C：伝説 ラムロルズ

――人狼。ヒトの仮面を被って生きるモノよ。
僕の前でだけでいい。
キミの素顔をさらけ出せ。ありのままの、キミを。

灯火の鼓動 エイビ

うら寂しい秋風の墓地

[表通りは数多のイルミネーションと喧騒に彩られ、
　各々の住宅にもカボチャや死人、怪物、
　不吉な生物のフェイクが飾り付けられる中。
　とある教会とその敷地内の墓地ばかりは、
「お祭り」とは無縁の静寂と質素さを保っている。

　一基の墓石の上に、人知れずエイビは腰を下ろす。
　お菓子を求める子供たちのはしゃぎ声が遠く響く中、
　灯らないランタンを膝に乗せた死者は
　地上の灯りを地平線上に仄かに滲ませた夜空の先、
　秋風の向こう側のその場所に、ふと耳を澄ませる。]

灯火の鼓動 エイビ

　――――――、


[エイビの耳が聴き拾うのは天使の声のみ。
　その天使の声が紡いだとある名前に、
　この世に留まるこの死者の目は見開かれるも――
　その名前の主の声やすがたまでは、
　このジャック・オー・ランタンには届かなかった。]

灯火の鼓動 エイビ

[やがてエイビは、目を伏せて呟く。]


　……ま、そうだよなァ。


[遠く離れたあの世の門で天使が告げたこと、
　　それ自体はさして驚くべくもないもの。
　警戒の凝視を向ける黒毛のネコに、
　　寂寥抱えた鬼火の頬も綻び。]

追想 オクターヴ

[昨日の夜は、風の音がやたら強かったんだ。
　風に紛れて、誰かの声がノイズみたいにぽつぽつ聞こえ続けてた。]

追想 オクターヴ

　　　　「かえっておいで　わたしたちのうみに」

　

追想 オクターヴ

― 10月30日 ―

[そんな夢？を見たせいか、なんか目覚めが悪かった。いや、もともと朝早く起きるの苦手なんだけどさ。
　スマホぶち切る前までは、深夜にSNSでだべったりとか配信見たりとか普通にしてたし……。]

　うう〜ん……………………うにゃ？？

[うん、変な声出たよ。
　だってベッドから起き上がって早々、見覚えのない手紙が枕元に2通あったの見ちゃったんだから。]

追想 オクターヴ

[まあ片方はさ、切手にちゃんと消印ついてたし、宛名書きがアレでソレなだけの普通の手紙かな〜って感じもした。
　でももう片方は……これ、多分、たぶんだけど、郵便局とか通ってない。一目見て直感的にそう思った。あたしの勘込みで。]

　え゛。……マジ？　マジのガチ？？

[結論から言えば、どっちも「あの世からの手紙」じゃなかった（たぶん）。
　なかったんだけど、まだちゃんと手紙の中身読む前のあたしは、パっとそう思っちゃったんだよね。]

　マジか。マジかー………………。

[マジでこの時は「マジか」しか出てこなかった。
　いくらおばあちゃんでも、わざわざこんな手の込んだドッキリみたいなことするワケがない。]

追想 オクターヴ

　……朝ごはん食べよ。

[別におばあちゃんから「朝食はちゃんと摂りなさい」ってうるさく言われたからそうしたってワケじゃない。言われたの自体はホントだけど。
　ただちょっと、気分ごまかして落ち着きたかったってだけ。あと一応おばあちゃんに色々確認取るためにも。

　で、手紙の中身をちゃんと確かめるのは、ごはんたベて、いつものメイクもちゃんと決めてからにしよう……ってことにしたんだ。]

追想 オクターヴ

[思った通り、枕元のあの2通の手紙はどっちも、おばあちゃんのドッキリなんかじゃなかった。ただ「どこかのだれか」宛ての封筒は、今朝郵便受けに入っていたのをおばあちゃんがあたしの部屋まで持ってきたものではあったんだって。]

「なんとなくね、このお手紙は
　タヴィアに届いたんじゃないかって思ったのよ」

　そうかなぁ……ってか普通にコワいとか思わない？

[あ、「タヴィア」っていうのはおばあちゃんがあたしを呼ぶ時の愛称。自分で名乗るのはなんかビミョーに恥ずかしいからしない。まあそれは置いといて。
　一応差出人と住所が書かれているとはいえ、怪しいといえば怪しい手紙の中身を確かめもせずに孫のもとに寄越したおばあちゃんの笑顔に、あたしは思い切り「うへぇ」って眉をしかめた。]

追想 オクターヴ

　そもそもさー、もう一通のほうなんか
　誰かウチに侵入して置いてった〜とかじゃ……。
　それこそめっちゃコワいじゃん……。

「そうねぇ、そうだったら怖いわ。
　でもこれはきっと、あの世からのお手紙よ。
　おばあちゃんの勘がそう言っているわ」

　勘。　勘……。

[……うん、まあそんなワケで、サーモンの薄切りとスクランブルエッグ、オレガノとかのハーブをのせたトーストを食べ終わってから……あ、このトーストね、おばあちゃんが作ってくれたやつ！　これはね、すっごく美味しい。家じゃ普段食べない手作りって感じの（別に手間ヒマかけてるわけでもないらしいけど）、なんかいかにも身体に沁みるな〜って感じ！]

追想 オクターヴ

[とにかく、朝ごはんを食べ終わって、ギャルスタイルをちゃんと決めてしゃんとしてから、あたしは部屋で手紙に向き合った。
　まあ手紙の主の正体がなんであれ、なんにもなかったこの村の中で出会った、ささやかな何かって感じだ。

　ものすごくハデで目立ったのは、パープルにブラックで決めたハロウィンの絵柄の（切手もね！）例の封筒だった訳だけど……。
　あたしが先に読み始めたのはもう一通のほう。単純に、封を切るまでもなくさくっと開いて読めちゃったからだ。]

追想 オクターヴ

　って、これめっちゃ別の人宛てじゃん！

[うん、最初の宛名書きと、そのあとの幾つかの名前を見てそう思ったワケだ。
　よくよく続きを読んでみたらまあ、何っていうんだっけ……当たらずとも遠からず？　な感じの手紙ではあった。別にあたし死んでないんだけど。]

　……どーしよーかなー……。

[ざっくり言えば、「あの世からの手紙」ならぬ「あの世への手紙」。
　この手紙を書いた人が、例の噂を聞いて手紙を送ろうと思ったのかどうかはわからなかった。この人の住んでるとこ、ハロウィンやってないっぽい感じだし。……ハロウィンじゃないイベントでなんかあったっけ？
　まあそういうことは置いといても、この手紙を海に流して「誰かさん」に届け〜ってするだけってのも、なんか……マジで死んだ人に届くかどうかもわかんないし……。]

追想 オクターヴ

　　　　　……………………………。

　

追想 オクターヴ

　……………………アレハンドロ？

[なんかビミョーな心当たりに気づいちゃったこともあって、ちょっと手紙を置いて一息ついて……。
　心当たりの前にちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、ヘンな気分になったんだけど。
　そういうのをちょっとごまかす意味でも、あたしはここでもう一通の手紙の封を開いたんだ。]

死者の日 イリハモニ

［目覚めの一撃は　母ちゃんのおたま攻撃だった］

『イリ！いつまで寝てんだいもう日は出てるよ！！！
今日は妹たちが着るドレスを受け取りに行く日だろ！！！』

っだああああああ！！？いでえ！！！
わ、ワーッてるっての！？そんな強く殴るなよババァー！！！

『ダーレがBBAだってえ！？』

［くわあああああんっくわあああああんっ
頭がぐわぐわする。これも全部おたまのせいだ。
曲がりなりにも金属の塊で頭を叩くなんてひでえ母親だ！
それにドレスを取りに行くのもちょっとめんどい。
バネッサ婆さんちは遠いし、ドレスと言っても家族で使いまわしの古着を仕立て直してもらってるだけであんま真新しさはない。せめてそこにかぼちゃの飾りの一つでもついてたら面白いのに…とむすむす。
　
あーあめんどくせえ。と一つ背伸びをしたところで…］

死者の日 イリハモニ

『そういや手紙が届いてたよ。
珍しいこともあるもんだねえ。
ミョーチキリンなデザインだし宛先変だし…
変なとこになんか変なもん送ってない？』

……え？？？

［手紙？？？俺に？？？誰から？？？
おっかしいな心当たりなんてまったくない…けど渡された手紙を見て、はっ！となる。
　　
宛先は“Someone somewhere（何処かの誰か）”だし。蝙蝠と南瓜の意匠が隠れている壁紙風のイラストだし。母が訝しむのもよくわかるが…
　
どこかでピンとくる。昨日書いた手紙の返事では！？］

そ、それ俺の！！！俺がゲームの企画で懸賞送ったんだ！！！
こういう名前で届くんだよ！！！

［大慌てで手紙を回収する。もしかしたら…！ジャックオランタンからのお返事かも…！！？と大いに期待して。その手紙を自分のポケットに仕舞い込み、余裕ができたタイミングで改めて開封予定だ］

追想 オクターヴ

[例の「どこかのだれか」宛てのものすごくハロウィンな手紙の中身はというと……うん、ものすごくまともにそういう感じの手紙だった。
　つまり、例の「あの世からの手紙」の噂を聞いて出してみた手紙っぽい、ってことだ。]

　ホラー界隈、マジ好奇心つよつよじゃね？

[あたしもあたしなりに、ホラー好きな人たち？　の世界はちょっと覗いてた。ほら、たとえばあの「幽玄卿」さんの配信とか。
　実を言うと、あたしも最近なんかたまたま幽玄卿さんのチャンネル発見して朗読配信とか見たりしていた。今のあたしは、Onetube見るのもぶち切ってるんだけど。]

　生きてる普通の人間でマジごめんだし〜！

[なんて、別に手紙への返事でもなしに声に出して呟いたりもしながら、あたしはすらすらした感じの文章を読み進めてた。]

追想 オクターヴ

[……なんでわざわざ声に出したんだろうね？
　　　他の誰かの目とか気にしないで、
　　　自分のために自分主張するメイクみたいにさ。]
　

追想 オクターヴ

　だよねー、ホラー好きならそうなるよねー…。

[マジ好奇心だし〜…ってばかりの感想にならなかったのは、まあ、うん、手紙の後の方に書かれた話のせいだな。
　その件であたしから書ける話はあるっちゃある。でも、文字にするには結構なタフさが要る話でもある。
　そんなワケで、あたしはすぐには返事を書かなかったんだ。]

追想 オクターヴ

[……手紙の返事書く前に、やらなきゃなこともあったし。]

　お店開いたら行くかー……。
　来てるかなーあのオッサン。

[ちょーっと面倒というかダルいというかそういうのが無いわけじゃなかったけど、うん、確認は大事。]

追想 オクターヴ

[ってことで、無事に例の飲み屋で発見した例のオッサンからバッチリ証言もらってから（あくまで本人談なんだけどさ）、またおばあちゃん家に戻って。
　早速、一通目の手紙への返事を書き始めたんだ。]

追想 オクターヴ

[……一応、なんだけどさ。
　あの飲み屋のオッサンの証言、お酒とかなにかのノリですっごく適当なこと言ってるだけ〜って可能性もアリよりのアリだからね？
　だからうん、例の手紙見せろ〜って言われてもチャチャっと渡さないくらいの危機感は持ってるからね、あたし。

　まあそれはそれとして、だ。
　もう一通の手紙の返事のほうも、ちょっとだけ深呼吸してから書くことにした。]

死者の日 イリハモニ

…っし、確かに人数分あるな。
いつもいつもあんがと、バネッサ婆さん。これ、修繕代な。

それから母ちゃんが作ったポソレとモーレ・ポブラーノ。
よかったらみんなで食べてくれや。多めに作ってあるから。

［ボロっちい車を走らせて、少し離れた家に住むバネッサ婆さんからドレスを受け取る。交換で渡した我が家の家庭料理は、いつも婆さんちでは好評で、いろんな頼みごとの代わりに作って持ってくることも多い。持ちつ持たれつ、これがご近所関係だ。

孫達も喜ぶよと穏やかだが快活に笑う婆さんの顔を見て、お迎えはまだまだ先そうだな〜とこちらもにまっと笑顔が溢れた。

返ってきたドレスたちを見れば…
色の落ちていた黒い生地はまた夜の帳の色を取り戻し、
花や骸骨、蝶などを伝統文様と共に縫い込んだ刺繍やレースは、ボロボロだったところも直されていた。
新品同様…とまではいかないが、傍目では古いドレスだとは分からないだろう。これなら妹たちも納得しそうだ。……ハロウィン要素が皆無なのは納得してないけど、それは俺の感想なので口は出せない。男は女のファッションに口出ししてはいけないのだ］

死者の日 イリハモニ

…毎年これで飽きねえのかな〜あいつら。
顔の化粧を変えれば印象変わる〜ってのはあってるけど
別のドレス着たくなるとか…
それこそ仮装したくなるとか…

ああハロウィン…狼男の服着てみてえ…

［ぶつくさ言いつつ、車の荷台側にドレスをシワにならないように積み込んで、丁寧に扉を閉める。妹たちが「この衣装飽きた〜」と言い出してくれたなら今日一緒に買いにいくか？？？とか言えたのに、言い出すものがいなかったのは想定外だった。無念。

ちなみに俺が当日着る服も帽子もやっぱり死者の日仕様。
父さんが子供の頃に着古していたのを直して使っている。
……ハロウィン要素が欲しくて頭にカボチャを被ろうとしたのを見つかってめちゃくちゃ怒られて以来、変なことをしてはいけないと強く厳命されている。

……愉快さレベルを上げることが何がいけないんだ…不満だ…］

死者の日 イリハモニ

［ともあれ、車を転がしながら家路につく。
その道すがら信号待ちの時を見計らって手紙を読み進めることで家族にバレず読めるわけだ、天才すぎる（※天才じゃありません。運転中の脇見は大変危険です。絶対にやめましょう）

とにかく読み読み、読み読み…おおっと興味深い文言が出てきたな？？？］

死者じゃない人から手紙が届いたっぽい？
……って、え！！？

『霊界と手紙のやり取りができる』！！？

まじ！！！？死者の郵便受け（ブソン・デ・ムエルトス）の伝説に似てるけど、こっちは死後の世界とやり取りできるってのかぁ…！？んじゃこの手紙は死者の国を通って別の国に…！！！？
《ﾌﾟｯﾌﾟｰｰｰ!ｵｲﾊﾔｸｽｽﾒﾔｧ!》

っとやべ！！！

［危ない危ない！事故るところだった。
とりあえず一度手紙をしまい、車をブブーンと進める。
そして、文具が近くにある道端に一度車を停めて再度落ち着いて読み直した］

死者の日 イリハモニ

［読んでいくと、手紙の向こうの彼は、
ハロウィンについて非常に詳しい様子だった。
知っているものもあれは聞いたこともないものまである。

…おまけに子供の頃から仮装ができていた！
ともなれば、もしかしたらハロウィンのメッカ、
西の方の出身なのかもしれない…！！！］

面白そうだなハロウィン…！！！
…あっ、こっちのハロウィンの話、かあ…
話せることあんまないんだよなあ…うーん、うーん

話してやりてえ…何か話題…話題……
せっかくハロウィンで繋がったんだし、なんかうちの死者の日とのつながりとか…！

［せっかく出会えたハロウィンの申し子。
もっと俺は話が聞きたかった。
急いで文具屋さんに駆け込んで店頭に並んでいたレターセットを買い、車に引き返して書き始める。思いつく限りの言葉でハロウィンとの繋がりと、この出会いの喜びを込めて］

追想 オクターヴ

　よーし、こんなものかな〜。

[あたしがここで書いて、海が見える郵便局前のポストに入れてきたのは2通の手紙。
　誰かさん宛の3通目までは書かなかった。まだ、書けなかった。
　…………ハロウィン終わるまでに、書けるのかな、あたし。

　ところで「ハロウィンの時にあの世から手紙が飛んでくる」のって、そのまんまハロウィン過ぎたら終わっちゃうやつ？　実はロスタイムとかあったりする？　まだその辺りがよくわかってなかった、この時のあたしなのだった。]

死者の日 イリハモニ

［…ハロウィンについて頭を悩ます。
　　うーん、うーん。何か書けるもの、書けるもの……］


　

死者の日 イリハモニ

よーし頼んだぜご先祖様〜〜〜っ！よっと！！！


［質のあまりよろしくない封筒に手紙を入れると、
封を閉じてその表側に「テヌート様へ」と簡単に書き記す。

そしてそのままコトンっと「死者の郵便受け（ブソン・デ・ムエルトス）」に投函する。俺の予想が正しいならきっと届くはずだ。

任せたぜ…！ご先祖様…！！！！］

"…相分かった。陽気な愛し子"

幽玄卿 テヌート

―30日朝―

[夜勤を終えた男は、リュックを背負って帰路に就く。
街のあちらこちらはパープルやオレンジ、ブラックの装飾に彩られていて、人々も少し心が浮き立っている様子だ。

男は欠伸を噛み殺しながらこの後の予定についてぼんやりと考える。
部屋に着いたら一先ずはシャワーを浴びて休んで、明日に備えなければ。
昼夜逆転生活にはもう慣れたものだ。]

幽玄卿 テヌート

[朝や昼間よりも、夜の方がリアルタイムで見て貰える可能性が高い。
そういった理由から、夜に活動するようになった。
外国人が視聴して分かりやすいように、同時翻訳のソフトを利用しているが、効果はあるだろうか。
肌感覚では分からないでいる。

配信だけで生計を立てるには厳しい。
けれど、自分の好きなものを人と分かち合う事は楽しい。
定職に就きなさいと両親からは言われるが、配信は辞められないだろう。]

幽玄卿 テヌート

[男が部屋に着くと、ポストには手紙が二通届いていた。
どちらも知らない名前だ。
通常は切手の貼られていない手紙が届く事はない。]

これは、もしかして……もしかするのか？

[興奮で、一気に眠気が飛んだ気がする。
男は逸る心を落ち着かせる為にシャワーを浴びる事にした。

部屋着に着替えると、購入してきたミネラルウォーターの封を切り、口にする。
それからソファーに腰を下ろすと、手紙の封を切った。]

幽玄卿 テヌート

[最初に目を通したのは、男性と思われる筆致の方から。
それは、死者へ宛てた手紙だった。
──残念ながら、今回受け取ったのは生者である男だったが。

男と同じ目的で書かれた事も考えたが、他の死者に届いた場合も想定している辺り、“手紙が死者に届く”と信じる背景がバックボーンにあるように感じる。]


……何処かでそういう風習があったな。
“灼熱と珈琲の国”だから、コーヒーベルト付近だろうが……。

[記憶を手繰り寄せ、携帯端末の力も借りて、ハロウィンと近い時期にとある地域で行われる風習に行きつく。]

幽玄卿 テヌート

ふふふ……、遥々、海を越えて届いたってわけか。

[男はブラウンの瞳を爛々と輝かせた。
興味深い。実に興味深い。
この手紙が、どのようにして男の手元に届いたのか。

これは、いよいよ例の噂が真実味を帯びてきたのではないか。
であれば、男の手紙も何処かへ届くのだろうか。]

幽玄卿 テヌート

[“返事を待っている”という言葉に、ふと男は冷静になる。
本人に届く事はなかったけれど、死者との思い出話を読んでしまったからには、きちんと返事をしなければいけない。

幸い、手紙の贈り主はハロウィンや新しい文化に対して興味を持っているようだ。
少しでも喜んで貰えるように手紙を綴ろうと決める。]

幽玄卿 テヌート

[そうしてもう一つの手紙の封を切り、丸みを帯びた文字に視線を落とした。
こちらは何と『幽玄卿』と宛名書きに書かれている。
防犯の観点から住所を公開する事はないので、こちらも届く筈のない手紙である。

最近配信を聞き始めてくれたリスナーからの生の声に、心が温まる。
勿論、コメントはチェックしているが、こうして手紙を見ると、確かに生身のリスナーがいるのだと感じさせられた。

男としては、ホラーについて知らなかったのに、よくぞ聞いて下さった、と言いたい。
けれど、彼女が手紙を書いてくれた相手は男ではなく、『幽玄卿』だ。
男からではなく『幽玄卿』として返事を綴ろう。
“なくても大丈夫”、と書かれていたが、ありがとうを伝えたかった。]

幽玄卿 テヌート

[男は二つの手紙を書き終えると、疲れと安堵によって招いた睡魔に足を取られ、ソファーで眠ってしまった。

手紙を南瓜のモチーフが編み込まれたトッパーのついたポストに投函したのは、夕暮れ時の事。]