も艶もない捕食を許す
　こんな人間に巡り合えたことは、
　この　“呪われた”　二度目の生にあって
　幸運なことだったのかもしれない。]
　

Am：朋義 グリッサ

[今の時代は便利になったものだと、手にした携帯端末を眺めながら男は思う。
物事を調べたり、物品を調達したり、会話をする事も出来るのだから。

男が人間だった頃は、手軽に誰かと連絡する事など出来なかった。
──とはいえ、人間のように始終張り付くような事はないが。
ちなみに主も持っているが、彼の場合はどちらかというとGPS機能が目的だ。]

Am：朋義 グリッサ

[この機械が広まってからは手元に視線が向かって注意が疎かになる人間が多くなり、無防備な首筋を見せられるのは少しばかり悩ましい。

ひと昔前であったなら、路地裏にでも引きずり込んで“つまみ食い”でもしてしまいたいところだが、今の時代は大抵の人間がこの端末でいつでも記録を残す事が出来るので、そういった間食はしづらかった。

少なくとも、主には合法的に食事をして欲しいという従者心。
時折、“つまみ食い”している気配はあるのだが、彼は魅了の術が得意なので事件にはなっていないようだ。]

Am：朋義 グリッサ

[作り付けの机の上にはいくつかの封筒があった。
以前の宿から転送して貰ったものもあるだろう。
同族のネットワークを利用すると、こういうところが便利である。
その中には同胞からの連絡もあって、男は黄昏色の瞳を細めた。]

手紙。
手紙なぁ……。

[手紙を読み終わった後、封筒を弄びながら、一人ごちる。
電子の文字にも今は慣れたが、こういった手書きの文字も好ましいものだ。]

Am：朋義 グリッサ

よし、たまには書いてみるか。

[そう思い立って、男は荷物を探る。
取り出したのは使いかけの封筒と便箋のセットが一つ。
花弁染めではないが、うっすらと灰色を帯びている。
今宵のようにふと思い立って旅先で購入したものだが、本能的に馴染み深い色を選んだのだろう。

男は椅子を引いて腰かけると机に向かう。
筆記用具は、私物の古びた万年筆。
少し試し書きをした後は、灰色の便箋の上に濡羽色を走らせていく。]

Am：朋義 グリッサ

[男は書き終えた二通の手紙をセーフハウスの管理人に預けると、就寝する。

誤った宛先に向かってしまった手紙に気付くのはいつになる事か。]

ギタリスト モーラ

[ライブの打ち上げが終われば家に帰るだけ。
　家はライブハウスの近くにあった適当なアパート。
　いざって時、雲隠れしやすいように荷物は最小限にいつでも飛び立てるよう整えてある。
　その為か、がらんとした生活感のない部屋に思えるだろう。

　それでも、長年の旅の相棒のトランクには色々詰まっていた。
　外国を旅した時の変なお土産とか。
　網羅時代に贔屓の豪商から貰ったからくり時計。
　同胞からの手紙と自分で書く用の携帯墨入れと筆。
　これさえあればいつでも俺は消えられた。


　「──モーラ様は網羅みたいに消えたりしませんよね？」


　いつかの時、ファンに聞かれたその言葉。
　自分は「さァな？」なんてはぐらかしてはいるが、やはり別れと言うのは辛いものなのだろうか？]

ギタリスト モーラ

[生まれてこの方、天涯孤独。
　世界の最下層から這い上がり一人で生きて来た。
　愛着を知らず、知る前には気ままに消える風来坊（Rolling Stone）
　それが俺だった。

　別段それを悲しくも思わない。
　俺にとって自由に生きられる今が幸せだから。
　誰にも縛られず自由気ままに生きていたい。

　だが、もし愛や家族というものの良さがあるなら聞いてもみたいと思う時もあった。
　どこかに留まる人生、誰か一人に向ける愛。
　そういった自由な俺にはない要素。
　ラブソングが聴きたいというファンの熱心な要望も侮れない]

ギタリスト モーラ

[だが、吸血鬼に愛だの所帯だのあるのかとも思う？
　だが、一人だけ心当たりがあった。
　確か吸血鬼になる前に所帯を持ってた男。

　吸血鬼の新入りとしてセーフハウスを通して援助や情報を共有した事もあっただろうか。
　本人は覚えているかどうか知らないが。
　思い立ったが吉日と筆と墨を使って文をしたためていく。

　そういや電子端末でも手紙が送れるようになったよな、と。
　自身の電子端末を見るも、やはり手書きは味がある。
　今回は手紙で文をしたためよう]

ギタリスト モーラ

[ベランダに出れば使い魔の鴉を二匹呼び寄せる。
　首元の首輪にしっかり手紙を巻き付けて、
　一通は宛名を指定して飛ばし、
　もう一通は「とりあえず同胞のとこ」とだけ指定して気ままに飛ばしてみる。

　鴉は闇夜でも煌々と灯る明かりの中を飛んで行く。
　俺はそれを見送りながら、夜が明けるまでギターを奏でていた]


　────♪


[何物にも囚われない自由な魂が、家族を、愛を問う。
　そんな旅の途中の気ままな音色]

C＃m：宵月 ヴィブラト

― 過去 ―


《………おおおおおお俺は見たんだ！
　あの墓石の陰から影みたいなのが出てきて
　それが墓守の旦那に飛び掛かってきたんだよ！》

　《影？　私が見たのは何かぶよぶよした――
　　気色悪い。やだ。今思い出しても吐き気がする》

《なんか前、妙に薄気味悪い野郎が
　例の墓場の周りをうろついてたのを見たが……
　まさかそいつが……いやあまさかなあ……？》
　

C＃m：宵月 ヴィブラト

「塵と化し土に還る定めの人間たちは
　各々に好き勝手なことを口にしますが。
　私は心より、新たなる同胞の誕生を祝福します」

　………………………。

「貴方は我らが牙と血に依らず、
　自然と　“血の定めの者”　になったそうですね。
　今の時代にもそのような幸運が起こるとは、
　ええ、戦乱止まず汚染も進みゆく
　この時代も、未だ捨てたものではない！」

　…………、貴様らが、何を、俺に
　望んでいるのかは知らない。
　ただ、俺は、………――――――。

「そうですか。
　貴方がそう望むなら、私からは止めませんが」
　

C＃m：宵月 ヴィブラト

　「……あなたは一体、わたしたちに何をしたいのですか？
　　あの人の名前を騙って、あの人の顔を装って、
　　あの人みたいな話し方まで繕って」

　ジェニー、違う、違うんだ、本当に俺だ！
　信じて貰えないとは思う、思うが、実は――

　「あなたがあの人である訳がない。
　　わたしはこの目で見た。あの人だったものを。
　　目を背けなかった。誰に何と言われても。
　　だから、わたしには、言える」
　

C＃m：宵月 ヴィブラト

　「ブレンダン・クレセンツは、あの日に死んだ。
　　わたしの、わたしたちのブレンダンは、もういない」

　

C＃m：宵月 ヴィブラト

― 現在 ―

[食後の身体で睡眠も（おそらく）足りているとはいえ
　血を失って足取り覚束なくなった同居人を、
　捕食後の吸血鬼は、その人の寝室まで支えて運んでいく。

　その人間が貧血ながらも恍惚の面持ちでいたのは、
　左腕からとはいえ吸血されたことで生じた感覚故か、
　或いは崇拝対象に堂々としな垂れかかれる状況故か。
　ここでヴィブラトがその訳を問うことは、特になかった。]

　おやすみ、――――。

[同居人をベッドに横たえ、牙痕を消毒綿で拭った後、
　ヴィブラトがその人に掛けた言葉はこの挨拶のみ。
　「家事の残りや明日の開店準備は俺がやっておく」とか、
　そんなことはもう当たり前になり過ぎていた。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[その後、ヴィブラトはダイニングルームを軽く掃除し、
　戸締りも確認してから、書斎へと。
　書き物机に、とある手紙と、真新しい便箋を広げていく。

　この行動は同居人に見られても構わないものだったが、
　それでも、あの吸血鬼の信奉者が
　寝静まっていた方が、心穏やかではあった。
　何せこの時ばかりは、　“同胞たち”　はおろか
　身近になり過ぎた同居人にすら見せない表情が
　自然と浮かんでしまうものだったから。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[初めは、自らの手でそのポストに託していた。
　返事など一つも求めていなかった、
　　　　　　　　　ただの未練で、我儘だった。

　それが何の不思議な巡り合わせあってか、
　　　或いは陰で誰かの働きでもあったのか、
　常識からいえば受け取れるはずのない、
　宛先の住所記載のない返信が届いてきた。

　まるで　“天国の神様の御業”　を思わせる
　この不思議な手紙の遣り取りを重ねていくうちに、
　この「不思議」は、いつしかごく当たり前の日常の
　「すこしの不思議」のように感じられていった。

　だから今宵書き記すこの手紙も、
　ヴィブラトは――いや、ブレンダンは、
　当たり前のように、その人に届くと思っていたのだ。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[……虚実入り混じったこの手紙は、
　何の天運あってか、この男が願った通りの
　“あなた（お前）”　とは異なる宛先へと運ばれていく。

　果たしてそれは不運だったか、それとも、幸運だったか。]