庭園の主 プラルトリラ

[黄昏から夜に向かう微風が、灰色の薔薇を撫ぜる。
　はらり落ちていく花弁の幾枚かが、それぞれ
ヴィブラト^{(グリッサorヴィブラト)}とヴィブラト^{(グリッサorヴィブラト)}の在る地の方へと移ろい落ちる。]
　

庭園の主 プラルトリラ

黄昏過ぎの庭園

[壁に纏わせた緑の蔓葉で幾らかの日除けがされた小屋の中で、プラルトリラはその庭師に紙幣の詰まった紙袋を一封両手で手渡してから、丁寧なお辞儀をひとつ。]


　これからもよろしくお願いするわね、庭師さん。


[給与支払いは、昔ながらの手渡し。
　実のところこの老婦人の姿をした長生の吸血鬼も、銀行振り込みのみならず電子マネー払いに対応できない訳ではなかったのだが、庭師のほうがそれらを遠慮してきたために、この現金払いの方法に落ち着いた次第だった。
　見た目の上でも「年寄り」に見せていることで、いわゆる「若者世代」の人間たちからはこのような不要の「配慮」を受けてしまうこともプラルトリラには度々あった訳だが――給与支払いの件については特に何か不都合がある訳ではなかったようだ。]

庭園の主 プラルトリラ

[沈む陽が空の上に齎す赤色も、夜の帳の暗い紺青に取って代わられる頃。
　残業もなく退勤していく筈の庭師は、けれどもすぐに庭園の主に背を向けることなく。老婦人の姿をした小柄な体を見下ろす形で、その場に留まっていた。]


　あら、あなた。まだ何かあったかしら？


[「何忘れているんですか」、と呆れたように庭師は肩を竦めた。
　庭師はプラルトリラに一歩近づいてから跪き、薔薇や樹木の手入れのための手袋を外した左手を差し出す。
　プラルトリラはその様を見て、あたかも今思い出したかのように、淡緑の両目を瞬かせた。]


　あら、あら！　ありがとう。
　うっかり、明日の夜が来る頃に
　目覚められなくなってしまうところだったわ。


[先程より目線の低くなった庭師の左手を、老婦人らしい両手で柔らかく包み込む。
　その手を真紅のリップを纏うくちびるに引き寄せ――小さく開けた口から覗く牙で、庭師の手の甲に傷をつけていく。]

庭園の主 プラルトリラ

[――落日の金色もすっかり西の彼方に消え失せた頃に、紅衣の吸血鬼はくちびるをその左手から離した。
　数多残された浅く細やかな傷は、さながらバラの枝葉の棘に苛まれた痕のよう。
　或いは気ままな蝶が花の蜜を啜った痕のよう――というには、あまりにもわかりやすく残された傷跡だった。]


　……わたくし、いつも思うのよね。
　わたくしがあなたの善意に甘えてしまう度に、
　あなたを素人園芸家みたいな情けない姿に
　してしまっているんじゃないかって。


[だから「吸血するのを忘れたフリをしていた」、などという種明かしめいたコメントを残すことも特にしなかった訳だが。
　気にするところはそこじゃないだろうとばかりに顔をしかめる人間の庭師を前に、この薔薇の吸血鬼はくすくすと笑うばかりだった。]

Am：朋義 グリッサ

[男は慣れない帽子を被り直す。
髪を下ろし、後ろで一つに結んだのは仕事の為。

今日の仕事は、同胞の引っ越しのサポートだ。
夜型の人間も増えてきているが、夜間帯の引っ越しを請け負う業者は少ない。

今の住居は人間のいるマンションだが、今度の引っ越し先は吸血鬼の管理する建物らしいので、出る時に物音に気を付けさえすれば良かった。

何度かした事のある作業だ。
問題なかろうと高を括っていたのだが。]

Am：朋義 グリッサ

お客さん、見られちゃ困るものはご自分でお願いしますよ。
他は俺達が纏めますので。

[何と、到着した時に荷造りは半分しか終わっていなかった。
男は割れ物をボックスに収めながら指示を出す。

家主は恐縮しきった顔で謝罪を口にしながら荷造りを進めていた。
どうやら作家をしているらしい客は、前々日が〆切だったらしく、前日に爆睡してしまったらしい。]

Am：朋義 グリッサ

[何故、もう少し余裕のある時期に引っ越ししないのかと思ったが、その辺りは客の事情なので仕方がない。
キッチン周りの物品は少ないのは吸血鬼故か。
今度は衣類をハンガーにかけたままボックスに詰めていった。
そうして手分けして運び出せる状態になったものからトラックに詰めていく。
パソコンや洗濯機、冷蔵庫。衣類に靴、日用品。ベッドに一人がけのソファ、衣装ケース。

家に住むと、そういった物が必要なのだなと思いながら部屋に戻れば、家主はせっせと本を箱に詰めていた。
本が詰まった箱は重い。
他にも本が入っている箱が沢山あったが、最後まで残していたのは直前まで使っていた資料か何かだろうか。]

Am：朋義 グリッサ

[ようやく荷物を詰み終え、家主と別れて新居へと移動する。
大きなトランクケースを持っていたが、最後に残ったものを詰め込んだのだろう。
最後に掃除を手伝ったが、物がなくなった部屋はがらんとしていた。

入り口や廊下などを傷つけないように保護をした頃、先に新居についていた家主に出迎えられる。
今度の部屋は前の部屋より広いのだと、家主は嬉しそうに言った。
確かに間取りが1DKから2DKになっている。
一つは仕事部屋にするらしい。
男達は箱に書かれた指定に合わせて荷物を運び込んでいく。]

Am：朋義 グリッサ

[予定より1時間押しの荷物の運び込み作業が終わる。
確認を終えた家主からは、感謝のしるしとしてペットボトルの飲料を渡された。
仕事の上司である同胞が受け取ったので、男の方も受け取っておく。
男が手伝ってくれて助かったと言われ、笑みを向けた。]

どうもありがとうございます。
こういった仕事は得意なので。

[そういった言葉は単純に嬉しい。
その場を辞すると、トラックの助手席に乗り込んで帰路についた。]

Am：朋義 グリッサ

はー、働いた……。

[セーフハウスに戻った男は、主に会う前に自室でシャワーを浴びる。
こうした力仕事の後には、必ずそうするようにしていた。
いつものヘアスタイルにすると、人心地ついて先刻渡された飲料を口にした。
少しぬるい水が喉を通り、潤していく。

仕事ぶりから、給金に少し色を付けて貰う事が出来たので、機嫌はいい。
毎回得られる仕事と言うわけではないが、こういった得意分野の仕事があると有難かった。]

Am：朋義 グリッサ

[数日は吸血鬼のバーで働いていたが、人間も混ざっていたのでそういったパートナーを求めるという趣旨もあるようだった。
パートナーから血液を提供されるのであれば、当事者同士の合意の元だ。
一人の人間から血を吸い過ぎると、血液不足に陥るのではないか。
パートナーを持ったことのない男には、そういった話には縁が薄い。
声を掛けられる事はあったが、するりと躱していた。

今日も机の上に手紙が置いてあったが、一先ずは主の様子を見るのが先だ。
男は主の部屋の前に行き、扉を三回ノックする。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

― ほんの少しの過去 ―

[これは今日や昨日、一昨日よりもさらに前の日に、
　ヴィブラトの元に届いてきた、
　宛先の住所記載のない、真っ白な封筒に収められた手紙。]


親愛なるパパ


最近、お手紙を書けていなくてごめんなさい。
パパをまた心配させてしまっていたと思います。
わたしは相変わらず元気です。でも、この頃仕事が忙しくて大変で、本当はちょっとつらいです。
つらいけれど、パパがくれたお手紙に励まされて、なんとか日々をがんばって生きています。

天国での暮らしはどうですか。天国は今も、心安らかに過ごせるところですか。
こちらは最近、感染症や大きな戦争、気候変動など、ほんとうに大変なことが立て続けに起こっています。
最近の若い子たちは、パパやママの世代のせいだって怒りながら、なんとか地球を助けようと行動を起こしています。確かにそうなのかもしれません。それでも、わたしはパパもママも責めたくはないな。
世界のこと、地球のことは、わたしも頑張らなきゃいけないことだと思っています。
日々の生活に追われてそれどころじゃなくなってしまっているのも事実だけれど、ここで自分から投げ出しちゃうこともしたくはないんです。

C＃m：宵月 ヴィブラト

ママは最近、少し塞ぎ込みがちです。
少し前まではちょっと明るくなったように思っていたけれど、この頃は世相のせいもあってか、もしかしたら歳のせいもあって、元気がなくなっているのだと思います。
でも、パパのことを思い出してぽつぽつ話すことも増えてきています。笑顔も見せるようになってきています。
パパの言葉が、ママにも届けばいいのに。

今回はちょっと愚痴っぽい手紙になってしまいました。
わたしにとってはパパだけが愚痴を零せる人だから、それにちょっと甘えてしまいました。わたしは相変わらず、パパを困らせてばかりの娘ですね。
わたしの顔まで天国から見えてしまわなくて良かった、なんて、変に安心してしまいました。

それでもパパからのお手紙を読んでいる時は、とても幸せでいられています。
こんなわたしを、どうかこれからも、天国から応援していてください。
わたしの大好きなパパ。
いつかまた会えるその時には、お互いに笑顔で会えますように。


愛をこめて
カレン

C＃m：宵月 ヴィブラト

[……言葉遣いに聊か幼さがみられる手紙だが、
　これを書き記したのは五歳の少女ではなく、
　四十歳前後の大人の女性であり、人間だ。

　あまり推敲をしていないと思しき、
　思ったままを書き記したような文章は、
　この手紙が語る通り、日々の仕事に追われての
　疲弊の証明なのかもしれない。

　「パパを困らせてばかりの娘」からのこの手紙を
　ヴィブラトは、かつてブレンダンだったものは、
　ごく当たり前の日常のように受け取っていた。
　そして一昨日に、ごく当たり前のように、
　娘であるカレンへの返信をしたためたのだが……。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

― 現在/遅い朝 ―

[カーテンの隙間から眩い陽が差し込む寝室、
　そのベッドの上で、ヴィブラトは頭を抱えていた。]

（昨晩、俺は一体何をしていた？
　確かにリビングのソファで寝た筈なんだが……）

[その「確か（記憶）」が確か（事実）でないことは、
　目覚めてからのこの状況が物語っている。
　とはいえ室内にも己の身にも血の痕跡はなく、
　また自身の着衣にも特に乱れはなかったから、
　自分が同居人に何かをやらかした訳ではない、とは
　ひとまず信じることができた訳だが……。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[仮に本当にリビングのソファで眠りに就いたとして、
　そこから、華奢なベネディクトがこの寝室まで
　この体躯の男を運んできたとは思えなかった。]

　……まさかとは思うが、
　噂の九尾狐とやらに化かされたか？

[この街の土地に根付いているとされる、
　吸血鬼たちと同様に非科学の領域に在る
　古妖の名をひとつ、呼びかけるように紡ぐ。
　もちろん今回の件は九尾狐の仕業ではないので、
　これは完全にとばっちりである。
　店の外で抗議の一鳴きがあったかどうかは定かでない。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[こうして（この吸血鬼にとっては）不可解で
　相当な焦りを伴う起床を経た訳だが、
　ベネディクトの姿が寝室に無かったこと自体は
　この時の時刻を思えば、懸念する事柄ではなかった。

　この日は、ここからは遠方の都市で
　アンティークの古物市場が開かれる日。
　かの古美術商はその市場に向かうため、
　早朝には出立する予定だったのだ。]

「ヴィブラトさんにも一緒に来てほしかったっすけど〜…
　そうっすね、確かにちょーーーっと、
　昨日手が回らなかった分のツケが溜まってるっすよね……」

[……という店主判断で、この　“お手伝い”　の
　居残りが決まったのは昨晩のこと。　
　今日はこのアンティークショップ――
　「宵月小堂」の定休日ということもあり、
　ヴィブラトはひとり、事務作業や商品のリペア、
　その他細々とした雑用や家事に向き合うことになる。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[……手が回らなかったのは「昨日」ではなく「今日」>>16。
　昨夜のヴィブラトの心労がこの記憶違いを生んだようだ。
　流石にこの程度のささやかな記憶操作を行う程、
　“なりたて”　の頃のヴィブラトに「ヴィブラト」の名を与えた
　“血の定めの者”　たる長老も暇ではあるまい。
　もちろん、この街在来とされる九尾狐たちにも罪は無い。]

（……「飛び恥」だなんだ言わず、大人しく
　航空機に乗ればいいと思うんだがなあ……）

[日帰りのタイトスケジュール化にも構わずに
　高速鉄道のチケットを予約した若き同居人に、
　人間として生きていれば老年の世代にあたる
　この吸血鬼は、やや複雑な溜息を洩らしていた。
　複雑な思いは、ベネディクトの意思のみならず
　カレンからのあの手紙もあってのことだったが……。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[ともあれまずは、郵便物の確認を。
　郵便受けの中身が回収されていなかった程度には、
　ベネディクトは慌ただしく家を出て行ったようだ。
　　慌ただしさの真相について、ヴィブラトは深く考えなかった。

　この日届いていたのは一通。その灰色染めの手紙は――。]

E：旋風 カペーシア

ー　ハウジングウォッチング！　ー

［今日は実に忙しい1日となった！
まず大学に行って『お友達』たちと戯れるところから始まり、放課後のわずかにできた一時間を使って、引越しの前金を作るために『パパ』との｢ショッピング」に付き合ってやらなければならなかった！

結局家の内見にいけるのは、夜の時間帯になってしまだだが，これは運が良かったのか悪かったのかわからない。夜の方が『出るものは出る』ので分かりやすくなるが、事故物件狙いの内見だとそもそも不動産屋が嫌がるのだ。さっさっさ！と次から次に部屋を見せられてしまうと、その家に何がいるのかも何が出るのかもわからない！！！

と，いうわけで…と汗だばだばなオッサン案内人には心底同情する。が，まともな見学もできてないし…そもそも引越しの前金について話し合えてないし…てか前金多分足りないよね？足りないならやることは一つだよね？？？？？］

E：旋風 カペーシア

ありがとうございます
このお部屋…怖い部屋だって聞いてたけど、
アタシはそうは思わなかったな…

だって、おじさんがそばにいてくれたから…
それになにかあったら…おじさんに連絡したら…
なんとかしてくれるんでしょ？

…なら，この家に決めちゃってもいい気がするな…

［そっ。体を寄せて、魅了のための妖気を放つ。
ニコリとわらい…そして身体を寄せる。目と目を合わせて、反らせないように、逃さないように。頬に一つキスをして…]

契約のためのお話…
ここじゃなくて、もっと静かなとこでやりたいな…
よかったら…事務所さんとか…レストラン、とか…
２人っきりになれる場所で、…ね？

[蕩けるような表情を見て、吸血鬼は確信する。もう住居に関する心配はないと。ガブッと首筋から血を頂いて、更に魔力を込めて後押しすれば…ほら、もうあなたもカペちゃんの『パパ』でしょ？]

E：旋風 カペーシア

うふふ…いこっか、ぱぱ？
せっかくのお引っ越しだから…
ぱぱに、お引っ越しのコツ、ゆっくり聞きたいな♡


[…こうして、夜のディナータイムまで確定してしまえば、こっちのもの。……まだ建て替えの始まっていないゴミ屋敷こと我が家のポストに届いた一通の手紙に気づくのは、賃貸契約とパパ活をさくっと終わらせ、お家に帰ってこれた深夜帯になることだろう]
　

C＃m：宵月 ヴィブラト

[郵便受けから回収してきたその封筒の色合いを、
　ヴィブラトは灰色の薔薇のそれと捉える。
　だから当然のように、この封筒の中身も
　吸血鬼の誰かからのものだと考えていたが……。]

　………………、

[使い魔から直接渡された訳でもないこの手紙について、
　今度こそ、封筒の宛名書きを入念に確認した。
　確認したのだが……何故か、上手く読み取れなかった。
（最初から何も書かれていなかった可能性もあったが）]

　………………………、…………。

[つい先日、宛名表記から受けた不可解さを
　「よくあること」と勝手に判断したが故に、
　他者の信書の秘密を暴くという
　不祥事をやらかしたばかりの、この男である。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[この手紙をひとまず書斎に持ち帰り、
　抓んだ指先でその封筒の厚みを感じながら、
　改めて、この灰色をじっと見つめる。見つめる……。]

　　　　……………………、…………。

[封筒越しに無意識に感じ取った、微かな妖力の残滓。
　その感覚は　“勘”　という形を取って、
　これはやはり自分に関係あるのでは、という意識を
　無自覚のうちに手紙に妖力（願い）を籠めていた
　ヴィブラトという吸血鬼に齎していた。]

　ッ、どうにでもなれ！

[思い切って封を切り、取り出したひとひらの便箋。
　それは確かに、この男の勘が正しかったことを
　証明するものだった。が……]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[まさかそれが「返還された自分の手紙」だとは
　流石に考えてはいなかった。
　安堵よりも先に、先日の不祥事とは違う意味で
　頭が真っ白になる心地に襲われていた。]

　　　　…………………………。

[ヴィブラトは黙って、鑑文のように添えられていた
　白くない便箋に視線を落とす。
　丸っこい文字は妙齢の女性を思わせるが、
　それは己が娘の筆跡ではなかった。
　　そもそもカレンは、既に父の享年を超えた人間だ。
　この手紙を書き記した者の名も、
　きちんとその冒頭に記されている。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

　…………恥ずかしいな、これは。

[何故誤配された、という
（当たり前を疑わなかったが故の）不可解よりも、
　まず先に零れたのは、こんな言葉だった。
　仄かな救いは、誤って届いた己の手紙を
　読んだと思しき「カペーシア」からの祈りが、
　手紙の末尾に添えられていたことか。

　実のところ、手紙の末尾には
　元々は別の文章があったのだが……。
　ヴィブラトがその痕跡に気づくのは、もう少し後。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[ヴィブラトはまず、新しい真っ白な封筒に宛名を綴り、
　カレンに宛てた手紙の便箋をその中に収め直す。

　　ここで、カレンに宛てた手紙の
　　封筒のほうが返送されていないことに気づくも、
　　郵送中に破損したのかくらいにしか
　　この時のヴィブラトは考えていなかった。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[それから、返送主への礼状を書こうとして……。]

（天国から吸血鬼に送る手紙、か。
　この手のものを嫌がるやつもいそうだが、
　この子はまあ、気にしない手合いか――、ああ、）

[灰色の封筒に残りの便箋があったことを思い出し、
　まず先にそちらに目を通すことにする。
　やはり白くない、薔薇の灰色染めの便箋を
　ひとひら抓み……二度ほど、大きく瞬きをした。]

　………………はあ。

[人間相手には、真っ白な手紙で素性を隠せても
（たとえあの灰色の意味を知らずとも、だ）
　百五十年ほどを生きている『お仲間』には
　気配を察せられてしまったらしいと悟る。
　　他ならぬ自分自身が、己が吸血鬼だと示す
　　妖力を籠めていたことは未だに自覚していない。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[さて、そんな　“先輩”　の吸血鬼がここで添えていたのは
　単に「ブレンダン」の正体を看破するのみではなく、
　父親としての自分やカレン、妻に対しての言葉も。
　それに、送り主自身の、願いともいえる思いも。
　それだけではない身の上の話には
　妙な空白の部分に目を凝らして、漸く気づいた。

　　ところで「身の上の話」といえば、
　　昨日に手に取った、とある手紙の中にも、
　　さらりと綴られているものがあったのだが……。]

（俺は、どうにも、
　臆病になり過ぎていただけかもしれないな）

[経てきた年月や時代だけが全てを物語る訳でなくとも、
　自分より長生の、妙齢の女性と思しき　“同胞”　からの
　追伸も含めての言葉に、ヴィブラトは苦笑を浮かべた。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[ここでふと、一枚目の灰色の便箋を改めて確かめた。
　最初に読んだ時に仄かな抱いた違和感の正体が、
　この便箋の末尾の空白に微かに視認できる、
　消し残しの鉛筆の痕だったことに漸く気づく。]

　生きて、　…………。

　　いや、まさか、なあ。

[妻は――ジェニーは、確かにブレンダンの遺体から
「誰に何と言われても」目を背けなかったと告げた。
　ヴィブラト自身、新聞や一部の　“同胞”　からの伝聞で、
　ブレンダンは即死したらしいと、
　また、死んだと一目で判る程の
　無残な状態だったらしいと認識している。

　これらの話は確かに、警察や消防などの、
　そして目撃者としてのジェニーの視点に
　基づくものであり、事実でもあったのだが……。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[陽を遮った書斎のうちで、吸血鬼はひとり、ペンを執る。
　今、この手紙を書き綴っても、
　幾らか前に買い付けた古椅子の
　リペアの時間は取れるだろうと踏んで。

　　リビングのテーブルに置いていた携帯端末は、
　　今はまだ、何の着信も受け取っていない。]
　

Am：朋義 グリッサ

「やぁ、おかえり。」

[部屋に入ると、主はボトルのミルクティーとジェラートで先にティータイムを楽しんでいた。
直飲みではなく、グラスに氷を入れてではあったが。
聞けば、地元民に有名店を紹介して貰ったのだという。]

冷たいもの同士だなんて、お腹が冷えてしまいますよ。

[そういうところが過保護と呼ばれるのだろうか。無自覚である。

実年齢は主の方が高いが、見た目の年齢は従者の方が少し高く見える。
この調子で外でも世話を焼いていると、ご兄弟ですか、と旅先で尋ねられる事もしばしば。
そんな時にはすぐに否定するようにしていた。
主と兄弟だなんて不敬過ぎる。]

Am：朋義 グリッサ

[まぁまぁ、と取りなそうとする主に手招かれると、備え付けの冷凍庫のスペースに同じジェラートの容器が入っていた。]

「暑い中、働いて大変だっただろう？
君に涼んで貰おうと思って。」

……っ！
ありがとうございます！

[主に手渡された容器を、男は膝をついて捧げ持つように受け取った。
自分の為に買ってきてくれるとは。
こういった事はたまにあるのだが、いつも感激してしまう。]

Am：朋義 グリッサ

[溶けないうちに食べるようにと言われ、男は退室した。
──主のティータイムが終わるまで、男が口にする事はないだろうと見抜かれている。

寝る前には温かい飲み物を出そう。
そう思いながら隣の部屋に戻った。

椅子に腰かけて容器の蓋を開ければ、薄い黄色に爽やかな柑橘の香り。
レモンのジェラートのようだ。

部屋に置いてあるスプーンで掬って口に運べば、冷たさの後にさっぱりとした甘さが口に広がった。
後に残る仄かなレモンの苦みも丁度良い。
主は甘い方が好みだが、男はどっしりとした甘さは得意ではない。
主の心遣いに感謝をしながら、腹に納めていく。]

Am：朋義 グリッサ

[食べ終わった後、手を拭いてから届いていた手紙に手を付ける。
少し大ぶりな封筒は表が白で裏が夜闇のような濃紺色の洒落たものだ。
切手の水面に咲く紅白の蓮も美しい。

宛名の文字はあまり馴染みがない。
けれど名前には覚えがあった。
いつかの旅の時に出会った同胞だ。

鋏で封筒を切れば、中は二重になっており、見覚えのある封筒と便箋が入っている。
男は首を傾げながら中を検分した。]

Am：朋義 グリッサ

何てこった……。

[男は頭を抱えた。

フォルクハルトとは、一年程前に人間のパートナーを見つけ、連絡を寄こすたびに惚気てくる同胞である。
そんな友人に送った筈の手紙が、別の同胞――ヴィブラトに誤配されてしまったらしい。
間違って届いてしまったのは男の筆跡の所為だ。]

困っただろうな。

[真面目そうで落ち着いた雰囲気の男だった。
男よりも吸血鬼としての歴は浅いが、肉体年齢は男より幾らか上だった筈。
さして仲のいいわけでもない男から、馴れ馴れしい口調で手紙が届いたのだ。
──それと男の記憶が正しければ、家族と死別する形であった筈。]

Am：朋義 グリッサ

[丁寧な筆致で綴られた謝罪の言葉にぐぅ、うぅ、といった呻き声を漏らす。
悪いのはこちらだというのに。
過ちを繰り返さないように細心の注意を払わなければならないのは男の方だ。

これは、すぐにお詫びの手紙を綴らなければなるまい。
男は残り少ない便箋に万年筆を走らせる。]

Am：朋義 グリッサ

[手紙と封筒の表書きを書き終えた後、今度は住所や宛名に誤りがない事を送られてきた手紙と見比べる。
何度か見直した後に手紙に封をした。

そうして戻って来たフォルクハルトへの手紙も、別の封筒に入れた。
少し考えて、管理人に預けるのはヴィブラトより一日ずらす事にした。
机の引き出しの中に、友人への手紙を収めてしまう。

そうして一息つくと、携帯端末がメールの着信を告げる。]

うおっ？

[そろそろと確認すれば、手紙を送った相手からだ。
どうやら、以前に教えたメールアドレスを覚えてくれていたらしい。

筆で書いたようなフォントで綴られた電子の文字に視線を落とす。]

Am：朋義 グリッサ

[彼らしい文面を読んでいる内に、知らず、笑みが浮かんでいた。]

粋か。

[彼の生まれた国で昔、使われていた言葉。
さっぱりと垢ぬけていて、色気がある様子。
人情に通じ、物事に通じた洗練された態度や様子といった意味があるのだったか。
確かに、彼という吸血鬼を表すのにぴったりな言葉だ。

どうやら彼は海外遠征が決まり、下見旅行に行くらしい。
それだけ名が売れたという事だ。
とても喜ばしい。

手紙とメールで迷った後、男はメールを綴る。
便箋の残りが少なかったのもあるし、相手のメールに返せば事故も少ないだろうという目論見もあった。]

Am：朋義 グリッサ

[メールを送信し終えると、男は手紙を管理人に預けに行った。

その後は王子の部屋に訪れ、ティータイムの片付けを行う心算で。]

ギタリスト モーラ

[明け方の空に眷属の鴉が二羽帰って来た。
　俺は日光を遮った部屋で一通目の手紙を読む。

　開けた瞬間にド派手なマーカーペンが手紙一面に！
　こいつ……俺よりド派手だと……！？
　一瞬の敗北感と共に勢いに目を奪われて読み進めていく]


　ただド派手なだけじゃねェ、これが芸術……！
　こいつ、流行の最先端いってやがる。
　粋だぜ……。


[最後の方には俺のバンドを知ってるらしいと書いてある。
　「びっくりドッキリメカ」とか、一周回って新しい？
　様々なびっくり仰天ネタに目を通しつつ──]

ギタリスト モーラ

[気付けば、手紙はもう一枚入っていた。
　（笑いすぎか何かで筆跡が震えているのを見つめつつ）
　一枚目では書ききれなかった身の上話や吸血鬼としての生活などが書かれていた。
　読み終われば、是非このおもしれー手紙に返事を書きたいと思うのが粋な元歌舞伎男の俺！

　灰色の花びら染めの和紙に、朱色の墨を用意する。
　（別に血じゃない普通の朱色の墨だ）]


　むむゥー、どうすりゃもっと粋になるかねェ。
　ここは元歌舞伎男として負けらんねェな。
　いや、男ならちまちま考えずに思ったまま書くぜ！
　うおおおおーーー！！


[俺はノリと勢いでしゅばばっと手紙を書いていく。
　見せてやるぜ！俺の生き様ッ！！]

ギタリスト モーラ

[シャシャ！と心の赴くままに楽しく書き綴った文。
　眷属の鴉の首にさげて空に羽ばたかせる。
　うきうきと飛んで行く鴉を見送りつつ、

　もう一通の手紙に目を通し、
　そこに書かれた几帳面な文字と家族の話。
　吸血鬼になったいきさつを知り──]


　うおおぉぉ……、てやんでぃ、あんまりじゃねェか。
　カップケーキ食べただけでそんな……、数十年だぞ！？
　そんなに苦しいのかよおおおぉ……、
　うおおぉ……誰も悪くねェ、悪くねェのに。
　みんななんで幸せになれねェんだああぁ……！


[先程の手紙を書いていた時と一変して、部屋の畳に蹲り男泣きに泣いて自分には知り得なかった家族愛の物語に悶え苦しんでいた]

ギタリスト モーラ

　
[男泣きに泣いた後、意を決して筆を執る。
　所々、悩みながらもその表情は真剣そのもの]

　

ギタリスト モーラ

[手紙を書き終えれば鴉の使い魔に手紙を託して空に飛ばす。
　家族、愛、自由──……。

　ヴィブラトがどうか自由に生きれますように、と。
　何のしがらみも持たぬ俺はそう願った。
　──いや、少なくとも今は──]


　「モーラさん、そろそろ飛行機の時間ですよ！
　　さあ、行きましょう！俺たちの海外遠征旅行へ」

　おう！言われなくても分かってるって。


[俺の部屋まで押しかけて来たバンドメンバーを迎え入れて旅立つ為に立ち上がる]

ギタリスト モーラ

　「そういや近くのケーキ屋さんでカップケーキ買ったんです！
　　モーラさん食いますか？」

　うお！カップケーキ！？愛と自由の象徴！？
　人数分あるか？なかったら分け合って食うぞ。
　そういう掟だ。

　「えー、なんですか？それ？
　　新しい吸血鬼の掟とか？」


[楽し気にバンドメンバーと飛行場に向けて歩き出していく。
　空を自由に飛び立つ眷属が二羽。
　その様子を見守っていた]

E：旋風 カペーシア

ー　深夜帯　:　自宅という名のボロアパート　ー

…うぁあああ〜〜〜〜…
…まぢだるちんだる現象…ってかんじ…

[ハードなスケジュールを超え、
なんとか新しい物件の契約と前金を掴んだカペちゃん
しかしその疲労感は途方もない。
これこそネバーエンディングナイトメア。
しばらくは『パパ』活だけじゃなくて
副業やらバイトやらもしなきゃなんないかもしれない
そう思うと心があまりにも重い。強制労働は好きじゃない]

つ、つかれた…これから荷造りもしなきゃなの…
ぴえん超えてぱおんすぎ…もぉやだ…リス化しょ…
いやなれないんだけどさリス…
リスになりたい…いやネコになりたい…
ネコになって人類マヂ滅ぼす…まぢ病む……

[疲労のあまり出てくる愚痴は止まらない。そもそも人間都合で動かされること自体大嫌いなカペちゃんにとって、このファインディングおうち作業はあまりにも苦痛オブ苦痛だった]

E：旋風 カペーシア

　
[しかし眠りにつく前にふと、
そういえば今日はまともに郵便受けの中身を確認していなかったことを思い出し、ごそりと体を持ち上げた。体がだるい。詰まっているのはスパムとDMと宗教勧誘が大半なのでそれは容赦なく捨てていく…が

ふとその中に、灰色の封筒に紅い薔薇の切手が貼られた手紙が混じっていることに気づく。この様式といい、赤い薔薇の切手のセンスといい。恐らくは『お仲間』からのメッセージだ。それだけは気になったパラリと手紙を見れば、やや豪快な印象を受ける文字列が、カペちゃんのお悩み相談に答えてくれていた

文面についてもとても丁寧だ。ちゃらっちゃらなカペちゃんのお手紙とは大違いで、『同じもの』でありながら人間にまぎれて暮らしているカペちゃんのことをとてもよく案じてくれているのがわかる]


わ〜、すっごい真面目さんぢゃん
こういうの、まぢ助かるっていうか…

…へえ、コミュニティ、とかもあるんだ。
知らなかったな〜…
やっぱそれなりに数いるんだあたしら（吸血鬼）
守り合える仲間がいる！ってサイキョーぢゃん！

[と、喜び勇んでいたが…最後の一言に、思考が一度ピタリと止まる]

E：旋風 カペーシア

…人間との関わり、減るのかあ

……

[脳裏によぎる大学のこと。上辺だけの人間関係]

……いや、いやいや別に？

人間とか全然きょーみねえし？

むしろおろか虫たちから離れられて、
お仲間がたくさんいるとこにいけるなら、
モーマンタイぢゃね？？？いいことづくしぢゃん

[おいしいパンケーキ、戦災で焼けたドロップ缶
金だけの関係でも自分を愛してくれる『パパ』
火の海に消し飛ばされる直前に、
　　　　　　　　　それでも友だと言った『莫迦』]

E：旋風 カペーシア

……どーしよ。


[何にこんなに悩んでんのか分かんない。
　こんなにいい話、他にはないっていうのに]
　

E：旋風 カペーシア

……助けてもらえんなら、
できればたすけてほしーな……

今日、家探すのさえ、大変だったし…

[少女は手紙の返事を書くため便箋と鉛筆を手にする。
その動きは緩慢で、書きたいことはめちゃくちゃで、
なんて書いて送ればいいのか、分かんなくて。

ギャルが頭を悩ませたらしぬって、
まぢかもしんないな、故事成語になればいいのに
そんなことを思いながら、とにかく、今の気持ちを
お返事の手紙に書き連ねていく。

…夜が更けて送ることができるのは、かのものに届くのはいつになることやら]

E：旋風 カペーシア

[手紙を書く手が一度止まる。

…時計の秒針が進む音が響いて、
　　またカリカリと鉛筆が走り出す]

　

E：旋風 カペーシア

よーし、お願いねこーもりちゃん
これ、無事にグリッサさんに届けてね〜〜〜

[手紙に封をして、目印代わりに旋風のぐるぐるマークを模したシールを閉じたところに貼り付ける。

ヒョイ、と眷族の小動物を召喚して預ければ、ありゃりゃ、もう朝焼けも見せそうな時間帯になってきてしまったではありませんか。このままじゃ明日の引越し準備もうまく進められるか心配100%なう。

…けど、これだけ悩んで送ったのには理由がある。想いがある。
後悔はない。

…未来のことなんて考えたこと、全然なかった

それがいま、変わろうとしていた]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[さて、ヴィブラトは便箋に向き合いながら、
　ほんの少しだけ、思案にペンの手を止める。]

（………、どう書いたものか）

[幾らか前、旅行中だというとある　“同胞”　から
　「空港ストとか知らなかったし〜〜！」と泣き着かれ、
　店に数日の間泊めたことがあったのだが……。
　　なお、この折のベネディクトの反応については
　　諸君のご想像にお任せする。
　　少なくとも、人間を連れ込んだ時よりも
　　遥かに厚意に満ちた、好意的な対応ではあった。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[人として生きた頃の記憶の中にも、
　似たような苦い経験があった気がしたこともあり……。]

（まあ、「ノリの悪いオッサン」に
　　わざわざなることはないな）

[数十年前の時代の三十歳で時を止めたこの男は、
　“同胞”　としての歳月の長短よりも、
　若い女性らしい　“お仲間”　のノリに合わせることを選んだ。
　　こちらの方が余程か、親身な姿勢を示す
　　“同胞（なかま）”　に向けての手紙らしいとも気づきながら。

　とはいえ相手の文遣いには幾らかの敬称もみられたから、
　この男も、無理をしてまで　“ギャル”　のノリに
　なろうとはしなかった訳だが。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

（しかし、妖力、か。あったんだな……。
　今までずっと、誰かが気を利かせて
　父娘（俺ら）の手紙に籠めてたってことか）

[「それはお前だろ」と指摘する者は、ここにはいない。
　では、人間であるはずの娘のほうからの手紙が、
　今までずっと父のもとに届いてきていた訳は？
　これはそれこそ「すこしの不思議」だったのか、
　或いは二者を繋ぐ「愛」の力、だったのかもしれない。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

[幾らか考えて、消しゴムで消した心算と思しき
　「身の上の話」に直接触れるのは避けることにし、
　ここで書き綴るのは、それとない言葉のみに留めた
　……心算だったが、少々校正が甘かったようだ。

　それから男は、一度、ペンを執る手を止める。
　前髪で隠したままの左眼があった場所が
　微かに疼くのを覚えながら――
　再び、ペンを走らせていく。]

C＃m：宵月 ヴィブラト

　……………………、

　

C＃m：宵月 ヴィブラト

　　……………そうか。
　　　　　　　　ああ、そうだったな。

　

C＃m：宵月 ヴィブラト

[まるでこの時の晴れた空のように
　幾らか憑き物が落ちたような面持ちで、
　ヴィブラトでありブレンダンであったものは、
　ペンを置き、“お仲間”宛ての封筒に封をした。

　それから晴れた空の下、二通の手紙をポストに託しに行く。
　あとは幾らかの蒸し暑さも感じる空気をその身に感じながら、
　　“居残り”　として託された店舗業務を片付けていく。


　そう。
　この日、この街は晴れていた。が……。]
　

C＃m：宵月 ヴィブラト

― 遅い午後 ―

[遅くに帰宅する筈の同居人のための夕飯を拵えていた最中、
　リビングに置いたままの携帯端末が
　通話のほうの着信を知らせてきた。]

　もしもし、俺だ。無事に買い付けのほうは終わ――

「ヴィブラトさああああああああああああああああああああああああああああん！！！！」

　ッ、驚かすなベネディクト！
　何があったんだ、おい、

「ヴィブラ、ヴィブラト、さん、
　すみませ……たいへん……やば、もうやだ……」

　落ち着けッ、ゆっくりでいいから、
　何があったのか教えてくれ。

「うぇ、そ、それが……」

C＃m：宵月 ヴィブラト

「脱線事故で、土砂崩れで、
　帰りの高速鉄道（エクスプレス）、運休になって、
　復旧見込みも、立たない、って……」

　

C＃m：宵月 ヴィブラト

　…………………。
　一先ず、この際CO2とか飛び恥とか言わず、
　今から航空便のチケットでも――

「僕だって流石に考えましたって！
　でも、そっちも、ゲリラ豪雨のせいで、
　全便運航見合わせだって……
　　人類のバカ………これだから僕は……人間なんて……」

　

C＃m：宵月 ヴィブラト

[携帯端末越しのベネディクトの泣き声、
　その背後で微かに端末が拾う雨音と、
　　“血の定め”　の渇きからの唾音が、重なる。]